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9月10日のEdinburgh  作者: edinburgh0910
灰燼のケルン編——融かされた『氷』

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20/21

幕間 至聖教緊急会議

 ケルンでの戦いにより、レーたちが『12使徒』オダストロを撃破してからおよそ一週間後。

 至聖教幹部『12使徒』の敗北———その情報は至聖教のモンゴル本部にも伝えられ、数年ぶりに教団内で大規模な招集が行われていた。

 ———カラコルム。それはモンゴルを代表する古都である。カラコルムは秋になり、冬に向けて急激に気温が下がり、冷え込み始めていた。カラコルムは山に囲まれた谷地にあり、まさに天然の要塞(ようさい)だ。その谷地を見渡すと、均一な草原が広がり、山々を望むことができる。

 そして、その質素な景色に、異質とも言える巨大な建造物が(そび)え立っていた。幾重(いくえ)もの(かわら)に屋根を重ね、古来からの建築の様式を使用しているものの、ただ「派手さ」を追求したそれには伝統への畏敬など微塵(みじん)たりともない。

 豪奢(ごうしゃ)な貴金属の光沢を周囲にこれでもかと誇示しているその建物は———至聖教本部教会(ハムギーン・アリウン)と呼ばれている。


 その建物の長く、(まぶ)しいほど(いろど)られた廊下に、上品な足音がコツコツと鳴り響く。歩みとともに揺れる、輝く金髪の縦ロール。宝石の散りばめられた白いローブを、その矮躯(わいく)(まと)った少女——『12使徒』セラフィナ・ジャ=レーヌが歩いていた。


「まったく。広い建物ですこと。それにしても、『12使徒』にこのような招集がかかったのは何年ぶりですのよ。」


 セラフィナが独り言のようにそう呟くと、音も立てずに彼女の背後を歩いていたセンが何やら考え始める。彼は、右目を隠す(あわ)いピンクの髪先を指でいじりながら、少し間をおいてそれに答えた。


「……七年前でしょう。」


「あら?セン、貴方は詳しいですのね。」


「記録にあっただけですよ、セラフィナ嬢。

 へぇ……『オックスフォード』の敗戦処理、だったのですか。」


 センが『オックスフォードの奇跡』を想起させる単語を発すると、セラフィナも思い出したようだった。ラピスラズリのような青い目を少し瞬かせた彼女は、まだ十歳ほどの幼少期の記憶を呼び起こす。


「あのときの招集は……わたくしの至聖教への入信から、ほんの数カ月にも満たない時期でございましたわ。当時は今ほど至聖教も盤石ではございませんでしたわ。」


吾輩(わがはい)抜きで盛り上がっているようだが、久しいなセラフィナ・ジャ=レーヌよ。我が最高傑作(セン)も調子はどうだね?」


 禿頭(とくとう)に褐色肌で、両腕は根本から義手、右目が黄緑の義眼となっている男が、騒がしい足音を立てて現れた。機械を用いた人体の改造。それを唯一成し遂げた傑物にして、それを自らの身体に成し遂げてしまった狂人。


「いつ見てもその義体は禍々しいですわね。その眩しい頭にも義体をつけなさってはどうですの?」


「ガハハハッ。御冗談が上手くなったものだな、セラフィナ・ジャ=レーヌよ。」


 そう言った男——『12使徒』スゥギーラ・ヅラークは笑ってはいたたものの、その笑顔は乾ききっていた。

 その二人の様子を見たセンは、ため息をつきながらも、今やるべきことを考えて、廊下の行き当たりの扉に手をかざした。

 センの細長い手が扉に触れ、その隙間がぼんやりと緋色(ひいろ)に淡く光り、ギイィという重厚な音とともに扉がゆっくりと開いた。彼らの目に映ったのは、より一層貴金属とガラスの輝きが増した部屋——至聖教の「中枢聖堂」へと、彼らは辿り着いた。

 幹部である三人ですらも殆ど立ち入らないという「中枢聖堂」。ふんだんに宝石が使われ、至聖教徒の(あが)める偶像ですら黄金とエメラルドに輝くその空間は、わずか数秒踏み入るだけで、至聖教の富と栄華を印象付ける。


