11話 銀鳩ちゃんは生首がお好き
「理由は二つある。
まず一つ目は、俺もお前も危険に晒されること。
今の俺は碌に魔法が使えない、いわば足手まといだ。
それでも、多少の揉め事だったら対処できる自信はある。
だが、上位の悪魔が任される契約は危険なものが多い。
召喚先で何かあった時、お前は自分と俺の身を守れるのか?」
「それは……」
実力的には対処可能だろう。
ただ、揉め事は「これから何か起こります」と宣言してから起こされるものじゃない。
召喚された先で突然襲われたり、騙し討ちにあったりすることがほとんどだ。
自分だけでなく俺も守ろうとすれば当然、その分だけ神経を使う。
疲労が溜まって咄嗟の判断が遅れたなんてことになったら目も当てられない。
それで俺が痛い目を見るのも嫌だし、フィデリテが怪我をするのもごめんだ。
嫌いな相手ではあるが、憎んではいないからな。
「……二つ目は何だ」
「お前と組んだところで、トレーラントと組んだ時より得をするとは思えない」
そう言うと、薄紅色の目が大きく見開かれた。
信じられないという顔をしているが、事実だ。
少なくとも、俺は心からそう思ってる。
「それは……それはつまり、私がお前の後輩よりも劣っているということか?!」
「そうじゃない。
だけどお前、俺と組んでも何もさせないつもりだろう」
「当然だ。自分より劣った奴にさせることなどない」
そうか。じゃあ駄目だな。
「俺とトレーラントは今回、成績優秀者として名を連ねた。
お前もあの一覧を見たなら知ってるよな」
「二名一組で組んでいれば、いい結果を出して当然だろう。
それがどうしたというんだ」
「お前の名前はあの一覧にはなかった」
俺の言葉に、形のいい眉がきつくひそめられた。
よほど動揺したのか、唇がわなわなと震えている。
上位であろうと名が載らない奴は多い。恥じる必要はないと思うんだが。
「あれは……運が悪かっただけだ!」
「でもお前、前回も前々回も載っていなかったよな。
まあそれはいいとして……分からないか?」
一拍置いてみたが、返事はない。
出来れば自分で気づいてほしかったなと思いつつ、言葉を続けた。
「お前一名で得た報酬より、俺とトレーラントで組んで得た報酬の方が多かった。
で、お前は俺と組んでも何もさせるつもりはないって言う。
どっちが得かは太陽を見るより明らかだよな」
日々の魔力消費がない分、楽なのはフィデリテと組む方かもしれない。
でも別に、仕事をさぼってやりたいことがあるわけではないしな。
身体が再生するまでに勘が鈍ったら課長やサジェスから雷を落とされかねない(特に課長からは物理的な雷も落とされかねない)し、だったら毎日仕事をした方がいい。
……あと、嫌いな相手と毎日一緒に過ごすのって地獄だと思うんだ。
フィデリテも、なんだって俺と組もうとか言いだしたんだろうな。
トレーラントと組んで成績が上がったのを見たからかとも思ったが、それなら俺に何もしなくていいなんて言うはずがない。
他に理由は……俺かトレーラントへの嫌がらせか?
まさかとは思うが、それ以外に理由が見つからない。
思わず眉をひそめた時、フィデリテが口を開いた。
「こ、今期の成績が低かったのは偶然だ!
異世界の勇者の件で、色々とあって……」
「あれ、お前も異世界の勇者の一件に関わってたのか?」
初めて知った事実につい声を上げると、フィデリテがはっと息を呑んだ。
どうしてそんなに動揺する必要があるのかと内心で首を傾げた後、気がつく。
「……それ、サジェスから頼まれたんだろ?
なら、サジェスが相応の補填をしてないわけないだろうが」
サジェスは悪魔使いが荒いが、報酬は決して惜しまない。
業務時間中に頼みごとをしたなら、何かしらで補填してくれるはずだ。
異世界の勇者関連でフィデリテに何を頼んだのかは知らないが、だから成績が振るわなかったのだという言い訳はあり得ないと思うんだが。
ちなみにフィデリテが独自で動いたという線はまずない。
異世界の勇者に関してはサジェスに一任されてるからな。
「違う! サジェスさんの責任ではない!」
「それなら結局のところ、お前の責任じゃないか」
「……だが、契約という点においては私の方が優れている!」
「そりゃそうだろ。
トレーラントの方が勝っていたらその方が問題だ」
優秀とはいえトレーラントはまだ二百歳の若手で中位。
対して、フィデリテは千五百歳の中堅で高位だ。
いくらフィデリテが嫌いでも、その実力まで否定するつもりはない。
だが、フィデリテは納得していないようだった。
堂々巡りになりそうな気配を感じてため息を吐く。
「フィデリテ、そろそろやめにしないか。
何を言われても、俺はお前と組むつもりはない。
このまま言い争いを続けたところで、お互い不毛な結果に終わるだけだ。
俺とトレーラント。どっちに嫌がらせしたいのかは分からないが、もう十分うんざりした。
頼むから、解放してくれ」
「嫌がらせなど……っ!」
「なら、どうして俺と組むなんて言い出したんだ?」
尋ねると、フィデリテがもごもごと口籠った。
常にはっきりとした物言いを好むフィデリテにしては珍しい反応だ。
よほど言いづらいのか、それとも他に理由があるのか。
「私は……私は、ただ…………納得が、いかなくて……」
「納得? ……ひょっとして、成績のことか?」
当てずっぽうで口にすると、薄紅色の目にはっとした色が宿った。
……え、本当にそうなのか?
