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魔法使いのBar  作者: 宵待
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Fifth Glass

今年も桜が咲いた。

 淡く白く、ほのかに薄く桃色の、優雅でいて愛らしく、神々しくも儚い、あの桜を見るのはもう何度目だろう。

 真昼の桜は華やかだ。青空を透かして一斉に花を揺らす姿はゴージャスですらある。舞い落ちる花びらまで絵画のように情感に訴える。単体で見ても群生で見てもいつだって桜は美しい。

 そして桜が連れてくる季節には、必ず人の出会いと別離の記憶が溶け込んでいる。

 それはまるで習性のように、咲きはじめる前からちりちりと胸の奥にしまわれた引き出しの鍵を回し始め、開く準備を開始する。一年間すっかり姿を隠して引き出しがあることすら思い出すことは無かったのに、必ずと言っていいほどその儀式は訪れる。

 いつしか満開が過ぎ去りその花を散らす頃には、引き出しの中身はすべて心のある一部分を埋め尽くすように散り敷かれている。ほんの少しも色褪せることなく、生々しく新鮮な色味を帯びたままで。

 だから毎年その準備をしなければならない。あまりの鮮烈さに圧倒され、目が眩んでしまわないように。

 あの桜の木の下で、もう一度会う約束を交わしたあの人の記憶を、ゆっくりとなぞりながら開いていく準備を。


 亜弥(あや)は空になったグラスを乱暴にカウンターに置いた。コースターから派手にはみ出してしまった為、グラスの底が打ち付けられるターンという高音が店内に鳴り響く。

 もう何杯目になるのか、五杯を過ぎたあたりから数えるのをやめた。透きとおった琥珀色の液体が、絡みつくように喉を伝い落ちて、胃の中がカッと熱を持つ。自分の胃液はきっといま琥珀色をしていると思う。それが熱く沸騰して全て溶かし尽して、ついでに胃を通り抜けて体中に沁み渡り、血管をたぎらせているのだ。頬や手がぐつぐつと熱いのは、血が燃えているせいだ。

亜弥はバーボンが血液と混ざり合って全身を流れていく想像に、急に可笑しくなって目だけで笑った。A型の血は、酒と混ざったらいったい何型になるのだろう。

 焦点の定まらない目でほくそ笑む異様な様相に、白髪を綺麗に撫でつけた初老のバーテンダーが、見かねて水を入れたグラスを寄越す。

 亜弥はカウンターに横たえた腕に顔を押し付けていたが、水を見るや否や起き上がり、バーボンを飲み干した空のグラスを掲げた。

「水なんていらないわ。おかわりちょうだい」

 バーテンダーは呆れたように肩を竦めると、グラスに心持ち少なめの酒を注ぎ足した。

 ストレートで飲み続け、八杯目になる。いくら酒に強いとはいえ、つまみも食べず、夕食すら取らずで飲んでいては、たちまちのうちに酔いはまわってしまう。頭も、体も、精神さえ酔って正常に機能しなくなる。

 亜弥はそれを待ち望んでいた。

 正常ではなくなる時を、冷静に計っていた。

 桜の季節は嫌いだ。開けなくてもいいものが、勝手に開いてしまう。意志とは無関係に、捨て去ることも、閉め切ることもできない、不確かで不毛なものが、冬眠を終えた蛇のように秩序正しく抜け出してくる。

 覚えていたいことは忘れてしまうのに、なぜ忘れてしまいたいことに限って覚えているのだろう。ご丁寧に引き出しまでつくって。

 八杯目のバーボンを啜りながら、亜弥は意識が微睡んでいくのを感じていた。


 十年前、瀬尾(せお)亜弥(あや)は新入社員として中堅どころの広告代理店に就職した。一般事務職としての採用で、大した義務感も向上心も持たず、周りに合わせて就職という道を選んだに過ぎなかった。広告会社でも商社でも不動産屋でも、事務職のOLに大差はない。

 同期の女性陣もみな似たり寄ったりだった。あわよくば未来の結婚相手でも見繕って寿退社でもすれば、十分人生の花道を飾れるとばかり考えていた。

 事実、営業職の新卒採用の枠は多く、男性はよりどりみどりにも見えた。三年目、五年目で少しこなれて男としても程よく脂ののった独身者も多かった。

 亜弥はそれなりに身なりにも化粧にも気をつかっていたし、学生の頃から続けている水泳で引き締まった体型も維持していた。二重でぱっちりとした目も気に入っていたし、背中にかかる少しウェーブがかった髪も、女らしい魅力を引き立てる一つと自負していた。

 

入社して間もなくの頃だ。

今どき時代に逆行でもするかのように、花見の場所の確保は新入社員の役回りと聞かされた。

 しかも、なぜか事務職からも一人選出してほしいと言い募られ、当然誰も手を上げず、やむなく開催されたくじ引きで決定したのが亜弥だった。

 同じく営業職から選ばれて、一緒に場所取りをすることになったのは、新入社員で同期入社の桂木(かつらぎ)(とおる)だった。亨は営業らしくしっかり自ら手を挙げて立候補してきていた。

 しぶしぶ引き受けた亜弥とはそもそも傾ける熱量から違った。

 なんと前日の金曜日の夜九時から、絶景の確保に向けて会場となる公園へ行こうという。

花見は土曜日の五時からだ。あまりに馬鹿げた提案に、亜弥は呆気に取られて声も出なかった。

 それを、亨は了承したものと受け取ったらしい。

「じゃあ八時に駅で」

 そう言い残すと、返事も待たずに一人でさっさと退社してしまった。しばらく呆然としていたが、我に返るとやはりあまりにも無謀だという思いがふつふつと湧き上がってくる。それと連動するように腹も立ってきた。勝手に決めて、勝手に帰ってしまったうえ、他に打ち合わせらしいことも何もしていない。

 憤懣を押し留め、帰り支度をするために自分のデスクに戻ると、同情めいた顔で隣の席の同期社員、倉田里奈が声を掛けてきた。

「大変ね。夜の九時からですって?」

 そう言いながらも、絶対に代わってはくれないのだろう。

「ほんとにいい迷惑」

 うんざりした声色を隠すこともなく答えた。会社の指示でなければ、無視して行かないところだ。亜弥は恨めしそうに里奈を見た。役を免れほっとした顔でデスクの片付けにいそしんでいる様子に、密かにくじ引きで使いきった運で、なにか不運でも掴めばいいと呪詛めいた思いまで掠める。

 その視線の意図に気づいたのか、里奈は少し怯えた表情で首を竦め、慌てて付け足した。

「でもほら、桂木君、結構いいじゃない。同期の中でも有望株だし、背も高くてなかなかイケメンだと思わない?チャンスだと思って、ね」

 白々しい笑顔を残して、里奈は早々に帰り支度を終えて逃げるように背を向けた。

 亜弥はバッグを整理する手を止める。言われて、改めて亨を思い返してみた。

 確かに背は高くて顎が引き締まった精悍な顔つきは嫌いなタイプではない。なにかスポーツをやっていたことは明白な綺麗な筋肉の付き方をしているし、健康的に日に焼けてすべらかな肌は魅力的ではある。嫌いなタイプではないどころか、むしろ好みの方かもしれない。

「チャンス、ねぇ・・・」

 小さく呟いて、しかしああいう人の都合も聞かない野放図な態度には辟易するものがある、と、むくむくと起き上がりはじめた好奇心を、どうにか押しとどめた。


 八時。時間ぴったりに駅前につくと、改札の灯りの下に亨がぽつんと佇んでいるのが見えた。

 その瞬間、わずかにあった期待が砕け、人知れず肩を落とす。もしほんのちょっとでも遅れてきたら、すぐに帰ってやろうと思っていた。

 しかし、約束の時間に、おそらくそれよりも少し前から、きっちりと亨はそこにいた。

 近づいて来る亜弥に気づくと、気さくに右手を挙げて合図する。とっくに視界にとらえていたが、そんな素振りは露ほども見せず、亜弥はまるではじめて気がついたとでも言うように「あら」という表情をつくって傍まで歩を進めた。先に見つけた方が負けだとでもいうような、妙な対抗心が芽生えていた。

「夜は結構冷えるね」

 屈託なく亨は声を掛ける。亜弥の物言いたげな視線はお構いなしだ。

 それなら明日の朝にすればよかったのに、口ではなく心の中で毒づき、無言で肯定を示す。

「行こうか」

 亨は亜弥の苦虫を嚙みつぶしたような表情もまったく意に介さず、改札をくぐって颯爽と先に行ってしまう。置いていかれそうになって、亜弥は慌てて後を追った。

 亜弥も亨も会社までは徒歩組だ。つまり最寄り駅は同じ。会社近くの駅で待ち合わせて、目的地の公園がある駅まで向かう。電車で約二十分。そこから歩いてまた二十分。公園の階段を上がって広い敷地の桜の区画まで向かうのに二十分。

 風はだんだんと冷気を増してくる。こんな気温の中、まさか野宿までさせられたりしないだろうか、と恐怖にも似た懸念が沸き起こった。もしそんな愚案を持ち出されたら、どんな言い訳をしてでも絶対に固辞しようと人知れず心に決めた。

 電車に乗ると、車内に控えめに効いている暖房にほっとした。車窓から外を見ると、灯りのともった建物の景色が光の筋をつくって次々と流れていく。ふと蛍みたいだな、と思った。あるいは、人魂のようだな、とも。

