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16話 上司が休憩休日一切無しで勤務していますが、我が社はとてもアットホームな職場です(若手募集中)

 翌朝、俺とトレーラントは予定通り普段より早めに目を覚ました。

 朝食を終えた後、大きく伸びをしたトレーラントが俺を抱えて部屋を出る。


 その目が少しとろんとしているのは、まだ眠いからだろう。

 今日の契約は搾り取るより、早く終わらせることを重視した方がよさそうだな。

 欠伸をしたトレーラントが目をこすりながら口を開いた。


「ところで先輩。これからどこ行くんすか?」

「資料室だ」

「どういう場所かは想像つくっすけど、行ったことはないっすね」

「まあ、普通は行かない場所だからな」


 資料室はその名の通り、さまざまな資料が収められた部屋だ。

 その中には各社員がどんな契約を結んだかという記録も含まれている。

 調べ物をするには絶好の場所だが、逆に言えば調べ物をする必要がなければ行く必要がない。

 俺も以前、古代魔法について調べようと思わなければ存在さえ知らなかったはずだ。


「それで、資料室ってどこにあるんすか?」

「こっちだ」


 資料室は社の中央にある。

 情報漏洩を防ぐため、どこから進入されても守れるようにしてあるそうだ。

 もっとも、この会社が設立されて以来外部からの侵入者は皆無らしいが。

 いくつかのセキュリティを通り抜けて資料室がある第一エリアへ足を踏み入れると、トレーラントが不思議そうに辺りを見回した。


「ここ、なんかちょっと変な感じっすね」

「この辺り一帯は床も壁も天井も全て、魔力を封じる素材で作られてるからな。

 あらゆる魔法が使えないから、迷うと大変なことになる。

 絶対に道を逸れるなよ」

「こわいこと言わないで欲しいっす……」


 俺を抱くトレーラントの腕にぎゅっと力が込められた。

 先輩としては慰めてやりたいところだが、残念ながらこれは脅しじゃなくて事実だ。


 第一エリアは広大な上、侵入者を阻むために道が入り組んでいる。

 探知魔法が使えない状態で迷ったら出るのにも見つけるのにも苦労するだろう。

 最悪、エリアの主(社長)に助けてもらうって手があるが……その場合、後でこっぴどく叱られるのは目に見えてる。

 朝から課長に雷を落とされるのは遠慮したいところだ。


 曲がりくねった道を記憶の通りに進むことしばらく。

 何度目かの角を曲がった先に、目的の扉はあった。

 目の前に立った瞬間、音もなく開いた扉にトレーラントが感嘆の声を上げる。


「わ、すごいっすね! 何もしてないのに扉が開いたっすよ!」

「社員の魔力に反応して開く仕組みらしい。

 原理はよくわからないが、便利だよな」


 そんな会話を交わしながら足を踏み入れると、扉が静かに閉じた。

 同時に、無機質な声が辺りに響く。


「二名ノ立チ入リヲ 検知シマシタ」

「え? ……うわ、なんすかあれ?!」


 声の主を目にしたトレーラントが驚いた様子で後ずさる。

 そこにいたのは、室内の半分以上を占めるほど巨大なゴーレムだった。

 第一エリアの壁や床よりも青みの濃い金属の身体のうち、目に当たる部分には燃えるように赤い魔石が煌々と輝いている。

 暗い室内で見るにはかなりインパクトのある姿だ。驚くのも無理はない。

 戸惑うトレーラントを落ち着かせるため、ひとまず口を開いた。


「あれは自律進化型ゴーレムのノレッジだ。

 世界のあらゆる情報を収集、保存、管理してる。

 ここにあるのは複製だけどな」

「複製? 本体はどこにあるんすか?」

「社長室だ。どこにあるのかは俺も知らない。

 上位悪魔にしか教えられない機密だからな」

「へえ、社長室……社長室?!」


 相槌を打っていたトレーラントの声が不意に裏返った。

 真紅の目がぱちぱちと瞬きを繰り返して、俺とノレッジを見比べる。

 分かる。俺もサジェスから聞いた時は三回聞き直した。


「つまり、ゴーレムが俺らの王様……ってことっすか?」

「ああ。他種族が悪魔の王になってはいけないという規則はないからな」


 第一位から第七位までの悪魔全ての承認を得ること。

 それが悪魔の王と認められる唯一の条件だ。

 ノレッジが王の座に就いているということは、少なくとも当時王を選ぶ権利を持っていた七名は他種族が自分たちの上に就くことを認めたんだろう。


 実際、ノレッジはいい王――今風に言えば社長だ。

 どんな時も感情に流されず合理的な判断を下せるし、私利私欲に溺れることもない。

 種の繁栄のため、一時も休むことなく働き続けるその姿は社長の鑑とも言える。

 まあ、俺は絶対その立場になりたくないが。