 ———その輝きの中心にある玉座のような椅子。そこでは金の冠を被り、布で鼻から上の顔の半分を隠した少年が微笑みながら座っていた。


 彼はセンほどの身長で、セラフィナほどの年齢も無いかもしれない、幼く、矮小(わいしょう)とさえ感じさせる外見である。しかし、先程まで軽口を叩きあっていた『12使徒』の二人も、マヒュー・ヘルムを絶対的な主とするセンも、その神々(こうごう)しい少年の姿を視界に収めるや否や、瞬時に地面に膝をついた。神聖さを感じさせる沈黙が「中枢聖堂」に流れ、ついに座っていた幼い姿の少年が、安らいだ声と共に口を開いた。


「『12使徒』の二人も、センも、よく来てくれた。

 黙っている空気は嫌いだし……(ちん)が言論を許可しよう。顔を起こして。」


「ありがたき幸せでございます『教祖(カーン)』様。」


 示し合わせたかのように息のそろった礼を述べた三人は、許可を受けて頭を上げる。そのとき、センの脳裏に些細(ささい)な疑問がよぎった。


(他の『12使徒』は……いらっしゃらないようだ。大規模な招集と聞いていましたが…………)


 センがその疑問を口に出す前に、先に『教祖(カーン)』が質問を投げかける。


「マヒュー・ヘルムとか、ラムラコフスキーとかが来ていないみたいなんだ。詳しい事情とか、教えてくれる?」


「マヒュー・ヘルムはまた何やら怪しい任務に取り掛かっていましたわ。」


「ラムラコフスキーが来ないのはいつものことでしょう。……彼への招集の九割は不参加と、四年前からの記録にあります。」


 セラフィナとセンがそれぞれ答えた。しかし、スゥギーラはその一連の問答を聞いても辻褄(つじつま)の合わない点があるようで、顔をしかめながら『教祖』へと恐る恐るそれを確認しようとしていた。


吾輩(わがはい)の親友、オダストロも不参加のようですが……」


「うん。誰かにやられちゃったからね。」


「えっ。」


 顔色一つ変えず、『教祖』は安らいだ声のまま返答した。「そのことが本題だし……」と『教祖』はそのまま話を続けるが、一方で三人は深刻な表情で黙り込んでいた。


(なるほど……それでわたくしたちを集めたのですわね……)


(『12使徒』の敗北はあの忌々しい『オックスフォード』以来だぞ……!

 ……吾輩たちで弔い合戦を上げてやろう……犯人を突き止めろ、セン!)


(承知。)


 セラフィナが一人で思案する間に、右の義眼を黄緑色に光らせつつ、スゥギーラはセンに信号を送り、意識を共有していた。センも、黄緑の左目を瞬きながら、スゥギーラの命令を受け取っていた。

 その様子をじっと見て、顎に手を当て考える仕草をしていた『教祖』が発言する。


「羨ましいよ、テレパシー(まが)いの事をできるのは。直接話すのは、めんどい。

 機械人間……面白そうだし、研究費を増額してあげるよ、スゥギーラ。」


「ありがたき光栄。ただ、今は研究費よりも捕虜が欲しいのです。機械人間や人造人間の兵器化……魔力の代替……二週間ほど前に頂いた五十の人間では全く足りませんでした。」


 スゥギーラは至聖教でもトップを争う凄腕の科学者も兼任しているため、研究に関する話題が招集の際に出るのは日常茶飯事である。彼の大掛かりな研究には至聖教も可能性を見出しており、そのため『教祖』は多額の出資を行い、人命を使()()()()許可すら(いと)わない。


「五百あれば足りそう?スゥギーラ、君には期待しているよ。」


「ありがたく存じます。」


 五百人あれば一ヶ月ほどは思う存分、本格的な研究も続けられるだろうとスゥギーラは見当をつける。塵芥(じんかい)のように命を踏みつけにしたことで、彼は、その身につけた義体やセンを生んだときよりも、遥かに高度な理論と技術へと足を踏み入れていた。