「クリスマスみたいだね」

 突然後ろから声がして、思わずその顔を見上げた。亜弥より頭一つ分くらい高い。

「クリスマス?」

 亜弥は繰り返した。なんだっていまクリスマスなんだ、と怪訝な思いが隠せない。

「電飾みたいじゃない?いろんな色がまざって、筋みたいに繋がって」

 その解説を聞きながら、なるほど確かにそう見えなくもない、と思い直した。

 亨にはこの景色はそのように見えているのだ。しかしやはりクリスマスとは。

 亜弥は思わず吹き出してしまう。

「随分季節外れじゃない?それか、気が早すぎるか」

 その顔を見て、亨がわが意を得たりとばかりに、にっと笑った。

「やっと笑ってくれた」

 あまりにも正直な言葉と笑顔に、狼狽えそうになる。気乗りがしないせいで、おそらくずっと不興な顔をしていたのだろう。心を見透かされたようで、急に恥じ入る気持ちに襲われ俯いた。

「大体女性に場所取りさせるなんて、それこそ時代錯誤だよなぁ」

 愚痴っぽく零しながらも、どこか本気ではなく楽しそうな亨を見ていると、いつまでもぐじぐじ不満の鍋を沸かし続けているのが馬鹿らしく思えてくる。どうせなら、楽しんでしまった方が得ではないか。

 そこそこ好みで将来有望な彼と二人きりで夜の公園へ出掛けるのだ。桜だって満開で、一番乗りで見られる。考えて見ればそう悪いことばかりではない。

「夜の桜は綺麗でしょうね」

 亜弥は澄み渡った墨色の空に、白い花弁を光らせるように潤沢に広げた桜の大樹を思い浮かべ、うっとりと呟いた。

 その淡く瑞々しい芳香が、今にも鼻先に漂ってくるようだった。

 

 道中は思いのほか楽しかった。話題がなくて沈黙が続いたりしたらどうしようかと気を揉んでいたが、亨は話し上手で聞き上手だった。気の利いた冗談はけして嫌味でもいやらしくもなく、亜弥を心からリラックスさせ笑わせた。

 あっという間に公園について、暗闇の中、等間隔に配置された薄い街灯の灯りを頼りに階段を登っていく。スニーカーを履いてきてよかったと思った。石造りの階段は、転べば手痛い怪我をしそうなほど硬質な冷たさを放ち黒々と並んでいた。

冷えていた体が、段を上がるに連れてじわじわと温まってくる。吐く息にもぬくもりがまざり、少し息遣いも次第に荒くなる。この階段を登るか、回り込んで坂道を登るかのルートで上まで行けるようになっていた。帰りは坂道にしようと思った。頼りない灯りの元、下りの階段は真っ逆さまの暗穴に飛び込むようで、想像するだけで身震いした。

 最後の段を上がって、視界が開けた。広大な広場。その奥の方に桜並木が見える。今年の開花は通年より若干遅いという。それもあって、思った通り、今が満開のようだった。

「よし、じゃあ最高の場所を見つけよう。腕の見せ所だ」

 張りきった調子で亨が右腕を空へ突き上げる。

 亜弥も俄然やる気が湧いて、亨の後に続いて桜を目指して歩き始めた。


 どの枝も見事だった。淑やかで可憐な花が、密集して鞠のように身を寄せ合って咲いている。寒さなど忘れ、花を見上げては感嘆の溜め息を幾度も漏らした。

 ソメイヨシノ。美しい名だと思った。その名に相応しく、いま見ごろを迎え美しく花開いた桜は、堂々として品があり、力強くてたおやかだった。

「桜の下には人が埋まっている」

 不意に亨が耳元近くで囁いた。亜弥はぎょっとして振り返る。すると、亨は例のしたり顔でにっと笑った。

 明らかに亜弥の反応を楽しんでいる。

「物騒なこと言わないで」

 亜弥は咎めるように言ってみるが、言葉ほどけんを含んでいないことは分かっていた。

「昔から言うじゃないか。人の養分を吸っているから綺麗なんだって。桜ってさ、神秘的だけど、なんか恐ろしいよな」

 飄々と口にする亨に、はたと亜弥は魅入った。神秘的で恐ろしい。全くその通りだと思った。美しいだけじゃない、夜の桜は、そう思わせるある種の妖しさを秘めている。

 亜弥はそのときには気づき始めていた。亨が、気になっていることに。いや、もうかなり前から気づいていたのかもしれない。もっと知りたいと思ったし、話したいと思った。彼の軽口の中にある重厚なもの、それは、とても亜弥の心を揺さぶるものだった。亨の存在は、明らかに亜弥を揺さぶりはじめている。

―チャンスだと思って

 里奈の言葉が脳裏に浮かんだ。しかしすぐさまそれを払い除ける。そんな紙風船みたいにすかすかで軽いものではない。もっと心の奥底で繋がるなにか、漠然としていて言語化は出来ないが、そんななにかを感じていた。

 そしてそれを感じるのに、知り合った期間や過ごした時間や交わした会話、その長さと質量には全く左右されるものではないとも思った。一瞬でも感じる時には感じるし、落ちる時には落ちるのだ。一目惚れというには似て非なる感覚。大げさに言えば、魂と魂が触れ合うような、もっと生々しい手ごたえだった。

「ちょっと歩こうか。どうせなら全部見て、一番いいところを選ぼう」

「そうね、せっかく来たんだし」

 亜弥は了承して亨と並んで桜並木の下を歩いた。

 さわさわと通り抜ける夜風が枝を揺らす。桜の囁きが風の音に混ざり、香りが全身を包み込む。

 まるで現実感がなかった。誰もいない夜の桜の庭園を、亨と二人で歩いている。

 会話はなく無言の散策だったが、言葉なんて必要なかった。同じものをみて同じことを感じているとわかっていた。それは話をするよりももっと親密ななにかを共有している感覚をもたらしていた。

 しばらくすると、桜が途切れた。園内をぐるっと一周まわって、元居た場所に戻る。

 少しずつ、手足が冷えてかじかんでくる。もう随分屋外にいるままだし、気温もぐっと下がってきた。昼間は上着も必要ないかと思える陽気だが、やはり夜はまだ十分に冷える。明日はひざ掛けと厚めのコートが必要かもしれない、と意識が桜から少し離れた。

「あれ、あんなところにも木がある」

 亨の声がした。手に息を吹きかけていた顔をあげて、亨が見つめている方向に視線を伸ばす。

 桜並木の庭園から離れてなだらかな斜面を下った先に、一本の桜の木が立っているのが見えた。遠目にも、それは至極立派で、闇の中たった一本立ち尽くす姿は、ことのほか妖艶に映った。

 しばらく無音で見つめた後、亨がぽつりと呟いた。

「見に行こうか」

「え?」

 亜弥は目をしばたたいた。見に行っても、あそこに場所は取れない。花見をしていいのはこの区画だけだ。

「見に行こう。あの桜が見てみたい」

 しかし亨はその桜から視線を離さずきっぱりと言うと、もうその方向へ歩き出していた。 

 亜弥もその場で放置されるには忍びなく、仕方なくついていく。正直に言えば、亜弥もその桜が気になっていた。

 たった一本、群れからはぐれたように咲いている桜。

それは、自分で選んだ孤独に凛と胸を張っているかのように見えた。背筋を伸ばし、自信をもってそこに根を張っているように。

 斜面を下り、桜に向かって歩いていく。近づくにつれ、なぜだか胸が高鳴って、息苦しくすらなってくる。自分がとても緊張しているのだとわかった。

 なにに?あの桜に?亨に?それとも亨とあの桜を見ることに?

 動揺と逡巡を繰り返しながら、ついに桜の木の下へ立った。

 見上げて、息を飲む。

 遠目で見ていたよりも、ずっと大きい。分厚い桜の層が、覆い被さるように迫ってくる。吹き抜ける風に揺らされると、大勢のざわめきのように花の声が辺り一面を取り囲んで、まるで白い息吹に全身をのまれ、閉じ込められてしまうような錯覚をした。上からも下からも、左右からも、足元が持ち上がってゆっくりと回転しているかのように、平衡感覚すら見失ってしまう。

「すごいな・・・」

 亨が呆然とした声で呟いた。その迫力に圧倒され、他の言葉は出てこなかった。

 この下に人が埋まっていると言われても、疑いようもなくそうに違いないと思えた。

 人を喰って呑み込んで、それを糧に今打ちのめすような気迫を湛えて聳え立っている。

 恐ろしい、というよりは、胸が震えた。どうしようもなく震えた。為すすべがないほどの力を見せつけられると、人は言葉を失ってただ魂が震えるのだとわかった。

 実際、亜弥の体は震えていたのかもしれない。気づいた亨が、自分のコートを脱いで亜弥の肩に掛けた。そのぬくもりに、ようやく現実に意識が引き戻される。桜に呑まれかけていたと気づいた。

「大丈夫?だいぶ冷えてきたし、さっさと場所だけ決めてしまおう」

 気遣うような優しい声が降ってくる。顔を上げると、心配そうに亜弥を見下ろす視線と重なった。

 私はこの人が好きかもしれない。

 不意にそう思った。しかしそれは恐ろしい思いをした瞬間のつり橋効果のようなものなのかも知れないし、今の非現実的な状況で正常な判断が出来なくなっているだけなのかもしれない。

