第20話 あなたのではありませんわ
ルイーズはパーティー会場に足を踏み入れた。
その瞬間、あたりにいた貴族たちがパッとルイーズに視線を向ける。
今日もお美しいですわ、と知り合いの令嬢が声を掛けた。
どこかの子爵が「今日も素敵だ」と微笑む。
ルイーズは笑みを浮かべて、すべての声を聞いていた。
美しい、素敵だ、羨ましい。高かったでしょう。
宝石を身に付けられるのはあなたくらいしかいない。
それらの褒め言葉を聞く度に、自尊心がよしよしと撫でられる。
扇子で口元を隠して、ほほほ、と笑う。
やはり、このパーティーの中心は私だ。
さて、ユリウス王子に会わなければ。
会場を見渡すも、人が多すぎて見つけられない。
会場は広かった。
ウェイターがシャンパンを運んでいる。
向かいには大きな壇上。
真っ赤な絨毯がステージに向かって伸びている。
あたりでは運営がオークションの準備をしていた。
オークション出品者はステージ近くに席を設けられると聞いていた。
オークションはもうすぐ始まる。
早く王子に会いたかったのだけれど、あまり時間はない。
まあ、終わってからでいいか。
ルイーズはゆっくりとステージに近づいた。
「ルイーズ様」
オークションの運営か、黒服の男が声を掛けてきた。
「なにかしら?」
「出品される商品のご提出をお願いできますでしょうか」
「は?」
なに言ってるの。
ルイーズは眉根を寄せた。そういった面倒な手続きはすべて従者に任せている。
「従者から受け取っておりませんの? 彼に渡しましたわ」
「いえ、受理しておりません。お連れ様はどちらに?」
「どちらって……」
ルイーズはあたりを見渡した。
そういえば、従者がどこにいるか知らない。最後に見たのは控え室だ。
チッと舌打ちした。
何をちんたらやってんのよ。
怒鳴りつけたくとも、オークションの運営に苛立ちをぶつけるわけにはいかない。
彼はユリウス王子のお付きの者なのだ。なんと告げ口されるか分からない。
「……少し待ってくださる? しばらくしたら来ると思うの」
「承知いたしました。では、オークションは進めさせていただきますが、順番が前後するかもしれません。用意ができましたらお声がけください」
「ええ」
にこりと笑う。
内心は冷や汗が垂れていた。
オークションはあと五分くらいで始まる。そうしたら会場の扉は閉まってしまう。
いまから控え室に駆けていくと参加客たちにジロジロと見られるだろう。
悪目立ちはしたくないが、もし間に合わなかったら出品できない。
がり、と爪を噛む。
どうしよう。あの従者、クビにしてやる。使えないわね。
苛立ちと焦りを必死に押さえていると、扉から従者が駆け込んできた。
ほっと胸をなで下ろすも、なんだか様子がおかしい。
彼は肩で息をしながらルイーズに駆け寄った。
「ルイーズ様、あの……」
「なによ」
「イヤリングをなくしてしまいました」
はあ!?と叫んだ。
途端に、周囲の視線が突き刺さる。
じろじろと、興味深そうに、知らない令嬢たちが見てくる。
面白がるような視線だ。気持ち悪い。
「何でもないわ」と扇子で口元を隠して笑うが、頭は真っ白だった。
じろり、従者を睨み付けた。
彼の体中からは汗が噴き出ている。顔は真っ青だ。
……嘘をついているとは思えない。
「どういうこと」
「いえ、あの……た、確かに運営の方にお渡ししたのですが、違う方だったようで……」
「何やってるの!? 盗まれたってこと!?」
従者は頭を下げる。
ルイーズは全身が怒りで震えた。
なんでこんなときに、そんな大事な物を盗まれるのよ。
私はしっかり預けたでしょう。
どうするのよ、これからオークションが始まるって言うのに。
今から運営に言ったって……。
ぐるぐると、次から次へと責める言葉が浮かんでくる。
ぱん、と従者の頬をぶん殴ってやりたかったが、あたりで様子をうかがう連中が邪魔だ。
ルイーズはぎりっと歯を食いしばる。
立ち尽くしている間に、オークションが始まる時間になった。
会場の扉は閉められた。
「とりあえず、席に着きましょう、ルイーズ様。オークションが終わったら運営に届け出ます」
従者の声がして、ルイーズはやっと意識を取り戻した。
しぶしぶ自分の席に着く。
その間も頭はふわふわしていて、どうしよう、どうすれば、とばかり、巡っていた。
動悸が止まらなかった。
今すぐ取り戻して出品しないと、ドレスの支払いに間に合わない。
ハルムートに滞納がバレたら社交界から追放されるのに。
「栄えある最初の出品は、リンドベルグ辺境伯領からお越しのアルマ・ブラウン様。なんと、世にも珍しいイヤリングを出品していただきました」
ルイーズははっと顔を上げた。
壇上にはエレーナと一緒にいた、あの芋臭いメイドが立っていた。
ーーーイヤリングですって?
