Part.2
後ろから突如聞こえ始めた泣き声に、綾は思わず足を止めた。
「うわぁああああん……あやぁあああ……うわぁあああああん……!」
葵が自分を呼んでいる。いや、叫んでいる。
「……えっ!?」
綾が急いで振り返ると、道の真ん中で、葵がしゃがみ込んで泣き叫んでいる。
明るくて、いつも元気に綾を引っ張ってくれる葵の姿は、そこには無かった。
「葵……」
綾は小さな声で葵の名前を呼びながら、足は自然と葵の方へ向かっていった。
「どうしたの!?どこか痛いの!?」
声をかけるも、葵はまったく反応しない。
しゃがみ込んだまま、ただ大声で泣き叫んでいる。
綾の心はどんどんと不安でいっぱいになっていく。
葵のすぐそばに立つと、綾は突然、足元から不安定な感覚に襲われた。
(うわっ、何これっ!)
思わず、飛び退く。
(今の……風……!?)
気味の悪い風が、葵を包み込むように吹き荒れている。
大好きな葵が何かに飲み込まれていくようで、綾の目に涙が浮かぶ。
(何……? 何が起きてるの……? 葵……どうなっちゃうの……?)
その時、綾は葵の姿に違和感を覚えた。
葵のスカートの後ろ側が、完全に裏返っている。
そして、見える白い布。
(あれは……パンツ!?)
綾の背筋に冷たいものが走った。
(……ダメッ! みんなに見られちゃうっ!)
綾は咄嗟に葵のスカートを押さえた。
しかし、綾の手をすり抜けて、再びスカートは裏返る。
(えっ……!)
もう1回、もう1回、でもスカートは何度でも舞い上がる。
(えっ? えっ!? 何これ!?)
「うわぁああああん……ああああああああん……!!!」
葵の泣き声が一段と大きくなる。
(葵……スカートがめくれるから……それが止まらないから泣いてるんだ……!)
ようやく綾は全てを理解した。
綾は、葵がグレーチングの上にしゃがみ込んでいることに気づく。
(……そうか! ここから離れればっ!!)
「葵、立って! ここから離れないと──!」
その瞬間、葵が顔を上げた。涙でぐしゃぐしゃな顔で、首を振る。
「いやだいやだいやだいやだっ!!」
叫びながら、スカートの前を必死に押さえて、地面にへばりついて動かない。
その姿に、綾の目に涙があふれる。
「ここにいたら、ずっとめくれちゃうよ!? またパンツ見えちゃうよ!?」
葵が、びくりと反応する。だけど、それでも身体は動かない。
綾は葵の腕をつかみ、ぐっと力を込めて引っ張った。
葵の体が少しずつ持ち上がる。
「こっち、こっちに来て!」
引きずるようにして、グレーチングの外へ──
その瞬間、風がふっと止み、スカートは魔法が解けたように大人しくなった。
葵は、スカートの裾を握ったまま、その場に座り込んでいた。
顔は涙でぐしゃぐしゃ。肩で息をしながら、まだ震えている。
「葵……もう大丈夫……もう大丈夫だよ」
綾は葵を抱きしめ、背中をさする。
(葵……良かった……戻って来た……)
しかし、綾はふと背筋が寒くなった。
綾は目を上げて、周囲を見回す。
やはり、その視線は葵に向かって集まっている。
(……ここにいちゃダメだっ!!)
「葵、立って!早く!」
葵がおそるおそる立ち上がると、綾は葵を抱きかかえたまま走り出した。
(……公園、あの公園まで行けば!!)
綾は決意を固め、前を見据えながら走り続けた。
葵は綾に抱かれたまま、よろよろと付いてくる。
(葵……お願い……もう少しだけ頑張ってっ!!)
祈るような思いで、綾は足を進めた。
(つづく)