 亨がゆっくり亜弥から視線を外す。そして最後にもう一度桜を見上げた。亜弥も見上げた。

「秘密だね」

 亨が呟いた。亜弥は亨の横顔を見つめる。

「この桜の下に立たなければ、この感情は理解できない。でもこれは、他の人には知ってもらいたくないな」

 亜弥も同じことを考えていた。秘密にして共有して共犯になりたい。

 誰にも知られたくなかった。これは、安易にばら撒いていいような情報ではないと思った。

 ちゃんと感じる人だけと、分かち合いたい。

「私たちだけの、秘密ね」

 亜弥も同意した。拒む理由なんてなかった。

 その日から、密やかな秘密を共有して、亜弥と亨は近づいていった。 


 ついに半ば強制的にバーを追い出された。

 まあカウンターで眠り込んでしまったのだから仕方がない。申し訳なさそうに、おもねるような視線で退店を促す初老のバーテンダーを恨むのは、お門違いだろう。

 しかし、まだ家には帰りたくなかった、一人の部屋に帰れば、無音の孤独に押しつぶされ、考えなくてもいいことを考えて、ますます気が塞いでしまうのは目に見えていた。

 今夜は金曜の夜だ。冬の澄んだ夜空に月も鏡のように白く輝いている。

 まだもう少し、外の時間を楽しみたかった。孤独の時間を減らしたかった。

 肌を刺す冷気に酔いも幾分覚めてきている。思ったよりもしっかりした足取りで、夜の道を歓楽街へ向かって進んだ。

 しかし、なかなか目的の地には到達しない。歩いても歩いても同じ場所をぐるぐる回っているみたいだった。夜光虫のように揺らいで見えるネオン街は、本当に虫のように移動しているのかいつまでたっても近づかない。

やはり酔っているのだろうか。そう考え始めていたとき、細い路地奥に灯りが見えた。目を凝らすと、その先に扉がある。

 亜弥は無意識に路地に入り、真っ直ぐ進むと扉の前に立った。看板も照明も無い。それなのに、扉自身が意志を持って輝いているように、見えない触手が腕を引いて亜弥を誘っていた。

 伸ばした手はいつの間にか把手を掴んでいた。無意識の内に、ゆっくりと下ろす。

 カシャリ。一眼レフのカメラのシャッターを押し込んだ時のような、期待に満ちた音がした。

 扉を押して中を覗くと、あたたかな間接照明の灯りの中、美しい琥珀色のカウンターが伸び、スツールが並んでいるのが見える。カウンターの内側の棚には、磨き上げられたグラスが行儀よく陳列されていた。

 バーだと分かると、亜弥はほっとして後ろ手で静かに扉を閉め、中に入った。

 見ると、入口近くのスツールには子供が座っている。四・五歳くらいだろうか。腕時計を見るともう十時だ。いったいなんだってこんな時間に、こんなバーに、こんなに幼い子供がいるのだろう。ここの店主の子供か何かだろうか。

 訝しんで立ち止っていると、その子供がカウンターの奥に向かって声を掛けた。

「ハル、お客さん」

 つられて亜弥もカウンターの中を見る。すると、一人のバーテンダーらしき人物が見えた。さっき店内を見た時は、中に誰もいなかったように思えたが、屈んでいたかなにかだろうか。

 亜弥が見つめる中で、その人物が振り返った。

 人間離れした碧い瞳。とても美しい容貌の、少年だった。

 この店には子供しかいないのか、とますます訝しく思いながら、亜弥は店を出るか否か瞬時に勘案した。万が一危ない店で、こちらまで害を被ったら困る。

 そんな心中を見透かしたように、ハルと呼ばれた少年は澄みきった声で言った。

「いらっしゃいませ。こちらへどうぞ」

 僅かでも疑念を抱いたことを恥じ入ってしまいそうなほど、清廉な笑顔だった。

 そうだ、もしかしたら酔っていて、正確に顔を判別できていないだけなのかもしれない。

彼は本当はもっと大人で、ここに座っている幼い子供の父親なのかもしれない。

そう思い込み、考え始めると、もうそうに違いないとしか見えなかった。まるっきりそれが真実に思えてきた。

 亜弥は一つ息を吐くと、ハルの前のスツールに腰を下ろした。

「何を召し上がりますか?」

 問われて改めてハルを見上げた。見るほどに美麗で、そして幼く感じた。

 亜弥は頭を振って頬をぴしゃりと叩く。やっぱりストレートで八杯はやりすぎだったか、と自嘲し反省する。

 しかしせっかく訪れたバーだ。家に帰る前になにか飲みたい。もっと時間を擦り減らしたい。亜弥は考えあぐねて黙り込んだ。

「ずいぶんお酒を召し上がっていらっしゃるようですが、なにを?」

 ハルが静かに訊ねる。急に叱られた子供のような気分になって、両手をカウンターの下で擦り合わせて体を縮めた。思えば、ほとほと無茶な飲み方をしてきていた。

 この綺麗な顔立ちの少年に見破られたことに、ことの他恥じらいを感じる。

「あの、ウィスキーを少し」

 言い淀みながら、小さな声で答える。すこし酔いが覚めた気でいたが、やはりバーテンダーから見れば客の摂取した酒量くらい容易に読み取れるのかもしれない。水でも出されるか、と身構えた。

「ウィスキーがお好きですか?」

 あくまで静穏な問いかけに、亜弥は心持ちほっとして肩の力を抜いた。責めるつもりはないらしい。

「ちょっと、家に帰りたくなくて、ずるずると飲んでしまって。ウィスキーは好きだけど、他のお酒でも・・・」

 見回してみると、客は誰もいないがウィスキーをストレートで煽るような店構えではないと思えた。もっと柔らかい、カクテルみたいなものが似合いそうだ。

「それでしたらウィスキーベースのカクテルをご用意します。当店のカクテルには一つだけ、魔法をまぜることができます。あなたの望む魔法を、教えていただけますか」

「魔法・・・?」

 亜弥は口の中で繰り返す。

 ほどよく意識を満たす酔いの中で、その言葉はいっそう蠱惑的な響きを以て、亜弥の心を揺さぶった。


 花見は大成功だった。場所取りをした亜弥と亨は、課長から部長から課の同僚から絶賛の嵐を浴びた。なにしろ前日の夜九時から場所を物色したのだから、こうでなくては割に合わない。しかし、途中からどんどん雲行きが怪しくなり、二人は場所取り奉行なる異名を付けられ、その後ことあるごとに幹事にされるようになった。全く、本当に割に合わない。

「参ったな。こんなことになるならもっと適当にやっとくんだった。ほんとごめん」

 亨は亜弥を巻き込んでしまったことに、心底申し訳なさそうに頭を垂れた。

 退社後、近くの居酒屋で、生ビールを頼んで乾杯をした後だった。

今日は新入社員歓迎会の打ち合わせだ。自分たちが新入社員なのに、なぜか自分たちで歓迎会の企画を練ることにとてつもない矛盾を感じる。

「こうなったら仕方ないわよ。どうせならめいっぱい高い店で豪遊させてもらいましょう」

 予算は決まっているが、枠内ぎりぎりまで吊り上げる気構えで亜弥は言った。

「瀬尾さんて、わりとアグレッシブなんだね」

 呆れたような口調だが、その目はしっかりと愉快そうに笑っている。亨ももちろんその気らしい。

 ああでもないこうでもない、なかなかしっくりくる店は見つからず、どうにも候補を決められない。しかし、二人とも本当は気づいていた。こうやって顔を寄せ合って一緒にいる時間を長引かせたいと思っていることに。互いにわざと終着させる結論を避け(さけ)ている事に。

 心の通う相手との問答、引き算と足し算を駆使し、押したり引いたりの綱引きをしている駆け引きの段階、そんな曖昧な関係で共にする逢瀬は、時間を忘れるほどに魅惑的だ。

 秘密を共有する甘やかな高揚感は、二人を確実に近づけていた。

 噂が先か付き合ったのが先か、収まるところに収まったという形で夏の終わりには恋人同士になった。月並みだが、浴衣を着て二人で花火を見に行って、その帰り道に亨から申し込まれたのだ。

 もはや導火線はぎりぎりのところでいつまでもくすぶっていたし、どちらの一手でも簡単に燃え移る寸前だった。それでもなかなか踏み出せなかったのは、やはりセオリー通りに進み過ぎる事への密かな反発と羞恥があったからだ。

 はじめての社内行事であった花見での共同の汚れ役、その後押し付けられた二人への理不尽な役回り。業務外に課せられた二人きりの任務と責務。

見えない力で外堀から埋められて、なるべくように仕立て上げられたかのような誘導感が、本当はそうではないのに、という反抗心とぶつかって簡単には受け入れられなかった。

周りの圧力なんて関係なく、心がつながる瞬間を二人で探し当てていたことを証明したかった。けれどそんな抵抗ももはや限界だった。二人とも、一日でも早く互いに触れたくて仕方がなかったのだから。

 交際は順調に進んだ。亨は優しくてウィットに富んでいて、聡明だった。そして亜弥をふんだんに愛してくれた。営業成績も好調で、上半期の新人賞を取った。会社自体も海外に支社を増やし、順調に成長していた。誰の目にも万事順風満帆だった。


「なあ亜弥」

 亜弥の部屋で一緒に夕食を食べたあと、缶ビールを傾けていた亨が首を回して呼び掛けた。亜弥は洗った二人分の食器を拭いて棚に戻している所だった。部屋には今夜のメニューだった生姜焼きの匂いがカーテンや絨毯の起毛から微かに漂っている。

