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9月10日のEdinburgh  作者: edinburgh0910
灰燼のケルン編——融かされた『氷』

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幕間 至聖教の情報 前編

 ———ドイツ帝国。至聖教(しせいきょう)度重(たびかさ)なる武力攻撃に(くっ)し、その尊厳を失った名ばかりの帝国は腐敗していた。

 七年前、『オックスフォードの奇跡』により、至聖教が『12使徒』を一人失って以来、欧州での至聖教の武力の(かなめ)を引き継いだのは『12使徒』オダストロだ。彼の武威(ぶい)と、その直属部隊の連携により、帝国は追い詰められていった。

 大雪の降る帝都ベルリンに、オダストロの白髪混じりの短髪がたなびいていた。これまでの戦争に総力を尽くした帝国の街並みは、首都であっても(さび)れていた。オダストロの直属部隊が歩みを進めるたびに、粉雪と灰が舞い上がり、ついにドイツ帝国の最後の戦いが行われる。

 ———奇跡は二度も起こらず、ベルリンの宮殿は一度焦土となった。もはや皇帝は至聖教の傀儡(かいらい)となり、政治の実権を失った貴族は凋落(ちょうらく)したのだ。


 ***


「オダストロ、何か感傷に()(びた)ることでもあるのか?」


 パトリックが過去を回顧(かいこ)しているオダストロへ向かって話しかける。彼らは、ケルンでの戦後処理のためにドイツ帝国首都のベルリンへと足を踏み入れていた。

 至聖教の富と人材が注ぎ込まれ、数年ぶりに活気を取り戻したベルリンの市街。その光景を見たオダストロの胸に、かつてその地で殺戮(さつりく)を命じられるがまま行ったことへの、僅かな罪悪感が走る。


「俺はこの街で、戦ったことがある……俺はかつての宮殿を灰に染め、王座を血祭(ちまつ)りにあげた。

 その時のことを少し、思い返していただけだ……」


 それを聞いたパトリックは、今この瞬間も肩を並べて歩いている男が、確かに『12使徒』であったことを意識し、顔が強張(こわば)って沈黙する。横にいる男は、過去に手にした権威を引き出して、ドイツ帝国との外交交渉に(のぞ)もうとしている。だが、その権威には、どれほどの(しかばね)と罪が積み上がっているのだろうか。


(決して看過できることではないが、今は、追及するのは得策ではないな……)


 今回の外交交渉の目的である「ドイツ帝国に戦後処理を押し付けること」を思い出し、パトリックは前を向く。その目線の先には復興し、再建された宮殿があった。


「ほう、あの(くず)()ちた状態から、ここまで美しく立て直すとはな。」


 オダストロがそう零した。(なめ)らかな石造りの王宮と、その門の横に直立する歴代の偉人らしき人の像からは、パトリックも確かに由緒(ゆいしょ)を感じていた。




 ———王宮内。交渉の場。ただ、交渉と言えば聞こえはいいだろうが、実態は権威による脅迫(きょうはく)だった。

 オダストロはその力を象徴する白いローブに着替え、ドイツの皇帝が鎮座(ちんざ)する議会に入った。オダストロはその赤橙色の瞳で議会内を一瞥(いちべつ)した。その中には数年前と変わらない、年老いた顎髭(あごひげ)の目立つ皇帝と、他にも見知った議員の顔ぶれがあり、少しは初めて見る顔があったが、彼はそれをたいして()()めず、口を開いた。


「貴様ら、久しいな。さて、新入りもいるようだが、俺のことを知らない痴れ者はいないだろう。

 ……早速だが、本題に入らせてもらっていいか?」


 オダストロは問いかける。その問いに、(いな)、と突きつける雰囲気は無く、皆が震えてオダストロの言葉を待つしかなかった。

 そして、話が続けられ、ケルンを復興すること、その際、パトリックの部隊には手を出さない、などの要求を一方的に議会に押し付ける。

 議員も、皇帝も、重苦しく沈黙した。こうして何度も、至聖教の命令に従うしか無いことに、意気消沈した。だが、誰もが仕方がないと思っていた。至聖教に隅々まで壊された、この気息奄々(きそくえんえん)とした帝国は、自由と尊厳と引き換えに、至聖教により復興の手を差し伸べられたからだ。

