27話 事実はいつも一つ。真実は人それぞれ
「やはり……やはり、陛下は悪魔と通じていたのか」
悪魔と契約を交わした王を見て、男が震える声で呟いた。
声には失望と怒り。そして一欠片の納得が混ざっている。
遠見の魔法で見られるのは光景だけで、音声までは届かない。
男に分かるのは、今この瞬間に王が悪魔と契約したという「事実」だけだ。
王が願った内容も、それを叶えるのに支払った報酬も男には分からない。
もし聞かれたら答えるが、こちらから言うつもりはなかった。
そこまで世話を焼くほど俺もトレーラントも親切じゃないし、男もそれを望まないだろう。
「この雨は、蔓延する病は、殿下の病を治療するために民を売ったせいか?
ならば今度は何を望んだ? 何を代償にした?
我が子の為に、我が身の為にいったい何人の民を犠牲にすれば気が済む?
――自らのことしか考えぬ、愚劣な王め!」
実際、男が王の望みを尋ねることはなかった。
どうやら、望み通り「真実」に辿り着いたらしい。
それが事実かは分からない――少なくとも、王子の病が治ったのは王ではなくラファエルのおかげだし、あいつが捧げたのは自分自身であって民じゃない――が、水を差す真似はしない。
それをしたところで、俺たちには何の得もないからな。
「……悪魔」
一通り王への呪いを吐き出し終えると、男が静かにトレーラントを呼んだ。
その目は先ほどまでと違い、暗く淀んでいる。
こちらの返事を待たないまま男が言葉を続けた。
「もう一つ、願いを聞いてくれ。
俺をこの牢から出してほしい」
「追加の報酬を支払うのなら構わない」
「いいさ。命でも魂でも、好きなものを持っていけ。
だが、支払いは少し待って欲しい。
俺が王を殺すか命が尽きるその時まで」
その言葉にトレーラントが逡巡するそぶりを見せた。
報酬を回収する条件に付いて考えているんだろう。
王は既にサジェスを契約し、全てを捧げている。
男が王を殺せる機会は永遠に来ないからな。
この男がさほど長生きするようには見えないが、万が一ということもある。
下手に条件を受け入れて生き延びられたら回収が面倒だ。
かといって、ここで拒めば理由を尋ねられかねない。
「……この国が滅ぶ時、お前の魂を貰い受けよう」
男の懇願から一拍置いて、トレーラントがそう告げた。
上手い答えだ。男に何があろうと、この国が滅ぶことは確定している。
これなら報酬の回収を待つことはないし、怪しまれる心配もしなくていい。
この世界では基本的に、王家の破滅と国の破滅は同義だからな。
男が条件に同意したのを確認して、トレーラントが鉄格子に手を掛けた。
邪魔なものを避けるように腕を引けば、頑丈なはずのそれが飴細工のようにぐにゃりと曲がって人が通れる程の穴を作り出す。
僅か数秒の出来事を呆然と眺める男を一瞥して、トレーラントが口を開いた。
「行かないのか?」
「……あ、ああ。すまない、驚いてしまった……協力に感謝する」
しどろもどろにそう言って、男が俺たちの横を通り抜けた。
その横顔は何を犠牲にしても王を殺す決意に満ちている。
肝心の王はこの世界にはもう存在しないから、無駄足だろうけどな。
男の気配が消えた後、トレーラントが伸びをする。
「それにしても、今回は運がよかったっすね」
「何がだ?」
「この国の王がサジェス先輩と契約したことっすよ!
その場面を見せられたおかげで、今回は楽に魂が手に入ったわけですし……。
……あれ、偶然っすよね?」
「半分はな」
サジェスがこの国に来ていることは知っていた。
あいつは人事部でもっとも魔力の高い悪魔だ。来ないわけがないからな。
それに、この国の王は民の為なら己を犠牲に出来るほど善良で魔力が高いということも。
つまるところ、破滅の危機に瀕した国を救うために国王が悪魔を召喚する確率は非常に高い上、召喚すれば間違いなく担当はサジェスになる。
だからあの男の調査書が送られてきた後、通信の魔法でサジェスに確認した。
王に召喚される予定、あるいはされたことはあるか……と。
答えは是。それで、遠見の魔法であいつと国王の契約風景を見せた。
そうすればあの男は激昂して、王を殺しに行くだろうと分かっていたからだ。
そう説明すると、トレーラントが目を丸くした。
「じゃあ、全部先輩の計算通りってことっすか?」
「さすがにそこまでじゃない。さっきも言った通り、半分だけだ。
男が「真実」を知ったのは必然だが、王が悪魔を召喚したのは偶然だからな」
ちなみに、王がサジェスを召喚するタイミングはどうでもよかった。
既に契約していた場合はその旨だけ伝ればいいだけだからな。
実際に契約する場面を見せた方が説得力は増すが、そこはどうとでもなる。
悪魔の腕の、ではなく口の見せ所だ。今回は必要なかったが。
「半分でも、十分すごいっす……。
でも、どうしてそこまでしてあの男にこだわったんすか?