「なあに」

 亜弥は短くこたえた。このあとは、明日のお弁当の準備と洗濯をして、お風呂に入ったら掃除もある。今日亨は泊っていくのだろうか。忙しく手を動かしながら、頭の中では間断なく一日の手順が流れ続けていた。素早く冷蔵庫の中身も精査する。亨は実家暮らしだから、一人暮らしの手間と勝手はわかっていない。

「あのさ、もうすぐ付き合って一年、だよな」

 亨が歯切れ悪く語尾を詰まらせた。明晰な彼にしては珍しい。それだけで、なにか特別な話を切り出そうとしているのがわかった。

「そうね」

 布巾を置いて、亜弥は答えた。こういう時は話しやすいようにきちんと聞く姿勢を見せた方がいい。おざなりにすると放置した濡れ葉のように張り付いてしまい、それが形を崩したまま残って拾い上げられない染みとなる。そうなってしまってから取りなそうとする手間と労力の方が、どれほど不毛か熟知している。いったんこじれたものを元に戻す苦労など、前もって摘んでおく方が利口だ。亨は鷹揚で分別も弁えているが、若干古風な気質がある。改まった話をぞんざいな態度で受け流されることを嫌うのは承知していた。

亨はビールの缶をテーブルに置いて正座した。その形式ばった様子に、亜弥は慌てて小さなカウンターキッチンから出て、亨の前に膝を揃えて座った。

「まだ早いとは思うんだけど」

 亨は亜弥の目を真っすぐに見つめた。声が掠れている気がした。亨の緊張が空気を伝ってびりびりと流れ込んでくる。

「結婚、しないか」

 その瞬間を、予感はしていた。でも予感と実際とでは雲泥の差があった。用意していた返事も反応も披露出来なかった。なにかに打ちのめされて、心は乱暴に揺さぶられた。   

この感覚には覚えがある。そうだ、あの日亨とみた、あの一本の桜を通して味わった感覚だ。

 亜弥が顔を強張らせたまま押し黙っていると、亨は何か勘違いをしたのか取り繕うように説明を並べはじめた。

「実はアメリカの支社への転勤の話があるんだ。新規事業の立ち上げのメンバーに入ってほしいって。俺、結構英語できるしさ。三年って言われてるけど、そんなに離れるの、俺無理だよ。もしかしたら滞在も伸びるかもしれないし。それで、家族なら同行できるんだ・・・。つまり、亜弥が妻なら、いっしょに行けるんだ」

 薄い摺り硝子を通して聞こえてくるかのような、くぐもった声だった。

 アメリカ、転勤、三年、妻・・・すべてが聞きなれない異世界の言葉みたいに聞こえた。

 亨と付き合って一年。つまり入社して一年余り。二十三歳の亜弥にとって、それはあまりにも早すぎる決断を強いられるものだった。

 亨のことは好きだ。いつかは結婚したいとも思っているし、そのことに不満も疑問も無い。

 しかし、今なのかと思ってしまう。親元を離れて一人暮らしを始めて一年。ようやく仕事と生活のペースをつかみ、その恩恵をありがたく感じてきたところだ。自由と自活を満喫していたところだ。それが急に結婚して、アメリカに移住して、慣れない土地で知り合いもなく言語も不自由しながら過ごす。あまりにも大それたことで、プロポーズの喜びよりも正直気後れし、二の足を踏む気持ちのほうが大きかった。

 亜弥の戸惑いを察したのか、亨は力なく微笑むと、腰を上げた。

「今日は帰るよ。返事は、ゆっくり考えてくれてからでいいから」

 その瞬間、亨を傷つけてしまったかもしれないと思った。一緒に生きていきたいという思いに嘘はなかったが、即座に頷くことが出来なかった自分に罪悪感を覚える。

 亨が玄関を出ていく。それを見送りながら、明日のお弁当には賞味期限の近くなった卵を使わなければ、と考えていた。


 結局返事を引き延ばしたまま二ヵ月が過ぎた。亨の転勤の話はもう周知の事実で、水面下で二人が別れるかくっつくか、口さがなく噂されていることも知っていた。

 季節は秋。亨は来年の四月からアメリカへ行く。もうあと半年だ。早く答えを出さなければならない。

 遠距離恋愛も、やってできないことは無いのかもしれない。しかしやはり心許なく思うし、正直に言えば自信が無かった。それも亨は同じだろう。だから、結婚という確かな形を望んだ。

愛に距離など関係ないと言いながら、その距離でしか埋められないものがある。まして二人は若い。社会人二年目なんて、まだまだ学生に毛が生えたようなものだ。精神論だけで恋が持続できるほど高尚にはなれない。確証の無い約束に縛られて、あんなにも運命的に芽生えた恋が、欺瞞と嫉妬で穢され摩耗して終わることは我慢ならなかった。そうなるくらいなら、美しいまま額に収めて、いつか心穏やかに懐かしく眺められる方が何倍もましだと思えた。

結婚を望んでくれる、その気持ちは嬉しい。ほんとうに嬉しく思う。けれどそれと実際とは別問題だった。一時の浮かれた感情だけで一生を掛けられないと思っていた。

自分はいつからこんなに冷酷で薄情になったのだろう。現実的で計算高くなったのだろう。きっと亨が誠実で正しくて、自分は薄汚れて狡猾なのだ。

 そう思うにつれ、余計に決心は出来なくなった。自分なんかが亨と一緒にいるべきではないと思った。もっと純粋に、献身的に亨と向き合える人がいるのではないかと。

 そうこう逡巡している間にも、無情に月日は流れていく。

 亨との付き合いは続いているが、まるで上澄みだけを舐めているみたいに会話にも行動にも空々しさが漂った。核心を避ける為に、馬鹿みたいに明るくふるまって、見送った後に張り付いた笑顔に疲弊した。お互いがお互いを擦り減らしながら過ごしていた。腫れ物に触れるみたいに、注意深く他人行儀に。それでいて、会わずにはいられない。神経は限界だった。答えを出さない限り、どこにも出られず飼い殺される動物みたいに怯えていた。

 クリスマス。恋人たちが過ごす街。

 堂々巡りのまま、セオリーをなぞって二人は一緒に過ごした。

 自分たちらしく終わらせる方法なんて、見つけられなかった。

それを探す徒労を互いに晒し合う事に怯えて、それを探し当てた時に完全に終焉を迎える事を憂いて、結局既成のシナリオを選んだ。

 見渡せばどこにでもいるありふれたカップル。幸せで、奔放で、無知で。

 そう、無知でいられる間が純粋に幸せなのだ。けれどいつまでもそのままではいられない。  どちらかが、あるいは二人ともが無知でなくなった時点で、次の段階へ進まなければ先はない。無知であり続けようとすることは、純粋とは背中合わせの傲慢で、身勝手な拘泥だった。

 先へ進むきっかけは亨が切り開いた。では、閉じるのは亜弥の役目だ。自分たちは共犯で、対等だ。あの日からずっと。どちらかが従属させられることは無い。

 夜景の見渡せるレストランのディナー。幸せなセオリーをなぞる恋人同士。

 亨は最後までそれを貫き通すと決めている。完璧に演じ切ると誓っている。

 食後のデザートが出され、ゆっくりとすべてを体内に取り込んだところで、亨が亜弥の瞳を見つめて微笑んだ。全身が粟立つような、一生分の幸せを感じるくらい、優しい微笑みだった。

 亨はジャケットのポケットから黒いビロードの小箱を取り出した。

 亜弥は泣きそうな心を押しとどめてそれを見守る。

 差し出され、開かれた箱の中には、抑えられた照明にも燦然と輝く美しいダイヤモンドの指輪が見えた。

 亜弥は亨の瞳を見つめ返す。亨は全てわかっていて、それでも亜弥を真っすぐに見つめて言った。

「僕と、結婚してください」

 亨の澄んだ瞳が、悟りきった静けさを湛えた。

 なぜ、頷くことが出来ないのか。

 なぜ、選ぶことが出来ないのか。

 亜弥は口元を覆い、嗚咽を押し殺した。亨は何も言わず、ただそっと亜弥の手を握った。

 これが喜びの涙なら、どれほど良かっただろう。

 セオリー通りの台本は終わり、結末を迎えた。

 あれほど敬遠した、チープで安っぽい映画みたいな恋を演じ切ってしまった。

 否、亨じゃない、自分だけが低俗な道化だったのだ。結局は恋に恋していただけの、本物じゃない気持ちに翻弄されていただけの、幼稚な愛だったのだ。そうでなければ説明がつかない。亨を傷つけ裏切ってしまったことの、理屈が成り立たない。打算と保身に走ったことから目を逸らしてはいけない。自分の気持ちに蓋をして、亨の気持ちにこたえたからと言って、美談にはならない。そうしたところで、いずれ無理に捻じ曲げて型づくった場所が活断層のように反発を起こし、崩れ始める。あわれに、脆弱に、残酷に。

 そうなるくらいなら、今きっぱりと別れた方が傷は小さい。

 亨を傷つけないように、しかし裏を返せば、本音を晒せば、自分が傷つかないことに必死だったのだ。

最小限の傷で済むように。

嵐の夜に、毛布にくるまって膝を抱く臆病な子供のように。

 亨の出発の日がせまり、二人が別れたことを察した同僚たちからの壊れ物を扱うような生活も終わりに近づいていた。いまは少し気詰まりな思いをすることもあるが、それももうしばらくのことだろう。

