幕間 至聖教緊急会議
ケルンでの戦いにより、レーたちが『12使徒』オダストロを撃破してからおよそ一週間後。
至聖教幹部『12使徒』の敗北———その情報は至聖教のモンゴル本部にも伝えられ、数年ぶりに教団内で大規模な招集が行われていた。
———カラコルム。それはモンゴルを代表する古都である。カラコルムは秋になり、冬に向けて急激に気温が下がり、冷え込み始めていた。カラコルムは山に囲まれた谷地にあり、まさに天然の要塞だ。その谷地を見渡すと、均一な草原が広がり、山々を望むことができる。
そして、その質素な景色に、異質とも言える巨大な建造物が聳え立っていた。幾重もの瓦に屋根を重ね、古来からの建築の様式を使用しているものの、ただ「派手さ」を追求したそれには伝統への畏敬など微塵たりともない。
豪奢な貴金属の光沢を周囲にこれでもかと誇示しているその建物は———至聖教本部教会と呼ばれている。
その建物の長く、眩しいほど彩られた廊下に、上品な足音がコツコツと鳴り響く。歩みとともに揺れる、輝く金髪の縦ロール。宝石の散りばめられた白いローブを、その矮躯に纏った少女——『12使徒』セラフィナ・ジャ=レーヌが歩いていた。
「まったく。広い建物ですこと。それにしても、『12使徒』にこのような招集がかかったのは何年ぶりですのよ。」
セラフィナが独り言のようにそう呟くと、音も立てずに彼女の背後を歩いていたセンが何やら考え始める。彼は、右目を隠す淡いピンクの髪先を指でいじりながら、少し間をおいてそれに答えた。
「……七年前でしょう。」
「あら?セン、貴方は詳しいですのね。」
「記録にあっただけですよ、セラフィナ嬢。
へぇ……『オックスフォード』の敗戦処理、だったのですか。」
センが『オックスフォードの奇跡』を想起させる単語を発すると、セラフィナも思い出したようだった。ラピスラズリのような青い目を少し瞬かせた彼女は、まだ十歳ほどの幼少期の記憶を呼び起こす。
「あのときの招集は……わたくしの至聖教への入信から、ほんの数カ月にも満たない時期でございましたわ。当時は今ほど至聖教も盤石ではございませんでしたわ。」
「吾輩抜きで盛り上がっているようだが、久しいなセラフィナ・ジャ=レーヌよ。我が最高傑作も調子はどうだね?」
禿頭に褐色肌で、両腕は根本から義手、右目が黄緑の義眼となっている男が、騒がしい足音を立てて現れた。機械を用いた人体の改造。それを唯一成し遂げた傑物にして、それを自らの身体に成し遂げてしまった狂人。
「いつ見てもその義体は禍々しいですわね。その眩しい頭にも義体をつけなさってはどうですの?」
「ガハハハッ。御冗談が上手くなったものだな、セラフィナ・ジャ=レーヌよ。」
そう言った男——『12使徒』スゥギーラ・ヅラークは笑ってはいたたものの、その笑顔は乾ききっていた。
その二人の様子を見たセンは、ため息をつきながらも、今やるべきことを考えて、廊下の行き当たりの扉に手をかざした。
センの細長い手が扉に触れ、その隙間がぼんやりと緋色に淡く光り、ギイィという重厚な音とともに扉がゆっくりと開いた。彼らの目に映ったのは、より一層貴金属とガラスの輝きが増した部屋——至聖教の「中枢聖堂」へと、彼らは辿り着いた。
幹部である三人ですらも殆ど立ち入らないという「中枢聖堂」。ふんだんに宝石が使われ、至聖教徒の崇める偶像ですら黄金とエメラルドに輝くその空間は、わずか数秒踏み入るだけで、至聖教の富と栄華を印象付ける。
———その輝きの中心にある玉座のような椅子。そこでは金の冠を被り、布で鼻から上の顔の半分を隠した少年が微笑みながら座っていた。
