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12話 首になって初めての契約です

「クラージュさん。お仕事です」


 フィリアが姿を現したのは、キャンセル料についてアルフィオに説明している途中だった。

 聖女の説得が終わったらしい。

 もっと時間が掛かると思っていたが仕事が早いな。さすが広報課の課長。


「分かった。すぐいく」

「頑張って下さいっす、先輩」

「ああ、お前もな」


 にこにこと手を振るトレーラントに言葉を返す。

 その瞬間、目の前の景色が切り替わった。


 飾り気はないが上等な家具が配置された広い部屋。

 床に描かれた陣の中央には、先ほど俺たちを攻撃してきた聖女が立っていた。

 その顔は蒼白だが、光のない目には強い決意の色が宿っている。

 フィリアはうまく交渉をまとめてくれたらしい。


「我が名はクラージュ。

 ベルティーア・レーア・ルビーノ。汝の望みを述べよ」


 言い慣れた口上だが、こうして告げるのは久々だ。

 首になってからはずっとトレーラントに契約を任せきりだったからな。

 そんなことを考えていると、ややあって聖女が口を開いた。


「――私の望みは、アルフィオと悪魔の契約を破棄させることです。

 代償として、私の寿命の半分をあなたに捧げましょう」

「ベルティーア・レーア・ルビーノ。汝の望み、叶えよう」


 じゃあ、契約は破棄で。


 事前に掛けてもらっていた通信の魔法を通じてそう呼びかける。

 軽い返事の後、トレーラントとアルフィオの契約破棄が伝わってきた。


 同時に、聖女の胸元から青い糸がするすると流れ出ていく。

 今回の報酬である聖女の寿命だ。

 どうせ、()()()()()()()()()()けどな。

 フィリアが手元の錘に寿命の糸を全て巻きつけたのを確認して、口を開いた。


「悪魔トレーラントとアルフィオ・ビアンコの契約は破棄され、契約は完了した」

「……わかりました。あなたを信じましょう。

 悪魔は契約を守る種族だと伝わっていますから」


 そうだな。願いを叶えず報酬だけを受け取ればすぐ上に伝わるし、一発で首だ。

 他種族の悪魔への信頼を損なう行為だからな。

 新入社員の頃に必ずそう教え込まれるから、馬鹿な真似をする悪魔はまずいなかった。


 おかげで、契約に関して疑われたことはあまりない。

 こればかりは厳格な規則に感謝しないとな。

 契約の破棄がなされた証拠を用意するのは少し時間が掛かる。

 そうすると、()()()()()()()()()()()()()からな。


 俯く聖女を置いて、フィリアが転移魔法を発動させる。

 静かに冷え切った部屋の景色がゆらりと揺らいだ。


「先輩、おかえりなさいっす!」


 最初に召喚された場所――古びた神殿に転移すると、既にトレーラントが待っていた。

 聖女から身を隠した時に移動したステンドグラスの傍が気に入ったのか、窓縁に腰掛けて足を遊ばせている。

 その顔色は明るい。どうやらこっちもうまくいったようだ。


「ただいま。そっちはどうだ?」

「ちゃんと伝えたっすよ」

「では、私は彼のお手伝いをしてきますね」


 このやり取りで状況を把握したんだろう。

 フィリアがそう言って、トレーラントに俺を手渡した。

 おそらく、ここで別れることになるだろう。

 今日フィリアに頼んだ仕事はこれで終わりだからな。


「ああ、頼む。今日は助かった」

「それはよかったです。また何かあったら、お声掛けしてくださいね。

 クラージュさんをお手伝いするのは楽しいですから」


 急に呼び出したにも関わらず、フィリアの笑みは柔らかなものだった。

 俺の手伝いが楽しいというのは世辞だとしても、迷惑には思われていないようだ。

 昨日と同じく軽やかに姿を消したフィリアを見送り、ほっと息を吐く。

 と、細い指が俺の頬を軽く摘んだ。


