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15話 世界一簡単な契約

「え、契約? ……でも、残業って指名とかがないと出来ないんすよね?」

「ああ。だから一分で済ませる。

 俺と契約してくれ、トレーラント」


 それを告げると同時に、トレーラントの手元に一枚の調査書が現れた。

 内容を追う真紅の瞳が何度か瞬き、次いで嬉しそうに細められる。

 どうやら状況を理解したらしい。


 悪魔は基本的に、自分が担当している種族としか契約しない。

 人事部の悪魔が精霊と契約したり、幻獣部の悪魔が人間と契約することはまずない。

 そういうふうに社長が調整しているからだ。


 だが、絶対に他種族と契約出来ないわけじゃない。


 この会社には人間、幻獣、精霊、エルフ、妖精と五つの部署があるが、この世界にはそれ以外にも様々な種族が存在する。

 例えばドラゴンやオーク、ゴブリンなんかがいい例だ。


 それらに対応する部署がない理由は単純明快。

 悪魔を召喚する個体が少なく、部署を作っても利益が上がらないからだ。

 ちなみにエルフ部は召喚頻度こそ少ないが、一度で莫大な利益を上げられるから存続できている。


 だが、それは悪魔側の事情でドラゴンやオーク側には関係ない。

 人間が必ずしも悪魔を召喚するわけではないように、ドラゴンにだって悪魔を召喚する者は存在する。

 そんな時、自分の担当部署以外の種族と契約してはいけないなんて規則があったら対応できないからな。


 つまり、俺がトレーラントと契約することは認められているというわけだ。

 ……認められているというか、普通はそんなことしないだろうと判断されて規則が作られていなかっただけの気もするけどな。

 なにせ悪魔が悪魔と契約するメリットがない。

 そんなことしなくても普通に頼めばいいだけの話だ。


 だが、なんにせよ明確に禁じられていないことは事実。

 そこで俺は昨夜、ノレッジに手紙を送った。

 今日の定時後、トレーラントと契約が出来るように手筈を整えて欲しい……と。


 悪魔の召喚には本来、材料を揃えて召喚陣を描き詠唱を行う手間がある。

 だが、それは担当部署が存在する種族だけ。

 ドラゴンのように担当部署がない種族はその辺りの融通が利くので、先に話を通しておくことが出来たというわけだ。


 さて、何を願おうか。


 トレーラントに報酬を支払うのが目的なので、内容は考えてなかった。

 手の掛かることを頼んで時間切れになったら本末転倒だし、簡単なのにするか。

 少し考えて、初めに思いついた願いを口にする。


「そうだな……俺の名前を呼んでくれ。

 報酬として、俺が今持っている魔力を渡す」

「そんなことでいいんすか?」

「これほど簡単で早く済ませられる願いはないだろ?」


 それに、トレーラントに名前を呼ばれるのは結構好きだしな。

 最後の一言は口にせず返すと、トレーラントが戸惑った様子で口を開いた。


「えっと――クラージュ先輩?」

「それでいい」

「俺、ここまで簡単で早く済んだ契約って初めてっす……」

「俺も悪魔と契約したのは初めてだ」


 自分の魔力で作った魔石を渡しながらそう告げると、トレーラントがくすくすと笑った。

 右の皿に置かれた魔石の重み分、天秤が傾く。

 結果は言わずもがな。僅差ではあるがトレーラントの勝利だ。


「どうする、フィデリテ。

 まだ時間はある。俺と同じ方法で報酬を集めるか?」


 まあ、どちらも出来ないだろうけどな。

 フィデリテに死神との伝手はないし、自分と契約しろと言われて頷く悪魔はまずいない。

 悪魔との契約ほど危険なことはないとよく理解しているからだ。


「――卑怯者!」


 打つ手がないことを悟ったのか、フィデリテが声を張り上げた。

 怒りをたたえた薄紅色の瞳がこちらを睨みつける。


「勝利のために尽力することは卑怯なのか?

 決闘のルールはお前とトレーラントの合意で決まった。

 文句があるのならその時に言うべきだろう」

「詭弁を……!」

「正論の間違いだろ」


 フィデリテも己の失敗は理解しているはずだ。

 言葉の隙をついて自分の利を確保する、というのは悪魔の基本技能だからな。

 認められないのは上位であるというプライド故か、俺に負けたくないからか――あるいは、どうしても俺とトレーラントを解散させたいからか。

 ……一応、言っておくか。


「あのな、フィデリテ。

 仮にお前の言い分が認められて勝利したとして、望みは叶わないぞ」

「叶わない……? なんのことだ。

 敗者は必ず、勝者の要求を叶えなければならない。それが規則のはずだ。

 まさか、初めから反故にするつもりだったのか……?!」

「いや、別に」


 決闘にはいくつもの規則がある。

 後から要求を取り消したり変更したりは出来ないし、敗者が勝者の要求から逃れることも出来ない。もし破れば待っているのは重い罰則だ。

 それが分かっていて決闘の結果を反故にしようとするわけないだろ。


「お前の望みは俺とトレーラントがコンビを解散すること。

 それだけだったよな」

「そうだ。いくら口の回るお前でも、さすがに言い逃れ出来まい」


 やけにシンプルな要求だと思ったら、そういうことか。

 後で俺が言い逃れ出来る隙をなくすために……なら、もっと条件を固めろよ。

 内心で愚痴を吐きながら、用意していた問いを投げかける。


「期間は?」

「――は?」


 想定していない問いだったのか、フィデリテがぽかんと口を開けた。


「具体的に、いつまで解散するとは指定されてないよな?

