001
※ややBL的(一方的な執着)表現があります※
妹が熱を出し、家族総出で山を越え馬車で向かっている途中だった。
天候は前世で見たかのような豪雨。馬車から遺体となった両親をなんとか引きずり出し、――むごくはあるが妹の暖を取る為木の下に三人そわせた。
続けて御者をしてくれていた父の従者――幼ながらに覚えている。執事長だ。妹の熱にいち早く気付いて自ら馬車を動かしてくれていた――を草むらから引きずり出す。
物言わぬ姿に臓腑が重たくなるが、今は無視。同じく馬車の炎上に巻き込まれぬよう、――せめて人としてあれるよう父の傍らに添えた。
「――坊っちゃま! ご無事でしたか!」
先程崖上からこちらに声をかけてくれていた若い執事が迂回してきたのだろう。ようやく崖下に到着した。名前はハンス。こちらは僕――オルド・ヴォルディムの世話係として勤めている男だ。痩せ型で少し頼りないが、口は減らない男だった。
そんな男が、木の下に並べられた惨状に膝をついてしまった。
「そ、んな。皆様、お亡くなりに…? それに坊っちゃま。その顔は……」
そりゃまあ火の中突っ込んだのだ。前世宜しく片目がやや見えづらいがこの世界には魔法がある。多少は回復するだろう。
「妹は生きている。少々火傷はしているが治癒魔法で治る範囲だ。それよりすまないが麓の国軍や館に残っている面々に向けて魔法鳩の用意を。――これは暗殺だ」
雨音の中、ハンスの顔色が蒼白を通り越した。ハンスは僕の世話係ということもあり、ある程度の魔法が使える。残念ながら8歳の自分には遠方に魔力で生成した魔法鳩を飛ばす力はない。今、頼れるのはハンスだけになる。
――つまり、仮にハンスが暗殺に関わっている場合、僕は既に詰んでいる。
馬車の送迎で供をしていたのは先程死亡確認をした執事長とハンスだけだ。他は屋敷に残しており、ハンスが今、僕と妹を殺せば逃げおおせることだって可能だろう。
そもそも馬車より先行して道を照らしていたハンスに気付かれず、僕達が乗っていた馬車だけを横転・火をつけたのには違和感がある。
仮に敵対勢力であるならば、先行していたハンスごと襲っていた筈。先行していたハンスを無視し、ヴォルディム家だけを狙ったのだとしたら、それはあまりにも虫のいい話だった。
――案の定。ハンスは青ざめた顔のまま、魔法鳩を生成しない。1歩、こちらに足を進めた。
――だからこそ、僕は今の僕にしかないカードを切るしかない。
「ハンス」
水たまりにハンスの靴が滞った。後方にいる妹は未だ熱を出している。一刻も早く麓の魔法医に見せなければならない。
それならばなんだって、地位もプライドも、この身すら捧げてやる。
「ハンスがいてくれて良かった。僕を導いてくれるシリウスよ。どうか哀れな僕と妹を助けてくれないか」
こちらからハンスの胸元に飛び込む。ナイフなどを持っていないことは、先程から手のひらで練られている遠隔魔法の波動で察している。ハンスは遠くに魔法を飛ばすことは出来ても、自分の身体の近くで魔法を使う度胸はない。暴発があるからだ。
からからの声で、ハンスが僕を呼ぶ。
「……ぼっちゃま……」
「ハンスだけが頼りなんだ……」
「……は、い。ですよね。坊っちゃまには私だけが必要ですよね。すぐ伝達を回します。そもそもこの炎上であれば山間部の者は直ぐに来るでしょう」
ようやく淡い光と共にハンスが魔法鳩を飛ばした。次いで妹の衣服を乾かすよう命じ、自分はようやく己の惨状を直視した。
恐らく鎖骨から肋骨にかけてヒビないし折れている。足首も立つことすら今まで奇跡のように激痛が響いている。叶うことなら今すぐ倒れてしまいたい。
けれど今、この男の前で「ただの子供」になってはいけない。あくまで「領主の息子」「主の息子」として立ち続けなければいけない。
弱みを見せればすぐ食い荒らされるだろう。
それだけは、妹を守る為に避けたかった。
衣服が乾き、暫定だがまだ雨がしのげている妹の元へ向かう。
やはり熱は下がってないらしい。白を基調とした寝巻きにガウンを重ねた姿は、着膨れしている筈なのにか細く見えた。
これが今世の僕の妹。ユリア・ヴォルディム。
――ふと、そのフルネームを脳裏に描いた瞬間。前世の妹が過ぎ去った。このユリアとは真逆で、風邪をひくこともなければ、小学生の時など冬に半袖登校をするような妹だった。その妹がしていたゲームに、ユリアという女子が出ていたような気がする。
「まあ、偶然か」
「…オルド坊っちゃま?」
「なんでもないさ。――と、あのランタンは山間部の村人か。助かった」
崖下の森の中。木々の間からゆらゆらとランタンが複数揺れている。隣で小さな舌打ちが聞こえた気がするが、無視して声をかける。
「――これから我が家は忙しくなる。だが辺境領領主の嫡子として、皆の雇用はなんとしてでも守ってみせる。だからどうかハンス、隣にいてくれ」
「……っ勿論ですとも! このハンス、一生を捧げる所存!」
――本当は憲兵にすぐさま容疑者としてたたき出したいが、今は我慢だ。
そう念じながら、救援の灯火が来るまでひたすら拳を握り続けていた。