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3話 世界一美しい王女は永遠に眠る

「いい天気っすね。景色もいいし、このまま探検したい気分っす!」

「俺はこのまま昼寝したい気分だ」

「別に寝ててもいいっすよ。置いていったりしないんで」

「後輩に仕事を任せておいて寝るわけにいかないだろう。

 まだこの契約は終わってないんだから」


 王妃と契約した後、俺たちは王家所有の森を歩いていた。

 まあ、俺は歩いてないけどな。トレーラントに抱えられてるだけだ。


 課長から貰った調査書によると今回の報酬(王女)はここがお気に入りらしい。

 野生の動物たちといつも一緒に歌ったり踊ったりしてるそうだ。

 探知したわけじゃないが、最近は一日中森にいるそうだからたぶん会えるだろう。


「そういえば先輩。なんでさっき、契約の内容を変更したんすか?」


 辺りを眺めていたトレーラントが思い出したようにそう言って首を傾げた。

 王妃の願いを娘の殺害から永遠の若さと美貌に変えさせたことか。

 そういえば、理由を言ってなかったな。


 あの時は召喚者の前で意図を話すわけにいかなかったから黙っていたが、もう契約は済んだ。

 教えてもいいだろう。


「そのほうが報酬がたくさん得られるからだ」

「確かに、養子よりも王族の血を引いた実子の方が得っすね。

 でも契約を遂行する手間も増したから差し引きゼロじゃないっすか?」

「得られる報酬が一人だけならな」

「――あ、そういうことっすね!」


 どうやら、俺の意図が伝わったらしい。

 目を輝かせたトレーラントが弾んだ声を上げて笑みを浮かべた。

 さすが、若手の中ではトップクラスの成績を誇るだけあって鋭いな。


 永遠の若さと美貌と引き換えに求めた報酬は「王妃の子ども」だ。

 あの王妃はそれを娘だけを指すと勘違いしていたようだが、そうじゃない。


 王妃には娘以外にも息子が二人いるし、今回の契約に備えて取った養子もいる。

 今回は娘だけだが、折を見てそいつらも回収する予定だった。

 人間の王族は血を残すことを重視する。

 王の血を引く子がいなくなれば必ず新しい子を求めるはずだからな。


 この国は一夫一妻制だから王の子を産むのは妃しかいない。

 結果的に、俺たちの報酬はどんどん増えるってわけだ。

 事故や病死に見せかけて回収すれば、しばらくは気付かれないだろう。

 気付かれても問題はないけどな。


「先輩、よくこんな難しいこと一瞬で考えつくっすね」

「一瞬じゃないさ。調査書に願いの候補が乗ってただろう。

 それを読んだ時、案をいくつか考えておいた。

 あとは実際の願いに合わせて案を微修正しただけだ」

「うう、考えただけで頭が痛くなりそうっす……」

「慣れればそこまで大変なことじゃない。

 事前にちょっと考える癖をつければ、すぐ思いつくはずだ」


 トレーラントは少し直情的なところはあるが馬鹿じゃない。

 記憶力がいいし、思考も柔軟だ。むしろ賢いと言っていい。

 今回思いつかなかったのは単に、今までその必要がなかっただけだろう。


 トレーラントは中位の悪魔としては規格外の魔力を持っている。

 魔力量だけなら上位の悪魔にも匹敵するはずだ。

 そのため、トレーラントには普段から多くの契約が割り振られていた。


 契約を遂行する際は少なからず魔力を消耗するし、人間はずる賢い。

 万が一を考えると、魔力の残量が少ない奴を差し向けるわけにはいかないからな。

 自然と、魔力が豊富な奴が多くの契約を担当することになる。


 だからトレーラントは報酬を搾り取ることをあまり考えなかったんだろう。

 今回得られた報酬が少なくとも次がある、と思って。

 生まれつき魔力の多い悪魔が陥りやすい思考だった。


「努力するっす……」

「大丈夫。お前は若いし、呑み込みも早い。すぐ慣れるさ。

 コンビを組んでいる間は俺と相談してもいいしな」

「先輩が一緒なら心強いっすね!」


 そんなことを話していると急に開けた場所に出た。

 小さな泉とその傍にある人影に気がついたトレーラントが足を止める。


「あれっすね、今回の報酬」


 雪のように白い肌。黒檀のように黒い髪。血のように赤い唇。

 泉の傍で動物と戯れている少女は話に聞いていた通り美しかった。

 世界で一番かは知らないけどな。


 少なくとも、成長すれば今の美しさにより磨きがかかることは間違いない。

 調査書によれば少女はまだ七歳のはずだが、それでこの美しさだからな。

 まあ、その日が来ることは絶対にないが。


「確かに、人間にしては綺麗な見た目っすね。

 ……先輩。今日の報酬は全部渡すんで、あの魂だけ俺にくれないっすか?