 投票が行われ、数分のうちに結果が出たようだ。皇帝が紙を持って、壇上へと登った。


「決議の結果……全会一致で『12使徒』オダストロ様の要望を、承諾します。」


 それを読み上げる皇帝の固く(にぎ)られた拳は、かすかに震えていた。それは(くや)しさか、恐怖か、はたまた強く閉じ込めた怨嗟(えんさ)なのか。

 壇を降りようと、後ろを振り向く皇帝。振り向き終えると同時に、その場の議員全てが固唾(かたず)()んだのがわかった。オダストロが皇帝のわずか一寸先へ現れ、複雑な顔で耳打ちをする。

 オダストロの言葉を一言一句逃さず聞いた皇帝は、仰天(ぎょうてん)のあまり思わず声が出かかったが、寸前でそれを飲み込む。


「用は済んだ。貴様らとは、もうしばらくは会うことはないだろう。……行くぞ、パトリック。」


「承知した。」


 オダストロが退室するのを見て、少し場の空気が和らいでゆく。しかし、それはオダストロやパトリックにとっては、どうでもいいことだった。




 ———ケルンへの帰路。機関車に揺られながら、二人は会話していた。


「オダストロ、ところで、あの場で皇帝に何を伝えたんだ?」


「……俺が至聖教に反旗(はんき)(ひるがえ)すことだ。いつまでも俺が、至聖教に服従していると思われるのは苛立たしいからな。それに、最低限の情報共有は必要だ。」


 その話を聞いて、パトリックは納得したようだった。それと同時に、オダストロはやはり思慮(しりょ)深い人物であると再認識させられる。


「最低限の情報共有、か。……そういえば、このパトリック一行の情報をまだ伝えていなかったな。心して聞くと良い。」


「ほう?そういえば、貴様らがあのロケット・レーとはどういった間柄なのかも気になるな。」


「まあ少し待て、まずはリン様の話からだ。」


 オダストロが最も関心を引く話題は一旦遠ざけ、自分の話したい順番に話すパトリック。詩人のような饒舌(じょうぜつ)さに、オダストロも徐々に彼の話に引き込まれていった。


「リン様は、このパトリックと同じく英国で生まれ育った。

 ……彼女の人生の転換点は二つ。一つ目は至聖神学校(しせいしんがっこう)へ入学したこと、だろうな。」


「——そうか、『能力』を持つ者を対象にした教育機関が、そこにしかなかったのだろう?」


「おそらくな。

 だがそれよりも、二つ目だ。リン様は、至聖教の手によって幼い弟を拉致(らち)され、その後自身の身体(いのち)すらも危うくなって、今は復讐(ふくしゅう)に———」


「……!」


 パトリックが全てを話し終わる前に、オダストロが息を呑んだ。そして、眉間(みけん)(しわ)を寄せながら


「心当たりがある。至聖教のなかでも、そのような非道をはたらく者には……」


 そう言い放つ彼の顔は(うつむ)いていて、少し言葉に詰まっていた。まるでなにか後ろ暗さを抱えているように。決して良くない雰囲気と、オダストロの複雑な心情を機敏(きびん)に感じ取ったパトリックは、温めていたレーの話題へと転換することにした。


「そうだ。お前はレー殿について知りたがっていたな。驚くなよオダストロ、レー殿はなんと、元々、エジンバラ至聖神学校の『特別講師』だったんだ。

 だが、彼女を『12使徒』マヒュー・ヘルムの憎たらしいやつに奪われ、目の前で死に追いやられた。それ以降!彼……レー殿は至聖教に、マヒューに、大きな復讐心を抱いて立ち上がることを決意したんだ。」


