第2話 ”今度は”うまく立ち回らないといけないわね
エレーナ・ファルネリアは哀れな小娘だった。
そう、この屋敷の誰の目から見ても。
父は宰相のアルブレヒト・ファルネリア。
母はメイドのアマーリエ。
美しく気が利くが学はない、庶民。
前妻は格式高い貴族の娘で、比較されては嘲笑されてきた。
父がアマーリエとの結婚を言い出した時は一家全員が反対し、揉めに揉めた。
「後妻が家を乗っ取るつもりだ」と。
けれど、その時にはアマーリエは妊娠していた。
そして生まれた娘が、エレーナだ。
心労がたたったのか、エレーナが小さいころ、アマーリエも病気で亡くなった。
「遺産目当てで結婚したくせに先に死ぬなんて無様ね」と、誰もアマーリエの死を悼まなかった。
父は海外に出張中で、アマーリエの死を知らせても帰ってこなかった。
父は多忙だった。
ガルデーニエ王国は、宰相である父がほとんどすべてを仕切っていた。
そのせいで家を空けることが多く、家族と過ごした時間はろくにない。
ーーーさて、どうしようかしらね。
エレーナ・ファルネリアは静かな廊下を歩く。
この国で王族に次ぐ権力を持つファルネリア家の娘であるにもかかわらず、わたくしはこの邸宅に居場所がない。ぼろぼろの離れに狭い部屋があるだけだ。
貴族の娘であれば専用のメイドや執事がいるけれど、「お前がメイドだろう」と鼻で笑われ、一人で過ごしてきた。
十二歳の時には「もう働ける年だ」と、よその貴族の家でメイドとして働いたり、職人の下で手伝いをしたりした。ろくな給料にはならなかった。
わたくしは十八歳になったばかりだ。
この国の成人年齢は十八歳。
唯一の肉親だった父が亡くなり、もうすぐファルネリア邸の小さな部屋から追い出されるだろう。
ーーー"これ"を上手く使えるところへ行かなければ。
ポケットの中の鍵を触る。
錆びた鉄の冷たい感触がする。
"開かずの倉庫"の鍵。
わたくしが譲り受けた、唯一の遺産。
父との思い出が詰まっていると言ったけれど、父との思い出はろくにない。
ほとんど家にいなかったし、晩年は認知症を患っていた。
亡くなる三年ほど前に体調を崩し、父は宰相職を辞任した。
足腰が悪く、ベッドの上からろくに動けない。
意識があるときはまだいいが、認知症の症状が出ている時は、怒鳴ったり食事を投げたりした。
父の金で裕福な生活をしているくせに、誰も父の介護をしなかった。
メイドたちも父のいる部屋を遠巻きに見ているだけだった。
見かねたわたくしが介護をしたけれど、父はわたくしを認識していなかった。
「新しいメイドかい?」と、何度訂正しても顔を覚えてくれなかった。
それでも、血がつながっている家族は父だけだから、わたくしは寝ずに介護をした。
お風呂やトイレの介助をしたり、ご飯を食べさせたり。
次第に父はわたくしを覚えるようになった。
「昔、かわいいメイドがいたんだ。好きだった。アマーリエという。お前はアマーリエに似ている」
そう、うっとりした瞳で過去を思い出していた。
似ているなんて当たり前だ。わたくしはアマーリエとあなたの娘なんだもの。
赤い髪は母譲りで、緑の瞳はあなた譲りだ。
そう叫びたくなるのを必死でこらえて、わたくしはただ微笑んだ。
父が母を忘れていなかったのだけが唯一の救いだった。
「あなたのような優しい娘に、ファルネリア家を継いでもらいたいよ」
認知症が進んで呆けてしまった父が、死の直前によく口にしていた。
ベッドの上、もう手足は動かない。
骨と皮だけのような見た目になって、ただうつろに壁を見ていた。
その言葉が嬉しかった。
わたくしもファルネリア家の一員だと認められたみたいで。
けれど。
「父の最期に会いたいというひとが来る。お前は顔を見せるな」
父が亡くなる一週間ほど前から、長男のハルムートがわたくしの入室を禁じた。
同じ家に居ながら三年も介護をしてこなかったくせに。
美しく着飾ったルイーズは「残念だわ、もっとお父様には元気でいてほしかったのに」とハンカチで目元をぬぐう。
次男のトビアスは「葬式はいつになるかな。旅行に被らないと良いんだけど」と呑気に聞く。
ファルネリア家に取り入ろうと、貴族たちが連日たくさん会いにくる。
みな着飾って、立派なお菓子をハルムートに
手渡した。次の家督がハルムートになるからだ。
その様子を、わたくしはスカートを握りしめて、廊下で立って、ただ聞いていた。
誰も父のことを考えてない。
父が死んだ後のことばかり考えている。
一月二十八日。
父は亡くなり、国葬とも言えるほどの豪華な葬儀が執り行われた。
教会で神父が祈りの言葉をささげ、みな目元をハンカチで隠す。
トビアスはあくびをかみ殺している。
ルイーズはわざとらしく肩を揺らし、泣いているふりをする。
ハルムートは喪主であるため、厳しい顔で葬儀の様子を見ていた。
わたくしは遺族の席に座れなかった。
一般参加客と同じく、葬儀場の後方の列に並ばされていた。
棺に献花をしようとすると、護衛に止められた。
「申し訳ありません。ハルムート様のご意向で、献花はご家族の方のみとなっております」
わたくしは家族ではないのか。
そう叫びたくとも、背中を押され、葬儀の場から追い出された。
赤い花は立派な革靴に踏まれた。
ーーーーいやなことを思い出してしまったわ。
“二度目”の二月三日。
遺産相続会議のあと、わたくしはひとり、”開かずの倉庫”を見上げた。
開かずの倉庫は屋敷でも奥まったところにある。
日は当たらず、誰も来ない。
わたくしは一度、二月四日に死んでいる。
ハルムートたちに殺された。
”今度は”うまく立ち回らないといけない。
命は貴重なのだ。
わたくしは乾いた唇をそっと舐める。
この倉庫の”がらくた”とともにどこかへ移動して、やつらへの復讐の機会を作らなければならない。
(………そういえば)
ピン、と小耳に挟んだ言葉が脳裏に浮かぶ。
(国境沿いの地域に”火山帯”の山深い領土があったわね。そこの領主がたしか、結婚適齢期だとかなんとか)
ーーーちょうどいいわ。”中のがらくた”を使うには、ぴったり。
わたくしはひとり、にっこり笑顔を浮かべる。
そして、倉庫のカギを開けた。
第三話は18時頃投稿予定。
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