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9月10日のEdinburgh  作者: edinburgh0910
灰燼のケルン編——融かされた『氷』
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第十二話 ライン戦線

 レーが窮地(きゅうち)(おちい)り、リンを逃がすため命をかけていたその時、別の戦場でも変化があった。


「パトリック隊長、敵の……教徒軍の三度目の騎馬突撃、阻止しました!

 ……それと北方の味方歩兵に『能力』らしき攻撃が来ています!」


「うむ、良くやった。……『能力』を持つ敵は真っ先に囲んで殺せ。」


 ライン川に沿うように展開された戦線———彼らはライン川より西方に敵を通さまいと奮闘していた。

 まさに、「背水の陣」。一歩も引けない状態だが、元々パトリックには対オダストロに使う予定だった高火力の砲兵の用意がある。

 彼らの最大の懸念(けねん)点は敵の『能力』、とりわけ広範囲に攻撃できるタイプの『能力』には警戒しなければならなかった。

 しかし、『能力』を有する者は極めて稀有(けう)。地平線を埋め尽くす敵影に対して、『能力』を使える敵はおそらく数人。


「先ほどの『能力』を持つ敵、二番部隊が撃破!」


「良い。少し余裕も出てきたな。」


 その時、一人の40歳くらいの経験豊富な配下がパトリックに話しかける。


「パトリック隊長、この敵の数。そして寡兵で防衛する我々……だが崩されない戦線……!

 思わず『オックスフォードの奇跡』が彷彿(ほうふつ)とさせてしまうレベルでしょう!確実に、我々は、歴史に残る偉業の最中にあるのです!」


「『オックスフォードの奇跡』……か。あれは七年前……いろいろな意味でも、このパトリックの記憶に色濃く残っているな……」


(あの戦いの英雄……「あの方」……顔も知らないが、天才的な戦略と武勇によって、数倍もの敵を葬った……)


 パトリックは、敵軍に数で上回られており、勝算がわずかであると分かっていたが、『オックスフォードの奇跡』で戦っていた英雄の記憶に鼓舞(こぶ)され、諦めない。そうして小さな勝利を積み重ね、戦況をひっくり返しつつあるのだ。


(「あの方」のように圧倒的……もはや芸術的な勝利は無理だとしても、地道にでも必ず勝って見せる。)


 しかし、のんびり回顧(かいこ)していられるほど、この戦場に余裕はない。

『能力』を持った騎馬の教徒が本陣に接近する。パトリックはすぐに、はっと我に返って状況を見渡す。


「隊長!右翼を抜けた敵が本陣(こっち)に向かってきます!」


「うろたえるな!!奴の相手はこのパトリックがする。」


 徒歩のパトリックが立ち向かうのは、馬に乗り、『能力』もあり、さらに屈強な肉体の男。

 徐々に二者の距離は縮まり、男は武器を振りかぶる。しかし、パトリックは冷静に敵の動きを見極めていた。パトリックはまず素早い動きで敵の馬の首を飛ばし、敵を引きずり下ろす。落馬した巨躯(きょく)の男は痛がって怒りをあらわにした。


「……っ!てめぇが指揮官か、ぶっ殺す!」


 すぐさま体勢を立て直し、起き上がった男とパトリックが互いを斬り合う。鮮血を散らしながらも、若干パトリックが優位かと思われたその瞬間、敵のロングソードが変形し、射程の長い槍になる。


(なっ!『能力』……!?しまった、この距離はまずい……!)


 槍を完全には(かわ)しきれず、脇腹を軽く負傷するパトリック。しかし、パトリックはそれにひるまず、敵を(にら)みつける。そして痛みを堪えて敵に再び接近。敵はパトリックの気迫に気圧(けお)され、思わず後ずさった。

 その一瞬の隙が、パトリックの前では命取りになるのだ。


 パトリックの剣が敵の胸に深々と突き刺さり、敵はその一撃で、一瞬で絶命する。


 また、次第に戦場全体の敵影も数を減らしつつあり、その『能力』を持つ敵を倒した後は、大きな障壁にぶつかることもなく、太陽が傾き始めたころにパトリック隊は勝利を収めたのだ。

 教徒軍とパトリック隊、それぞれの戦死者の血や肉が流れ込んだライン川は赤黒く変化し、あたり一面に鉄の臭いをまき散らしていた。


 皆がレーやリンの戦いを邪魔することなく、戦いを終わらせられたと安堵していた。

 ちょうどその時、その祝勝ムードに包まれていた戦場に、大柄な男を担いだリンが嗚咽(おえつ)をもらしながら、涙を浮かべて駆け込んできた。

 唐突にリンが現れたことにパトリックを含めたその場の全員がどよめいた。

 パトリックが皆の疑問を代表して、リンに問いかけた。


「リン様、何かあったのですか?もしや、オダストロとの戦いでレー殿が……」


「違う……。オダストロはレー先生が倒したの……でも、でも……

 レ、レー先生が……突然現れたエノキウスと戦って……足止めしてくれているんだけど、もうボロボロなの……死んじゃう……」


 パトリックは動揺する。彼には、リンが本気で心配してしまう程の負傷をレーが負うとは思えなかった。


「リン様……それは一大事ですね。その……エノキウスとは一体……」


「エノキ……ウスは、私たちが……オダストロトを倒して……ここに……向かおうとしてたときに……突然、突然、背後に現れて……レー先生を襲ったの……だから……だから……」


「リン様、わかりました。ひとまず落ち着きましょう。レー殿を助けるために、今何ができるか、考えましょう。」


 パトリックは、動揺しているリンを落ち着くようにと諭す。しかし、リンはとても落ち着いてはいられないようだった。


「ダメ。今、行かないと、レー先生が死んじゃうの!助けに行かなきゃ、私が。パトリック、オダストロは預けるから!」


 そう言って、リンは『能力』で出現させた巨大な竹の上に乗った。リンは竹を大きくしならせ、その反動でレーとエノキウスの戦うケルンの中心部まで飛んでいくのだった。

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