 しなくていい心配をしながら、大人しく佇むノレッジに告げる。


「ノレッジ。トレーラントが結んだ契約の一覧を出力してくれ。

 範囲は四百年から二百年前までだ」

「カシコマリマシタ」


 条件を言い終えると同時に、数枚の紙が差し出された。

 複製は本体より機能がやや劣るらしいが、それを感じさせない速さだ。

 本体はどれだけハイスペックなんだろうな。

 そんなことを考えていると、資料に目を通していたトレーラントが歓声を上げた。


「うわあ、すごい件数っすね……。

 二百年間でこんなに契約したなんて信じられないっす」

「そうみたいだな」


 悪魔は基本的に単独で契約をこなす。

 優秀な悪魔の成績は公開されるからそこから契約件数を概算することは可能だが、評価には様々な要素が絡むから正確な件数は分からない。

 だから、トレーラントの前任者がこなした契約数を見るのは俺も初めてだった。


「――あ、これっすね。生命樹の葉を手に入れた契約」


 資料を上からなぞって読んでいたトレーラントが、ある場所で指を止めた。

 これはあくまで一覧だから、記載されている情報は少ない。

 契約相手と願いの内容。そして得た報酬。

 たったそれだけの情報だが、トレーラントには十分だったらしい。

 何度かその部分を読んで「すごいっすね」とまた繰り返した。


「ちゃんと成功させてるんすね。生命樹の葉の入手」

「みたいだな」

「この契約結んだ時って、俺より新しかったんでしょう。

 それでエルフを出し抜けるんだからよっぽど優秀だったんすね。

 俺もけっこう優秀だと思うんすけど、それ以上に」


 トレーラントの声に自分を卑下したり、前任者を羨んだりする色はない。

 ただ偉大な記録を見て感嘆するだけの響きに、ない胸をそっと撫で下ろした。


 前任者がどうあれ、トレーラントはトレーラントだ。

 得意なことも苦手なことも、好きなものも嫌いなものも全く違う。

 名前が同じだけで他には何の関係もない悪魔に影響されて欲しくなかった。


「……あれ」

「どうした、トレーラント」


 トレーラントが声を上げたのはその時だった。


「この悪魔、受けた契約全部完了してるんすね」

「優秀だからな」

「そりゃそうなんすけど……じゃ、なんで消滅したんすか?」


 悪魔が消滅する理由の多くは契約遂行中に襲われたことが原因だ。

 特に下位や中位の悪魔の大半はそのせいで消えている。

 だからその確率を少しでも下げるため、新入社員の教育制度が生まれたんだが……今は関係ないので置いておく。


 担当者が契約中に消滅した場合、その契約が完了されることは永遠にない。

 他の悪魔が契約を引き継いで完了させても結果は同じだ。

 引き継いだ悪魔の方には完了と記されるが、消滅した担当者の方には記されない。


 つまり、トレーラントの前任者は契約中に消滅したのでないということだ。

 よく気付いたな。


「さあ、どうしてだろうな」


 先輩として後輩の疑問には答えてやりたいが、あいにく俺も答えを知らない。

 それだけ答えて、室内に設置された時計に視線を走らせた。

 ああ、もう行かないとな。


「トレーラント。そろそろ時間だ」

「え……? わ、もうこんなに経ってたんすか?!」


 資料から顔を上げたトレーラントが時計を見て目を丸くした。


「資料室に来るのに結構時間が掛かったからな。

 前任者のことはだいたい調べられただろう。切り上げるぞ」

「そうっすね。えっと……」

「オ預カリイタシマス」


 伸ばされたノレッジの手に資料を返したトレーラントが俺を抱え直した。

 音もなく開いた扉を通り、来た道を戻る。


「トレーラント」


 その途中、口を開いたのはただの暇つぶしだった。

 第一エリアを抜ける道は長くて入り組んでる。

 黙って進むには少し退屈だからな。


「余計なお世話だと思うが、前任者の真似はしなくていいからな。

 お前はお前のままでいい」

「もちろんっすよ!

 俺の生は俺だけのもんすからね。

 いくら優秀でも、他の悪魔の真似して生きていくのはごめんっす!」


 そう言って、トレーラントがにっこりと笑う。

 トレーラントらしい、いい笑顔だった。

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[良い点] トレーラントかわいい。 なんというか、萌えます。 あっちのツンツンもいいけどこっちの人懐っこい(先輩限定)もいいですね。 あー、検索システム付きの優秀なゴーレムすごい。 立ち入りもしっかり…
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