プロローグ
初めまして、または久方ぶりです。私は海鈴ひなたです。現在、星影の道案内という作品を執筆しています。
ここまで読んだあなたは思ったでしょう。
なぜ、小説を二作、同時進行しているのだ、と。
いや、浮気心とかじゃないのです。どちらかのネタが切れた日は、もう一つを書く。そうすることで、モチベが保たれるのです。
故に、更新は気まぐれです。何卒よろしくお願い致します。 ひなた拝
修学旅行は、京都へ——。
関東から九州までに位置する大多数の高校が、そうだろう。
そして、ここ白藍高校も、例外ではなかった。
「チェックインが完了しました。今から部屋に案内するけど、荷物を置いたら、中庭に集まって下さい。時間に遅れたら記念写真に写れなくなってしまうので、気を付けてね」
自分の言葉で、小さな笑いの渦が起こる。
「はいは〜い」
志村理玖のおどけた返事に、生徒が爆笑した。
「理玖の方が先生より面白いのは分かったから、みんな立って!」
自分が口を尖らせて見せると、生徒は吹き出しながら、列になる。
このクラスの担任、柏崎悠介は引率しながら、入学式からの彼ら彼女らの成長を想った。
彼ら彼女らが廃校寸前の白藍高校に入学して、来年で三年になる。人数は十五名。過疎化が進む地域だから、小学校からずっと同じクラスだ、という人も珍しくない。
柏崎は、八クラスある高校から、数年前に白藍に異動してきた。初めの方こそ戸惑ったものの、今ではすっかりこの世界に馴染んでいる。むしろ、生徒一人一人と関係を作ることができる白藍が、柏崎の性分に合っていると思う。
今日から始まった修学旅行でも、それぞれがさらに仲を深められたら、と切に願っている。若林みおが体調不良で欠席なのは心残りだが。
団体部屋に着いたので、それぞれが歓声を上げながら入った。
(本当に、みんな成長したよなぁ。不便な中でも、自分なりに工夫して……)
大きなショッピングモールがないから、校庭の一部を使って野菜の栽培を始めたり。郵便屋が少ないから、当番制の配達員をやってみたり。村を少しでも明るくしようと努力したのが、この代なのだ。
柏崎がしみじみとした感情で広場に向かうと、すでに、斎藤蒼真が座っていた。
「相変わらず早いな」
蒼真は生真面目な性格だ。それはそれは、怖いと感じるほどだ。
「だとしても、集合時間まで何するんだ?」
まさか十五分間座っとくとかないよな、と柏崎は本気で心配した。蒼真ならやりかねないからだ。
「えぇと、それが。先生に協力して欲しくて……」
蒼真は座り続けるわけではなかった。柏崎は安心する。
「なんだい? 内容次第だ」
「あのっ、みんなに、ドッキリを仕掛けたいんです!」
え?
高校一番の真面目で極端に娯楽を嫌う性格はどこに行った?
想定外の言葉に、柏崎はたっぷり五秒フリーズして、それから我に返った。
(ドッキリ? うん、楽しそうだ!)
高校の教師は小学生のようにはしゃいだ。
「もちろん! 盛大に驚かせてやろうじゃないか!」
これは蒼真なりの大きな成長である。
「それで、何をするんだ?」
柏崎は肝心なことを聞いた。
「どこかに隠れたいのですけれど……」
顔を赤らめて指をこねる様子が、可愛らしい。
柏崎は彼が身を収められる丁度良い場所を探した。しかし、広場で隠れるとなると中々に難しい。
(う〜ん。どうしたものかな)
蒼真も、キョロキョロと辺りを見渡す。
「あっ」
数秒後、蒼真が小さく声を上げる。
「どうした?」
「そこ、いけると思います」
ほら、と指差された場所は、カメラを立てるための机だった。
カメラマンを雇い、ちゃんとした三脚で写真を撮るという選択もできた。でも、柏崎はそれを選ばなかった。
自分が撮った方が、絶対に素敵な写真になると確信しているからだ。
自己満足かもしれない。それでも構わない。自分への思い出も、作りたい。
さぁ、次にすべきは、蒼真を隠す布か何かだ。
幸い、柏崎は荷物を包む大きな風呂敷を二枚持っている。それを繋ぎ合わせたら、良い具合にカモフラージュできた。
「これでどうだ?」
蒼真はいそいそと、その中に入った。
『最高です!』
風呂敷越しにモゴモゴと返事が聞こえる。
さぁ、残りの生徒を迎えよう。
そういう気持ちで、柏崎は再び机を見下ろした。
(我ながら幼稚な小細工をしたな)
「写真だ写真だ〜! 理玖、変顔対決しよ〜ぜ」
「ウホホッ」
猿の顔真似をした男子軍団が到着した。
「あれ? 斎藤いね〜な」
「ヤッホー、って斎藤君どこ?」
猿の話から蒼真の話になった。机の中で声を殺して笑う蒼真がありありと浮かんでくるようだ。
「センセ、蒼真を知りませんか?」
柏崎は吹き出さないよう、無表情で答えた。
「知らないな。一緒に来てなかったのか?」
そして、欠席の若林も除く十三人が揃った。
「蒼真は時間オーバーだ。あれだけ時間を間に合わせろと言ったのにな」
柏崎は口を尖らせて見せる。数人の生徒がニヤニヤとした。
「もう、このメンツで撮っちゃおうぜ」
ここまで隠れ通したのなら、シャッターを押す直前にでも出てくるのだろう。
そう思って、柏崎は頷いた。
「あぁ、そうしちゃおっか! 十秒後にシャッター切るぞ」
柏崎は流石に少し緊張しながら、時間をセットしようとした、そのとき。
「はい、チーズ!」
まだシャッターボタンを押していない、はずなのに。
蒼真の声が響いて、慌ててピースを作った十三人を、黄色い光が包む。
一瞬で、不可解な発光は消えた。
それに安堵した自分を恨みたい。
十三人は、もうそこにはいなかった。
まるで光に吸い取られたかのように。
(蒼真っ! 蒼真は?)
最後の希望を託して風呂敷を捲る。
蒼真の姿は。
跡形もなく、消えていた。