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9月10日のEdinburgh  作者: edinburgh0910
灰燼のケルン編——融かされた『氷』

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第十六話 血肉の希望

 レーとともにエノキウスの脅威(きょうい)へと対処しようと、戦場に再び帰還したリン。

 しかし、エノキウスの姿はそこにない。代わりに彼女の目に映り込んだのは、血溜まりへと倒れ込むレーの姿と、その状況を作り上げた至聖教の大軍だった。


「レー先生っ……!」


 敵の包囲をものともせずリンは勇敢(ゆうかん)に血溜まりに降り立った。早速、彼女のそばにいた兵士が数人、近づいてきていた。


「こんどは小娘が一匹……?」


「何の用だぁ?女のガキはさっさと帰りな。」


 リンは、その挑発に応えるように、取り囲む至聖教へと憎悪を向ける。彼女の表情には怒気(どき)が満ちていて、大量にいる教徒軍を威圧(いあつ)していた。


「お前ら至聖教(クズ共)は……いつも私から大切なモノを奪っていくしかないわね……!」


 教徒軍が反応できないうちに、リンは怒りを原動力に魔力を『竹』へと変え、周囲に張り巡らせた。鮮血(せんけつ)がビシャビシャと血溜まりに撒き散らされ、リンはレーの様子を確認しようとする。


(レー先生……意識もないし、この傷の深さと多さ、命が危な——)


「思ったより腕が立つようじゃねぇか……うらあ!」


 思考を張り巡らせる暇もなく、死体の山を乗り越えた敵がリンへと襲いかかる。リンは教徒軍を一人一人『能力』で突き殺し、敵の包囲に穴を開けて、倒れたレーを担ぎ出した。


「レー先生は、私が殺らせないわ!」


『竹』で簡易的な物陰を作り、レーをそこに寝かせて戦いを再開するリン。しかし、レーを救出している間に敵軍は陣形を変えようとしていた。


「囲めぇ!この小娘も万全ではない!(たた)()けろぉ!」


 敵の目立つ大男が檄を飛ばし、教徒軍の士気がぐっと上がる。突然のリンの参戦による混乱が収まり、次第に教徒軍の統率が取られ始めていた。


「うぅ……っ……!!」


 傷を増やしてゆくリン。『竹』による攻防にも限界が見え始めていた。


(あまりにも数が多いわね……。オダ……ストロにやられて乱れた魔力も完治はしていないし、頃合いを見てレー先生と逃げなきゃ……!)


 しかし、統率の取られた教徒軍の攻撃はリンに休みも逃げも許さないほどだった。前衛から後方まで連携の取れた戦術にリンは苦戦する。

 防戦一方では勝機がないと考えた彼女は、『竹』を連続で飛ばし、敵を蹴散(けちら)らそうと試みる。全方位へと生成され、弓矢よりも速く射出された『竹』は群がる教徒軍をことごとく穿(うが)つ。さらにリンは再び『竹』を操り、空中で向きを変えることで、『竹』を一箇所に集中させて敵軍を殲滅(せんめつ)し、包囲に穴を作り出した。


(よし……これで……!!)


 しかし、その希望は一抹の泡のように小さく、頼りないものだった。


「逃がすな!ミョシン隊、北北東に展開し、退路を()て!」


「承知!」


 再び大男が声を張り上げ、司令官(れいかん)となって着実にリンを殺しにかかる。リンが周りを見渡すと既に退路は断たれ始めており、次第に打つ手を失ってゆく。


(いずれは……勝機を見出すことができるはず。それでも、今は正面から戦うしかなさそうね……)


 四面楚歌(しめんそか)ではあったものの、僅かな希望にすがって正面突破を決するリン。彼女の狙いは北北東———教徒軍が完全に陣形を揃える前に突破する計画だった。

 しかし、敵の先頭の騎馬に跨る、ミョシンと呼ばれる眼帯の女は彼女の想像以上に手練れであった。むしろ、ミョシンはリンの『竹』を巧みな体術と剣術で裁き、リンへと話しかける余裕すらあった。


「さぁ、勇気のある……戦乙女よ、少しあたしと話そうじゃないか。」


「……っ!」


(この眼帯女……強い……!さっきの司令官も、只者じゃねえ……)


