6話 支援魔術師、役立たずだからとパーティーから追放される
「カール、お前にはパーティーを抜けてもらう」
「えっ?」
いつも通り迷宮を探索して成果を挙げた日の夜。
オレは唐突にパーティーから追放された。
「ま、待ってくれ。どうして急に……」
「お前がいると迷惑なんだ」
「そんな……」
確かにオレは攻撃系の魔術を一切使えない。
戦闘で敵を倒すという点では、役立たずと言われても仕方ない。
だけど代わりに、補助系の魔術でパーティーを支援してきた。
身体強化に武器へのブースト。敵の弱体化までその範囲は幅広い。
さんざん恩恵を受けておいて、迷惑だなんてあんまりだ。
「……あんた、それ本気で思ってるの?」
大きくため息を吐いたのは、弓を得意とするフランだった。
猫のように大きな瞳には呆れの色が宿っている。
「その通りだろ。
フランの矢にも、ブーストを掛けてやったじゃないか」
「確かに、支援してくれるのは確かにありがたいわよ。
事前に言ってくれればね」
そう言って、フランがこれ見よがしにため息を吐いた。
「あたしは魔物との距離や仲間の移動先を計算して矢を射ってるの。
戦闘中のみんなに当たらないようにね。
いきなり矢の速度や方向を変えたらどうなるか、分からない?」
「な、なんだよその言い方……」
普段はさっぱりとした物言いのフランらしくない言葉に思わずたじろぐ。
大体、矢なんて避ければいいじゃないか。
みんなシルバーランクなんだから、それくらい出来るだろ。
そう言い返すよりも先に、別の声が話し出した。
「魔物との戦闘中、いきなり麻痺毒の霧を撒かれるのも迷惑。
リーダーが霧を払ってくれなかったら、巻き添えになるところだった」
「チェ、チェルシーまで……」
物静かで冷静なチェルシーは普段、あまり表情を変えない。
だけど今日に限ってはあからさまに不機嫌だった。
いつもはオレが話しかけても「うん」か「ううん」くらいしか言わないくせに。
「でも、身体強化は役に立ってただろ!」
「ああ。それ自体はな」
リーダーであり、オレの追放を宣言したホルンが頷く。
「じゃあ……」
「だがな、カール。オレたちは「常に身体強化を掛けてくれ」なんて一言も言ってない。
むしろ、必要な時以外は掛けないでくれと言ったよな」
「ああ。けど、それって遠慮してるからだろ?
オレは加護持ちなんだから、気にしなくていいのに」
身体強化はその名の通り、身体能力を一時的に向上させるものだ。
特に副作用はないし、使用を制限しなきゃいけないデメリットもない。
強いて言えば、身体強化を解いた直後は身体が重くなったように感じるくらいだ。
だからホルンが「必要な時以外は掛けるな」って言うのはオレに対する遠慮だと思っていた。
魔術は精霊の力を借りる必要上、発動には陣と詠唱が必須だ。
普通は連続で発動したり、一つの魔術を維持し続けるのは難しいからな。
だけどオレは水の中位精霊である「湖の貴婦人」から加護を受けている。
精霊の加護があれば魔術を発動する際の陣や詠唱をある程度省略出来るから発動までの時間は短くなるし、連発も可能だ。
血や穢れを嫌う彼女の希望で相手を直接傷つける攻撃魔術は使えないという縛りはあるものの、身体強化を始めとした補助系の魔術はほぼ無制限に使える。
だからみんなのためを思って、常時身体強化を掛けてやっていたんだ。
感謝されこそすれ、こんなふうに糾弾される覚えなんてない。
そう言うと、ホルンが呆れた様子で口を開いた。
「お前がずっとこのパーティーにいるのなら、確かに身体強化はありがたいよ。
だけどそんな保証はないだろう。
戦闘中に大怪我をして引退せざるを得なくなるかもしれないし、他のパーティーに移籍するかもしれない。
身体強化を常時掛けられることに慣れていたら、そういう時に対応できない。
だから何度も「身体強化はこっちが頼んだ時だけにしてくれ」と言った」
ホルンが言っていることの意味がオレにはよくわからなかった。
だって、オレは加護持ちだ。
怪我をしても治癒魔術で治せるし、移籍するつもりもない。
そんなことを考えるくらい、オレって信頼されてなかったのか?
