第23話 あいにくですが、復讐が終わるまで結婚はしませんわ
オークションはつつがなく終わった。
30億というぶっ飛んだ落札価格が序盤で提示されたからか、オークションは大いに盛り上がった。
黒服たち運営は心なしかほくほくしていて、観客たちも興奮が冷めない。
ルイーズは黒服たちに帰らされたようだ。
まあ、そうよね。
オークションの直前、ルイーズの従者には運営と同じ黒服を着たテオドールを向かわせた。
「出品する商品をお預かりいたします」と微笑み、そのままイヤリングを”お借り”する。
そして本物のスタッフが声を掛ける頃にはーーーー、あら不思議。
本物と偽物が混ざってしまいました、ということ。
ルイーズのイヤリングは肖像画に描かれていたし、出品する商品はこれ一種類。
リンドベルグ領の力を持ってすれば複製するのは全く難しくなくてよ。
本物と偽物は、よ~く観察すれば差異はある。
例えば、新聞紙などを下に敷けば一発で気づかれてしまう。
本物のダイヤモンドは光の屈折率が高く、下の文字が読めない。
だがガラスは屈折率が低く、文字が読める。
ステージの床には複雑な模様が描かれていた。
ばらばらと落としたときに模様が歪んで見えるのが、”本物”のダイヤモンドだ。
だからこそ。
”本物”は最後にルイーズに示す瞬間まで、わたくしの懐に隠していた。
あの女は物を雑に扱うから気づかないとは思ったけれど。念には念を込めて。
幸いと言うべきか、やはりと言うべきか。
あの女は違いなど全く分からなかったようね。
あれほど自分のアイデンティティとしていたのに、結局宝石で飾り立てた”自分”しか見ていなかったのだから当然だわ。
「エレーナ、お疲れ様」
「ヴィル様も。立派なお姿でしたわ。みなさま釘付けでしてよ」
「……俺じゃない方がよかったんじゃないか」
きらきらした格好のヴィルヘルムが声を掛ける。
先ほど数百人の観客を魅了したというのに、その実感は薄いようだ。
合成宝石のおかげと思っているようだが、彼の美貌とスタイルがなければこれほどには上手くいかなかっただろう。
実際、アルマやわたくしも合成宝石を身につけてステージに立ったけれど、そこまでインパクトはなかった。
控え室で着替えを済ませる。
オークションのあとは立食パーティーだ。
まだ気が抜けないわね。
アルマも、このパーティーではきちんとしたドレスに着替える。
初めてのドレスなのか、アルマは鏡の前であたふたしている。「こ、これでいいんでしょうか……?」とおろおろしていて可愛い。
先ほどまでは、ルイーズを油断させるためにメイドの格好をさせていた。
アルマをステージに立たせたのは、アルマが一番ルイーズに言いがかりをつけられやすいからだ。
可哀想な目に遭わせてしまったから、今度美味しいものでも買ってあげるわ。
「さぁて。ひとまずあのクソビッチを成敗しましたわ。みなさま、お疲れ様でした」
にこりと笑う。
控え室にいるリンドベルグ領チームはみな喜びを露わにしていた。
護衛や宝石の修理チーム、各所との調整を担ってくれる方々を含め、リンドベルグ領からは総勢二十人で王都にやってきた。
みな、それぞれ飾り立て、合成宝石を身につけていた。
これでリンドベルグ領は”使用人でも宝石を身につけられる”ほどの力を持っていると印象づけられる。
この国では宝石に対する憧れは根強い。
こればかりは愚かなルイーズお姉様に感謝しなくちゃね。
わたくしたちはチームだ。
リーダーはわたくしだが、ひとりの力ではここまで来ることができなかった。
そして、これから先に待ち受ける目標には、さらに大きな力が必要となる。
そのためにもーーーー、
まあ、向こうが放っておかないだろうが。
「まだ気は抜けませんでしてよ。さあ、戦いに参りますわ」
立食パーティーは緩やかに始まっていた。
先ほどのオークション会場を片付け、壁に沿って豪華な食事が置かれている。
肉料理、魚料理、パンにデザート。
どれも色鮮やかで美しい。
アルマは瞳を輝かせてキョロキョロしている。
うん、わかるわ。どれも美味しそうだから迷っちゃうわよね。
わたくしたちは足を踏み入れてすぐ、わあっと他の参加客に囲まれた。
「先ほどの合成宝石、素晴らしかったですわ」「ぜひともうちと取引を」などと声を掛けられる。
勢いがすごい。名刺を大量に渡された。
にこりと笑って受け取るものの、誰がどれだか覚えられないくらい多い。