 また新入社員が入ってきて、人事異動があったりして、話題は刻一刻と移ろっていく。亜弥と亨のことも、またたくまに過去の出来事として埋もれていく。他人の話題なんて、所詮そんなものだ。

 見送りには来なくていいと言われた。平日の午前中。通常勤務の時間帯だ。

 しかしそれが理由ではないことは分かっていた。互いに敢えて突き詰めはしなくとも。

 別れたからと言って、あからさまに距離を置いたり無視をしたりはしなかった。同期の同僚として、ごく自然に接してきたし、その方がお互い楽だった。特別な態度を取ることの方が、むしろ難しい。憎しみあって、心が離れて別れたわけではない。ただ、進む道が違えただけだ。どこにでもある分かれ道で、ほんの少し、通る道が違っただけ。けれどその先は、けして同じ場所ではない。

 亨が発つ日、亜弥は早朝に目を覚ました。時計を見るとまだ午前四時になったところだ。

 再びベッドの中で目を閉じてみたが、眠ることなどできなかった。

 亨の乗る飛行機は、何時に発つのだろう。見送りに行くつもりはないが、せめて心の中で見送りたかった。それが区切りでもあるかのように、亨を送り出したかった。

 その時、サイドテーブルに置いていた携帯が震えた。薄暗い部屋で、かすかに発光して、自分の居場所を伝えるように。

―亨だ

 反射的にそう思った。

 亜弥は急いで携帯を手に取った。パスワードを打つ指が震え、二回失敗する。もどかしさを抑え込んで再度打ち込み、ようやくメッセージを開いた。

―あの桜の木の下で会おう。三年後の、同じ日に、同じ時間に。だけど来られない理由があれば来なくてもいい。僕も行けないかもしれない。だから重荷には思わないで。頭の片隅に覚えておいてほしい―

三度読み返した。そして、携帯を置く。もし返信しても、もう返事は帰ってこない。そう確信していた。


その日の昼休み、入社以来席が隣で、親しく付き合っている里奈が声を掛けてきた。

「ランチ、一緒にどう?」

 明らかに気をつかっているのが分かった。今朝亨がアメリカへ発ったばかりだ。

 里奈はお喋りとおしゃれが好きで、噂好きでもある。しかし、根は悪くなかった。

 気遣いも空気を読むのも完璧だし、ほんとは少し寂しがり屋で心根が優しいということもこの三年で分かっていた。

 なにか話題になる事を聞き出したい、というよりは、亜弥を心配しての誘いだろう。

「今日もしかしてお弁当?」

 遠慮がちに里奈が続ける。

「今日は時間がなくて、持ってきてないの。ランチ、いいわね」

 本当は四時から起きていて時間はたっぷりあった。ただ気力が無かっただけだが、それは付け足さない。里奈の善意を曇らせたくなかった。

 里奈は嬉しそうに顔をほころばせた。バラ色のチークが華やかさを増す。

「最近雑誌でいいとこ見つけたの。行きましょう」

 行き先は流行に敏い里奈に任せて、亜弥はバッグから財布を取り出し後に従った。

 

 里奈が連れて行ってくれたのはオーガニック素材をふんだんに取り入れたパスタ専門店だった。カントリー調だかわからないが、木の匂いのするこじんまりした店内は、まさしく自然的で素朴で、落ち着けた。昼時だがうまいことに二人用のテーブルが空いていたので、すんなりそこに案内される。

 木のボードに貼られたランチメニューを選別し、一時間の昼休みを出来る限り有効に使えるよう手早く注文を済ませた。

 改めて正面に向き直ると、対面に座る里奈が突然がばりと頭を下げた。亜弥は面食らって言葉を失くす。

「ごめん、亜弥」

 何が何だかわからず、呆然と里奈を見つめた。

「どうしたの、急に?なんのこと?」

 慌てて問い返すが、里奈は顔を上げない。

「桂木君のこと、けしかけちゃって、ごめん」

 里奈が弱弱しくこたえた。その途端、ようやく理解した。里奈はずっと気にしていたのだ。

亜弥と亨が付き合うことになった原因をつくったのは自分で、そのせいで二人がこんな風に別れることになってしまったのではないかと。思えばいつも里奈は笑顔で二人を見守ってくれていた。キューピッドのような気持ちでいたのかもしれない。

 里奈の純粋な優しさに触れ、亜弥は思いがけず穏やかな気持ちになっている自分に気づいた。

「そんなの、里奈のせいじゃないわ。むしろ里奈には感謝してるくらい。それに転勤は誰のせいでもないもの」

「だけど、亜弥は傷ついてるわ。桂木君も」

 言われて、言葉が出なかった。傷ついている、それをまっこうから他人の声で聞いたのは初めてだった。予測もなく頬を打ち付けられた時のような衝撃に動揺した。

「亜弥も桂木君も周りに気をつかって、自然にふるまって、平気なんかじゃないのに・・・それを見ていてどうしようもなく苦しくて・・・」

 里奈は声を詰まらせた。亜弥は痛感する。いつも通り、滞りなく接していたつもりだった。しかし他者の目から見れば、痛々しく無理をしているのは歴然だったのだ。

申し訳ない気持ちと、恥じ入る気持ち、そしてあえて何も触れずにいてくれた気遣いに感謝する気持ちで泣きそうになる。

「私こそ、気をつかわせちゃってごめん。でも亨とのことは、二人でちゃんと話して決めたことだから。なにも気にすることは無いわ」

 言いながら、自分の台詞(せりふ)の違和感に自分で気づいていた。

 ″二人で話して決めた″本当にそうだろうか。私たちは話し合いなんてしただろうか。

 傷つけあうことを恐れ、すれ違うことを恐れ、無難で平坦な道に逃げただけなのではないだろうか。

「桂木君、一度はアメリカ行きを断ったんだって」

 里奈の言葉に我に返る。亜弥を見上げる顔の鼻の頭は赤く、大きな瞳にはうっすら涙が滲んでいる。

「人事の子に聞いたの。だけどやっぱり行きます、て考えを変えたみたい。今のままじゃ駄目だから、て」

「それって、いつ?」

「年明けすぐだったみたい。それで人事もアメリカ(むこう)の部署も、もちろんこっちの営業部も慌てて準備を進めたって」

 亜弥が求婚(プロポーズ) を断った後だった。あのクリスマスの日、亨は日本に残ろうとしていた。しかしそのことは告げず、亜弥に選択を託した。

 私は、どこまでも利己的に亨を裏切っていた。もしも亨が日本に残ると知っていたら、きっと違う決断をしていただろう。

 亨について行くほどの覚悟も情熱も無いことを、亨自身が確認したのだ。

 話し合いの果ての疲弊よりも、残酷な傷跡を残す確認を。

 いつしか亜弥は泣いていた。里奈も泣いていた。注文したパスタを運んできた店員が、困惑した表情でテーブルの隅にそれを置いた。それでも涙は止まらなかった。

 昼休みが終わってもパスタは手つかずで、冷めて固まっていた。


 三年後、亨は帰ってこなかった。

 アメリカでの事業が好調で、主力メンバーとして現地に残ることになったらしい。

 時折更新される社内報で海外事業部の活動報告は確認できた。

 しかし、意識的に亜弥はそれを見ないようにしていた。そこに亨の名前を見ることに、いまだ生々しい傷を撫でつけられるような痛みを感じた。

 四月。あの日が近づいて来る。

 亜弥は抗いながらも徐々に沖に流されていく浮き輪のような気持ちで日々を過ごしていた。

 頭の片隅になんて置いておけなかった。それは普段は黒いベールをかぶって隠れているが、常に頭の中心に横たわっていた。ただそのベールを剥げばいいだけだ。

 一片の埃すら被らず、明瞭に姿を現す準備は出来ている。

 早く日が経てばいいという焦燥と、ずっと時間が止まればいいという葛藤がせめぎ合う。

 終業時間をやきもきして終えると、今度は途端に途方に暮れる。

 自分がいったいどうしたいのか、混乱で頭がぐらぐら乱れはじめる。

「瀬尾さん、今日飲みに行かない?」

 同期の男性社員に声を掛けられて顔を上げた。すでに何人かで予定を組んでいるらしい。 

 あれからしばらくは気を使われていて誘いなどなかったが、近ごろは気軽に声を掛けてもらえるようになった。

「ごめん。今日はやめておくわ」

 しかし考えるよりも先に、答えていた。そのことに自分自身戸惑いながら、亜弥は追いすがってくる視線を振り払うように急いで席を後にした。


 同じ日に、同じ時間に。桜の木の下。

 亜弥は呪文のように繰り返して電車に乗った。

 車窓の景色をぼんやり眺める。あの日、亨と見た景色。

 ふと頬が緩んだ。

―クリスマスみたいだね

 耳元で声が聞こえた気がした。

 思えばあれが、亨を意識した瞬間だったのかもしれない。

 黒い硝子に自分の顔が映る。

三年。幾分頬も引き締まって大人びた顔つきになった。化粧も華やかさよりも素肌を綺麗に見せる事を意識したナチュラルな路線に変えた。

 服装は、カジュアルながらも女らしさを意識したパステルカラーのニットにタックの入ったパンツ。そこに歩きやすいように綺麗めのスニーカーを合わせる。肌寒いことを念頭に置いて、薄手のコートの上に柔らかなショールを羽織った。

