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第4話 盗み聞きではなく仕事中

 赤ん坊の仕事は泣くことだ。

 ならオフのときにすることといえば、そう……寝ることだ。


 腹が満たされた俺は寝た。寝すぎて眠いくらいだ。

 頬には狼母さんの柔らかい毛並み。そして左右からは狼キッズたちの心音と体温。時折頬を撫でていく狼キッズのふわふわしっぽ。

 こりゃ爆睡するなという方が難しい。なんなら二度寝したいくらいだ。


 ミルクを腹いっぱい飲んだおかげか、お腹はそれほど空いていない。

 ではもうひと眠り、と惰眠をむさぼる前に、一応周囲の確認をしておきますかね。


 ひとまず俺はここで育てられるようだが、狼夫婦がなんという生き物なのか、この世界がなんという世界なのか、俺は知らないことが多すぎる。

 情報はひとつでも多いほうがいい。それに視界が真っ暗ではいろいろ不便だ。

 ということで、さあスキル【天眼】、スイッチオンだ。


 ……。あれ。【天眼】? おーい。

 んん? おかしいな。寝る前までは問題なく使えていたはずなんだが。あれ?


 首を傾げていると、真っ暗な視界の端に警告文が見えた。


【クールタイム中です】


 クールタイムぅ!?

 えええ、そんなものもあるのかよ!?

 無限に使えるものかと思ってばんばん使ってたじゃんか!


 内心あーだこーだと文句を言ってみるが、やっぱりスキルは発動しないし、警告文はそれ以上の情報を出さない。


 ――クールタイム。

 それはどんなゲームにもだいたいあるシステムだ。

 一回スキルを使ったら、次に使えるようになるのは何秒後、とかいうやつだ。

 俺のスキル【天眼】にもそれがある、というのはわかった。

 しかしいまのところ、どれくらいスキルを使ったらクールタイムに突入するのか、そしてクールタイムがどれくらいなのか、さっぱりわからない。


 というかというか、この世界はゲーム世界なのか?

 だからこんなスキルやらクールタイムがあるのだろうか。

 ――わからないことだらけだ。


 俺はさっさと思考を放棄した。

 いまできることは何もない。寝よう。赤ん坊の俺には好きなだけ寝る権利がある。

 そう思ったとき、狼母さんの腹がぴくりと動き、話し出した。


「ああ、シルヴァ、お帰り。ちょうどいま起きたところだよ」

「ほんとうですか」


 ドラゴン兄さんの声だ。シルヴァ、と呼ばれている。これが彼の名前だろうか。

 俺は全身で聞き耳を立てる。

 そんな張り詰めている俺の頬を、何者か、おそらく人間になっているシルヴァがふにりとつついた。


「顔色がよくなった……」 

 ふにふにふに。

 なるほど彼は俺のもちもちほっぺが気に入ったらしい。

 彼は人攫いから俺を救い出しただけでなく、ここに連れてきてくれた恩もある。

 にこっ。

 と、笑っておいてやる。ファンサービスだ。受け取れ。

「……っ!」

 相変わらず赤ん坊の目では何も見えないが、近くで彼が息を飲んだ音がした。

 そうかそうか。気に入ってくれたようでなによりだ。


 狼母さんが言う。

「よぉく飲んで寝たからね。……手に入ったかい?」

「はい」

 体を持ち上げられる。

 腕を通して、足を通して、胸の前でごそごそして、それから……。あ、これ、おむつを着せてもらってるっぽいな。


 俺が着ていたおくるみとおむつはなんというか、もうすでに御臨終になっている。仕方ない。赤ん坊とはそういう生き物だ。

 ドラゴン兄さんは汚れたそれにかわって新しいものを手に入れてきてくれたようだ。


 衣食住。これで揃った。

 う~ん、異世界転生。最初はどうなるかと思ったが、実はそんなにハードモードじゃないかもしれないぞ。


 狼母さんも安心したように言う。

「よかった。やっぱり裸は寒そうだったからねぇ。人間にも毛皮があったらいいのに」

「少し、大きいかもしれません」

「いいさいいさ。すぐに体が大きくなる」

「……はやく大きくなってくれ」


 ぽつりと、たぶん俺だけにささやかれた言葉。

 まったく、俺は昨日生まれたばかりだっていうのに、気が早いぜ、兄さん。立てば歩めってやつかい。


 遠くからまた別の声がする。

「ああ疲れた」

 これは狼父さんの声だ。ちょっと武骨で、渋い声。

「あんたも、お帰り」

「やはり、人の街は疲れる。あと腹も痛い」

「仕方ないだろう? 人間の子どもだ。人間のものが必要になるんだからさ」

「それはわかっているが、人間に化けるのは疲れるんだ」

「あたしたちフェンリルはドラゴンより化けるのは得意なはずなのに、だらしない」

「うるさい」


 人間に化ける??