 百年前に手に入れた歌姫の魂と、並べてみたいんすよ」

「それはいいが、まだ今日の契約が全部終わってないだろう。

 もしこれから魂を三個も四個も手に入れたらどうするんだ」

「先輩が得するっすね」


 特に問題とも思っていないのか、トレーラントの口調はあっさりしたものだった。

 もう少し貪欲になって欲しいと心の中でため息を吐きつつ、口を開く。


「契約者から搾り取るのはいいが、後輩から搾り取るのは性に合わない。

 報酬は山分けだ。お前が欲しがったあの魂以外な」

「先輩、欲がないっすねえ」

「後輩に集る先輩があるか。

 あと、その言葉はそっくりそのまま返すからな」


 そんな話をしながら少女に近づいていくと、動物たちが一斉にこちらを向いた。

 動物特有の勘で俺たちの種族に気がついたのか、目には怯えの色が宿っている。

 用があるのは少女だけで、それ以外に何かする気は全くないんだけどな。


「あれ、どうしたの? みんな……あ」


 俺たちには気づかなかった少女も、動物たちの異変には気がついたらしい。

 こちらを向いた少女が泉と同じ青色の目を丸くしてトレーラントを見つめる。


「あの……どなたですか?」


 見知らぬ相手に緊張しているのか、少女の頬はほんのりと赤く染まっていた。

 それでも警戒心は微塵も感じられない辺り、大切に育てられてきたんだろう。

 あと、たぶん俺にも気づいてない。気づいてたらさすがに悲鳴を上げるはずだ。


 可哀想に。気づいていれば少しは寿命が延びたかもしれないのにな。

 まあ、ほんの数秒の違いだろうが。

 小さく咳払いをしたトレーラントが少女の前に膝をついた。


「世界で一番美しいと噂のお姫様に会いに来た、ただの悪魔だ」

「私に?」


 トレーラントの言葉に、少女が小さく首をかしげた。

 悪魔という言葉に忌諱感を示す様子はない。

 たぶん、その意味を知らないんだろう。


 あるいは、悪魔に抱いていたイメージと実際の姿があまりにもかけ離れていて戸惑っているのかもしれない。

 悪魔は皆醜くおぞましい存在だと思い込んでいる奴らも一定数いるからな。

 姿形を自由に変えられる悪魔からしてみれば、的外れな思い込みだ。


 まあ、どちらにしても結末は変わらないんだが。


「大丈夫。すぐに終わる」


 微笑みを浮かべたトレーラントが、そう言って少女の頬に触れた。

 途端、小さな身体がどろどろと溶けて地面に染み込んでいく。

 残ったのは、王妃に渡したアマルティアのような鮮やかな赤色の球体だった。


「綺麗な魂っすねえ。

 やっぱり、見目のいい人間の魂は格別っす」

「気に入ったか?」

「もちろんっすよ!」


 力強く頷いたトレーラントが、掌に乗せた魂をうっとりと眺めた。

 小さいが形はいいし、色もなかなかいい。

 確かに「世界で最も美しい姫君」に相応しい美しさだ。


 もっとも、見目の良さと魂の美しさは必ずしも比例しない。

 一部の例外を除いては、魂の色に規則性はないからな。

 今回は運よく好みの魂に巡り会えただけだと思うが、喜んでもらえたならよかった。

 新しい経験も積ませてやれたみたいだしな。


 コンビを組む間の負担はトレーラントの方が大きい。

 後輩の好意に寄りかかる真似はしたくなかった。

 そんなことをすれば、互いの名誉が損なわれる。


 悪魔は無償の奉仕を好まない。

 それは奉仕する側とされる側、双方を侮辱する行為だからだ。

 前者には「お前の働きは対価を支払うに値しない」と、後者には「お前には正当な対価を支払う力もない」と言うのと同然だからな。

 見返りを求めずに何かをしてやるのは、自分の子かペットくらいだ。


 俺とトレーラントは先輩と後輩であって、親子でも飼い主とペットでもない。

 この関係を保つためにはコンビを組む間、しっかりと対価を支払わないとな。


 さて。そろそろ次の契約に向かうか。

 今日はどれだけの報酬を手に入れられるか、今から楽しみだ。

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[良い点] ドライなところがありつつ良い先輩後輩関係で、2人はかわいらしく思います。 首だけの先輩を大切にだっこしてるトレーラントが、実物みたら怖いけど微笑ましい。
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