 流れる景色が速度を増していく。

 亜弥は人知れず背筋と心を引き締めた。


 夜の公園は三年前と同じ表情で亜弥を迎え入れた。

 続く階段は少しきつくなったようにも思う。三年の筋力の衰えをかすかに感じながら、それよりも高鳴る心臓の音を掻き消すことに集中した。

 春の夜風が素肌の露になった部分に沁みる。亜弥は肩から羽織ったショールを胸元に手繰り寄せ、袂を合わせた。

 桜の庭園から、なだらかな斜面を下った先に、あの日と同じ場所、同じ存在感で孤高の桜は立っていた。

 遠目ではその下に人がいるかどうかはわからない。庭園内の微かな街灯を頼りに、ゆっくり辺りを確認しながら桜に近づいた。桜はまるで仄かな光の薄絹を纏っているかのように白く闇に浮かび上がり、亜弥はそこに集う夜行性の虫のように誘われる。

夜の広大な敷地にたった一人というのに、少しも恐怖は無かった。念のため用意してきた懐中電灯の存在も、すっかり忘れてしまっていた。

 近づくにつれ、心臓の音はざわめく桜吹雪の声すら聞こえないほどに全身を打って響き、歩調は浮つくように軽くなる。ありとあらゆる感覚は緩慢と麻痺し、目の神経だけに集中する。寒さも、呼吸すら忘れているのではないかと思うほどに、意識は他の情報の一切を遮断した。

 桜の下に立った。辺りを見回し。太い幹の周りを一周する。

 時計を確認すると、針は九時ちょうどを指していた。

 ざわざわと不穏な音を立てて頭上を覆いつくす桜の花びらが、眼前に数枚舞い落ちる。

 しかしそこに他の生き物の気配は、なに一つなかった。


 その日、亨は現れなかった。

 桜の下で、じわじわとにじり寄ってくる寒さに身を震わせながら、一時間待った。それが限界だった。寒さと、惨めさと、自尊心の。

 その間、無駄だと知りながら木の周りを三周した。

 少し離れて、どこかに人影を見つけようと暗闇に目を凝らした。

 時計が壊れているのではないかと、携帯の表示する時間と何度も見比べた。

 亨が来ないことを自分に納得させるまで、冷静であろうと努めた。

 一時間。それは、亜弥にとって、これまでの三年の月日を凌駕する、気の遠くなるような時間だった。


 亨からの連絡はない。お互いを縛るような約束ではなかった。亨も行けないかもしれないと言っていたし、それなら亜弥も行かなかったことにすればいい。そうすればなにも無かったことになる。

 責めることも、詫びることも無い約束。それが、そんな不確かであやふやなものだけが、いま二人を繋いでいるものの全てだった。

 いや、もしかしたらすでに、なに一つ繋ぐものはないのかもしれない。

 しかしどうしてか、会えなかったことが余計に亨の存在を明らかにしてしまった。

強く、色濃く亜弥の中に刻み込まれてしまった。何度塗りつぶされてもふいに照らされ浮き上がってくる影絵のように、消し方が分からない。

 亜弥はそれからの一年を、会えなかった亨に埋め尽くされて過ごした。


 次の年の同じ日の同じ時間。同じように亜弥はまた桜の木の下で待った。

 取り憑かれたように、毎日それだけを考え、その日が来るまで目を皿のようにしてカレンダーを睨み続け、指を折って数えた。

 その年も、その次の年も、亨は現れなかった。

 社内報はいまや全く見ない。会えない亨を思い出し、叶えられない約束に身を悶えさせ、昼も夜もなく夢遊病のように見えない相手を求め続けることに、身も心も疲れ果てていた。

 過去を振り返った時に襲ってくるものの正体も知っていた。だから、過去も見ない。現実も、未来も。

 亜弥にはもうなに一つ、自分の見えるものがわからなくなっていた。


 それからの日々は仕事に打ち込んだ。目の前にあるものがそれしかなかったからだ。

 腰掛け程度に考えていた事務職から、ステップアップするために部署異動の願いを出し、三年目で企画部へ移動した。もちろんうまくいかないことも散々あった。同期の男性社員との格差も感じた。男女平等と口では言っても、事務職出身で特に実績も無い亜弥は、当然期待などされていなかった。会社の方針として、規範通り区別なく希望に沿った人事を行う、という体裁の為の異動だということも分かっていた。

 亜弥は誰よりも努力した。僅かでも雑念が入りこむ隙などないほどに仕事に没頭した。残業も厭わずこなし、企画書も倍書いた。リサーチの為に自腹を切ることもあった。飲み会などの懇親の場にも嫌な顔一つせず出席した。

 ほんの人数合わせの端役から始まり、メンバーとして参加したいくつかの企画を成功させ、徐々に大きな仕事に加担させて貰えるようになった。そして、三年後の三十二歳の時、五人の社員を束ねてプロジェクトを指揮するリーダーに抜擢された。

 その頃には、同期の事務職の面々はほぼ入れ替わっていて、懇意にしていた里奈も四年前に結婚して退社していた。気軽に愚痴や軽口を言い合う相手は誰もいなくなってしまった。

 それでも仕事が楽しかった。生きがいというのは、こういうものなのかと実感した。自分の考えたことがダイレクトに反映され、形になっていくさまは快感だった。部下達とも良好な関係を築けているし、もちろん貰える給料も跳ね上がった。欲しいものは大抵自分で手に入れることが出来る。すべてが満ち足りているように思えた。

 同僚や取引先の相手から、好意を寄せられることもあった。交際を申し込まれた事もある。何もかもうまくいっている時というのは、重なるものだ。きっと内側から自然と良縁を引き寄せる魅力が発散されているのだろう。それこそ、草木が太陽に向かって芽吹くように、亜弥は周囲を引き寄せた。

しかし、どれだけ相手が非の打ち所のない好青年でも、好条件でも、どうしても首を縦に触れなかった。

 満ち足りた中に一席空いたままになっているその場所に、誰も座らせる気にはなれなかった。埋まらない席を目の前にした時、亜弥は一人裸足になって、なにもない砂漠を当てもなく放浪しているような妄想に憑りつかれ、虚無感に襲われるのだった。

 そしてその空席を埋める為に、毎年訪れる膨大な孤独に抗う為に、あの約束の日には決まってまっすぐ家には帰れなくなった。

 あれから十年。亜弥は三十三歳になる。もちろん亨も。

 十年という年月が長いのか短いのかは分からない。もちろん、人それぞれだろう。

しかし、亜弥を変えるには十分な年月だったとも思える。

環境も、人間関係も、思考の在り方そのものも。なにか、生きる上の礎のようなもの、ここに積み重ねてもいいと思えるような基盤をようやく作り上げられたと思えた。この先揺らぐことも組み直すこともまだまだあるかもしれない。しかし、形を成していく為の芯ともいえる根幹は出来上がった。そんな感じだ。

 今思えば、あのとき唯一の武器が結婚と考え、その札を切った亨も自分と同じだったのかもしれない。私たちはあまりにも打つ手を知らない子どもだった。

 自分で選んだつもりで選ばされている、歩いているつもりで、歩かされている、まだ道を示してくれる安全な指が必要で、それがなくなると途端に迷い決断を誤ってしまう、頼りない子ども同士。今となってはさすがにそれはない。誰かの意見や思想に妄信的に影響されるようなことも、一時の気の迷いで心情を曲げることも。ようやく自分自身で立っていると実感できる。

 その節目にきて、再び思い出す。忘れた頃に突然疼き始める古傷が、かくも堂々と顔を出す。

 もしかしたら、ようやく思い出せるようになったのかもしれない。

 十年前に手放したあの恋を、痛みとは別の感情で見つめ直せる時が来たのかもしれない。

 同時に亜弥は分からなくなる。そしてほんとうはずっとわかっていることなのだとも気づいている。

 どんな形であれ、心に留まり追い出せないもの。薄れて消えていかないもの。

 くすぶり続ける炎からは、片隅にあってさえ完全に意識を切り離すことは出来ない。

 忘れられないものの持つ、強烈な引力と存在感。

 それはいつまでも、亜弥の心を揺さぶり続け、時に自制を押しのけ支配する。

 強い酒で脳を焼き切るほど酔いしれたいと思うのは、あまりにも鮮やかに蘇る、桜の記憶から逃げたかったからだ。

 けれど逃げたいと思うのは、忘れていないと同義だった。

 いったいいつからこんなにも、真意に背を向け巧妙に隠匿する手立てばかりを探すようになったのだろう。


 亜弥はカウンターの下で重ねた両手を握り締めた。

 頭はすっかり正気を取り戻していた。それなのに、むせ返るような桜の気配に翻弄され、息が詰まりそうになる。

 瞼を閉じ、深呼吸する。そして目を開いたとき、自分がどこにいるか思い出して狼狽えた。

 そういえば、一軒目のバーを追い出されて、二軒目のハルという名のやけに若いバーテンダーのいるバーへ入ったのだった。

 戸惑いながらそろそろと顔を上げると、すべてを見透かしたような碧い瞳と目が合った。

魔法(オーダー)を、承りました」

 ハルは澄んだ湖に水紋が広がっていくように、ゆっくりと微笑んだ。

 亜弥は注文を口にした覚えもなく、返事も出来ないまま茫然とその様子を見守る。

 ハルは美しい所作でボトルを取りシェイカーを操り、魔法のようにカクテルをつくり上げていく。確かにその光景は見えているはずなのに、なぜだか夢の中で薄い膜を通して眺めているように、ぼんやりと遠く現実感が無かった。

