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第16話 わたくしたちの大勝利ですわ!

どさり、大きな音がする。

砂っぽい。体中がじんじんする。


何が起きたのかしら。

ぎゅっと縮こまった身体を起こそうとすると、立派な腕がわたくしを抱きしめていた。


「エレーナ、無事か」


わたくしはヴィルヘルムに身体を抱えられていた。

緩やかな崖の下。

なだらかな斜面を転がり落ちたらしい。


「わたくしは平気ですが、ヴィル様は……」

「俺は平気だ。慣れてる」


ヴィルヘルムが身体を起こす。

その瞬間、表情が歪んだのをわたくしは見逃さなかった。

ヴィルヘルムの立派な服は砂に汚れ、ところどころほつれている。顔と身体には擦り傷。




彼の右足にはざっくりとした傷が入っていた。




「け、怪我を……、ヴィル様、足が……」

「見た目ほど深くはない。心配するな」

「でも、でも……!」


どうしよう、と頭が真っ白になった。

手が震えてうまく息が出来ない。


今、わたくしは治療する道具を持っていない。

どこにいるのかも分からないし、ヴィルヘルムを運ぶことも出来ない。



(わたくしが滑り落ちなければヴィル様は怪我をしなかったのにーー)




傷口から真っ赤な血が流れている。

震える手でハンカチを取り出し、傷を抑えた。

けれどすぐ真っ赤に染まって、あまり意味はなさそうだった。


「ご、ごめんなさい。わたくしの不注意で……」

「いや、俺がもっと気にかけていればよかった。エレーナは山に慣れていないんだから」

「でも、……でもっ、」


震える手の上から、ヴィルヘルムが手を重ねる。

すぐ近くで金色の瞳がわたくしを見つめた。


「大丈夫だ。それより、エレーナに頼みたいことがある」

「……っ、は、はい。なんでしょう?」

「このタオルをあの木にくくりつけてほしい。護衛たちへの目印になる」


ヴィルヘルムは腰につけていた真っ赤なタオルをわたくしに手渡した。

鮮やかな赤で、確かに目立つ。


わたくしは震える手で受け取る。

そして指さされた方にある木に走った。


目印にするなら高い位置の方がいいだろう。

登ろうと、枝に手をかけた。


木の幹はざらついて痛い。

足も引っかかりづらいし、滑る。

手が切れて棘が刺さった。


けど、そんなこと言ってられない。

必死で木に登り、赤いタオルを巻き付けた。







ヴィルヘルムの元に戻ると、感心したようにわたくしを見上げていた。


「ありがとう。よく登れたな、あの木。もっと下の方の枝につけるかと思ってたんだが」

「ええ。まあ、なんとか」

「おかげで護衛たちも見つけやすいだろう。落ちた方向はわかっているし、今頃捜してくれているはずだ」


落ちてきた方向を見上げる。

木々に遮られて丘の上は見えない。

それなりの距離を滑り落ちたらしい。


みなに迷惑を掛けてしまった、という自己嫌悪が止まらなかった。

ヴィルヘルムの隣に腰掛け、右足の怪我を見る。

深くないと言っていたからか、血は止まりつつあった。


「護衛たちは頼りになる。俺も子供の頃遭難したことがあるが、すぐ見つけてくれた」

「……はい」

「それより、きみが暗い顔をしていると調子が狂う。もっと笑ってくれ」

「………、無茶を言いますのね。わたくし、そんな脳天気な女じゃありませんでしてよ」


ヴィルヘルムは、ははっ、と笑った。

こんな状況なのに、無邪気に楽しそうな顔で。


「そうだな。ごめん。きみは何があっても高笑いをしているイメージがあった」

「心外ですわ」

「最初に屋敷に来た日。きみがしおらしい顔をしたのはあの時くらいだろう」

「……まあ、そうですわね」

「あれは演技だったようだしな。まさか、目的は金じゃなくて”山”だったとは。面白いご令嬢だ」


ヴィルヘルムは面白そうにクスクス笑う。

わたくしはぎくりとした。

まさか、バレていたとは。


「……すみません」

「いや、責めているんじゃない。まあ、色々……想定外だったが。きみが来てくれたのは俺にとってもいい話だった」

「……え?」


ヴィルヘルムの顔を見上げる。

彼は優しく微笑んでいた。


この縁談はわたくしのメリットしかないけれど。

彼にとっては、ファルネリア家から押しつけられた無理やりの縁談だと思っていたのに。


「結婚、いやだったんじゃないんですの?」

