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第10話 そんな甘い退路をこの悪女に与えてはなりませんわよ?


それからは試行錯誤の日々だった。

石を砕き、混ぜ、焼く。

毎日毎日、何回も何十回も繰り返す。


手はもうボロボロで、身体もくたくた。窯の煤と石の粉で汚れる日々。

窯の様子を職人に見てもらったり、ガラス職人に調合の仕方を相談したりもした。


領地の人間に尋ねると、みな優しく教えてくれた。

次第に、暇なときに手伝ってくれる人も増えた。


わたくしがヴィルヘルムの婚約者というのは、なかなか信じてもらえなかった。

「まさか、ご令嬢がガラス作りなんてするわけないだろう」と笑われたけれど、ヴィルヘルムが背後で「本当だ」というと、みな全身を飛び跳ねさせて謝ってきた。







気がつけば、リンドベルグ辺境伯領に来てから三ヶ月が経っていた。


季節は夏。

太陽が眩しく、昼はさすがに暑い。


「うーん、うまくいかないわねぇ」


何度言ったか分からない台詞を口にしていた。

領地の庭、わたくし用の窯のそばの作業用テーブル。

目の前のトレイには白く濁ったガラス。


最初に比べればひび割れは減り、中の気泡もなくなった。だが、それでもまだ綺麗なガラスとは言えなかった。

宝石と思わせるくらいには、もっと透き通った輝きがほしいのだけれど。



「エレーナ、今日はどうだ」

「あ、ヴィル様」


領地管理の仕事が終わったのか、ヴィルヘルムが声を掛けてきた。

手が空いた時はこうして気にかけてくれる。

先日、「ヴィルでいい」とぼそっと呟かれた。

愛称で呼ぶことを許されるくらいには心が許されたらしい。


「まだ濁りは解消しませんわ」

「そうか、難しいな」

「ええ。ちょっと焦りますわね」


ここ三ヶ月、同じことを繰り返している。

偽宝石作りで駆り出した領民にはある程度の手当を与えているけれど、そのお金はヴィルヘルムに借りている。


(わたくしが使った分のお金は後で必ず返すって言ったのに。全然目処が立たないじゃないの)


はぁ、とため息が出てしまう。

一歩進んでは一歩下がり、一歩進んでは立ち止まる。

暗闇の山道をひたすら進む。そんな不安ばかりが膨らんでいた。



「……でも、成功させますわ」

「エレーナ」


ヴィルヘルムがわたくしの手を止めた。

金色の瞳がまっすぐに見ていた。


「そんなに気負う必要はない。いざとなれば籍を入れよう」

「どういうことですの?」

「もしうまくいかなくたって、俺の収入で暮らす分にはーーーー」


問題ない、と続けるヴィルヘルムの唇に、わたくしはそっと人差し指を当てた。

しぃー、と黙らせるように。



そんな甘い退路を与えること、この悪女に言ってはなりませんわよ。



「生憎、わたくしは諦められませんの」



このまま全てを水に流して、遠くの地でのんびり暮らすこともできるだろうが。

わたくしの怒りはそんなものでは収まりませんでしてよ。




「うまくいかない、じゃないんですの。うまくいかせるんですわ」




にこり、と笑う。

こうした時には笑うのが一番だ。



ひとつひとつ失敗の原因を潰していけば、必ず正解に辿り着く。


ガラスのひび割れはなくなった。

窯の温度が均一になったからだ。

中に含まれる気泡は減った。

材料を混ぜるとき、より細かく砕くようにしたから。


白い濁りだって最初に比べれば減っている。

洗って、ゴミをとって、ふるいにかけたからだ。


少しずつでも前に進んでいる。そう、信じて。





「……そうか」

「ヴィル様にはご迷惑をおかけして申し訳ありませんわ」

「いや、俺のことは気にしなくていい」


ヴィルヘルムは端正なお顔で、ふふっと笑った。

なんだか面白いものでも見たようなお顔で。


「きみの活躍を特等席で見られて嬉しいよ」

「あら、見世物じゃなくてよ」


はは、と笑う横顔は、肩の力が抜けていた。

彼がこうして見守ってくれるから、わたくしも試行錯誤を続けられる。







焼き上がりを待つ間、窯の近くで次はどうしようかと話していた。

不思議とヴィルヘルムの胸元が目に入った。

ちらりと視線を向ける。


彼の胸元にはゴーグルがある。

窯から中身を取り出す時に、火の粉が目に入らないようにかけるものだ。

そのゴーグルが、白く曇っていた。


……なぜ?



「エレーナ? どうした?」


急に黙り込んだからか、ヴィルヘルムが心配そうに声を掛ける。

わたくしはじっと、その曇ったゴーグルを眺めた。


……そうか。



「これですわ!」



勢いよくヴィルヘルムの胸元に飛び込んだ。ゴーグルを見ようと。

わっと声を上げてヴィルヘルムがよろめく。

さすが鍛えているからか、飛び込んだわたくしをしっかりと支えた。


ヴィルヘルムは「あ、え、エレーナ?」と困ったように頬を赤らめていた。

顔の距離は近い。

もう、ちょっとで唇がくっついてしまうくらいには。


でも、いまはそれどころじゃないんですの。


「わかりましたわ」

「え、ど、どうした」

「濁りの原因が」


口角を上げる。

ああ、よくやりましたわ。



「これで勝てますわ」


第十一話は17時30分頃投稿予定。

ブクマ&☆5評価、ぜひぜひよろしくお願いします!!

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