第十四話 二段目の布石
家ほどの大きさの『火球』がレーを襲う。彼は身動きも『能力』をも封じられ、それを正面から食らうことしかできなかった。
『火球』がレーを呑み込み、彼の足に絡みついていた岩の腕すらも焦がし、そうして全てを巻き込んでケルンを灼熱地獄に変えてしまう。
(熱い、熱いんですね。)
レーが身を焼かれる苦しみに、声すら出せず悶えている間も、『火球』は地面を、建物を削り、それらを溶かして進んでゆく。
その膨大な熱の塊はライン川に到達し、凄まじい勢いで川が沸騰する。刹那、水蒸気爆発が発生した。周囲をすべて吹き飛ばし、まさに災害———天変地異とも呼べる現象が、『火球』を中心に広がっていった。
その『火球』の中心にいた人間が原型も保てぬまま『蒸発』するのは当然のことであり、エノキウスは眼下の爆発の結果に後悔していた。
「あちゃー。レー先生も、さすがに粉々になっちまったか……これじゃ食えねぇーか。」
蒸気の霧がケルンのライン川を覆いつくしている。その中心部をまじまじと見ていたエノキウスが、落胆してとぼとぼと帰ろうとしたその時、彼は真紅の両目を見開いた。
———霧が裂かれて正面、一人の男がエノキウスに飛びかかる。
「頑丈すぎじゃねーかァ。オイ。生きてるとは思わなかったぜぇ…………レー先生。」
レーはエノキウスが動揺した隙を突き、エノキウスの体を空中にとどまらせている翅を引きちぎる。さらに、エノキウスが衝撃に瞬く間に十、二十の氷柱の連撃を胸、腹、肩、首、顔へと叩き込んだ。
「やるねぇ!ぐ……今のは『2500ダメージ』ってとこかァ。」
エノキウスの本体は依然として無傷だったが、顔をしかめて言い放った。翅を失ったエノキウスと推進力を空中で失ったレー。
———その二者が同時に地面に落下し、激しく血をまき散らす殴り合いが始まった。
「肉弾戦、嫌いじゃねーぞ、俺様は。それにしても、まだ動けるなんてなァ、レー先生。」
レーとエノキウスの拳の応酬が続く。エノキウスが炎を纏ったパンチを打つ。レーはその拳の熱に顔をしかめながら、『冷寒』の力によりその熱を中和していく。全身に火傷を負いながらも、レーとエノキウスは互角の格闘をしているかのように見えた。
しかし、レーの攻撃は単調であるのに対し、エノキウスは爆ぜるバッタなどの搦め手を混ぜて攻撃していた。不規則なエノキウスの攻撃に苦しめられるレー。それでも彼は、エノキウスのバッタの爆発を気合で切り抜け、腕ほどの太さの氷柱をエノキウスの胴体へと突き刺した。
「ヒッ。それでも『1000ダメージ』か。レー先生、弱ってきてんだろぉ?」
(……ありえなぁいんですね!確かに肉をえぐった感触があったのに、無傷……!)
数十分ほどの戦闘。レーとエノキウスは互角の腕前の徒手空拳を打ち合っていた。
しかし、レーは苦悶の表情を浮かべる。その肌にも玉のような汗がだくだくと溢れ出している。既にレーに戦闘を継続できるだけの体力は残っていなかったが、エノキウスはまだまだ体力を残しているようだ。
「おぉう、レー先生よぉ、やぁっぱり疲れてきたかぁ。キレが無くなってきてるぜぇ。」
(エノキ…ウス……あまりにも強すぎるんですね。リンでは敵わなかったでしょう。しかし私も……)
レーの焦りは無意味であった。徐々にキレを失っていくレーの技。どうにかエノキウスのスピードとパワーに食らいついていたが、それも叶わなくなってきた。それに相対するようにエノキウスも戦闘を退屈に感じてきたのか、スピードを上げてゆく。
「おらぁ、そろそろ終わりかぁ?」
「まだだ……"ゲフリーア″……」
(ひとまず、これで防御を———……!?)
レーが『冷寒』の力で壁を作ろうとしたその時、疲労と頭痛により、『能力』を使用に失敗する。
おまけに、短時間の間に『能力』を行使し続けたことによって、レーの魔力も尽きようとしていた。
「レー先生、もう、ボロボロだもんなァ。今楽にしてやろーじゃねぇか。」
エノキウスの右腕はいきなり筋肉が膨れ上がり、怒張する。その禍々しい右腕をエノキウスはレーに、拳を一思いに振り上げる。
ドスッ
鈍い音が鳴り響く。エノキウスの拳はレーの腹の中に深く沈み込み、レーからは空の胃から吐瀉物を捻り出そうとする音が聞こえる。
そのままエノキウスは畳みかけようとしていた。左手のドクロが一瞬光るとともに剣を『構築』して、レーが動けない間、その一瞬に剣を振りぬいてレーの右腕から胴へ一文字に切り裂いた。
この戦いの終わりを確信したエノキウスは口角を上げ、ニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。
「じゃあ、もぉ、トドメでいいかぁ。"メーレ・ハート” "ジュ……」
そうエノキウスが『火球』の呪文を唱えようとしたその時、
-------「ザッ、ザッ、ザッ……」
突然、鉄の雨が地を叩くような足音が地に響きだした。
「ああぁ?てめぇら、誰だぁ?」
エノキウスが詠唱を中断して振り返る。
そこに居た足音の持ち主は、至聖教の旗印を掲げた一軍だった。その黒の衣装に統一された一団は、一糸乱れぬ動きを見せている。その先頭にいた一際立派な衣装を身にまとった男がエノキウスへと宣言する。
「去るが良い。そこの男、神の敬虔な使徒である我らの目を汚すでない。それに我らは、かの『12使徒』セラフィナ・ジャ=レーヌ様の命で来た。何者であろうと、今のケルンに不穏な影を落とすことは許されない!」
荒廃した戦場へよく通る声。威勢のあるその声は確かにエノキウスの耳へ届いた。
「チッ。至聖教かぁ。めんどくせえぇなぁ!!!!」
エノキウスは大声を張り上げて怒り狂う。その叫びだけで、周囲の灰は吹き飛んでしまう。もし一般人がその咆哮を聞いたなら、有無を言わさず失禁してしまっただろう。エノキウスにとってただ苛つきを主張しただけに過ぎなかったが、それほどの圧を秘めていた。至聖教の一軍たちも思わず怯えてしまっているようだった。
「ああぁぁぁ。お楽しみだったのによぉぉ。クソがぁぁ。くだらねぇ、帰ってやるよぉ。もしレー先生がここを切り抜けて、また会えたら、その時は俺様も、この続きをしてやろーじゃねぇかよぉ!!」
そう、叫んでエノキウスは剣を投げ捨て、その驚異的な脚力を以て空高く跳躍し、ケルンの街から姿を消したのであった。
灰と氷に塗れたケルン大聖堂前に残ったのは、力尽きたロケット・レーと、その宿敵である至聖教の一軍だけであった。
「繰り返す。そこの黒髪の男、貴様も立ち退き、早く失せよ!こちらには戦闘の準備もできている!」