 狼父さんも人間に化けることができるってことか?

 ん? 狼? いま母さん、フェンリルって言ったか???

 フェンリルって、あのフェンリル?

 伝説の生き物の??? 俺もふわっとしか知らないが、なんかすごい生き物だよな?

 あー……だからこんなに大きいのかぁ……。納得。

 この世界にはドラゴンがいるんだ。フェンリルもいておかしくない。


 いや、冷静になれ。

 ドラゴンとフェンリルがそろい踏みって、なかなか俺、すごいところに居合わせていないか?

 それとも、ドラゴンもフェンリルもこの世界ではわりと普通の存在だったりするのか?

 でも、それならなんで人間に化けているんだって話になる気もする……。

 うーん。結局なにもわからない。


 狼兄さん改め、狼父さん、さらに改め、フェンリル父さんが言う。

「子どもたちは?」

 狼母さん改め、フェンリル母さんが答える。

「ミイ、ロイ、ピイは寝てるよ。人間の子とサイは起きてる」

「そうか。……みんな今日もかわいいな」

「親馬鹿だねぇ」

「お前もかわいい」

「お馬鹿」


 ……なにもわからないが、たぶんフェンリル父さんとフェンリル母さんはいいフェンリルだ。

 聞いていてこちらまで思わず照れてしまう。


「でも、かわいいものはかわいいから、仕方がないでしょう」

 そんなこっぱずかしい会話に、平然とシルヴァが混ざる。すげぇ。こいつは大物だ。

 フェンリル母さんはくすくすと笑う。

「シルヴァは番馬鹿だね」

「……ドラゴンは、みんなそうです。番とともに生きて、番とともに死ぬ」

「シルヴァ……」


 つがい、つがい……。

 その言葉、前も聞いたような……。

 なんの話なんだろう……。

 聞きたい。でも、なんだか急激に眠気が襲ってきた……。

 赤ん坊の活動限界のようだ……。


「シルヴァ、ひとつ約束しとくれないかい」

「なんでしょう」

「この子をアタシは我が子として育てるつもりだ。いいかい、我が子としてだよ」

「はい……感謝します」

「感謝しなくていい。我が子を育てるのは当たり前のことなんだから」

「……?」


「シルヴァ、あんたたちドラゴンは番をそれはもう愛する。アタシもそれはよく知ってる。でも、人間には番なんてものはない。だから、ドラゴンとの番になるのを拒否する人間もいるだろう」

「そうですが……それが、なにか」

「この子は幼すぎる。いまから番だなんだと言って育てたら、そりゃああんたに都合のいい子として育つかもしれないけど、それはあんまりな話じゃないかい」

「……」


「この子はあんたの番だってことは伏せて育てたいのさ。そして、この子が成人したときに、選ばせるべきだと思ってる。あんたの番になるかどうか、この子自身の意志で。どうだい?」

「それは、でも……。私は嫌です」

「アタシはそう決めた」

「勝手に決めないでください」

「アタシの子だ。アタシが決める。あんたが従わないっていうなら、この子には成人するまで会わせない。どんな手を使っても」

「そんな……成人までって、何年……」

「20年」

「長すぎます」

「ドラゴンにとっては短いだろう」

「人間にとっては長いです。100年も生きない種族です」

「それでもだ。それがこの子のためになる。あんただって、お人形みたいな番がほしいわけじゃないだろう」


 ああ、なにかとっても大事な話をしている気がするのに、眠くて眠くて……も、だめそう……。


「それで? 誓えるかい? この子が成人するまで、番だってことは内緒にする、と」

「……誓います」


 寝オチする寸前、そんな言葉が聞こえた気がした。




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