 まるで暗幕もない部屋で映しだされるプロジェクターのプレゼン資料のようだと思った。色も輪郭も曖昧で、もどかしいのに誰も異を唱えず不明瞭に流れ続ける映像。

 亜弥は何も言えず目を凝らして見入った。

 やがてハルはコースターに載せたカクテルを、丁寧に亜弥の前に差し出した。

「バーボンは香り付け程度にしてあります」

 微笑みと共に紡がれた言葉に、亜弥は我に返る。

 バーボン。ウィスキーを飲んだとは言ったが、バーボンと言っただろうか。

 ゆっくりとグラスに視線を落とした。ショートカクテルだった。その思いがけない提供に幾ばくか驚いていた。

 酔いも深くなってから訪れ、その酒量にも気づいた様子から、てっきりソーダで割ったような軽いものを出されるとばかり思っていた。それこそ学生時代に居酒屋で、興の合間に喉を潤す為だけに啜ったような薄いものを。

 しかし目の前にあるのは、無粋にもたもたと時間を掛けて傾けるようなカクテルではなかった。華奢で、凛としたプライドすら感じさせる、一輪の嫋やかな薔薇(そうび)のようなグラス。

 潔く、真っ直ぐに姿勢を正して手にする、カクテル。

 亜弥はそのグラスを見つめた。朱とオレンジがまざったような、鮮やかに透きとおった液体が、控えめなセピアの照明に溶けるように輝く。

「どうぞ一夜の魔法の夢を。”ニューヨーク“です」

 聞いた瞬間、亜弥は目を見開いて口を薄く開けたまま静止した。

 ニューヨーク、亨のいる街の名前。私は、その名を告げただろうか。

 亜弥は思わずハルの顔を見上げた。穏やかな表情、しかしその真意は読み取れない。

「名づけられた都市の、黎明の朝焼けをイメージしたカクテルと言われています」

 その言葉にこたえられず、再びグラスに視線を戻す。

 透きとおる朝焼けの色。意識が目覚め歩きはじめる。

 黎明。日が昇る、はじまりの朝。

 亜弥は震える手でグラスを持ち上げた。

 一口含むと、舌の上に懐かしさを彷彿と発散する甘酢っぱい香りが広がった。そのままゆっくりと飲み込む。すると、喉を滑り落ちた瞬間かすかにバーボンのふくよかな薫香が通り抜け、全身を優しく包み込んだ。

 いつから、強く濃厚な蒸留酒を美味しいと思うようになったのだろう。そして、背中がむず痒くなるような、舌の付け根がくすぐったくなるようなこの甘酸っぱさを敬遠するようになったのだろう。

亜弥はうっとりと息を吐く。

 けれどいまは、どちらもわかる。甘酸っぱさも、その奥にある濃厚さも、確かに味わうことが出来る。受け入れることが出来る。

 亜弥はバッグを引き寄せスツールを降りた。

「あの、帰ります。ごちそうさま」

 早口で言うと、バッグをまさぐり財布を探す。しかし、こういう時に限ってすぐに見つからない。焦りともどかしさで奥歯を噛む。

「本日の一杯はサービスとさせていただきます。足元にはお気をつけて」

 柔らかな声が聞こえた。亜弥は一見の店でそれは、と一瞬躊躇したが、目が合ったハルのどうしようもなく優しい微笑みに、バッグから手を抜いて頭を下げた。

「ありがとう、今度改めてお礼に伺います・・・!」

 言い終わるや否や、扉を勢いよくあけ、飛び出した。

 月が淡い光を白く際限なく吐き出している。暗闇は濃く澄んでいて、人通りはない。

 腕時計を見た。十時。

 急ぎ足で歩きながら、はたと考える。一軒目のバーを出た時間は十時ではなかっただろうか。先ほどの店で過ごした時間は、どのくらいだったのだろう。そんなに一瞬であったはずはない。

 先ほどの店?

ふと思考が思いとどまる。どこかに寄ったような気もするが、朦朧と記憶が翳み思い出せない。まだ酔いが残っているせいだろうか。釈然としない気持ちを冷え始めた夜気で覚ますように頭を振り、再度時計を確認する。間違いなく、十時を指していた。

 戸惑いながらも、はやる気持ちでいつしかその疑問も消えていた。


「珍しいね。カクテルを飲んだ後のお客さんと話すなんて」

 女性が出ていった扉をちらりと見て、シュウが前に向き直った。

「今夜は、僕はほとんどなにもしていないよ」

 ハルが空になったグラスを手に取りながらこたえる。

「魔法をまぜたんでしょ?」

「あの人は、すでに自分の中にこたえを持っていたから」

 ハルは空いたグラスを手にしたまま扉を見つめ、夜露に濡れて花開いた夜顔のように瞳をほどく。

「それを開ける手伝いを、少ししただけだよ」

 そういって微笑んだハルの表情は、とても嬉しそうに見えた。そんな澄みきった笑顔を久しぶりに見た気がして、シュウは思わずカウンターに身を乗り出す。

「そのカクテル、お酒抜いたら僕も飲める?」

 白珊瑚のように清純なハルの笑顔を引き出したカクテルに興味が湧いた。

シュウの申し出に、ハルはややあってから、やんわりと口を開く。

「飲めるけど、シュウには少し早いかな」

 シュウが訝し気な思案顔で黙っていると、ハルがその思いを汲み取るように、いつもの穏やかな微笑を向けた。

「ニューヨーク、綴じられた言葉は、″大人の恋″だよ」

 聞いた言葉を数度反芻し、その意味を理解すると、シュウは大人しく発言を引っ込めた。

 

暗い車窓を流れる景色がやけにゆっくり感じる。速度はいつもとかわらないはずなのに、急きたてる心の焦燥に追いつかず、亜弥は足踏みしたい気持ちを堪えて景色を覗き込んだ。

 光の筋を描きどんどん後ろに流されていく、色とりどりの明かりの群れ。亨が、クリスマスと言った電飾の幻たち。十年前と変わらない、過去からずっと続いているかのような細く滲む糸筋。それをいま、巻き取ろうとしている。

 亜弥は黒い窓に映る自分の瞳を見つめた。過去の自分と対峙するかのように、一途に視線を合わせる。唇を結び、顎を引き、心を引き締める。もう迷わないと、自分自身へ誓いを立てるように。

 ようやく駅につき、公園への道を走った。会社帰り、パンプスの足元は暗い夜道を駆けるには頼りない。しかし、時計はもう十時半を過ぎている。約束の時間は九時。自分は一時間しか待てなかった。もし、今夜亨が来ていたとして、彼はどのくらい待ってくれるだろう。

いや、亨がいる可能性なんてほとんどない。

しかしそれでも亜弥は急いだ。そこになんの確証がなくとも、向かわなければならない。

なにかとてつもない力に突き動かされてでもいるかのように、亜弥には微塵も迷いは無かった。

 公園の階段の下へ着くと、その先を見上げた。暗い階上は闇に埋もれて見えず、果てなどないように思えた。踏み出す一歩を拒むかのように、まるで黄泉への入口もさながらに真っ黒で不気味な口を開け、はやる心を怯ませようとする。

 周り道をしようかという思いがふと脳裏を掠めた。そうすれば、階段ではなくなだらかな坂道から登れる。

 しかし亜弥は首を振った。過ぎった考えを吹き抜ける風に投げ入れるように振り払う。

 もう周り道などしない。十分過ぎるほどに、遠回りをしてきたのだ。十年前ではあるまいし、いまさら迂遠の末の擦れ違いなどまっぴらだった。

 亜弥は挑むように階段を見上げた。そして石造りの硬い段に足を乗せた時、ふと違和感を覚えた。音もなく、足の裏は段を踏みしめる。パンプスの踵が鳴らないし、妙に安定感があった。

 困惑しながら足元に視線を落とすと、スニーカーの紐が見えた。

「え・・・?」

 亜弥は瞬きをしてもう一度確認する。自分の足だった。履いてきたはずのパンプスではなく、マンションの玄関に置いてあるはずのスニーカーがきっちり足を包んでいた。

―足元にはお気をつけて

 不意に誰かの声が過ぎった。

 亜弥はなぜだか込み上げてきた笑いに頬を緩めながら、力強く階段を踏みしめて登っていった。

 

