菓子折りは何故コンビニに置いてあるのか。
宇宙からの侵略によって、地球はかつての姿を失った。文明は崩壊し、都市は廃墟と化し、人々は残された食料を求め彷徨っていた。しかし、とあるコンビニ店長は、宇宙人に侵略されても店を離れようとしなかった。
かろうじて、入店時のチャイムが鳴る。
子どもがレジに駆け寄る。有り合わせの布切れを纏いマントにしていた。しかし、埃と泥に塗れもうボロボロだ。
「お腹すいたー」
レジの奥に飾ってある菓子折りをねだる。
店長は子どもにゆっくり視線を合わせると、こう言った。
「菓子は栄養にはならないぞ」
その後ろにいた子供の母親が、すかさずこう言う
「この非常時に食料ぐらい与えてくれても」
店長はややあって缶詰を差し出す。
「何も食わねえよりマシだろ」
母親は丁重にお礼を言って立ち去る。
「宇宙人に見つからねえように気をつけな」
店長は子供と母に丁寧に声をかけた。
その様子を見ていたバイト店員が深いため息をつく。
「店長、なぜそんなに頑なに菓子折りを取っておくんですか。この状況で誰が買うっていうんですか」
いつもの店員の小言だった。もうまともなインフラも生きていない。
おまけにちょっと表をうろつこうものならば巡回する宇宙人兵士に襲われてしまうのだ。
「商品だからだ」
店長はまっすぐに答える。
「もう通貨さえまともに機能していないのになにが商品ですか」
店員のうんざりした顔にも店長は答えない。
コンビニのモットーは困った時にいつでもお望みの商品やサービスを提供すること。1パーセントでもお客さんが買う可能性のあるものならば在庫を切らすわけにはいかない。
菓子折りとは、大抵の場合、レジの一部高いところに飾ってあるもので、確かに大きな在庫の変動はない。
しかし、それはまたコンビニエンスが掲げる「便利」の象徴でもあるのだ。
「こんな時でも甘いものは必要でしょう、いやこんな時だからこそ、その菓子折りは子どもに配るべきだ」
店員の声を遠くに聞きながら店長は追憶した。妻とその間にできた一人息子の顔を。なにかをつぶやいているその口は、ある言葉を告げていた。
その時、ガシャガシャと大きな音を立てながら若者の集団が店に乗り込んできた。
「ひいっ」
店員が思わず声を上げた。無理もない若者たちは、武装していた。
サブマシンガンをかちゃかちゃ言わせながら若者が叫ぶ。
「おい、店だ店がやってるぞ」
ガタイのいい若者がレジに乗り出し店長を見据えてこう言った。
「銃があったら、ありったけをくれ」
若者は、そして、からかうように札束をカウンターに叩きつけた。
店長は動じることなくこう返す。
「お客さま、当店では取り扱っていません。
コンビニエンスストアは“日常”で困ったことがあったときにお手伝いができるお店なんんです」
若者たちはしばし呆気に取られた後、火がついたように笑いだす。
「この世界のどこに日常があるっていうんだ」
ガタイのいい若者はよりいっそう店長に詰め寄り、続ける。
「じゃあ、この異常になったこの世界こそが今の“日常”だよ
さあ、オレたちが生きていくために銃があったらありったけを、よこせ」
そう、まくしたてると若者は猛々しい体躯に力を込めた。
しばらく考え込むと店長は、
「少々お待ちください」
そう言ってレジの奥へと引っ込んだ。
言葉通り少々の時間を置いて、戻って来た店長は、怯える店員の横をすり抜け、丁寧にハンドガンをカウンターへ置いた。
「10万円です。こちら温めますか、あ……」
またしても若者たちはけたたましく笑い始める。
「失礼いたしました、つい癖で」
ガタイのいい若者は芝居がかったピエロのような動作で、ゆっくり札を10枚数えてカウンターに置く。通常なら、それはごく普通の対価だった。
ふと菓子折りを見つけた若者があざ笑う。
「まだこんなもん置いてるのか?」
それに向かって、乱暴に手を伸ばす若者と、菓子折りの間に店長は体をねじ込みこう言った。
「お客さん、商品ですので」
その様子にさえ、高らかな笑い声をあげ若者は雄叫びをあげながら、仲間と共に勢いよく去っていった。
「店長」
バイト店員は付き合いきれないといった面持ちで続ける。
「辞めさせてもらいます、お元気でさようなら」
言い終わると制服を勢いよく脱ぎ、そっとカウンターに置いて出ていった。
店長はその後ろ姿をあの日の妻子に重ねていた。
「あいつらも確か、そういえばあんなことを言っていたな」
──さようなら
あの時の妻の顔は呆れていたのか怒っていたのか、もう思い出せない。
「オレがこんなに頑固者だからあいつらは……」
店長はタバコをポケットから取り出した。
箱に一緒に入れていたライターをまさぐっていると、けたたましい音を立てて正面玄関のガラス窓がくだけ散る。
なにか聞き取れない言語で叫び声を上げる、見たことのない生物。
「宇宙人か!ついにこの店も見つかったか!」
ぬるっとしたボディに、無数の海の生物が持つ触手を、でたらめにひっつけたような腕を持つ宇宙人。
触手の力は強力で、ガラスくらいなら簡単に粉々にしてしまう。
その宇宙人が二体……三体……ゆらゆらと揺れながら昆虫を思わせる複眼で、店内をぐるりと見渡す。
店長はついさっき、なけなしの武器も売ってしまったことを思い出す。
対抗できるのはもうこのライターの小さな火くらいしかない。
「くそぅ」
手が震え、そのライターすらまともに掴むことができなかった。あぶら汗にまみれた手で必死にライターを探り当てる。
─どこだ!どこだ!この小さな箱のどこに隠れているっていうんだクソッ!!
その時、耳をつんざくようなうなり声とともに宇宙人はカウンターを叩きつけた。
まるでケーキかと思うほど、いとも簡単にカウンターは破壊されてしまった。
─もうダメだ。
店長が体を硬くしたその時、宇宙人が激しい炎に包まれた。
なにがあったのかよく目をこらして見ると、火炙りの宇宙人の後ろで、人間の青年が立っているのが見えた。
どこから手に入れたのか、その手には火炎放射器をしっかり抱えていた。
「大丈夫ですか」
青年が店長に声をかける。その声は力強く優しかった。
「ありがとう助かったよ」
店長はありったけの力を込めて叫んだ。すると宇宙人はあっけなく燃え尽きてしまった
皮肉にも彼らは火に弱く、すぐに燃え尽きてしまう物質で体が構成されているようだ。
ススにまみれた床の上をまっすぐ進みながら青年は答える。
「いいえ、お礼を言うのはこちらの方です、まだ日常がここにあることが、どんなに安心することか」
その顔は晴れやかだった。
──そうかあの日のあいつも、オレの息子もこんなふうに笑っていたな。
店長はやっと忘れ物を見つけた気分だった。
「これをいただきます」
商品棚に残っていたライターオイルをそっと店長に差し出しながら青年は言った。
「宇宙人は火が弱点だと、最近の戦闘で判明しました、火が起こせるものだったらなんでもありがたい、そして……」
青年は菓子折りに目を留めると顔を輝かせた。
「菓子折りをいただきます!ちょうど宇宙人のボスに何か手土産が欲しかったので!」
そういうと青年はポケットから財布を取り出した。店長はぐっと目をつむると、その顔をとびきりの笑顔に変えてこう返す。
「はい、3453円です。
こちらあたためますか、あ……」
〈了〉