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11話 契約事項をよく確認の上、契約することをおすすめいたします

 自室に戻った後、私はひたすら祈りを捧げた。

 主が救ってくれると信じたわけではない。

 そもそも主は私達を見守り、時に試練を与える存在。

 縋るべき存在ではないのだから。


 分かっていてなお祈りを捧げているのは、気を紛らわしたかったから。

 そうでもしていないと不安と恐怖で気が狂いそうだった。

 大丈夫、と口の中で何度も唱える。


 悪魔を召喚した陣はすべて消した。置手紙は破って火の魔術で焼いた。

 明日の夜に私とアルフィオを浄化すれば、悪魔の痕跡はすべて消える。

 あと一日誤魔化しきれば、誰にも知られる心配はない。

 それなのになぜ、嫌な予感がするのでしょう。


 その時、不意に甘い香りが鼻をくすぐった。

 焼き菓子のような柔らかく甘い香り。

 けれど部屋に焼き菓子など置いてはいない。

 いったい、どこから……。


 戸惑っていた時、唐突に知らない気配と魔力が現れた。

 鈴を転がすように可憐な声が耳元で響く。


「初めまして、ベルティーア・レーア・ルビーノ様。

 私、人事部広報課のフィリアと申します」


 この声の主は危険だ。

 鍵を掛けたはずの部屋に入り込んだ侵入者に本能が警報を鳴らす。


 それなのに、私は彼女を突き飛ばすことも魔術を放つことも出来なかった。

 頭の芯が痺れるような奇妙な多幸感にふわふわと蝕まれる。

 そんな私に彼女はくすりと笑った。


「本日は、アルフィオ・ビアンコ様の契約についてお話に参りました」


 その言葉を聞いた瞬間、考えるよりも先に身体が動いていた。

 魔の者に対して絶大な威力を誇る浄化の魔術を彼女に向けて放つ。

 放った――つもりだった。


「あらあら。無理は禁物ですよ、聖女様。

 人間は脆いのですから、ご自分の限界はきちんと把握しておきませんと」

「黙りなさい……っ」


 私が持つ浄化の力は歴代の聖女の中でも弱い部類に入る。

 そのせいで、浄化の魔術を放てるのは一日に一度までという制限があった。


 先ほど悪魔を攻撃する際に使用したから、次に使用できるのは明日の夜。

 つい今しがたまで頭にあったはずなのに忘れている己の愚かさに、頬が熱くなった。

 それを誤魔化すように声を張り上げる。


「どうせ、あなたもあの悪魔の関係者でしょう!

 アルフィオについて、あなた方と話をするつもりはありません。

 即刻、立ち去りなさい!」

「まあ、残念。

 それでは、契約の代償はアルフィオ・ビアンコ様ご本人様から頂きますね」

「……代償?」


 彼女は一体、何を言っているのだろう。

 アルフィオは悪魔を召喚こそすれ、契約はしていない。

 代償も何も、払う必要はないはずなのに。

 戸惑う私を責めるでもなく、彼女は優しく言葉を続けた。


「はい。先ほど伺ったところ、アルフィオ・ビアンコ様は契約を破棄されるとのことでした。

 それは構いません。契約は双方の同意があればいつでも破棄可能ですから。

 しかし既に仮契約は成立しておりますので、そちらの都合で破棄される場合は代償が必要となります」

「そんな……あとから条件を持ち出すなど、卑怯ではありませんか!」

「代償についてはアルフィオ・ビアンコ様にお渡しした書物に記載されております。

 召喚をおこなった時点で、条件にご同意いただいたと見なしますので」


 まるで悪徳な商人のようなやり口に思わず唇を噛んだ。

 けれど、彼女の言うとおり悪魔との契約が結ばれてしまったのなら破棄するしかない。

 たとえどんな代償を支払うにしても。


「……いかほど、なのですか」

「アルフィオ様にお支払いいただく代償は、その魂の半分となります」

「そんな――」


 魂の半分。

 それは真摯な願いの代償としてはあまりにも大きすぎた。

 到底、払わせるわけにはいかない。

 唇を噛む私の傍で甘い声が囁いた。


「――今ならまだ、間に合いますよ」

「間に合う?」


 きっと、罠だ。

 分かっていたけれど、今は縋るよりほかなかった。

 お金でも宝石でも、便宜を図るのでもいい。

 アルフィオと悪魔の契約を、一刻も早く破棄させなければ。


「ええ。要は、彼に契約を破棄させなければいいのです」

「アルフィオに魂を捧げさせろというのですか?!」


 アルフィオは私の目を治す代償として、その魂を捧げようとした。

 契約を破棄させなければ、その取引が成立してしまう。

 それでは意味がない!

 非難の声を上げると彼女は「いいえ」と冷静に返した。


「契約を破棄させる方法はもう一つあります。

 あなたが悪魔と契約して、彼とトレーラントの契約を破棄させればいいのです。

 それが出来る悪魔を、私は知っています」

「悪魔と……私が、契約……」


 聖女である私が、悪魔と契約する。

 普段なら考える間もなく拒絶していた誘いだ。

 けれどこの時ばかりは跳ねのけられなかった。


 アルフィオは私の為に悪魔を召喚し、己の魂を捧げようとした。

 それがどれほど恐ろしいことか、私と共に日々を過ごしてきた彼には分かっていたはずなのに。

 彼に過ちを犯させてしまったのが私のせいなら……私は……。


「…………そのためには、いったいどれだけの代償が必要なのですか?」

「そうですね……あなたの寿命を半分ほどが目安でしょうか」


 それは、魂に比べればひどく安価な代償に思えた。

 私はまだ若い。

 残りの命が半分に減ったとしても、民の為に何かを為すことは可能でしょう。

 例え死後に苦しむとしても、彼を救えるのならそれでいい。


「分かりました……契約を」


 考えた末、私は彼女の提案を受け入れた。

 それが今の私に出来る最良の選択だと信じて。


「かしこまりました。では、契約の手順についてお伝えいたします」


 そのなのに、どうして震えが止まらないのでしょう。

 間違えた道を選んでしまったと、そんな予感がしてならないのでしょう。


 いくら考えても、その答えは出なかった。

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マシュマロ
― 新着の感想 ―
[良い点] フィリアさん、差し押さえに来たみたいです。 優しく、借金あなたが返してくれればいいのよーって、ヤミ金融のお誘い見たいです。 利用しちゃぜったいいけないやつですね。 寿命、半分、こわいなー。…
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