彼はセンほどの身長で、セラフィナほどの年齢も無いかもしれない、幼く、矮小とさえ感じさせる外見である。しかし、先程まで軽口を叩きあっていた『12使徒』の二人も、マヒュー・ヘルムを絶対的な主とするセンも、その神々しい少年の姿を視界に収めるや否や、瞬時に地面に膝をついた。神聖さを感じさせる沈黙が「中枢聖堂」に流れ、ついに座っていた幼い姿の少年が、安らいだ声と共に口を開いた。
「『12使徒』の二人も、センも、よく来てくれた。
黙っている空気は嫌いだし……朕が言論を許可しよう。顔を起こして。」
「ありがたき幸せでございます『教祖』様。」
示し合わせたかのように息のそろった礼を述べた三人は、許可を受けて頭を上げる。そのとき、センの脳裏に些細な疑問がよぎった。
(他の『12使徒』は……いらっしゃらないようだ。大規模な招集と聞いていましたが…………)
センがその疑問を口に出す前に、先に『教祖』が質問を投げかける。
「マヒュー・ヘルムとか、ラムラコフスキーとかが来ていないみたいなんだ。詳しい事情とか、教えてくれる?」
「マヒュー・ヘルムはまた何やら怪しい任務に取り掛かっていましたわ。」
「ラムラコフスキーが来ないのはいつものことでしょう。……彼への招集の九割は不参加と、四年前からの記録にあります。」
セラフィナとセンがそれぞれ答えた。しかし、スゥギーラはその一連の問答を聞いても辻褄の合わない点があるようで、顔をしかめながら『教祖』へと恐る恐るそれを確認しようとしていた。
「吾輩の親友、オダストロも不参加のようですが……」
「うん。誰かにやられちゃったからね。」
「えっ。」
顔色一つ変えず、『教祖』は安らいだ声のまま返答した。「そのことが本題だし……」と『教祖』はそのまま話を続けるが、一方で三人は深刻な表情で黙り込んでいた。
(なるほど……それでわたくしたちを集めたのですわね……)
(『12使徒』の敗北はあの忌々しい『オックスフォード』以来だぞ……!
……吾輩たちで弔い合戦を上げてやろう……犯人を突き止めろ、セン!)
(承知。)
セラフィナが一人で思案する間に、右の義眼を黄緑色に光らせつつ、スゥギーラはセンに信号を送り、意識を共有していた。センも、黄緑の左目を瞬きながら、スゥギーラの命令を受け取っていた。
その様子をじっと見て、顎に手を当て考える仕草をしていた『教祖』が発言する。
「羨ましいよ、テレパシー紛いの事をできるのは。直接話すのは、めんどい。
機械人間……面白そうだし、研究費を増額してあげるよ、スゥギーラ。」
「ありがたき光栄。ただ、今は研究費よりも捕虜が欲しいのです。機械人間や人造人間の兵器化……魔力の代替……二週間ほど前に頂いた五十の人間では全く足りませんでした。」
スゥギーラは至聖教でもトップを争う凄腕の科学者も兼任しているため、研究に関する話題が招集の際に出るのは日常茶飯事である。彼の大掛かりな研究には至聖教も可能性を見出しており、そのため『教祖』は多額の出資を行い、人命を使い潰す許可すら厭わない。
「五百あれば足りそう?スゥギーラ、君には期待しているよ。」
「ありがたく存じます。」
五百人あれば一ヶ月ほどは思う存分、本格的な研究も続けられるだろうとスゥギーラは見当をつける。塵芥のように命を踏みつけにしたことで、彼は、その身につけた義体やセンを生んだときよりも、遥かに高度な理論と技術へと足を踏み入れていた。
しかし、話についてこられずキョトンとしていたセラフィナが、本題へと引き戻す。
