第17話 あの”メイドの娘”とは格が違うのよ
ルイーズ・ファルネリアは焦っていた。
格上の男に早く見初めてもらいたいのに、ここのところ全然うまくいかない。
宰相である父が亡くなって、彼女の行動に口を出す人物はいなくなった。
兄のハルムートが若干うるさいが、自分に火の粉がかからなければ放置してくれる。
弟のトビアスは金勘定なんかわからない世間知らずのバカだ。
ぎゃんぎゃんとうるさかった妹はーーーーいえ、腹の違う女なんか妹じゃないわ。
ルイーズの母は公爵家出身の由緒正しい貴族だ。
決して、下働きするようなメイドではなく。
高貴な生まれと高貴な育ち、それこそが貴族が貴族たる所以なのだ。
ルイーズは幼少の頃から家庭教師をつけてもらい、十二歳になる頃には王族御用達の学校に通った。
生まれてからずっと、ルイーズを囲むのは”由緒正しい”人間しかいない。
やはり育ちは品性に出る。
労働なんて価値のない人間が行うことだ。
ルイーズはこの世で一番美しく、気高く、中心でいなければならない。
なのに。
ルイーズは鏡に映る自分の姿を見て、チッと舌打ちをした。
有名な仕立屋に作らせたドレスのはずなのに、なんだか霞んで見える。色のせいか。
生地を見たときは「これよ!」と飛びついたものの、着てみるとごちゃごちゃうるさい。自慢のアクセサリーも映えない。
”また”失敗だ。
ルイーズは勢いよく侍従に叫んだ。
「どうなっているの!? あの仕立屋はクビよ。もっと腕のいいのはおりませんの?」
「は、はい、ええと」
「早くして! 舞踏会まで日はないのよ!」
近くにあったアクセサリーを投げつける。ばらばらと小さなダイヤが散った。
侍従は「ひぃ」と悲鳴を上げた。
……いけない。これは価値のあるものなのに。
はぁ、とため息を吐く。
「拾いなさい」と告げると、侍従はひざまずいて、一つ一つ拾う。
この国で宝石は貴重だ。いま投げた分だけでも一億クラムに相当する。
貧乏領地の年間収支に匹敵する金額だ。
希少な宝石を存分に身につけられるのは、この国でも選ばれたごく一部の人間。
ルイーズにはその価値がある。
一般庶民だけでなく、下級貴族、いや、王族以外のすべての人間はルイーズにかしずくべきだ。
……なのに、ここのところ歯車が合わない感じがしている。
先日、気に入っていた男にアクセサリーを持ち逃げされた。
自慢していたところ、いくつかくすねられた。隣国で売られたらしい。
そのまま姿を消されてどうしようもなかった。
一族の恥だから、誰に相談することも出来ない。
兄に知られたら怒られるだろう。
……まあ、いい。
相続した宝石は他にもある。
ルイーズはそう納得して、次はもっといい男を探さないと、と考えた。
自分の美貌と地位があれば、どんな男だって自分を見初める。
父が亡くなってから、ルイーズはあちこちの舞踏会に繰り出した。
毎回豪華なドレスを仕立て、希少な宝石のアクセサリーを身に付けて。
けれど、なぜか近寄ってくるのは下級貴族だけだった。
ルイーズは爪を噛む。
顔がいいのだけを残したけれど、本当はもっと格の高い男と付き合いたい。
ただの公爵家はイヤ。できれば王族レベルの格がほしい。
私は格の高い令嬢なのに、誰も分かってくれない。
侍従は拾い上げた宝石を、箱にしまう。
這いつくばるように頭を下げたまま、恐る恐る口を開いた。
「大変恐れ多いのですが、ドレスの支払いはまだかと連絡がありまして……」
はあ? と勢いよく怒鳴った。
侍従はびくりと肩をふるわせた。
「この間払ったでしょう? まだ足りないって言うの?」
「あ、え、ええと。この間お支払いしたのは四月までに作成した分でして、あと十着分のお支払いがまだ……」
「いい加減にしてよ!」
ドレスは一回しか着てないものもある。オーダーメイドしたあとに気に入らなくなったのだ。
「あんたたちが質が低いものを作ってるから、私が何着も買わなきゃいけないんじゃないのよ」と怒鳴るも、侍従は頭を下げるだけだった。
「いくら滞ってるの」
「ええと……一億クラムです」
「いつまで」
「十月末までにお支払いいただけない場合、当主のハルムート様にご連絡をすると」
ルイーズははぁ、とため息をついた。
今は八月上旬。
この間、パーティーを開いたばかりだ。
友人にもいくらか”貸して”しまって、手持ちはない。
支払いが遅れたと兄に知られたら怒られるどころではない。
ファルネリアの名前に泥を塗ったと、社交界に出させてもらえなくなる。
兄は冷徹だ。
家の格を落とすようなことをすれば、どんな仕打ちをしてくるか分からない。
相続した財産を全て取り上げられて、身ぐるみ剥がされるだろう。
……急いでお金を作らなければ。
「そういえば、ユリウス王子が十月にパーティーを開くって言ってたわね」
「え、ええ、はい」
「そこでユリウス王子に見初めてもらいましょう」
ルイーズはぱっと鏡を見る。
うん、このドレスはダメだけど、もっと宝石が映えるドレスを改めて仕立てればいいわ。
きっとユリウス王子は私を気に入る。
「確か、十月のパーティーではオークションもやるのよね。お金も作れるし一石二鳥だわ」
ルイーズはにやりと笑った。
相続したと言ったって、どうせ宝石に思い入れはない。
ひとつくらい手放してもいいだろう。
「この国で一番レベルの高い仕立屋を呼んでちょうだい」
ルイーズの命令に、侍従は深々と頭を下げた。
1クラム=1円です。
第十八話は明日の12時20分頃投稿予定。
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