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9月10日のEdinburgh  作者: edinburgh0910
灰燼のケルン編——融かされた『氷』

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第十七話 大博打

 リンがパトリックのもとを離れ、エノキウスの咆哮(ほうこう)が大地を()らしていた頃、パトリック隊はとある白衣の男と出会った。

 その男は琥珀(こはく)色で細い眼に丸い眼鏡をかけ、パトリック隊へと「ラナト」と名乗った。ラナトは高身長で、容姿端麗(ようしたんれい)であり、深緑(ふかみどり)の丸みを帯びた頭髪(とうはつ)からは、温厚な印象をその場の誰もが感じ取っていた。


「皆さん、ありがとうございます。僕を先程の戦闘から助けていただいて。」


 ラナトは頭を深々と下げながら、パトリックらに礼を述べる。パトリックはその所作に確かな好印象を抱いた。


「そうか、青年よ。このパトリックの隊が少しでも力になれたなら光栄だ。」


 パトリックは礼儀よく感謝を述べて来たその男に対して丁寧な対応をしていたが、彼は内心では焦っていた。


(リン様、レー殿……それに今の轟音(ごうおん)のような叫び声、一体向こうで何が起きているというのだ……)


 パトリックがレーやリンの立ち向かっている敵に関することや、オダストロの扱いについて憂慮(ゆうりょ)していると、ラナトが再び話しかけてきた。


「パトリックさん?なにか悩んでいるようですが、どうされましたか?」


 パトリックは部下へ動揺を伝播(でんぱ)させないよう、自身の焦燥(しょうそう)を隠しているつもりだったが、ラナトはそれを機敏(きびん)にも感じ取ったようだった。


「……戦場は、ケルンの東端であるここだけではない。我が仲間が、あちらで戦い、おそらく苦境に立たされている……」


 そう言いながらパトリックは太陽の隠れ始めた西を指差し、ラナトへと説明をした。


「それ故、我が隊は西進し、仲間を救助する必要がある。」


 ラナトは瞬き数回分ほどの時間、思案し、自身にできる最大限の恩返しを提言する。


「……パトリックさん。僕も、その戦場へ連れて行ってください!

 僕は『能力』を持っています———傷を治癒(ちゆ)する『能力』です。必ず貢献してみせます!」


 パトリックは目を見開き、数秒沈黙していた。果たして、彼を戦場へと連れて行っても良いのか———パトリックの脳内には様々なリスクや懸念があった。

 しかし、パトリックには悩む時間すら惜しい。ラナトは琥珀(こはく)色の瞳を輝かせ、パトリックへとその眼差しを向けている。パトリックは彼の提案に(うなず)き、一行はリンの向かった戦場へと出発した。





 ———道中。パトリック隊は『灰』に塗れたケルン市街と崩れた大聖堂の前を通過していた。

 付近に立ちこめる焦げた臭いもまだ真新しく、一行はその地での先程の戦いの余波を感じ取っていた。


(リン様は、エノキウスなどとおっしゃっていたが、敵は何者だ……?それに、あの咆哮(ほうこう)を境に爆発音も消えた……敵は、エノキウスとやらだけではないのか?)


 パトリックが思案している間も隊は行軍を速め、小走りで向かっていた所、西風が吹き込み、思わず全員が立ち尽くした。


「うぇ、っ……」


 強烈な血の臭いが鼻を突き抜け、数時間前の戦闘よりも強く、はっきりと死の臭いを全員が感じていた。

 その場の誰もがその壮絶さに圧倒され、沈黙していた時、静かにラナトが口を開いた。


「パトリックさん、敵は先程と同じ、至聖教(しせいきょう)なのでしょうか……?」


「……このパトリックも、今の臭気で確信した。血の臭いに(わず)かに混ざっている、果物が腐ったような臭い———これは教徒軍の軍服に使われる染料のものだ。」


 周辺の兵士にどよめきが広がる。全員が至聖教(しせいきょう)との戦闘の苛烈(かれつ)さにおびえていた。しかし、そんな彼らの闘志を再燃させるのもパトリックの役目である。