「話を戻しましてよ。オダストロ様を凌駕する実力の持ち主……いったい誰なのかと推察をすれば、かの『白煙』のベイ、それくらいしか心当たりはないですわ。金に目のないあの殺し屋なら、何をしでかすかわからないですもの。」
彼女はむしろ『白煙』のベイを訝しむような口調で発言する。
『白煙』のベイ——その名前がその場の三人の耳に届いた刹那、「中枢聖堂」内は雷撃が走ったように重苦しい雰囲気へと変化した。
「『白煙』——。吾輩もそれは盲点であった。」
機械人間であるということを利用し、センはベイに関する情報を脳内で探る。
「僕の記録によると、『白煙』のベイは直近で二か月前、ニューヨーク市長を暗殺した、とありますね。恐れ入りますが『教祖』様、南米の『12使徒』ラムラコフスキー様に奴の精密な調査を命じられますか?」
「……じゃあ、こっちで調査させとくから、よろしく。」
教祖は彼の側近を呼び、耳打ちをする。側近は伝えられた命令を彼の持つ手帳へと書き留めこの「中枢聖堂」から静かに退出していく。教祖直属の優秀な人材は、彼らの主たる教祖からの命令を遂行すべくいかなる手段をも厭わない。南米にいるラムラコフスキーへその命令が伝わるのも、そう時間はかからないのだ。
そうして、オダストロについての議論はまとめられた。
議題は現在、至聖教とその敵対勢力の激戦区である日本の戦況に移る。至聖教は四年前から日本への攻撃を強めており、多くの『12使徒』がその戦いの行く末に興味を寄せていたのである。
「最新の情報によると、日本での戦局は仕上げの段階に入ったそうです。巧みな謀略と、圧倒的な軍事作戦により、日本の世論は分断されつつあるとか。」
「やはり、吾輩たちは情報戦でも何枚も上手であるな。吾輩の友、ファザンワ・ナオヤなら、今の政局に『面白いですねぇ』と零すだろうな。———いやむしろ、この状況に導いたのは、ファザンワか?」
「ファザンワ・ナオヤ様……同僚として、わたくしも彼の能力、人格は評価していますわ。」
次第に、その場の張り詰めた雰囲気がとけていき、どこか皆安心し始めていた。午後から始まった会議も、夕方になり、ステンドグラスから色とりどりの夕暮れが見えることで、終わりを告げているようだった。
「それじゃあ、みんな。ごくろうさま。」
『教祖』が正式に招集を解散させることを告げると、集まった三人は一礼して「中枢聖堂」を足早に退出していった。
三人が至聖教本部教会から出ると、秋のモンゴル高原の、刺々しい寒さが彼らの肌に沁み込む。そんな中、スゥギーラが声を震わせながら、背を向けていたセラフィナへと話しかける。
「……こんな場所まで来るのは苦労したぞ。なあセラフィナ・ジャ=レーヌよ、帰りはちょうどいいし、その『能力』で吾輩をテヘランまで送ってくれ。」
彼が言葉を刻むたびにその白い吐息も揺れ、それが滑稽でたまらないというふうに、口を抑えて笑うセン。しかし、センの口から漏れ出す空気は透明なままである。そして、セラフィナが縦ロールを揺らしながら振り返り、スゥギーラへと答えた。
「わたくし、道具のようにこき使われるのはまっぴら御免ですわ。
でも、そのあまりにも貧相な頭、お寒そうで見るに耐えないのでしてよ。———今回は特別ですわよ。」
セラフィナは嫌そうに頬を膨らませていたが、不快というわけでは無いという声色で応じた。寒さを微塵たりとも感じていなさそうなセンも同行するようで、右手でセラフィナの袖を掴み、左手でスゥギーラの腰に触れた。
その間に準備を済ませたセラフィナが『能力』を行使し、その空間ごと静かに、点滅する星々のように消えていった。
ケルン編も終結ということで、幕間です。
次章まであと二話分ほど幕間がありますので、どうかお楽しみください。




