第九話 『白』を散らして
『12使徒』オダストロとレーとの戦い。
歴史あるケルンの町並みの一角で行われたそれによって、荘厳な大聖堂ですらも『灰』へと変わり始めていた。レーやオダストロが踏み込むたびに『灰』が捲き揚がり、灰になった建物を突き抜けながら二人の戦いが繰り広げられていた。
「ロケット・レー、貴様には直に魔力を叩き込むしかないようだ。」
「んー。やってみるといいんですね。」
刹那、オダストロはレーを取り囲むように魔力を展開した。
それを丁寧に躱しながらリンのところへ向かい、一旦合流したレー。
しかし灰に変わりゆく大聖堂から奏でられる音楽は、激しさをを増していく。
「レー先生……ごめん……ヤツの魔力に抗うのに必死で、頭が……うっ!」
苦しそうに呻くリン。
「レー、貴様はやはりまだ機敏に動けるようだな。だが、赤髪の女……リンとやらは……はたして俺の攻撃を躱せるかな?」
レーを再び取り囲んだ魔力を自由自在に動かして、レーやリンの命を狙うオダストロ。
動くことのできないリンを、オダストロから守るように立ち回るのは、レーといえども簡単ではない。
普段は俊敏な動きを見せるレーだが、この時ばかりはギリギリでの回避をせざるをえない。
(まずいですね。私を囲むように魔力が見える、動ける範囲が着実に狭くなっていますね……
リンをどうにかするには、まずは正面と右、そのあと……)
レーが状況を分析している間にも、オダストロの猛攻は止まらない。
レーの死角や見えない灰の中を通じて魔力でレーを塗りつぶそうとしてくる。
背後にせまる魔力を感じ取ったレー。しかしそこにあったのは単なる魔力の塊ではなく、魔力を四肢にまとったオダストロだった。
(いつの間に!? )
このまま灰にされてしまうわけにはいかないと焦るレー。身を翻し、回避を試みかけてリンを思い出し、抱えて横へ移動。しかし、『灰』に覆われた地面のせいで、レーは思うようにスピードが出せなくなる。
すんでのところで、リンを抱えたまま跳躍し、オダストロの拳の連撃を躱して致命は避ける。しかし、空中で回避のできない状態で肩にオダストロの蹴りを受けた。
そのまま多少無理のある動きをし、足に負担をかけながらも、レーはどうにか魔力の外に着地する。
だが、攻撃を受けた肩の部分の服はまるで燃え尽きたように、灰に変わり、ボロボロと落ちてゆく。
その部分を破りさり、なんとか服に穴が空いただけで済ませたレー。しかし、自身の体内で、他人の魔力と自分の魔力が衝突してせめぎ合う感覚に思わず眉をひそめる。
「ふん、さすがの貴様も、庇いながらの戦闘は苦しそうだな。レーよ、そろそろ本気を出さないと、灰になってしまうぞ。
もっとも、貴様の魔力量があればこの『旋律』の空間内でも、俺の攻撃を数発までなら耐えるだろうがな。」
オダストロが不快そうに呟く。
リンはこの危機的状況を打開するために、オダストロの『能力』について考えを巡らせていく。
頭痛と気分の悪さで何度も思考を放棄しかけるが、戦闘に貢献する手段を必死に考えるリン。
(オダストロの『能力』……は、魔力で塗……りつぶしたところを灰にする……。
これは考えて……も無駄……避けようはないのかも。それでも、ヤツの奏でる『音楽』、それを止め……てみるのは可能か……もしれないわ。)
リンが思考を巡らせる間にもレーは戦闘を続けていた。
奇しくもリンと同じ考えに至ったレーは、リンへの攻撃を弾きながらオダストロへ突撃し、頭を掴んで建物へと叩きつける。
『灰』と化し、風が吹けば腐った納屋よりも脆く崩れる建物にオダストロを叩きつけてもダメージはなく、突き抜けてしまうだけだが、建物数個をそうして抜ければ二人は再び大聖堂の目前へと到着した。
「ぐっ……無駄な足掻きを……!」
機嫌を悪くしたオダストロは灰を捲き揚げて操り、雲ほどにまで膨れた灰が自身ごとレーを包み込む。
その雲の中には、オダストロの魔力が篭りながらも、敢えて瓦礫のままにされていた塊があり、それが何個もレーに直撃する。
だが、それをギリギリで耐え抜いたレーが、ついにオダストロを掴んだまま灰から抜け出すと、オダストロの額を何かが掠めた。
その攻撃の飛んできた方向を見ると、かなりの無理をして『能力』を行使したリンがいた。彼女は苦しそうに胸を押さえているが、そのライトブルーの瞳はしっかりと敵を見据えていた。
(はぁっ……うぅ……船酔いのような感覚に加えて、頭が……割れそう……)
「でも、やっと当ててやったぜ……。」
オダストロはレーを突き飛ばすと、額の流血を拭いながら標的をリンへと変更した。
リンは無理に無理を重ね、魔力を消費して『能力』を使ってオダストロを狙う。『能力』を発動するたびに、魔力を狂わせる『旋律』の被害はより深刻なものとなり、流れ出る汗が、まとった鎧が、次第に『灰』となってゆく。
「"トルネスシンザス”」
しかし、非情なことに魔力量の少ない竹から『灰』となる。加えて、さっきまで大聖堂の前にいたオダストロは、100mはあるであろうリンとの距離を一瞬で詰める。あと数歩、オダストロが拳に魔力を込めた。
しかし、リンはうっすらと笑みを苦悶の表情の上に浮かべてみせた。
「これで……どうだ。」
刹那。リンがかつてないほどの大規模な『能力』を発動し、その巨大な竹は轟音とともに地中から伸びて大聖堂を穿った。
灰と瓦礫が混ざりながら空を舞い、ステンドグラスの欠片が日光を反射して空に煌めく様子にオダストロは赤橙色の目を見開く。だが、標的が自分ではなかったことにオダストロは驚いた。
―――ああ、あの大聖堂にはなんの意味もなかったのに、と。
「リン!危ない!」
灰にまみれ、決して少なくない量の血を流しているレーは、オダストロが気を取られているうちにリンとオダストロの間に入り、リンを庇おうとする。
(馬鹿め……レー、貴様ももう、それほど長くは持たないというのに……)
魔力の込められた拳が、レーへと到達する。
レーは咄嗟に手を突き出して防御の姿勢を取り、全力で拳を受け止めようとした。
拳がそのまま硬いものにぶつかった音がして、何かが灰へと変わりざらざらと地面へ落ちてゆく。
―――リンは眼前の衝撃的な光景に思わず声を失った。
「……あ…………ぁ。」
灰へと変わり、崩れていったそれは、レーの手から広がっていた『氷』だったからだ。
ついにレーの能力が解禁されました。
これからは、バトルも能力バトルらしくしていく予定ですが、
肉弾戦も好きなので、バランスの取れるバトルを模索していこうと思います。
応援してくださる方は是非、ブクマ・拡散お願いします!