第十三話 余燼の渦中
リンが戦場を離れた直後、エノキウスと名乗る男とレーの戦いが激化していた。
「なァ、レー先生よぉ。この技に見覚えはあるかァ?」
エノキウスの左腕———手の甲にドクロが彫られたそれが、一瞬濃い紫色に発光した。何かが射出され、風を切ってレーへと飛んでゆく。
レーは背筋に寒気が走り、直感的に体を捻って回避する。レーが背後を振り返ると、そこにはその『能力』の威力を知らしめるかのように地面が大きく抉られており、塵すら残ってはいなかった。
「オイ。余所見は厳禁だぜ、レー先生?」
「……っ!」
レーが再び正面に目を向けたときには、エノキウスの姿は黒い壁に覆われ視界になく———否。視界を大量のバッタが瞬時に埋め尽くしていた。レーは鬱陶しいバッタの集団に対処するべく、『冷寒』の力を発動させる。
「"ゲフリーア”!」
瞬時に広範囲のバッタが凍りつく。
「おお、さっすがはレー先生だァ。そのバッタ、俺様の祖国にいっぱいいるんだけどさ。実はなァ……"爆ぜる”んだよ。―――俺様の『能力』でなァ!」
そう、エノキウスが叫んだ瞬間、氷を砕くような音とともに、凍りついた大量のバッタが一斉に爆発する。融けた氷が水となり、二者の足元を水浸しにした。
しかし、爆発の威力はその程度の範疇には収まらず、この戦場から離れている、リンへも衝撃波が到達するほどであった。加えて、灰となっていた建物が粉塵と化して、他の戦場に、はるか上空にへと吹き飛んでゆく。
レーは『冷寒』の力により、辛うじて氷壁を間に合わせて爆発から逃れる。
「んー。まさか、バッタが爆発するとは、こちらも反撃させて頂くんですね。」
レーはエノキウスの足へと狙いを定め、『冷寒』の力によりエノキウスの足を凍りつかせる算段だ。しかし、足元の水が凍る寸前、エノキウスの足は地を離れ、宙に浮きあがる。レーが見上げると、エノキウスは凍てついた大地から30メートル程も飛び上がっていた。
(これを躱すとは……一筋縄ではいかないのか。でも、着地の瞬間の隙を狙えるんですね……)
レーは空を見上げて機をうかがっていたが、エノキウスの高度は下がらない。
よく目を凝らさなければ視認できない、空の色に溶け込んでいる透き通る翅―――それが彼の肉体を支えていた。
「飛んで……いるのか……?」
その呟きと同時に氷柱を飛ばし、レーは上空のエノキウスを攻撃する。
しかし、エノキウスは笑みを崩さないままそれを正面から受ける。顔面に氷柱が命中し、エノキウスの体が少し仰け反った。しかし、その顔の笑みには傷一つついていなかった。
「レー先生、随分派手に『能力』を使ってるけど全然だァ。威力が伴ってねぇ、『500ダメージ』ってトコだろうかァ?」
エノキウスはより一層凶悪に嗤い、地上のレーへと攻撃を繰り出す。
「そろそろぉ、レー先生を、殺そうかなァ!」
上空を警戒していたレーの足元へと違和感が走る。彼が見下ろしたときには既に手遅れで、岩の腕が彼の足に絡みついていた。岩の腕をよく見ると表面に紫色に発光する線があり、エノキウスが先程使用した『能力』に酷似していたが、今のレーにはそんなことを気にしている余裕はなかった。
(何だこれは……ひとまず、『能力』で……)
レーは『冷寒』の力を唱え、『能力』を行使して窮地を脱しようとする。
「"ゲフリー……”―――!?」
しかし、彼の『能力』はそれに応えなかった。困惑するレーの姿を上から見ているエノキウスは理由を上機嫌に述べてゆく。
「レー先生、その岩の表面―――その紫のヤツ、俺様の『能力』なんでよ。
……まァ、使えねーだろぉ?『能力』。」
「くっ……だが、こんな岩の拘束、力ずくで―――」
岩の腕がミシミシ音を立て、亀裂が走るが、そう簡単には壊されない。エノキウスは『能力』でひび割れた箇所を次々と修復しながら、身動きの取れないレーへと追撃を放つ。
「さァて、レー先生は頑丈だけど、耐えられるかなァ?
"メーレ・ハート” "ジュワーラ”!」
その詠唱を合図としてエノキウスの魔力が迸り、巨大な火炎が球の形に集まり始める。
最終的に家一個分にまで膨れ上がった『火球』は正午の太陽よりも眩く輝き、ケルンを煌々と照らしていた。




