騎士団長エリーザの憂鬱
騎士団長エリーザは、不機嫌だった。
すべては――笑顔の平民文官、ノエルのせい。
戦局で活躍しても、注目されても、どこか釈然としない。
あいつの“やっておきました”が、自分のすべてを底上げしていくからだ。
そんな不愉快さが限界に達したとき、騎士団長はついにノエルを執務室に呼び出す……。
騎士団長は苛立っていた。
僅かな噛み合わせのズレで、自身の計画がことごとく失敗に終わっているからだ。いや、正確には終わってなどいない。むしろ大成功を迎え、王からの覚えも目出度くなっていた。…とある文官の機転によって。
気に入らない。ああ、全くもって気に入らない。
あの平民出身のいつもニコニコ笑っているだけの男が、いつもあっけなく危機を回避させ、こちらを英雄に仕立て上げる。
それ以外にも、この間など食べ残したパンをちぎって鳥に与えていたら、
「穏やかなお姿も素敵ですね」などとのたまう。武人たるもの凛々しさこそ正義、実に不愉快である。
文官という立場をわからせてやらねばならぬ。平民に対する教育的指導も貴族の努め。なに、内務省が少々わめくだけのこと。まして相手は平民、握り潰せば良い。
私は奴を執務室に呼びつけることにした。
ドアがノックされる。
「お呼びと伺いました、ノエルです」
「入れ」
…なぜニコニコ笑っていられる。私は唇をなめ、声を一段低めた。
「騎士団侮辱罪の容疑により、私直々に取り調べを行う。両腕を後ろに回し、ひざまづけ」
ノエルはやわらかな笑みを含めたまま、指示に従う。
つくづく不愉快な男だ。
私は抜剣し、剣の腹をノエルの首筋にあてがった。冷えた刃の感触に、さぞ背筋を強張らせていることだろう。
剣先で奴の頬をなで、そのままシャツを切り裂き、ベルトで動きを止めた。
すると、ノエルは突然独りで話しはじめた。
「あ、宰相殿、申し訳ありません。実はいま取り込み中でして。ああ、それが騎士団長と執務室で、ええ、そうです。例の改正案についてご相談をうけておりまして、え?通った!?それは何よりです、ありがとうございます。正式な通達については、ええ、そのように手配いたしますね」
男の分際でペラペラとよくもまあ喋るものだ。しかし、なんだ?事態が飲み込めぬ…。
奴は胸ポケットからペンのような短い棒を取り出した。
「失礼いたしました。これはいま、魔研(魔力研究室)が開発中の魔導具でして、検証を兼ねてお借りしているものです。少し離れた相手と会話ができるという触れ込みでして…」
私は目を見開き、思わず一歩後ずさる。 奴は律儀にひざまづいたまま説明を続けた。
「いましがたの会話は宰相殿がお相手でした。以前から団長が懸念されていた遠征訓練については、今後の年次計画に組み込まれることが確定しました。これで毎年、予算取りの理由付けや工夫をせずとも済みますね」
まずいまずいまずい!奴はこの部屋を出たが最後、宰相のところへ一直線間違いなし!
「そ、そうか、ご苦労であったな……今回の容疑は不問とする」
「よろしいので?」
「ああ。このあと宰相に会うのだろう?私は後ろを向いておくから着替えておけ」
仕立て屋から届いたばかりの紙包みを投げてよこす
「団長、これは一体…」
「お前も王城勤めの文官ならば、それぐらいのシャツは持っておけ。せめて私ぐらいの相手と接する時はな!」
奴は笑みを深めてこう言う。
「ご厚意感謝します、エリーザさま」
「……っ」
奴は着替え終わると軽やかな足取りで部屋を出ていった。
……ああ、やっぱりあいつは気に入らない!
* * *
───時を遡ること1時間、宰相執務室
魔研が開発中の魔導具がいよいよ最終チェックの段階に入った。
準備された数組の試作品が限られた部署に配分され、かくいう私のところもそこに含まれる。
少し離れた場所と音を繋ぐ魔導具。そんなものを使わずとも伝声管があれば事足りる。私は一笑に付したのだが、こやつの目にはそう映らなかったらしい。
「宰相殿、これを騎士団に持たせれば戦局は一変します」
アールス学院の麒麟児はやはり違う。 誰もが思いつきそうで、思いつかない事を奴はいとも簡単に一瞬で描いてみせる。
そこで、私は机の上に置かれた一対の魔道具を手にとり、片方をノエルに差し出した。
「上着の胸ポケットに忍ばせておきなさい。遠征訓練の制式化、本日が山場だ。どちらに転んでも君にはすぐ動いても貰わねばならん」
「承知しました」
あまり表に出さないが私は彼を気に入っている。
頭が切れ、気がまわり、私欲もない。 余計なことも言わない。
何の手出しをせずとも勝手に出世していくだろうが、それでは勿体ない。
優秀な人材というのはいつでも人手不足なのだ。機を見て私の直属に据えたい。
「話は以上だ。時にノエル、君はまだ身を固めていないようだが……アテはあるのかね?」
平民上がりのため、ふつうに考えれば貴族と結婚する事はまずないだろう。
だが彼の能力を考えれば法衣貴族の末席に加わることは時間の問題だ。
「実は意中のお相手がおりまして…まだ恋仲でありませんが、今とても楽しい時期なんです」
ノエルは爽やかにそう答える。
そうか、平民ならばそれもまた良し。珍しく感情の色を見せる様子に、こちらも少し嬉しさを感じる。
私としては、敵対勢力にさえ取り込まれなければ問題ない。
無理に派閥内の娘をあてがって逃げられでもすれば本末転倒。町娘との青い逢瀬を楽しんでもらいたいものだ。
「そうか、うまく行くと良いな」
「ありがとうございます。では」
極めて優秀、やりとりも簡潔明瞭。 気持ちの良い男だ。もし私に娘がいれば婿養子にでも、いや、それは難しいか。 しかし、あの男を夢中にさせるほどの娘、ぜひとも会ってみたいものだ。 部屋を出るノエルの背中を見送りながら、私はそんなことを考えた。
* * *
ホゥ…と俺はため息を漏らす。 相変わらず、かわいらしい人だ。
わざわざ丈に合ったシャツを用意しておいて、「侮辱罪の容疑だ!」とは恐れ入る。
笑いをこらえるのに必死だった。
まあ、切り裂かれたシャツも安くはないんだがな。偶然にも生地どころか仕立て屋まで同じ。こちらの色合いが好みということだろう。揃えておかねばな。
俺はホクホクした気持ちで宰相の部屋に足を向けた。
ご覧いただきありがとうございました!
拗らせ上司な騎士団長エリーザと、飄々とすり抜ける文官ノエルの、
ほんのり火花を散らしながらも、どこかで通じ合っている──
そんなふたりの、すでにほのかな両想いの物語です。
「不愉快だ」と苛立ちながら、
いつの間にか相手の好みを理解してしまっている。
そんな微妙な距離感が愛おしくて、このお話が生まれました。
本作は「第1回 GOマンガ原作者大賞」への応募作品です。
──今回の短編で物語はひと区切りですが、
ふたりにはまだ、語られていない“出会い”があり、
そして、“その後の夜”も、静かに続いています。
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彼らがまだ物語の続きを囁いているのかもしれません。
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