「フィリアさんばっかりずるいっすよ。

 俺も褒めて欲しいっす」

「これが終わったらたくさん褒めてやるから、今は契約に集中しろ。

 ――ほら、来たぞ」


 拗ねた口調で文句を言うトレーラントを嗜めていると、一枚の書類が現れた。

 題は指名通告書。

 その名の通り、トレーラントが契約相手として指名されたことを示す文書だ。

 中身を読んだ真紅の目がぱっと輝く。


「ひょっとして、これが前に先輩が言ってた指名っすか?」

「ああ、そうだ。

 読んだら文書に魔力を流して、課長の下に送れ。

 あとは普段通り契約していい」


 きらきらとした目で書類を眺めていたトレーラントを促す。

 本当は気の済むまで待ってやりたいが、契約相手がいるからな。

 頷いたトレーラントが危なげに文書に魔力を通し、課長の下へ転送した。

 これで指名を受けるときの手続きは完了だ。

 あとは召喚者の元へ行って願いを叶えればいい。


「ベルティーア様が悪魔に渡した代償を返してください。

 その為なら……僕の魂を捧げます!」


 最初に召喚された場所――古びた神殿の中へ転移すると、アルフィオが待っていた。

 間髪入れず告げられた願いは予想通りだ。

 もちろん、この願いを拒絶する義務も必要もない。


 聖女の願いは「トレーラントとアルフィオの契約を破棄させる」こと。

 「新規で契約を結ばせない」ことではないからな。


 アルフィオがトレーラントを再度召喚した理由は簡単だ。

 本来自分が支払うべき代償を――魂の半分を聖女が支払った。

 そう勘違いしているから自分の魂を差し出そうとしている。

 実際は違うけどな。


 それを教えてやるつもりはない。

 悪魔は契約に真摯だが、親切ではないからな。

 契約を結ぶ前に内容をよく確認するのは契約者の義務だろう。


「いいだろう。では、契約を」


 トレーラントが差し出した手にアルフィオが触れる。

 途端、それを見計らったかのようにフィリアから連絡が入った。

 聖女から受け取った寿命を戻した、という連絡だ。

 相変わらず、仕事が早いな。


「聖女が悪魔クラージュに渡した報酬は戻された」

「ああ……ああ、ベルティーア様……」


 それがアルフィオが残した最期の言葉だった。

 力の抜けた身体がその場に倒れ、溶けていく。

 残ったのはその目と同じ紅茶色の艶やかな魂だけだ。


 今度こそ、邪魔は入らなかった。






「……相変わらず、判断に迷う契約を行うな。クラージュ」


 翌朝。出勤するとすぐ課長(アザラシ)に呼び止められた。

 俺たちを見るくすんだ赤色の瞳には呆れの色が宿っている。

 首になる前はよく見た色だ。


「俺たち、なんか悪いことしたっすか……?」


 不安げに問いかけるトレーラントに課長が静かに首を横に振った。

 正確には、首らしきものか。アザラシに首はないからな。


「いいや。規則に反する行いは何一つ行っていない。

 むしろ、褒めるべきだろう。

 コンビを組んだ利点を生かすいい契約だった」


 自分の契約の為に他の社員の契約を破棄させるなんて、普通は成立しない。

 今回のやり方が成立したのは、俺とトレーラントがコンビだったからだ。


 まあ、考えなくとも当たり前だろう。

 悪魔にとって、契約は生命維持に必要不可欠なんだから。

 契約を邪魔されることをよしとする悪魔なんて普通はいない。

 むしろ、いたらその裏に何か目的がありそうでこわい。


「なにより、面倒事を避けられた。叱ることは何もない。

 ただな……」


 考える俺をよそに言葉を続けた課長は、そこで一度ため息を吐いた。


「一応、全ての契約で規則違反が行われていないか精査するのも私の仕事だ。

 無論、社長も調査しているが念のためにな。

 お前の契約は精査に時間が掛かる……と、愚痴を零したかっただけだ」

「それは……すみません」


 対処に迷ったが、ひとまず謝っておくことにした。