魂が手に入ったのは確かに得っすけど、それなら真実を知る報酬として要求した方がいいっすよね?」
「それはな――」
「反乱を起こさせたかったんだろう?」
涼やかな声が突然割り込んできて、トレーラントがびくりと肩を跳ねさせた。
直前に覚えのある魔力が現れたのを察知していたから俺は驚かずに済んだが、相変わらず後輩を脅かすのが好きな奴だな。
そんな気持ちを込めて軽く睨むと、血溜まりのような瞳が僅かに細められた。
「なんだ、気づいてたのか」
「それだけ強大な魔力を感じたらな。
あと、俺の楽しみを奪うな」
「悪かったよ。だが、お前の望み通りに動いてやったんだ。
これくらいのご褒美はくれてもいいだろう?」
そう言って、銀の髪の悪魔――もとい、サジェスが楽しげに俺の頬をつついた。
どうやら、通信した時点で俺の企みはばれていたらしい。
通りで、国王がサジェスと契約する場面をタイミングよく見せられたわけだ。
正直、最初から最後まで通して見せられるとは思っていなかったからな。
「先輩、クラージュ先輩。反乱ってどういうことっすか?」
ひとりで納得していると、トレーラントが不思議そうに首を傾げた。
ああ、そういえば説明がまだだったな。
「あの男は「真実」を知った。
家族や婚約者を失った悲しみ、怒り、憎しみはどこへ向かうと思う?」
「王家、っすよね?」
「その通りだ」
牢から脱した男はきっと、王の下へ向かう前に仲間を集めようとするだろう。
なにせ、この国の王は強い。魔法に長けたエルフさえも討ち取れるほどだ。
あの男は憎しみに満ちているが、狂ってはいない。
魔力のない平民が対抗するには数を揃えるしかないと、気づいているはずだ。
そして男から「真実」を聞かされた民もまた怒りを向ける。
自分たちを犠牲にしてまで我が子を救おうとした王に。
何万、何十万もの犠牲を踏みつけてのうのうと生きている王子に。
「まあ、成功しても国が滅びることに変わりはないから反乱と言っていいのかは分からないが……派手な滅び方にはなると思うぞ」
「クラージュ先輩、俺の言ったこと覚えててくれたんすね!」
「派手なことが起きると思った」と不満を漏らしたことを思い出したのか、トレーラントの目がぱっと輝いた。
どうやら後輩のささやかな願いは無事に叶ったらしい。
あとでからかわれることを承知でサジェスに連絡を取った甲斐があった。
「それはいいが、他の社員にあとで恨まれるぞ。クラージュ」
「恨まれる? なんでっすか?」
尋ねるトレーラントにサジェスがうっすらと笑みを浮かべた。
事がうまく進んで気分が高揚してるときの顔だ。
こいつのこの表情、久々に見たな。
「エアトベーレ国王マクシミリアンは、俺への報酬に自らの全てを捧げた」
「正気か?」
「残念ながら正気だ。
危機に瀕していても大らかな辺り、さすが国王というべきか」
「大らかすぎるだろ」
サジェスから告げられた事実に、ついため息が漏れた。
もっとも、サジェスは悪くない。国王が愚かだっただけだ。
王が悪魔に全てを捧げると宣言する。
それがどれだけまずいことか、ちょっと想像すれば分かるだろうに。
悪魔との報酬に使用できるのは自分の所有物のみとされている。
自分の魂や肉体、家族。そして地位や名誉、財産などだ。
この「財産」に関して、人間はよく思い違いをする。
金銭や宝石、土地だけが対象だと考えるせいだ。
平民ならその解釈で間違っていないが、そいつが貴族家の当主や王だと話は変わってくる。
契約者が治める地に住む人も財産として見なされるからだ。
エアトベーレの王は「自分の全て」を報酬として差し出した。
この国は君主制だから、土地も国民も全て王のものだ。
つまり、王はサジェスに国そのものを差し出したということになる。
王自身は自分の魂、肉体、それに個人財産を差し出した程度にしか思っていなかったんだろうが、考えが甘かったな。
「……じゃ、この国はサジェス先輩のものになったってことっすか?」
「ああ。そして、悪魔が治める土地ではそいつの許可なく契約は出来ない。