 それに、再結成を禁じる旨も盛り込んでない。

 打つ手はいくらでもあった」


 仮にフィデリテが解散期間を具体的に定めたり、再結成を禁じる旨を盛り込んだりしていればもう少し焦ったかもしれない。

 だが、フィデリテはそれらに何の制限も設けなかった。


 なら、別に焦る必要はない。

 コンビを解散後、すぐに再結成すればいいだけだからな。

 ようやくそのことに気がついたのか、フィデリテが大きく息を呑んだ。


「そ、れは……」

「フィデリテ」


 何とか言葉を紡ごうとしているフィデリテを遮ったのは課長だった。

 意図的に感情を隠しているのか、無機質な瞳が薄紅色の目を見据える。


「お前が優れた悪魔であることはよく知っている。

 本来なら、決闘はお前の勝利で終わっただろう」

「その通りです! ですから、この結果は……」

「だからクラージュは策を巡らせた。悪魔として当然の選択だ。

 私とて、同じ状況に置かれたなら正攻法では挑まん。

 誰もルールに反していない以上、決闘はトレーラントの勝利だ」

「…………」


 有無を言わせぬ静かな声にフィデリテが唇をかみしめた。

 課長の決定に異を唱えるほど冷静さを失ってはいないらしい。

 小さくため息を吐いた課長が、何も言わずにこちらへ視線を移す。


「聞いての通りだ。

 これから、トレーラントの要求を叶えるために社長の元へ行く。

 終業後に済まないが、少々付き合ってくれ」

「社長……?」


 そういえば、決闘後の処理について話していなかったな。

 不思議そうな顔をするトレーラントを見て、口を開く。


 決闘には、以前説明したほかにも多くの規則が設けられている。

 勝負の際には必ず立会者を呼ぶこと。

 勝負の内容は双方の合意によって決めること。

 勝負の妨害をしないこと。

 どれも、悪魔が同族との争いで消滅しないように定められたものだ。


 決闘後は必ず社長へ報告し、その前で勝者の要求を叶えること……というのも、そうして定められた規則の一つだった。

 立場が下の者が上の者に決闘を挑み勝利した際、約束を反故にされる事態を防ぐためだ。

 さすがに、社長の目の前で力や立場を盾に圧を掛ける奴はいないからな。

 そうしたことをかいつまんで説明すると、トレーラントは納得した様子で頷いた。


「決闘って、勝負して終わりじゃないんすねえ」

「ああ。だから、本来は滅多なことで仕掛けるものじゃない。

 勝利すればいいが、負ければ失うものが大きいからな。

 お前も、今回勝てたからって軽はずみに仕掛けたりするなよ」

「はい、先輩」


 決闘は本来、同格か格上の相手に仕掛けるものだ。

 必ず勝てるとは限らないからこそ、仕掛ける相手や勝負の内容は慎重に吟味される。

 トレーラントなら心配いらないと思うが、念のためにそう言い添えると神妙に頷かれた。


「手続きって、けっこう掛かりますか?」

「いや、確か十分程度で終わったはずだ。

 俺はここで待ってるから、終わったら迎えに来てくれ」

「わかりました。じゃあ、行ってくるっす!」


 報告は決闘の当事者と役職者――特に制限はないが、大抵は当事者の上司が務める――しか立ち会えないので、俺はここで留守番だ。

 にこにこと手を振るトレーラントと複雑な顔をした課長(と、ついでに暗い顔のフィデリテ)を見送ると、不意に首が持ち上げられた。

 確認せずともわかる。フェーデだ。


「ほんと、つまらない決闘だったよねえ」


 砂糖菓子のように甘ったるい声が耳元で囁く。

 隠す気のない嘲りが鼓膜をくすぐった。


「サジェスが目を掛けてるって聞いたから、ちょっとは期待したんだけど。

 ま、あの無能にまともな教育が出来るわけないかあ」

「サジェスが教育した悪魔は他にもいます。

 今回はたまたま目についただけでしょう」


 それに、フィデリテはもう千五百年は生きている。

 経験豊富とは言えないが、一から十まで教える必要のある若手でもない。

 目を掛けていたからといって、サジェスにまで責を問うのは酷だろう。

 ……まあ、昨夜に苦情を送った俺が言える話じゃないけどな。


「へえ。庇うんだあ」

「俺にとっては頼りになる先輩ですから」

「頼りになる()()ねえ……」


 俺の返答に何か思うところがあったのか、フェーデが唇の端を吊り上げた。

 緋色の瞳に嗜虐的な色が過ぎったのを見て、この話題はあまりよくなさそうだと悟る。

 別の話題を振った方がいいだろうが、さて何を話すべきか。


 俺はフェーデの趣味を知らないし、共通の話題もあまりない。

 せいぜいサジェスくらいだが、そこから話題を逸らしたいんだからこの話は厳禁だ。

 今まで接した感じ、フェーデもサジェスにいい感情は抱いてなさそうだしな。

 ……ああ、そうだ。


「一つ聞きたいのですが」

「ふーん? まあ、いいよ。

 B級とはいえ、見世物を披露したご褒美に答えてあげる。なあに?」

「俺を嫌う理由を教えてもらえませんか?」


 今回のように絡まれるのはごめんだ。

 もし俺が何かして嫌われているのならさっさと謝って因縁をなくしたい。


「なんだ、そんなこと。

 別にいいよ、隠すことでもないし」


 はぐらかされるかと思ったが、フェーデはあっさりと頷いた。

 果たして俺はどんな恨みを買っているのかと、少々不安に駆られながら耳を傾ける。


「――クラージュが、僕の親を消滅させたからだよ」


 告げられたのは全く予想していなかった言葉だった。

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[良い点] なんか、フェーデさん意外とあっさり教えてくれるのですね。 逆恨みなのか彼にしてみれば正当なのか、気になります。 クラージュ先輩が原因なのか? 卵が先か鶏が先かみたいなやつなのかな。 フェ…
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