第十五話 命を拾え
至聖教の大軍がケルンへと現れた。エノキウスは面倒そうにその場を去り、その場には大怪我を負い、魔力も絶え絶えなロケット・レーと、教徒軍のみが残された。
(至聖教の企みを……成功させるわけには……いかないんですね……)
「繰り返す。そこの黒髪の男、貴様も立ち退き、早く失せよ!こちらには戦闘の準備もできている!」
その敵の発言を聞いてもなお、レーは一歩も引こうとはしなかった。
(リンや、後ろのパトリックを、危険に……晒す真似はできないんですね……それに、もう引き下がる猶予も、なさそう……なんですね。)
―――パトリックが数刻前から戦闘していたものと同規模の兵。それが西日に照らされ、赤黒い戦線が次第にレーを包囲してゆく。
レーは余力を振り絞り、流れる血を抑える余裕も無いまま戦闘に突入した。負傷と疲労により『能力』も行使することができず、拳のみが彼にとっての頼りであった。
「お前らは……邪魔、なんで……すね。」
弱々しい声を漏らしながらレーは眼前の教徒軍へと拳を振りかかる。
「おいおい。」
「この血まみれのヤツに、何ができんだ?」
「オダストロ様はどこだ?
……この戦闘の痕跡、コイツ……まさか―――」
レーはそれらの不愉快な"雑音”に耳を傾けず、腕を振るい、足を突き出し、跳躍し、敵を粉砕。血飛沫が教徒軍の軍勢から舞う。そして肉片の散る音、鉄と拳がぶつかる音が絶え間なく奏でられ続けている。
「ひっ……」
「てめ―――」
敵に突っ込むたびに、悲鳴や敵意の形をした"雑音”がレーの耳を打つ。その声へと標的を移し、それを断末魔へと変えてゆく。また別の兵士から敵意をあらわにした声が浮かび、次々とそれを潰していった。
しかし、殺しても殺しても教徒軍の数は未だ多く、敵に囲まれているレーは次第に攻撃を受け始めていた。
西日を受けて煌めいている、教徒軍の凶刃がレーの全身を刻み、皮膚を裂いてその下の肉や骨を断とうとしてくる。
数分も経たないうちに、血は流れ、教徒軍の群がるレーを中心に、地面は赤黒く染め上げられる。ねっとりとした血と肉片を踏みつける———そんな感覚がその場の全員の足元を狂わせ、レーへと目掛けて、生者も死者もが否応なしになだれ込み続けた。
こうして全方位から、敵とその武器がレーへと降り注いだ。集中砲火を受けたことと、肉塊に足元を取られたことにより、レーは無様にも隙を晒してしまう。
結果、無尽蔵に降り注いだうちの一本の槍が、レーの肩へと深々と突き刺さった。
「ぐぉ……。」
思わずレーの口から苦悶に満ちた声が漏れ、激しく吐血する。
―――ロケット・レーも人間である。多量の失血は彼の命を当然のごとく蝕むのだ。そして、レーは失血で意識を失う前に新たな傷を負い、そのせいで、彼は痛みにより無慈悲にも失神すら許されなかった。
戦闘は止まない、赤黒い血溜まりの中心で。
———レーは右腕が動かないことに違和感を覚えた。
その右腕は、エノキウスに斬られた上からさらにバッサリと斬られ、千切れかかっていた。
残る左腕でレーは抵抗を続ける。
———レーは右目の視界を失った。
彼は額を割られ、滴る血が彼の黒瞳に入り込んでいた。
多くの傷口が、レーの脳へと痛みを訴えている。しかし、それによって彼は意識を繋ぎ止め、失血の最中、奇跡的に戦うことができていた。
———レーは地面に膝をついた。
彼は足の腱を斬られ、剣で足首を貫かれていた。
あまりの失血の多さが、レーの「痛覚」を奪う。
———レーは意識が朦朧とし始めていた。
彼が失った血はあまりにも多く、繋ぎ止めていた感覚が消えてゆく。彼の身体はもはや動かなかった。
鈍い音が血の海の上に響き渡る。レーは後頭部を殴られ、ついに意識を保てなくなった。
———暗転。レーの意識は闇に沈んでいった。
彼が最後に聞いたのは、天から届いた声———泣きながらレーの名前を呼ぶ、仲間の声だった。
「レー先生!!」
リンは竹の反動を利用して戦闘地域まで飛び、教徒軍の包囲の中心に降り立った。