 苦笑した課長が冷たいヒレで俺の頬をぴとぴとと撫でる。


「謝る必要はない。済まなかったな、愚痴を漏らして。

 報告を受ける分には、お前の契約はなかなか楽しめる。

 これからも二名で励むように」

「はい、課長」

「了解っす!」

「うむ、いい返事だ」


 元気のいい返事に頷いた課長がトレーラントの頭をひれで撫でる。

 その表情が満足げに見えるのはきっと気のせいじゃないだろう。


 課長は案外、トレーラントがお気に入りだ。

 素直で教えがいがあるところがいいらしい。

 それはそれとしてよく雷を落としているが、まあそれは仕方ない。

 役職に就いている以上、ミスをした部下を叱らないわけにはいかないからな。


「それで、今日の契約だが……先に言っておく。

 無理はするな。自分の手に負えないと思ったら断っていい」

「なにか、訳ありの契約ですか?」

「これを見ろ」


 差し出されたのは一枚の調査書だった。

 トレーラントが位置を調整してくれたそれに目を通す。


 召喚者:ラファエル・フォン・ミルヒエル

 願いの候補:生命樹の葉の入手

 指名者:トレーラント

 ………………


「え、俺っすか?」


 一緒に資料を読んでいたトレーラントが驚いたように声を上げた。

 真紅の瞳がぱちぱちと瞬く。


「生命樹って確か、エルフの森にしか生えない奴っすよね。

 あの、女王も滅多に使えないくらい貴重な」

「ああ。手に入れるのは少し……いや、かなり危険だ」


 悪魔と天使を除いて、もっとも魔法に優れた種族。それがエルフだ。

 特に長である女王は上位の悪魔並みの魔力を有することも少なくない。

 それ故、エルフ絡みの契約は避けられる傾向にあった。


 エルフは他種族に対して排他的な分、仲間内での結束が強い。

 何かあれば一族総出で抵抗してくることは想像に難くないからな。


 ただでさえ他種族に比べて悪魔側の優位性が低い上、こちらは「他種族に危害を加えてはいけない」という規則で縛られている。

 規則と自分の身を守りつつ契約を遂行するにはかなりの実力が必要だ。


 少なくとも、今のトレーラントでは難しいだろう。

 よくて規則違反。悪くて大怪我だ。課長の言うとおり契約は断った方がいい。

 そう言うと、トレーラントは神妙な顔で頷いた。


「そうっすね……エルフを殺して始末書書かされる想像しか出来ないっす。

 なんで俺が指名されたんすかね……」

「理由はどうあれ、指名は断れないんだ。

 あまり待たせてもよくないから、そろそろ行くぞ。トレーラント。

 課長の言うとおり、手に余るようなら断っていいからな」

「そうっすね。面倒なことは早く済ませるに限るっす!」


 どうやら、トレーラントは契約を断るつもりのようだった。

 その決断に、存在しない胸をほっと撫で下ろす。


 生命樹の葉と引き換えなら相当搾り取れるだろうが、身の安全には代えられない。

 さっさと断って、サジェス辺りに任せた方がいい。

 指名を受けた時点で評価には加算されているしな。


 それに、調査書に記載された願いはあくまで候補。

 実際には別の願いを告げられることもあるらしい。

 今回もそうであることを祈ろう。


 ……千五百年生きてきて、そんな経験をしたことは一度もないけどな。

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[一言] アルフィオはベルティーア様を守れて満足したのだろうけど ベルティーアはそのせいで絶望した。 う〜んまさに悪魔の所業。 次の契約も楽しみにしております。
[良い点] 破棄であって、再契約しないとは言ってないという所が、すごい。 言葉に気をつけて、裏がないように契約は計画的にですね。 思い込みで突っ走ると、本来払うべき支払い以上むしり取られてしまいますね…
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