「――そ、そう! そうだ!
お前たちの成績が不当であると言いたかっただけだ!」
「……文句があるなら、課長かサジェスに言ってくれ。
俺たちが組むことを認めたのは課長で、査定したのはその二名だからな」
というか、自分も俺と組もうとしていたのに「不当」はないだろう。
それに、規則には「悪魔は単独で契約すること」という記載はない。
単に、通常はコンビを組んでも旨味がないから誰もやらないだけだ。
そう言うとフィデリテが首を大きく横に振った。
「違う、そうではない!
お前はもともと、成績優秀者として名を連ねていた。
あの悪魔が――今のトレーラントが挙げた成績は不当だ。
お前の功績に便乗している!」
「その件については課長が査定済みだ」
課長に言われて別々に契約した時のことを伝える。
だが、フィデリテが納得する様子はなかった。
うんざりしてきて思わずため息を吐く。
途端、こちらを睨む薄紅色に怒りが宿った。
「ならば、私が証明してやる」
「おい、フィデリテ?!」
俺を抱えたまま出口へと歩き出したフィデリテに声を上げるが、止まる気配はない。
何をする気かは知らないが、嫌な予感がする。
咄嗟にノレッジに助けを求めると、赤い目がちかちかと点滅した。
課長に連絡が行った合図だ。
安堵の息を漏らすと同時に、扉が荒々しく開かれた。
部屋の前で丸まっていたトレーラントが咄嗟に身構え、全身の毛を逆立てる。
それを鼻で笑ったフィデリテが胸元のブローチを落とし、つま先で踏みつけた。
音を立てて砕けた魔石の欠片を一瞥して、トレーラントが顔をしかめる。
「拾え。意味は新入社員でも分かるだろう」
「……俺、未熟なんで分からないっすね」
ブローチ――正確には自身の魔力から作った魔石を相手の目の前で割る行為には「決闘の申し込み」という意味がある。
ただし、魔石を割っただけでは一方的な申し込みにしかならない。
相手が割れた魔石の破片を拾って初めて決闘が成立する。
トレーラントはフィデリテの意図を読み取ったんだろう。
とぼけたふりをしながら、じっと俺を見つめた。
長い尻尾はゆらゆらと揺れている。たぶん、隙を見て取り返すつもりだ。
もうすぐ課長が来るからやめろと声に出さずに口を動かすと、不満そうな顔をしながら尻尾を地につけた。
「常識知らずが!」
「そうっすよ。俺、常識のない若者なんで。
古臭い風習なんて知ったことじゃないっすね」
苛立ち紛れに吐き捨てるフィデリテを冷ややかな目で見つめて、トレーラントが言った。
この様子なら、決闘を受けなくて済みそうだ。
決闘と言っても本当に戦うわけじゃない。
事前に勝利した時に得る権利を定め、肉体に傷をつけない方法で戦うだけだ。
大抵はカードゲームとか、チェスとか、そういうもので争うことが多い。
だから決闘で怪我をする心配はしなくていい。
問題はフィデリテが勝った時、何をトレーラントに要求するかだ。
一度受けた決闘は途中で止められない。
魔力も経験もフィデリテに劣るトレーラントが決闘を受けることだけは避けたかった。
だが、決闘を申し込まれて受けないのは「臆病者」と見なされる。
矜持の高い悪魔にとって、そう思われるのは致命的だ。
トレーラントが魔石を拾う意味が分からないふりをしているのはそういう事情だった。
ちなみに、本当に分からないという可能性はない。
もしそうなら「古臭い風習」なんて口に出来ないからな。
「じゃあ、教えてあげるよお」
張り詰めた空気を破ったのは、どこか毒を含んだ甘ったるい声だった。
課長の声でも、ましてやサジェスの声でもない。
一度だけ聞いたことのある声に冷や汗が流れた。
「その魔石を拾うと、お前はフィデリテとの決闘を受けることになる。
負けるのが怖いなら受けなくていい。
……その代わり、お前には一生「臆病者」って烙印がついて回るけどねえ」
人間にはまず存在しない若葉色の髪と鮮やかな緋色の瞳。
かつて俺を糾弾し、そして最近俺のことを調べて回っているとケニスが言っていた幻獣部の部長がそこにいた。