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Part.1

「空、きれいだね~」

「うん、ほんとだね~」


 夏の午後、葵と綾は並んで空を見上げ、小さく笑った。

 塾の夏期講習が終わった帰り道。

 照りつける日差しと、少し気だるい風の中を、二人は手をつないで歩いていた。


「受験が終わったら、どこか行きたいね」


 葵が明るく言うと、綾はうんと頷いて、少しだけ空を見上げたまま呟く。


「……中学に行っても、こうして歩けるのかな」


 その言葉に、葵は立ち止まり、綾の顔を見て言った。


「じゃあ……同じ学校、受けよっか」


 綾は少し驚いたように目を丸くして、それからふわっと笑った。


「うん、いいかも。……そしたら、ずっと一緒だね」


 ほんのり風が吹いた。

 蝉の声が少し遠くに聞こえて、空だけがまぶしかった。


 二人は再び空を見上げ、歩き出す。


 そのとき、葵は足元の銀色の格子に、まったく気づいていなかった。



(……ん?)



 葵は、足元がふわっと浮いたような感覚に、思わず立ち止まる。


 同時に、まるで自分を包み込むように、茶色い布のようなものが広がっている。

 そして、すぐに目に飛び込んできた、緑の葉っぱ。

 それは、葵のスカートの裾に母親が縫い付けてくれたワッペンだ。


(え……私のスカート?)


 スカートが四方いっぱいに広がって葵を包み込み、ワッペンが目の高さで踊っている。


(……わぁ、なんか、きれい……)


(……どうしちゃったの、私のスカート……?)


 だが次の瞬間。

 ふと、頭の奥にひっかかる。


(……あれ? ってことは──)


 思考が繋がった瞬間、心臓が跳ねた。


(……スカートの中、見えてない……?)


 その思いが浮かんだとたん、言葉が一つだけ脳を突き抜ける。


(…………パンツっ!!)


 その単語が、世界の色を一瞬で変えた。


 目を見開いたまま周囲を見渡す。


(やばいっ!!)

(いやだっ!!)


 葵は慌ててスカートを押さえた。


 でも──風は止まらなかった。

 スカートは葵の手をすり抜けて、また目いっぱいに広がる。


(えっ? えっ!? 嘘っ!!)


 右を押さえれば、左が浮いた。前を押さえれば、背中がめくれた。


(やめてっ!! もうやめてっ!! ホントに嫌だっ!!)


 心の中でどんなに叫んでも、風は聞いてくれなかった。

 スカートは、葵の抵抗をあざ笑うように、またふわりと舞い上がる。


(なんで!? なんでこんなことするの!?)

(やめてよっ!! ねぇってばっ!!!)


 もう、立っていられなかった。

 膝をついて、その場にしゃがみ込む。


 その瞬間――背中を風が吹き抜けるような感触。

 葵は息をのみ、思わず空を見上げた。

 もはや振り返らなくてもわかった。


(ダメだ……後ろが……もう押さえられない……)


 葵の心が、ぷつりと音を立てて、折れた。

 その瞬間、葵は大きく口を開けて、何も隠さず、泣いた。



「うわぁあああああん……うわぁあああああん……」



 押し殺すことも、言葉にすることも、もうできなかった。


 葵はただ、子どもみたいに大泣きした。



「うわぁああああん……あやぁあああ……うわぁあああああん……!」



 街中に、その泣き声だけが響いていた。



(つづく)


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