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いつかの夢  作者: いわい
1/5

流す

童女のわたしは川の傍に立っていた。

手のなかには藁で編んだ沓がある。


この沓を川に入れたなら、どこまで流れていくだろう。

川は浅く、流れは緩い。多分、いくらも進まずに沈むか、どこかに止まるだろう。

そう考えて、履いていた白いサンダルを片方脱いで、沓と一緒に水に浮かべた。


きらきらと光を反射する川面を、ふたつはゆらゆらと流れていく。

ときおり川底の石や岸辺の草むらに止まったり、小さな深みでくるくると回ったり。川岸を歩くわたしが十分についていける速さ。


やがて岸は護岸に、「川」は「水路」と呼ぶべきものに変わっていく。

流れは速く、水面までは遠く。わたしはだんだん焦り始める。

とうとう沓が沈んだころには、「水路」は「海」に合流していた。

わたしはもはや歩いてはいない。走っている。

脱げた残った片方のサンダルを置き去りに、息を切らして全力で走っている。


わたしの走る道より下、暗い水面近くに立つ人がいる。

みずいろのワンピースの、髪の長い女のひと。携帯の画面を眺めている。


すみません、すみません、そのサンダルを拾ってください。


一生懸命声をかけるが、そのひとは気付かない。サンダルはそのまま流れすぎ、わたしはもう走れない。


しゃがみこんだわたしを追い越して、柴犬が駆けていく。


そうだ、今まで意識していなかったけれど、犬は最初からわたしと一緒にいた。

わたしの速度に合わせて、ずっとついてきてくれていた。


サンダルなんかもういい。犬が行ってしまう。

離れたくない。なくしたくない。

犬は振り向かずに走り去っていく。


わたしの視界を離れたあとも、犬はそのまま走って走って、サンダルを追いかける。

波打ち際の、揚げパンのようにさくさくと崩れる脆い石を踏み越え、ブリーダー施設なのか何組もの母犬と子犬が寝そべる小屋を飛び越え、とうとう潮だまりに流れ着いたサンダルに追いついて咥えあげる。


先刻の施設のオーナーか、慌てて追ってきた女のひとが、サンダルを咥えた犬を見て「ああ、そういうこと」というような顔で力を抜く。

抱き上げ、チップを確認して、犬とサンダルをわたしのもとへ送り返してくれた。



その頃のわたしは、サンダルの片方をひろいあげて、とぼとぼと来た道を帰っていく途中だったのだけど。

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