表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/61

18話 首になりましたが休日を満喫します

「先輩。起きてください、クラージュ先輩!」


 ……なんだろう。つい最近も、こんな台詞で起こされた気がする。

 そんなことを考えながら目を開けると、見覚えのある天井が視界に映った。

 いつも寝起きしている、サジェスが用意してくれた部屋だ。

 ごろりと転がると、白豹の姿になったトレーラントが前足を行儀よく身体の前で揃えて俺の起床を待っていた。


「どうした、トレーラント……」

「俺、これから出かけるんすけど先輩も一緒にどうっすか?」


 トレーラントが首を傾げるのに合わせて、長い尻尾がぱたぱたと揺れた。

 真紅の瞳は期待できらきらと輝いている。

 これは間違いなく頷くことを期待されてるな。


 出来ればもう少し寝たいが、後輩の誘いを断るほど眠いわけじゃない。

 せっかく誘ってくれたんだしな。


「ああ、いいぞ。どこへ行くんだ?」

「ペットショップっす。

 魂を売りたいっていったら、サジェス先輩が教えてくれたんすよ」

「そういえば、昨日そんなことを聞いてたな。

 じゃあ俺もそうするか。ちょうど、溜まってきたしな」

「決まりっすね」


 太い尻尾を一度振った後、トレーラントが姿を変えた。

 白い手が俺を抱え上げ、寝乱れた髪を整える。


 そういえば、誰かと出かけるって久々だな。

 それに気がついたのは、身支度を整えたトレーラントと共に部屋を出た後だった。






「確かこの辺りだって聞いたんすけど……」

「あそこじゃないか?」

「あ、それっす! 先輩、見つけるの早いっすね!」

「何度か来てるからな。この店は初めて見るが」


 サジェスから教わったペットショップはグノシークレーネにあった。

 あいつが領主として管理している土地で、本屋や魔道具専門店、魔法薬の素材を売る店などが立ち並ぶ静かな街だ。

 知恵の悪魔を名乗るサジェスらしい地だ、と来るたびに思っている。


「いらっしゃいませ」


 こぢんまりとした店の扉を開くと、涼やかな声が掛けられた。

 店主と思しきラミアが髪と同じ青い鱗を煌めかせてするりと這い寄ってくる。

 トレーラントが名前と用件を告げると、ラミアが美しい笑みを浮かべた。


「サジェス様からご紹介頂いた、トレーラント様ですね。

 お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」


 どうやら、既に話は通っていたらしい。

 店の奥に通される間、青と白で統一された上品な店内をそっと見回した。


 壁に沿って並べられた檻と、そこに入れられた人間(ペット)達。

 その質はどれも文句なしによかった。

 髪や肌の色艶がいいし、みんなリラックスしている。

 いいペットショップの証拠だ。


 ペットショップによっては、ペットを薬漬けにして管理することも多い。

 そうすればどんな性格の個体でも大人しくなるし、躾の手間が省けるからな。


 それに、薬漬けにされたペットは精神が壊れやすくなる。

 ペットを失った飼い主が再び店に来てくれれば、売上も上がるというわけだ。

 長くペットを可愛がりたい飼い主にとっては、溜まったものじゃないけどな。


 それをしていないここは誠実な店なんだろう。

 トレーラントが持ってきた魂も適正な値段で買い取ってくれるはずだ。


「まあ、素晴らしい」


 奥の部屋に通されて魂をテーブルに並べると、ラミアが感嘆の声を上げた。

 視線の先には淡い緑色に光り輝く魂がある。

 それをうっとりと眺めて、ラミアが言葉を続けた。


「こちらは風の精霊に加護を受けた人間の魂ですわね。それも血統書付き。

 どちらか片方ならよく出るのですけれど、両方兼ね備えた品は多くありませんの。

 年頃も当店で扱うのに丁度よいですし……このくらいでいかがでしょう」

「それでお願いします」

「では、こちらにサインを」


 査定額を見たトレーラントはあっさりと頷き、契約書にサインした。

 先ほどよりも楽しげな笑みを浮かべたラミアが魂を再生する。

 店によっては魂だけを並べることもあるが、ペットショップではこうして肉体を持たせて展示するのが一般的だ。

 その方が、見た目で選びやすいからな。


「ここ、どこ? おかあさん……?」


 澄んだ緑の瞳が特徴的な少女が不安げに辺りを見回した。

 自分が置かれた状況が理解できていないらしい。


 まあ、それもそうか。

 魂になっている間は知覚も記憶も出来ない。

 この子供がどういう状況で魂にされたかは分からないが、向こうにしてみれば寝て起きたら見知らぬ場所にいたって感じだろうからな。


「大丈夫よ、安心してね。すぐに優しい飼い主が現れるから」


 戸惑いと怯えを見せる少女の頭を撫でて、ラミアが優しく囁いた。

 その瞳を見た少女の目がとろりと蕩ける。

 ラミアや夢魔が持つ魅了に掛かったんだろう。


 弱い魅了を短期間掛けるくらいなら後遺症は残らない。

 事情を理解できていない人間を大人しくさせるにはいい手だった。


「こっちへいらっしゃい」

「うん……」


 ラミアに促されて、少女は大人しく檻の中に入った。

 鍵を掛けられても怯えたり、戸惑ったりする様子はない。

 檻の上に光沢のある青い布をそっと掛けた後、ラミアが向き直った。


「――こちらは血統書付きでありませんが、純度の高い魂ですね。