「俺もいい年だからな。実はこの手の誘いはたくさんあるんだ」

「まあ、……そうでしたのね」

「国からの補助金は減らされ、ここ数年は作物も不作。領地を立て直すのに必死で、嫁をもらう余裕はないというのに」


ヴィルヘルムはぽつぽつと語り出した。


ご令嬢たちが、きらきらと飾り立てて会いに来る。

山奥でのんびりした生活が出来るとでも思ったのだろう。

リンドベルグ領の金銭事情をつまびらかに話すと、瞳からすっと熱が冷めて帰っていく。

その姿を何度も見て、もう結婚に期待できなくなった。



「けど、きみは金なんか要らないと言うし、窯が使えないとなれば窯を作り出す。挙げ句の果てには偽ダイヤを売るとか言い出した。なんだこいつ、って思ったな」



はは、と笑う顔は、心底楽しそうだった。

わたくしは頬が熱くなった。

そんな変なことをしているつもりはなかったのだけれど。


「お恥ずかしいですわ」

「面白かった。それに、合成宝石の事業が軌道に乗れば、領地の収入になるだろう。他にはない技術を独占できる。俺にもいい話だった、というのはそういう理由もある」

「確かに、そうですわね」

「だから気兼ねなく頼ってほしい。リンドベルグ領のみなは、きみの味方だ」


ヴィルヘルムはわたくしの手に、大きな手を重ねた。


近い距離で視線が交じる。

端正な顔が、真っ直ぐにわたくしを見つめた。



不意に胸がドキリとして、頬がカッと熱くなった。

……イケメンって、ずるいですわ。



「……ありがとう、ございます」


ふっと視線を逸らした。

調子が狂いますわ。


胸の奥がムズムズする。

何かしら、これ。

唇をキュッと噛むと、ヴィルヘルムはふふっと微笑んだ。


「それに、きみの活躍を特等席で見れるのは、楽しい」


小さく囁かれた言葉が、ふっと耳に届く。

なんだか甘い気がして、なんて返していいか分からなかった。







しばらく隣り合って語った。

わたくしたちの過去や、好きなものなど。

暇だったから話題は尽きない。

合成宝石の事業展開も話して、どうやって軌道に乗らせるかをふたりしてうんうんと唸った。


「旦那様! エレーナ様!」


大きな声がして、わたくしたちはハッと顔を向ける。

護衛たちが息を切らして駆けてきた。

よかった、見つけてくれたみたいだ。


「遅くなり申し訳ございません、お怪我はありませんか」

「ヴィル様が足を……」

「いや、歩ける。大丈夫だ」


止血していたからか、血は止まっていた。

護衛のひとりがてきぱきと消毒をし、包帯を巻く。

やや赤く滲むが、先ほどまでではない。


落ちてしまったのはわたくしのせいだ。

頭を下げて謝ると、護衛たちは焦ったように「謝らないでください」と叫んだ。



「あのタオルのおかげで場所が分かりました」

「ああ、よかった。あれはエレーナがつけてくれたんだ」

「……え!? エレーナ様が!?」


ヴィルヘルムの言葉に、護衛たちが目を丸くしてわたくしを見る。

ほかに登れるひとがいないなら登るしかないじゃないのよ。

身じろぎしたくなるものの、護衛たちは「すごいです、エレーナ様」と感心していた。

あの木は玄人でも登りづらい木だったらしい。








手当も済み、そろそろ帰ろうかという頃。

護衛のひとりが「あれ?」と何かに気づいた。


「どうされましたの?」

「……エレーナ様、あれ」


指さす方向には、木々の奥に白く輝く壁があった。

ずっと座っていたのに気づかなかった。


その護衛と一緒にぱたぱたと駆けていく。

ひび割れ、乾燥した白い崖。

太陽を反射して虹色の光を放つ。


息を呑んだ。


「……珪砂ですわ」


ガラスの主成分になる材料だ。

これほどに混じりけのない色は初めてだ。純度が高いのだろう。




……この珪砂があれば。

偽ダイヤの品質も、格段に上がる。




「エレーナ、どうした」


ヴィルヘルムが後ろから声を掛ける。

そして同じく白い崖を見上げて、ハッと息を呑んだ。


「見つけましたわね」



わたくしは振り返った。そして、にこりと笑う。



「わたくしたちの大勝利ですわ!」

第十七話は18時30分頃投稿予定。

次話より、第一ターゲット•ルイーズ登場。

ざまあ展開までカウントダウン開始。

ブクマ&☆5評価、ぜひぜひよろしくお願いします!!

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