壇上では、黒服が楽しそうにマイクを手に持っている。
芋臭いメイドはびくびくしながら壇上に立つ。
数百人の視線を受けて、腰が引けていた。
すぐそばには演台がある。出品する品物を置く台だ。
黒い布がかかって、品物がよく見える。
その台には、ルイーズが出すつもりだった、ダイヤモンドのイヤリングが掲げられていた。
「待ちなさい!」
ルイーズは咄嗟に大声を上げて、立ち上がった。
隣で待機していた従者が肩をびくりと震わせたが、どうだっていい。
カツカツとハイヒールを鳴らして、ルイーズはステージまで上がった。
数百人の興味深そうな視線が刺さるが、こちらは被害者だ。盗人を訴える方が先だ。
「それは私のよ! 私が出品するつもりだったイヤリングよ!」
「え、え……?」
「しらばっくれないで! あんたが盗んだんでしょ!」
顔を真っ赤にして怒鳴りつける。唾が飛ぶ。
芋臭いメイドは、おろおろとするだけだった。
白々しい。盗人の分際で。
ルイーズはキッと睨み付けて、運営の黒服に叫んだ。
「これは私のものよ! 控え室で盗まれたんだわ。こいつは盗人よ!」
「……ほう?」
「こんな芋臭い小娘がダイヤモンドなんか持ってるはずがないじゃないのよ! 少し考えたら分からないの!? こんなのに騙されるなんて、とんだ間抜けね!」
怒りは収まらなかった。
盗まれたあげくに目の前でオークションに出されるなんて。馬鹿にされるどころじゃない。
みすみす見過ごしている運営もバカばかりだ。
私が真っ当だとわからせてやらないといけないのに、話にならない。
「ルイーズ様はこちらの商品を出品される予定だったということですね?」
「そう言ってるでしょ!」
「では、こちらの商品のご説明をお願いしてもよろしいですか?」
黒服は冷たい瞳をしていた。
背筋を伸ばし、ルイーズの怒りなど全く気にしていないような表情だ。
それすら神経を逆撫でる。
ルイーズはぎりっと歯を食いしばった。
「数百年の歴史を持つ、ファルネリア家に伝わるダイヤモンドよ! ガルデーニエ王国ではもう採ることができませんの! この世にひとつとない貴重なアクセサリーでしてよ!」
髪を逆立て、ルイーズは叫ぶ。
そうだ、私が盗まれた宝石はこの国唯一の宝だ。
それを取り返すのは当然のことだ。
ふーっ、と呼吸が荒くなる。
なんで誰も分かってくれないのよ。
心なしか聴衆たちの視線が訝しむものに変わってくる。
じろじろと、気持ちの悪い視線だ。
金切り声を上げても、黒服は冷たい目で手元の紙をちらりと確認するだけだった。
「ルイーズお姉様。このイヤリングはアルマのものでしてよ」
背後から声を掛けられた。
振り返ると、エレーナが笑みを浮かべて立っていた。
第二十一話は18時頃投稿予定。
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