サジェスの判断は分からないが、ひとまず出張という形式は終わりだ。
民を全てサジェスが回収したらこの国は滅びるからな」
「じゃ、さっき交わした契約はどうなるんすか?」
「サジェスに引き継ぐことになるだろうな」
男と交わした契約は二つ。
真実を知ることと、牢から男を出すことだ。
そのうち、後者はサジェスが報酬を受け取った後に交わしたから正確には規則違反となる。
当時は事情を知らなかったから罰則は受けずに済むだろうが、結んだ契約はサジェスに引き継ぐか解消しないとならない。
男は契約の解消を嫌がるだろうから、たぶん引き継ぐことになるだろう。
派手に国を終わらせるという目的は達成したが、それを見届けられなくなったのは残念だ。
せっかく、トレーラントを楽しませてやれると思ったんだが。
「規則なら仕方ないっすね……。
でも、どうしてそれでクラージュ先輩が恨まれるんすか?」
「楽に報酬が得られる出張が、予定より前倒しで終わったからだろう」
「それ、クラージュ先輩のせいじゃないと思うっす……」
「俺も思う」
出張が終わるのは王がサジェスに国を捧げたせいだからな。
確かに俺は王と契約したかサジェスに確認したし、向こうも俺のやりたいことを理解して気を利かせてくれたがそれとこれとは別問題。
俺が何もしていなくても王は全てを捧げていたはずだ。
そう言うと、サジェスは「バレたか」とおどけたように笑って肩をすくめた。
「バレなかったら、お前に責任を押し付けようと思ったのに」
「先輩が言っていいセリフじゃないぞ、それ」
「悪かった、冗談だ。
詫びと言ったらなんだが、ライムントとの契約は引き継がなくていい。
契約した当時は事情を知らなかったわけだしな」
少しも悪いとは思っていない顔でそう告げてサジェスが目を細めた。
詫びというか、単に回収が面倒なだけじゃないか?
体よく面倒を押し付けられた感もあるが、責める気にはならなかった。
これから何万もの人間を回収しないといけないサジェスの忙しさは予想がつくし、俺たちにとってもこの方が都合がいい。
ライムントの魂はあいつが王を殺すか国が滅びるまで回収できない。
このうち、王の殺害はもはや意味をなさなかった。
エアトベーレの王は全てを、つまり王位もサジェスに譲った。
人事部で最も実力のある悪魔を、若手の中ではトップクラスだが全体で言えば上の下の魔力しか持たないトレーラントと、それ以下の俺が殺せるわけがないからな。
残る回収条件はこの国、エアトベーレの破滅だ。
通常、国が滅びたと判断される基準はいくつかある。
王家あるいは指導者の喪失。民の喪失。領土の喪失……その他いろいろ。
この中で一番確実で手っ取り早いのは民の喪失だろう。
国民をここから別の場所――サジェスの屋敷にある素材保管庫なり、懇意にしてる牧場やペットショップなりに送ればいいだけだからな。
だが、さすがにこれだけの人間を回収するのは時間が掛かる。
つまりその間、俺たちはじきに起こるであろう一大イベント――民の反乱をじっくり堪能できるってわけだ。
事が終わるまで他の契約が出来ないデメリットはあるが、今回はかなり稼げたし少しくらいは息抜きをしてもいいだろう。
そこまで考えて口を開く。
「ありがたく受け取るよ。
ところで、この国はちゃんと滅ぼしてくれるんだよな?」
「ああ。人間の国は管理が面倒だしな。
明日の昼までにはきちんと滅ぼすさ」
「分かった」
今は昼過ぎだから、イベントを楽しめる時間は残り一日か。
些か短い気もするが、こういうのは太く短く楽しんだ方がいい。
興奮は長続きしないし、あまり長く滞在しても成績に影響が出るしな。
頑張れよ、と適当な応援をしてトレーラントに向き直る。
「そういうことだから、そろそろここを出よう。
明日の朝まで派手なイベントを楽しもうじゃないか」
「いいっすね! 何が起きるのか、今から楽しみっす!」
にっこりと笑うトレーラントに連れられて、俺たちはその場を後にした。