控えていたテオドールに渡しておいた。テオドールは全員覚えてるだろう、という謎の信頼があった。
声をかける人はみな合成宝石に興味津々だった。
これほどのインパクトが残せるとは。滑り出しは好調ね。
「やあ、エレーナ」
そして、背後から声を掛けられた。
振り返ると、金髪の美男子、ユリウス王子が立っていた。
「ユリウス殿下。お声がけいただき光栄ですわ」
「ふふ、いいよ、そういう堅苦しいのは。きみはそういうタイプじゃないだろう?」
「あら、わたくしは礼儀正しい令嬢でしてよ」
わたくしはドレスの裾をひらりと上げて、丁寧にお辞儀した。
ユリウス・ガルデーニエ王子。
先ほどわたくしの会社の株式を30億クラムで落札した張本人。
国の一大事業ほどの金額を払うのだ。単なる道楽ではないだろう。
後ろ盾が得られれば頼りになるが、その分わたくしどもの会社を左右する力を持つ。
彼の意図を慎重に見極めなければ。
「はじめましてだね、エレーナ。僕はユリウス・ガルデーニエ。この国の第二王子」
「存じ上げておりますわ。わたくしはエレーナ・ファルネリア。リンドベルグ・ジェムテック社の社長ですわ」
「あれ? まだファルネリアなの? リンドベルグに嫁いだんだと思ってた」
「まだ籍は入れておりませんの」
ユリウス王子はきょとんとした顔をしつつも、すぐに面白そうに笑った。
「そっか、じゃあ僕と結婚しようよ」
「は?」
今度はわたくしがきょとんとする番だった。
何をおっしゃっているの、この方。
ユリウス王子は食えない笑みを浮かべたまま、すらすらと続ける。
「僕は今、結婚相手を募集しててね。国を一緒に導いてくれるパートナーを探していたんだ。きみなら頭もいいし、度胸もある」
「……はい?」
「あ、僕? 僕は優良物件だよ。絶対きみに損はさせない。この国の第二王子だし、お金持ちだ。きみのーーー」
「ま、待ってくださいっ!」
ぽかんとしていたところ、隣にいたヴィルヘルムが急いで遮った。
おお、びっくりした。
ヴィルヘルムはいつもより慌てている。
そりゃ王子を前にすれば慌てるでしょうけど、なんだか様子がおかしい。
「エレーナとは籍を入れてませんが、俺の婚約者です」
「でもまだ独身でしょ?」
「お、俺の方が先です! こればかりは譲れません」
ええ……。
だ、大丈夫かしら。目の前の方は王族でしてよ……。
ヴィルヘルムはきゅっと唇を噛んでユリウス王子に向き直った。
一歩も引かないという強い意志を感じる。
ユリウス王子は微笑んだままヴィルヘルムを見上げて、「そっかぁ」と呟いた。
「エレーナはどう思う?」
「……っ、え、エレーナ」
ふたりの視線がずばっとわたくしに向く。
ユリウス王子は意図の読めない飄々とした瞳で、ヴィルヘルムは捨てられる子犬のような瞳で。
そしてヴィルヘルムの後ろにいたテオドールは「おもしれー」という顔をしている。完全に野次馬だ。
アルマは口に手を当てて「ひゃー」と零す。こっちもこっちで呑気ですわね。
不思議と周りにいた参加者も耳をそばだてているようですし……。
なんだか見世物になった気分ですわ。
「……生憎ですが、復讐が果たされるまで、わたくしは誰とも結婚したくなくてよ」
にこりと微笑む。
ユリウス王子の眉がぴくりと動いた。
「復讐?」
「ええ。わたくしはファルネリア家の三兄弟に復讐したいんですの」
わたくしを殺したーーーあいつらの資産の価値をゼロにするまで。
それ以外のことは考えられない。
「申し訳ないのですが、お返事はそれまで待ってくださる?」
「そっかぁ。わかった。楽しみにしてるね」
「ありがとうございますわ」
ユリウス王子はうんうんと頷いた。ヴィルヘルムは唇を噛んだままだった。
まわりの参加客は、そわそわとこちらを伺っている。
ファルネリア家への”復讐”だなんてパワーワードが落とされては、続きが気になって仕方がないようだ。
ユリウス王子がにこにこ笑顔で尋ねる。
「エレーナ、次は何するの?」
「次のターゲットは”ザンクトラーデ総合商会”ですわ」
「……へえ? トビアス・ファルネリアが株式を相続した会社だね」
ええ、と口の中で笑った。
そう。わたくしが合成宝石で株式会社を設立した理由。
「トビアスお兄様の会社を乗っ取りますわ」
第二十四話は明日の12時20分頃投稿予定。
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