 パトリックが雄弁(ゆうべん)物語(ものがた)る。オダストロは、それを咀嚼(そしゃく)するのに時間を要する、といった様子で唖然(あぜん)としていた。おそらく、彼はこの瞬間、人生で一、二を争うほど驚愕(きょうがく)していたはずだ。


「パトリック……貴様はいくつかあの男への認識を改める必要がある……」


「?」


 パトリックも状況が飲み込めないようだった。しかし、彼は何とか一つの結論にたどり着いた。


(そうか……!オダストロはレー殿と同じ至聖教出身の者。地位に差はあれど、レー殿ほどの人物であったのなら、(うわさ)程度には彼のことを知っていた……いやむしろ、旧知の関係にあったのだろうか?)


「いくつか順を追って説明してやる。まず、俺とロケット・レーは数年前から少しだけ知り合っていた。」


「ほう。なるほど。」


 これは大方予想通り、といった顔で次の言葉を待つパトリック。しかし次の瞬間、彼の顔は困惑と驚嘆で満たされる。


「ロケット・レーの殺された彼女———俺の知る限り、やつは、あの男は、数年前から、()()()()()()()()()。あの男が至聖教に対して行動を起こしたのはごく最近のことだろう?だが、俺は彼女だなんて話は一切知らない。」


 きっぱりと言い放つオダストロ。先程まではあれほど雄弁だったパトリックも、もはや口を()いたのはかすれた声だけだ。言葉を失った彼と、話し終えたオダストロの間には、機関車が蒸気を吹く音だけが流れていた。


「まだ一つ言い忘れていた事があった、貴様はロケット・レーについて何も知らないようだから、これも加えて言っておこう。

 やつは……ロケット・レーは———だ。」


 ***


 ———ケルン。交渉から帰還した二人は、レー達に再会した。

 誰よりも早く、二人を迎えたのはリンだ。


「二人とも、おかえり。じゃあオダストロ、みんなを集めたら、約束通りに至聖教の情報を洗いざらい話してもらうからな。……ん?」


 リンは話したいことを言い終える前に、普段なら「ただいま」の一言も言いそうなパトリックが黙りこくっていることに違和感を覚える。


「パトリック、少し浮かない顔をしているみたいだし、疲れてるなら、みんなが来るまで部屋で休んでても構わないわよ。」


 パトリックは、言われるがままリンが指差した方へと移動する。どうやら戦闘の余波で半分ほど灰となってしまった建物らしく、二階の割れた窓から本棚が(のぞ)いているからして、もとは図書館などだったのだろう。


 パトリックが椅子に座り、ぼーっとしていてどれほどの時間が経ったろうか。彼は喉の渇きを感じ、水筒を手に取り水を飲んだ。その際、崩れかかった本棚が視界に映る。それは荒涼としていて、寂寞(せきばく)を感じ———

 ———待て。パトリックは、散らかった本の山のうちの一冊に目を奪われた。

『蒙古帝国之行方』———著者:ナカム・ラムラコフスキー

 気がつくと、パトリックはその本を手に取っており、後で読もうと考えて水筒とともに『蒙古帝国之行方』を鞄へとしまい込んだ。


 こうして彼が一息をつくと、突如として背後に気配を感じた。


「んー。そろそろ話し合いが始まりそうなんですね。んー。気分が優れないなら、無理に参加する必要はなぁいんですが。」


「レー殿……」


 使命を感じ、パトリックは立ち上がる。陰謀を暴くために戦う決意を固めたのだ。

 行かなければならなかった。真実を知るためにも。オダストロの話は衝撃的で、嘘をついている素振りもなかった。だが、彼の話も全てが正しいとは思えない。


「んー。既に私も少しオダストロの話を聞いたのですが、詳しいことは集まってから話すみたいなんですね。」


 こうして、彼らは至聖教への次なる作戦と現状整理のため、ケルンの街の一角に結集するのだった。

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