狼狽(うろた)えるな、我が隊員たちよ。さっきの戦闘とは違い、レー殿やリン様もおられる!勝算は100%であるぞ!」


 パトリックも実は、ケルンに入った早朝のうちは、内心萎縮(いしゅく)していた。しかし、レーの「勝率は100%なんですね。」という言葉に背中を押され、勇気を(しぼ)()して今も立っている。そして、その言葉を今度はパトリックが使い、彼の隊の士気を高揚させている。

 そして、その空気のなかで、「うぅ……」という(うめ)(ごえ)をあげながら、担架(たんか)に担がれていたオダストロが目を覚ましたのだった。


「ぐふっ……俺は…………そうだ、負けたんだ……

 ここは、どこだ。貴様らは……」


「オダストロか。我が名はパトリックである。お前が戦った、レー殿やリン様の側近(そっきん)であるパトリックだ。」


 オダストロは朦朧(もうろう)とする意識の中で、状況を把握(はあく)しようとして、鎖でつながれた手足の代わりに頭を動かして周囲を見る。しかし、失血のため視界にもやがかかっており、渋々彼はパトリックに状況を聞くのだった。






 ———パトリックが説明を終えるとほぼ同時、一行は戦場に到着した。


「レー殿……、リン様……!」


 パトリックの視界に入ったのは『竹』の物陰に寝かされ、虫の息のレーと、教徒軍の激烈(げきれつ)な包囲攻撃を受けているリンであった。


「ぐぅ……あれは、俺の、直属部隊…………か?」


 オダストロも担架(たんか)から頭を上げ、その光景を回復しつつある視界へと必死に収めようとしていた。

 パトリックは二人の救助を粉骨砕身(ふんこつさいしん)の思いで行うべく、瞬時に指示を出す。


「隊の半分、このパトリックと共に戦地に突撃し、決死の覚悟でリン様を救出だ!

 残る半数、ラナトを護衛しながらレー殿のもとへ向かい、その命を救い出せ!」


 場の緊張感が高まり、その場の誰もが息を呑む。しかし、行軍中から考え事をしていたラナトが口を開いた。


「待ってください、パトリックさん。」


「なんだ、ラナト。すまないが、言いたいことなら手短に頼みたい。」


「……ここにいる、オダストロという人物を利用するのはどうでしょう?——彼の言うことが正しいなら、目の前の教徒軍は彼の直属部隊……つまりは彼の指揮系統下にあるはずです。」


「…………!」


 新たな発想にパトリックは驚嘆(きょうたん)した。しかし、オダストロは彼にとっての敵であり、敵を利用した策には懸念の情を抱かずにはいられなかった。


(なんという奇策……だが、こやつは『12使徒』。信用に値するかは———)


「いいだ、ろう……それに、俺は、ロケット・レーのやつに、協力を約束……してしまった、ような気がする。」


 パトリックの思索(しさく)を遮るようにオダストロがその策に賛同(さんどう)した。パトリックは予想外の連続によって頭が真っ白になりかけたが、事態が急を要するため、即決を迫られている状況だった。そのため彼は頭をフル回転させる。


「ぐぅう……『12使徒』なんかを策に組み込むなど、博打(ばくち)にも程があるが……」


 パトリックは悩みながらも一縷(いちる)の希望に(すが)る選択をしたのだった。


「……よかろう。『12使徒』オダストロ、お前のその立場を利用させてもらう。だが、その怪我では動けも喋れもせんだろう……だからラナト、お前の『能力』とやらを使って見せろ。…………だが、拘束は解かないからな。」


 オダストロはそのセリフを聞き少々気に食わなそうに(うなず)いた。

 ラナトは彼の『能力』の発動の準備に取り掛かる。


「いいですか、オダストロさん。この『能力』は特殊なので、力を抜いてください。私の魔力の干渉(かんしょう)を受容してください。」


 鎖により拘束され、パトリック隊の兵士から武器を向けられ警戒されているオダストロに向けて、静かに呪文を唱え始める。オダストロも脱力し、その場の雰囲気はまるで儀式のようだった。