 しかし、話についてこられずキョトンとしていたセラフィナが、本題へと引き戻す。


「話を戻しましてよ。オダストロ様を凌駕(りょうが)する実力の持ち主……いったい誰なのかと推察をすれば、かの『白煙(はくえん)』のベイ、それくらいしか心当たりはないですわ。金に目のないあの殺し屋なら、何をしでかすかわからないですもの。」


 彼女はむしろ『白煙(はくえん)』のベイを(いぶか)しむような口調で発言する。

白煙(はくえん)』のベイ——その名前がその場の三人の耳に届いた刹那(せつな)、「中枢聖堂」内は雷撃が走ったように重苦しい雰囲気へと変化した。


「『白煙(はくえん)』——。吾輩もそれは盲点であった。」


 機械人間であるということを利用し、センはベイに関する情報を脳内で探る。


「僕の記録によると、『白煙(はくえん)』のベイは直近で二か月前、ニューヨーク市長を暗殺した、とありますね。恐れ入りますが『教祖(カーン)』様、南米の『12使徒』ラムラコフスキー様に奴の精密な調査を命じられますか?」


「……じゃあ、こっちで調査させとくから、よろしく。」


 教祖は彼の側近を呼び、耳打ちをする。側近は伝えられた命令を彼の持つ手帳へと書き留めこの「中枢聖堂」から静かに退出していく。教祖直属の優秀な人材は、彼らの主たる教祖からの命令を遂行すべくいかなる手段をも(いと)わない。南米にいるラムラコフスキーへその命令が伝わるのも、そう時間はかからないのだ。


 そうして、オダストロについての議論はまとめられた。


 議題は現在、至聖教とその敵対勢力の激戦区である日本の戦況に移る。至聖教は四年前から日本への攻撃を強めており、多くの『12使徒』がその戦いの行く末に興味を寄せていたのである。


「最新の情報によると、日本での戦局は()()()の段階に入ったそうです。巧みな謀略(ぼうりゃく)と、圧倒的な軍事作戦により、日本の世論は分断されつつあるとか。」


「やはり、吾輩たちは情報戦でも何枚も上手(うわて)であるな。吾輩の友、ファザンワ・ナオヤなら、今の政局に『面白いですねぇ』と零すだろうな。———いやむしろ、この状況に導いたのは、ファザンワか?」


「ファザンワ・ナオヤ様……同僚として、わたくしも彼の能力、人格は評価していますわ。」


 次第に、その場の張り詰めた雰囲気がとけていき、どこか皆安心し始めていた。午後から始まった会議も、夕方になり、ステンドグラスから色とりどりの夕暮れが見えることで、終わりを告げているようだった。


「それじゃあ、みんな。ごくろうさま。」


『教祖』が正式に招集を解散させることを告げると、集まった三人は一礼して「中枢聖堂」を足早に退出していった。

 三人が至聖教本部教会(ハムギーン・アリウン)から出ると、秋のモンゴル高原の、刺々(とげとげ)しい寒さが彼らの肌に()()む。そんな中、スゥギーラが声を震わせながら、背を向けていたセラフィナへと話しかける。


「……こんな場所まで来るのは苦労したぞ。なあセラフィナ・ジャ=レーヌよ、帰りはちょうどいいし、その『能力』で吾輩をテヘランまで送ってくれ。」


 彼が言葉を刻むたびにその白い吐息も揺れ、それが滑稽でたまらないというふうに、口を抑えて笑うセン。しかし、センの口から漏れ出す空気は透明なままである。そして、セラフィナが縦ロールを揺らしながら振り返り、スゥギーラへと答えた。


「わたくし、道具のようにこき使われるのはまっぴら御免ですわ。

 でも、そのあまりにも貧相な頭、お寒そうで見るに耐えないのでしてよ。———今回は特別ですわよ。」


 セラフィナは嫌そうに頬を膨らませていたが、不快というわけでは無いという声色で応じた。寒さを微塵(みじん)たりとも感じていなさそうなセンも同行するようで、右手でセラフィナの袖を掴み、左手でスゥギーラの腰に触れた。

 その間に準備を済ませたセラフィナが『能力』を行使し、その空間ごと静かに、点滅する星々のように消えていった。

ケルン編も終結ということで、幕間です。

次章まであと二話分ほど幕間がありますので、どうかお楽しみください。

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