 当店で買い取らせていただくことも可能ですが、素材として売却される方がよろしいかと」


 次に鑑定されたのは、先日契約したアルフィオの魂だった。

 血統書というのは貴族や王族であることを証明するものだ。

 人間を飼う者の中には、それを重視する奴も多いからな。


 平民であるアルフィオには、そういう証明は特につかない。

 見た目も平凡だから、ここで売るとしたら平均的な値段になる。


 ただ、年のわりに純度が高いから魔法薬の素材としては珍重されるようだ。

 アルフィオの聖女への思いはかなり強かったからな。

 ラミアが他の店での売却を勧めるのはそういう理由だった。


「そうします」


 トレーラントは少し考えていたが、結局素材として売ることに決めたらしい。

 この魂の売却はいったん取りやめられることになった。


「――俺の方は、もう結構です」

「かしこまりました。

 代金は金貨と魔石、どちらでお受け取りを希望されますか?」

「魔石でお願いします」


 その後もいくつかの魂を売却して、トレーラントの取引は終わった。

 表情が明るいから、納得のいく取引が出来たんだろう。


「待たせちゃってすみません。先輩の番っすね」

「ああ。じゃあ、これと……」


 トレーラントとコンビを組んでから手に入れた魂をいくつかテーブルに並べる。

 さて、どのくらいで売れるんだろうか。


 出来れば、高品質の魔石を二、三十個は手に入れたいところだ。

 そうすれば身体を再生させる足しになる。


 ああでも、少しは金貨で受け取っておかないとまずいか。

 身だしなみを整えたり、契約に必要な魔法薬の材料を購入したりする資金に困る。

 魔石でも支払いできるところはあるが、新しい店だと金貨以外での支払いを拒まれることもあるからな。

 そんなことを考えていると、ラミアが「まあ」と歓声を上げた。


「綺麗な月の目! それに、血統書付きですね」


 ラミアが目をつけたのは、昨日手に入れた騎士――ラファエルの魂だった。

 ちなみに、奪った部位のうちペットとして生きるのに最低限必要なものは戻してある。

 目とか臓器までなかったら買取価格が下がるからな。

 表情や涙、名声はなくとも価値に影響はないからそのままだ。


「当店で扱うには成体に近い個体ですが……そうですね。

 このくらいでいかがでしょう」


 提示されたのは、月の目を持つ血統書付きの個体としては少し低い、だが幼体を多少過ぎた個体としてはかなり高めの値段だった。

 いつもの店で査定してもらっても、きっと結果は変わらないだろう。

 少し悩んだが、結局買い取ってもらうことにした。


 月の目持ちの個体をペットにすればステータスになるが、俺にはもうペットがいる。

 それに、綺麗だとは思うがあれを飼いたいとは思わないからな。


「……っ」


 さっきの少女とは違って、ラファエルは状況の理解が早かった。

 顔を真っ赤にして俺やトレーラントを見つめている。

 怒りのせいか羞恥のせいか、表情のない顔からは読み取れない。


 腕で身体を隠しているから、たぶん後者か?

 ペットや家畜が服を着ていなくても、別に誰も気にしないのに。


「さあ、中へ入りましょうね……あら?」


 無言で睨み返すラファエルに、ラミアが小首を傾げた。

 どうやら魅了が効かないらしい。

 人間の中にも魔法への耐性が極めて高い者がいることは知っていたが、ラミアの魅了も無効化するのは驚いたな。

 ……こいつ、下手な悪魔に飼われようものなら返り討ちにするんじゃないか?


「言っておくが、逃げても無駄だぞ」


 そう言うと、小さな声で「分かってる」と返された。

 自ら檻に入ったラファエルにラミアが微笑み、先ほど同様に布を被せる。

 これで抵抗を諦めて、大人しく人生を全うしてくれればいいんだが。

 自分が売ったペットのせいで誰かが怪我するなんて後味が悪すぎる。


 それからいくつかの魂を売って、俺の取引も完了した。

 売却額は高品質の魔石三十五個分に金貨五枚。

 ラファエルが予想以上に高く売れたおかげだな。


「俺たちはこれで」

「ええ、この度はありがとうございました。

 トレーラント様、クラージュ様。どうかご贔屓に」


 優雅に礼をした後、ラミアが穏やかに微笑んだ。

 いつもの店もいいが、たまにはここへ足を運ぶのも悪くないかもな。

 サジェスと出くわす心配はあるが、この街には貴重な本がたくさん売られている。

 ここで魂を売った後は、適当な本屋を見るのも悪くない。


「いい飼い主に当たるといいっすね」


 帰り際、トレーラントが少女の入った檻を見て微笑んだ。

 そうだな、と同意して俺もラファエルが入った檻を見る。

 ラファエルに限って言えばついでに、魔力が強くて温厚で頑丈な飼い主であればなおいい。

 というか、頼むからそうであってくれ。


 最後にそう願いつつ、俺とトレーラントは店を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
関連があるお話
悪魔の道具は今日も真摯に絶望させる

匿名で感想を投げたい場合はどうぞ
マシュマロ
― 新着の感想 ―
[良い点] こうして、ペットショップに並んだラファエルくんはあのお方に大切に(悪魔なりの)飼われるのですね。 並の悪魔なら返り討ちにされそうでも、強い悪魔なら遊んで欲しくてじゃれてくる甘噛み程度ですも…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