Part.3
綾は葵を抱きかかえたまま、公園へ駆け込む。
(ここじゃダメ……人が多い)
綾はどんどん公演の奥まで進んでいく。
葵はもはや自分が何をしているのかもわからないのか、足取りがおぼつかない。
「葵……もうちょっと……もうちょっと頑張って……」
綾が息を切らしながら声をかけると、葵は小さく頷いた。
ようやく、綾は周りに誰も居ないベンチを見つける。
(ここだっ!!)
2人はベンチに倒れ込むように座り、大きく肩で息をする。
さっきまでの時間が嘘のように、ゆったりと時間が流れていく。
さらりと吹き抜ける風はとても穏やかで、まるで2人に「おかえり」とでも言っているようだった。
その心地よさに、綾は思わず空を見上げて目を閉じる。
一瞬の余韻に浸ると、綾は葵に目を向けた。
葵は顔を上げようとしない。
肩が小刻みに揺れていた。声は出していない。
でも、泣いているとすぐにわかった。
(……怖かったんだろうな)
綾は、ゆっくりと葵の背中に手を添えた。
葵は反応しない。ただ、呼吸が少し乱れたように見えた。
(あんなにスカートめくられて、何もできなくて……)
思い出すだけで胸が苦しくなる。
あの風の中で、葵がどれだけ必死に抵抗していたか。
押さえても、押さえても、スカートが暴れて。
どれだけ恥ずかしくて、情けなかったか。
葵の涙が、すべてを物語っていた。
綾は、そっと口を開いた。
「……怖かったね」
葵は、ぴくりと肩を揺らした。
「恥ずかしかったね……痛かったよね……」
その瞬間、葵の瞳から大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちた。
葵は、唇をきゅっと噛んでいたけれど、もう我慢しきれなかった。
(……あや……)
綾の声が、葵の心にまっすぐ届いた。
その言葉に、張りつめていた何かがほどけていくようだった。
(あや、来てくれて……)
葵は、綾の肩に顔をうずめた。
そして、声をあげて泣いた。
「うわぁああああん……あやぁあああ……うわぁあああああん……」
泣きながら、葵は何度も言葉をこぼした。
「全部見られたぁあああ……全部めくれたぁあああ……」
「やだぁああ……恥ずかしかったぁああ……」
泣き叫ぶ葵の姿が、綾には悔しくてたまらなかった。
綾は涙を浮かべ、黙って、葵の背中をそっと撫で続けた。
そして、優しく語りかけた。
「……もう大丈夫だよ? もう誰にも見られてないよ」
「嫌だったよね……恥ずかしかったよね……」
綾の手は、ずっとあたたかかった。
葵の泣き声は、少しずつ静かになっていった。
それでも、時折ひくひくとしゃくり上げながら、綾の肩にしがみついていた。
綾は何も言わず、ただその背中をゆっくりと撫で続けていた。
しばらくして、葵が顔を上げた。
赤くなった目元をぐしぐしと手の甲で拭いながら、ぽつりとこぼす。
「……全部……見られた……」
「……ひどいよ……こんなの……」
綾が優しくうなずく。
「うん……怖かったね。恥ずかしかったね。でも、もう大丈夫だよ」
その言葉に、葵はこくりと小さく頷いた。
……そして。
「あああああもうっ、むっっっかつくぅううううう!!!」
葵は突然、空に向かって叫んだ。
(つづく)