尋ねると、ホルンはなぜか疲れたように首を横に振った。
「そういう意味じゃない……と言っても、どうせ聞かないか。
何はともあれ、お前は俺の指示を聞かなかった。
リーダーの指示を聞かないってだけで、抜けてもらう理由としては十分だ」
「だって、そんな……そんなの、勝手じゃないか!
オレはゴーレムじゃないんだぞ!? 考えだって、感情だってあるんだ!」
「その考えを否定する気はないよ。お前と議論する気はもうないからな。
ほら、これはお前の取り分だ」
その言葉と共に、オレの前に革袋が一つ置かれた。
中には銀貨や銅貨がぎっしりと詰まっている。
「今日まで付き合ってくれてありがとうな。
お前の実力なら、ゴールドランクのパーティーでも通用するはずだ。
ただ、その時はもう少し相手の話を聞いた方がいい。
特にリーダーの指示はな。
そうでないと、また同じことの繰り返し――」
「うるさい!」
聞きたくない、聞きたくない、聞きたくない!
目の前に置かれた革袋を払い落して、オレは勢いよく席を立った。
椅子が倒れる大きな音が響いて、辺りがしんとなる。
そういえば、今はギルドに併設された酒場にいたんだっけ。
ああ、でもそんなこと今はどうでもいい。
「ああ、分かった。抜ける。抜ければいいんだろ!」
「お、おい。カール。あまり大声で……」
「見てろよ。絶対にお前達を見返してやるからな!」
「カール! お前、金――」
ホルンが叫んでいたが、構わず酒場を出た。
あいつらの情けなんているもんか。
オレの実力なら、あんな端金すぐに稼げるさ。
オレを追放したことを、あいつらに後悔させてやる!
……そんな決意とは裏腹に、翌日からは悪いことばかり起きた。
「カール・インビスさんですね。
加護をお持ちの方は貴重なので、きっとすぐに所属先が見つかりますよ」
パーティーを追放された翌日、オレは早速新しい所属先を探した。
単独で行動するつもりはなかった。
湖の貴婦人が血や穢れを嫌うせいで、相手を直接攻撃できないからな。
それに、陣や詠唱をほとんど省略できるとはいえ全くいらないわけじゃない。
発動までに多少は時間が掛かるから、時間を稼いでくれる前衛は必須だった。
「カールさんの実績でしたら、シルバーランクの「疾風の一陣」に推薦を――」
「申し訳ないが、彼はなしにしてくれ」
受付嬢の言葉を遮ったのは、淡い青色の瞳を持った長身の男だった。
確か、疾風の一陣のリーダーだ。
「どういうことだよ。オレはなしにしてくれって」
「昨日、君が「メイジアーク」のリーダーと争っているのを見てね。
普段穏やかな彼がああまで言う理由が気になったから、話を聞いたのさ。
いくら実力があっても、リーダーの指示を無視する人を仲間に入れる気はない」
はあ? なんだよそれ。
ホルンの奴、追放だけじゃ飽き足らずオレの悪評まで流したのか?!
それからもいくつかのパーティーに所属を打診したが、みんな断られた。
理由は最初と同じ。「リーダーの指示を聞かない人間はいらない」だ。
ちくしょう、やられた。まさか、こんな嫌がらせまでされるなんて……。
結局、今まで所属していたパーティーと同じシルバーランクは全滅だった。
このままじゃ貯めていた金も尽きてしまう。
仕方なく格下であるブロンズランクのパーティーに所属したが、そこで事件が起こった。
俺以外のパーティーメンバーが全滅したんだ。
もちろんオレは悪くない。
いつものように麻痺毒の霧で敵を弱体化させただけだ。
それにあいつらが巻き込まれて、新しくやってきた魔物に殺されただけ。
ホルン達は対処できたんだから、オレのせいじゃない。
だけどこの事件のせいで、オレはどこからも所属を断られるようになった。
ブロンズランクどころかクレイランクのパーティーからもだ。
冒険者としては死んだも同然だった。
聞いた話によると、ホルン達は新しい魔術師と共に活躍しているらしい。
こんなの、絶対におかしいだろ。
善人のオレが苦労して、悪人のあいつらが成り上がるなんて。
「ええ、本当にひどい話です。
カールさんはこんなに頑張っているのに」
偶然酒場で隣り合った女が、憤った様子で頷いた。
激情で潤む水色の瞳に促されるように、手元の酒を飲み干す。
喉を焼くほど強い酒精に、胸の奥にしまっていた怒りが更に溢れた。
「そうだ、オレは努力してきたんだ。
なのに、なんでオレがこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!