 リンはミョシンを警戒し、迂闊(うかつ)に情報を垂れ流さないよう口を閉ざそうと努める。


「無口だねぇ……あのねぇ、古臭い習慣だけれど、名乗りから始めましょう。……ミョシン・アンナ、あたしの名を覚えときなさい。」


 ミョシンはリンの警戒心を読み取って馬から降り、緊張を解こうと試みる。

 そのまま、彼女は(かぶと)を外して黒髪のショートを風になびかせ、眼帯のない左の金色の瞳で、リンの姿をまっすぐと見ていた。リンもライトブルーの瞳で正面のミョシンの姿を見る。金と青の視線が交差し、(わず)かな沈黙の後、リンはゆっくりと口を開いた。


「私は……リンよ。」


 短い問答。その直後、『竹』と剣の激しい打ち合いが再開した。

 四方から蛇のようにうねりながら放たれた『竹』の攻撃を的確に両断するミョシン。『竹』の鋭い破片が攻防のたびに舞い、付近にいた兵士たちがその鋭い流れ弾で命を落とす。

 その介入を許さない戦場で、ミョシンはリンへと言葉を投げかける。


「そうか、てめぇはリンというのか。

 ……肩の力を抜け、元々あたしは本気で殺すつもりではなかったからさ。」


「私たちを殺すつもりは、なかった……?」


「そうだ。あたしたちは『12使徒』オダストロ様に会うためにここへ来た。……てめぇらと戦うためじゃないのさ。」


 ミョシンの口から発せられた衝撃的な内容に、リンは思わず絶句する。そんなリンへの視線は()らさないまま、ミョシンは語り続ける。


「そもそもこれは『12使徒』セラフィナ・ジャ=レーヌ様の命。オダストロ様に謁見し、数日だけケルンの守備を固めるって内容だった……」


 新しく聞いた『12使徒』の名前にリンは思わず気圧(けお)され、震える足で一歩後退りしてしまう。


「あのねぇ、あたし達の部隊、ちょっと特殊な扱いだから、直属部隊ってので。オダストロ様の許可を貰わないと戦闘行為はできないの。」


 次第にミョシンの言葉の語気が荒げられ、感情が剥き出しになってゆく。


「でも、仕掛けられたら別。待ち合わせ場所のケルン大聖堂は崩落していて、オダストロ様の『能力』の痕跡(こんせき)、そして数十分前の謎の『火球』の炸裂(さくれつ)……今は(おだ)やかな気持ちにはなれないんだ。

 なぁリン……オダストロ様について、知っていることはあるかい?」


「待って……」


 ミョシンが話し終わると同時に、攻撃が激化する。剣撃はより重く、速く、手数も倍増していた。

 リンは恐怖心を必死に抑え込みながら、余力を尽くして『能力』を行使し、応戦。戦闘の規模が膨れ上がり、リンは『竹』による攻撃となけなしの体術を用いるが、ミョシンは豪勢に剣を振り抜きながら、剣先にも勝るような速度で殴りや蹴りを混ぜてくる。


「リン、惜しいなぁ。もっと体術さえ鍛えておけば、あたしなんて容易(たや)く殺せたはずだ。それほどにお前の『能力』の精度は高い……!」


 事実、リンの『竹』は何度もミョシンの首や胴を掠めているが、すんでの所で剣や腕で()(はら)われている。


「話の続きだ。オダストロ様について、知ってることを全て話せ。」


「オダストロは……」


 リンは逡巡(しゅんじゅん)する、オダストロを倒したという事実とオダストロがこちら側につくということをミョシンらに伝えて良いのか。

 しかし、リンはオダストロについての情報を話すまで、ミョシンらは戦い続けるだろうと考えた。

 そうした思考の末、リンはミョシンに真実を告げることを選んだ。


「……私達が倒したわ。」


「……っ!オダストロ様が!?」


「ミョシン、落ち着いてくれ、命までは奪ってないわ。それに、奴は……オダストロは私達に至聖教(しせいきょう)の情報を渡すというようなことも言っていた。」


 ミョシンは言葉を失った。このケルンで何が起きていたのかという感情で、彼女は心の収拾(しゅうしゅう)がつかなくなっていた。







 ———その戦場に、穏やかでありながらもよく通る声が響き渡った。


「貴様ら、武器を置きたまえ。この俺、オダストロの名のもとに命ずるぞ!」


 負傷を微塵(みじん)たりとも感じさせないオダストロ———手足を鎖で繋がれていたが、彼は崩れかけた建物の上から戦場へと声を届かせる。そして、その下には遅れて戦場へと到着したパトリック隊の姿があった。

混沌としたケルンの結末が近い。刮目せよ。

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