桜の庭園が見えた。そこだけ光が差しているように、ほの明るく浮かび上がる白い花びらの群れ。今年は開花が早かったはずなのに、今が最も盛りの満開の園だった。

 亜弥は美しく咲き乱れる桜の道を、不思議な気持ちで通り抜けていく。

夜風に枝が揺れ、花々がさざめく。まるで手招きでもするように、耳元で行き先を告げるかのように、桜たちが意志をもって亜弥を誘っていると感じる。

 頭上を覆う桜の天井の隙間には、白く柔らかな光を湛えた丸い月が、真珠のように輝いていた。

 桜並木を抜け、斜面の下を見下ろすと、あの一本の桜の木が見えた。

 厳かに幽玄に、圧倒的な存在感を誇示して桜たちの長のように君臨する大樹。

まるで永遠に枯れることなどないかのように、荘厳に枝を広げて狂い咲く。

 大きく息をつき、亜弥は桜を見つめたままゆっくりと下っていく。

 近づくにつれ、あのむせ返るような薫りの息吹に取り巻かれる。それは肺を満たし、いつしか体中に浸透し、全神経が桜の気配に支配される。

 夜空を照らし浮かび上がる花灯りの下へ立ったとき、亜弥はその姿を見とめた。零れ落ちるように滑らかな微笑みが零れる。

 亨も静かに微笑みを返した。

 十年の月日は、亨を僅かに残っていた幼さの影から、落ち着いた思慮を秘めた面持ちへと変貌させ、その眼差しも慎み深く穏やかな芯の強さを含ませる色にしていた。

 変わったと思った。そして、同時に変わっていないとも。

亨を構成する本質的な部分、元の素材のようなもの、それはそのままに、精錬されて磨き上げられた鉱石のように、その姿は強く眩しく映った。

「まずは謝らなければいけないのかな」

 甘さが抜けて、少しだけ低くなった声。亜弥は引き締まった口元を見つめた。

「君に会うのに、十年も掛かってしまった」

 夜風は弱く、ほんのかすかな湿り気を含んで二人の間を通り過ぎる。白い花びらが一枚、目の前を横切ると、そのまま舞い上がるように闇空へ吸い込まれていった。

「でも会えたわ」

 亜弥の言葉に、亨は表情を和らげ目を細める。遠い月日を回想するように、空中で視線が交差する。

「ほんとうは、七年前、ここへ来たんだ。でも、君を見て、会う自信が無くなった。君はとても綺麗で、なにも変わっていなくて、だから会っても同じことを繰り返すと思った」

 亜弥は黙って耳を傾ける。一言一言をけして聞き逃さないように。十年間焦がれた声を胸に拾い集めていくように。

「君に会う自信を持てるまで、それまでは会いに来ないと決めた。たとえ二度と会えなくなったとしても。それに十年かかった」

 亨は亜弥を真っすぐに見つめ、空中に漂う視線をしっかりと繋ぎ止めた。

「君は綺麗になったね。以前よりずっと」

 優しさの中に懐かしさを孕んだ瞳が凪いでいた。「綺麗になった」、その一言が、外見だけを指していないことは言わずとも知れた。

「あなたも、素敵になったわ」

 亜弥の心もまた夕凪のように安らかだった。そして、返す言葉の中に亨と同じ意味合いを含んでいることを、互いに理解している。

「企画部へ移った君の活躍は聞いているよ。僕は、帰国は出来ない。ニューヨーク(向こう)で課を任せられた。まだしばらくは、もしかしたらずっとアメリカだ。付いてきてほしいとも、待っていてほしいとも言えない」

 亨の声は静穏だった。一つの覚悟が、彼の足を地に付け、揺るがない強靭な根を張らせていた。

「ええ」

 こたえた亜弥に、亨は微笑みかける。十年前の、クリスマスのレストランで向けられた時と同じ、何の見返りも求めない純真な瞳で。無償の愛を向けられたことに怖気づき、受け入れる勇気を持てず、涙で終わらせたあの刹那の笑顔。

 亨はその時と同じ微笑みを亜弥に向けてくれている。一途に、報われない終幕の痛痒すら顧みる事を恐れず。

 亜弥は穏やかな気持ちだった。その眼差しも言葉も、目を背けることなく全身で受け止める。

溢れるような情熱も身を焦がすような激しさも無い。

 あるのは、撚り糸のような強さとしなやさかさだけだ。

 亜弥は一度視線を下げ、息をついだ。そして、ゆっくりと顔を上げる。

「ニューヨークへ転勤を申し出るわ」

 亨の目がみるみる驚きで見開かれる。ほとんど呆気にとられたように、亜弥を見つめ返す。

 上空を強い風が吹き流れ、月に掛かりかけた薄雲を散らしていく。

「一年か、二年か、もっとかかるかも知れない。でもきっと行くわ。私はあなたについて行かなければならないんじゃない。私の意志で、私の選択であなたのところへ行く」

 言い終えると、亨へ一歩近づいた。呼応するように、亨も一歩近づく。そして、さらに一歩ずつ。もう二人の間に距離はなくなる。

「電話をして」

「するよ」

「会いに来て」

「ああ、必ず」

 約束を交わす。互いを縛る為の約束ではなく、未来を繋げるための約束。

十年前に、結ぶことを諦めた約束を、いま紡ぐ。

「ニューヨークの朝焼けを見たいわ。あなたの隣で、ずっと」

 二人の手が重なる。ぬくもりがまざり合い、一つの温度となって体中に伝わっていく。

 亨が少し困ったように苦笑した。

「参ったな。それは僕の台詞(セリフ)だ」

 月明りを吸い込んだ桜の光沢を映し、亜弥の指にダイヤの指輪(リング)が煌めいた。



 店の灯りが落ちる。今夜も一つの魔法が成就された。

 控えめなダウンライトに似た薄明りの中で、店内は眠りゆく動物のように密やかな寝息をたてはじめる。

「ハル」

 シュウがハルの前のスツールに移動し軽やかに飛び乗った。

 先ほどのカクテルは諦めたとしても、なにか飲みたい気分でいた。少し迷ったが、思いついたのは結局あのカクテルだった。

「あれ作って。オレンジの冷たいの」

 シュウはなかなかそのカクテルの名前が覚えられない。何度聞いても、いつのまにか記憶の窓を擦り抜けてしまう。それで、いつもこういう曖昧な頼み方になる。しかし別段覚える必要もないのだ。ハルには全てわかってしまうのだから。たぶんその甘えもあって、頭に残らないのだろう。そして同時に、ハルがちゃんと覚えていてくれることを確認したい気持ちもあった。

「了解」

 いつものように快諾すると、ハルはグラスを取った。

 ハルの魔法。いつのまにか材料が現れまざり、グラスの中に注がれていく。見えているのに、けして捉えられない。スローモーションを見ているようでもあり、同時にトランシジョンされた映像を見ているようでもあり、なめらかで継ぎ目が目当たらない。目で見ているのに、けして記憶には残らず明確に思い出すことは出来ない。

 ハルの華奢で綺麗な指だけが、いつまでも瞼の裏に鮮明に蘇るだけだ。

「どうぞ。フローズンマルガリータです」

 コースターに載せられて、美しい淡いオレンジ色の粉雪が輝く。くし切りのオレンジから滴る果汁が、艶めかしく灯りに照らされた。

「ありがとう」

 グラスを包む両手に心地よい冷気が広がる。シュウはまず指でその感触を味わい、それからゆっくりと喉に滑らせた。

「おいしい」

 にっこり笑ってグラスを置く。ハルがあたたかな表情を浮かべている。

 ハルはこの世界のものを口にできない。それでもこんなにも美味しいカクテルを作れるし、人の心を解き明かし解きほぐす。

 シュウはこのカクテルを飲んで、救われたのだ。

 ふと、シュウは思いなした。そういえば、このカクテルにはなにが綴じられているのだろう。聞いたことが無かった。何度も飲んだことがあるから、すっかり知っているような気になっていた。

 シュウはハルを見上げた。ハルは、もう質問をわかっているのだとわかったが、あえて口にする。ハルがけして先回りをしてシュウの言葉を封じることはないと知っていた。

「このカクテルには、なにが綴じられているの?」

 ハルは静かな微笑を浮かべた。それは長いようでもあり、短いようでもある、沈黙だった。風のない室内の空気の粒子が、微かに揺らいだ。

「君がここに残った理由かもしれない」

 耳ではなく、心に直接届くような声がした。もしかしたら、ハルは声には出していないのかもしれない。

「僕の望みも、まぜてしまったから」

 シュウはハルの瞳を見つめた。思いがけず知った事実にどう反応していいのかわからない。

 ハルの声はせせらぎのように優しかった。

「フローズンマルガリータ。綴じられた言葉は、″元気を出して″」

 シュウは声をなくしてハルを見つめ返す。

 それは、僕がお母さんに願った思い。けれど、同時にハルが僕に願った思いでもあったのだ。ほんの些細な、魔法とも呼べないほどの望み。

 ハルは優しいけれど、けして魔法を間違えたりしない。自分の思いに揺らぎ私情や私欲を混同したりしない。そもそもそう言った感情がハルにあるのかどうかすらわからない。

ハルはなぜ、それをしてしまったのだろう。同情、共感、憐憫、それとも別の何か。

 シュウはハルの碧い瞳に問い掛けるように見上げた。

 けして溶けないはずのカクテルの一角が、しゅわりと音を立てて崩れはじめる。

「僕はまた制約(ルール)を犯してしまった。理を歪めてはいけない制約を」

 ハルは闇に落ちゆく天井を見つめ、シュウでもなく、誰にともない口調で言った。

 それはかなしいほど静かで、苦しいほど優しい声音だった。

 理も、制約も、シュウにはわからない。

しかし、もしもハルが何かの罪を負ったのだとしたら、たとえハルが止めようとも同じ罰を受けるつもりでいた。そうあることが、シュウの望みでもあった。

 ハルの魔法で形を保っているこの命が尽きる時がきたとしたら、このカクテルのように溶けて消え去る瞬間が来るとしたら、ハルが望んだ先での結果でありたかった。

 僕と出会う前のハルを、僕は知らない。

 シュウは形を失っていくカクテルを見つめ、闇に沈む空間に静かに身を浸していった。


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