理不尽だろ、こんなの……!」
溜まった苛立ちや怒りを吐き出しながら、女が注いだ酒をまた飲み干した。
ハイペースに飲み進めたせいで酔いが回ったのか、頭がぐらぐらと揺れる。
その勢いに任せて、普段は胸の奥にしまっていた鬱憤を吐き捨てた。
「だいたい、なんで制限を掛けられなきゃいけないんだよ。
攻撃魔術が使えたらソロでもやれたのに。
そしたらあんな分からず屋たちに頼らなくたって……」
俺が支援魔術しか使えないのは才能がないからじゃない。
湖の貴婦人と「力を貸してもらう代わりに、血や穢れに触れる行いはしない」と約束しているからだ。
今まではその約束を疎ましく思うことはなかった。
危険な思いをせずに稼げるなんて得だと思ってたくらいだ。
だけど今となっては、湖の貴婦人との約束はただの重荷だった。
どれほど強力な支援も、掛ける仲間がいないんじゃ意味がない。
いっそ加護を破棄したいくらいだが、それが出来るのは精霊側からだけ。
人間側から加護を取り消した話は聞いたことがなかった。
そもそも、相手と連絡が取れないから頼みようもないんだが。
「ねえ、カールさん」
薄明るい照明の下、オレの話を聞いていた女が薄氷のような瞳を煌めかせて微笑んだ。
淡い栗色の巻き毛がふわりと揺れ、仄かに甘い香りが鼻をくすぐる。
酔いが回ったのか、頭の芯がぼうっと痺れて思考がふわふわとまとまりをなくしていった。
「理不尽を跳ねのけて、貴方の人生を取り戻せる。
そんなお話があると言ったら、聞きたいですか?」
蜂蜜のように甘く優しいその声が、脳にジワリと染み込んだ。
支援専門とはいえこれでも冒険者だ。警戒心は人一倍強い。
普段なら、こんな怪しい誘いに頷くことはなかっただろう。
だけどこの時は不思議と首を縦に振っていた。
相手がいい酒を気前よく奢ってくれたからでも、飛び切りの美人だったからでもない。
どうしてか、頷く以外の選択肢が頭に浮かばなかった。
「簡単なことですよ」
女が差し出したのは一冊の本だった。
厚みはさほどなく、黒い表紙に短い題名が金色に箔押しされている。
その意味を読み解いた時、思わず息を呑んだ。
「……悪魔?」
そこに綴られていたのは『悪魔召喚の儀』の文字だった。
酔いに侵された頭でも、この本を手にしていてはいけないことは分かる。
悪魔との契約は禁忌だ。教会にばれたらたとえ国王であっても処刑は免れない。
湖の貴婦人から加護を受けているとしても例外じゃないはずだ。
それに……悪魔と契約するには代償が必要だ。
数日分の宿代しか持ち合わせのないオレに払えるものなんてない。
だから、この本は返すべきだ。
湖の貴婦人から貰ったペンダントを握りしめながら、頭の中で決意を決める。
それなのに、意志に反して口は動かなかった。
こちらを覗き込んだ女が柔らかく微笑む。
「素敵なペンダントですね。
貴方の願いを叶えるのにぴったりです」
それが決め手だった。
悪魔と契約すれば、なんでも願いを叶えて貰えるらしい。
使い切れないほどの財産も永遠の命も夢じゃない。
なら、強大な力を手にすることだって可能だろう。
力があれば、オレをパーティーから追放したあいつらに復讐できる。
力があれば、ソロで冒険者として活動して名をあげられる。
力があれば、湖の貴婦人に頼らなくとも自由に生きていける。
「……わかった。どうすればいいんだ?」
躊躇はもうなかった。
オレの人生なんだ。オレの好きなように生きて何が悪い。
湖の貴婦人から貰ったペンダントの魔石が、ひやりと冷たくなったような気がした。