「"アグレガ” "カルネ・イ・サングレ”……」


 ラナトが呪文を紡ぐたびに、彼のおろした髪がなびき始め、深緑(ふかみどり)の光を(まと)い始める。日没が近く、暗くなるケルンとは対照的に、その姿はパトリックや兵士の目に神々(こうごう)しく映り、また一種の畏怖(いふ)というべきものを感じさせた。


「……"レヘネラシオン”!」


 呪文の詠唱が終了すると、ラナトはオダストロの心臓へと両手をかざす。深緑(ふかみどり)の光はラナトの左右の手へと集中していき、だんだんと神秘的な輝きは増していく。そうしてひときわ大きくオーロラのような幻想的な輝きを見せた瞬間、オダストロは深緑(ふかみどり)の光の(ころも)をまとい、傷口には琥珀(こはく)色の光柱が立ち上がった。

 そのまま灯火が消えるように光柱が薄れて無くなると、傷は完治し、二人を覆っていた神秘の深緑(ふかみどり)も、霧のように晴れていった。


「これで治療は完了です。本来の『能力』とは使い方が違うので、詠唱や条件が複雑ですが……」


「成功したのだから良いだろう。感謝申し上げる、ラナト。あちらに倒れているレー殿もお願いできるか?

 そして、オダストロは作戦通りにこの戦いを(しず)めよ。」


 ラナトは深く(うなず)いた。オダストロもパトリックに従い、大量の兵士の監視と拘束の元で、崩れかけた建物の上に立つ。


「貴様ら、武器を置きたまえ。この俺、オダストロの名のもとに命ずるぞ!」


 まさに鶴の一声。ミョシンも含めた教徒軍は即座に武器を置き、深く頭を下げる。その場の空気が一変し、リンも戦闘を停止するが、突然のオダストロの再来に、驚愕(きょうがく)しながらも警戒する。


「リン……だったか?俺は敵意はもうない。肩の力を抜け、貴様の側近の部隊も来ている。」


 まだ状況が呑み込めないリン。しかし彼女は、建物の下にいるパトリックの姿を見て、少し安堵(あんど)した。


「ミョシン、そこに倒れてる黒髪の男を、俺の近くの白衣の青年へ運んでくれ。丁重に運べよ。」


「承知です。オダストロ様。」


 ミョシンはオダストロの命令通り、レーをラナトへと引き渡した。ラナトは(かが)んで、地面に寝かされたレーの様子を確認する。


「……ひどい傷だ……意識もない……」


(まずいな、このまま彼の魔力が、反射的に僕の魔力を(こば)めば『能力』は発動できないが……)


 ラナトはレーの身体に、慎重に魔力を流し入れながら考える。幸いにも、レーの魔力は度重なる戦闘でほぼ尽きており、ラナトは通常通りに『能力』を行使することができた。


「"アグレガ” "カルネ・イ・サングレ”……」


 詠唱とともに、再び深緑(ふかみどり)に包まれてゆくラナト。次第にレーの身体にも深緑の光と琥珀(こはく)色の光柱が伝播(でんぱ)し、千切れかかった腕には一層強く光柱が立ち昇る。

 レーの治療を大勢が見守り、固唾(かたず)を呑む中、「"レヘネラシオン”」という呪文とともにレーの傷が塞がってゆき、ラナトが汗を(ぬぐ)いながら立ち上がった。


「ひとまず傷は治しました。意識はすぐには戻りませんでしたが、おそらく、半日も安静にしていれば回復すると思います。」


「ありがとうラナト、そしてオダストロ。このパトリック、本当に心の底から感謝する。」


 そう言うとパトリックは地面に片膝をつき、最大限の敬意で礼を述べた。


 ———戦闘が終結し、土煙が晴れたケルンの地平線には、夕日の隠れる様がくっきりと見え、吹き始めた夜風が彼らの肌を優しくなでていた。

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