【編集版】(後編)
――いつもの戦場――
相変わらず戦況は邪神魔光軍がやや優勢。このままなら後、数時間程度で敵を殲滅させる事が出来る。
「……………………」
何かがおかしい。ヴァンスはその異変を敏感に感じ取っていた。その時、シオンとヴァンスの腕輪が紅く光だす。
「空、気が、重い?」
戦場は腕輪の紅い光に包まれる。そこでようやくシオンもこの異変に気が付く。
「っ、何だこれは!」
戦場を取り巻く空気は徐々に重く、異様な気配に支配される。しかし、この異変に気が付いている者はシオンとヴァンス以外には居ない。
「っぅ、うあぁああぁぁがはぐぅっ、ぐぅあ゛あ゛ぁあぁぁぁ!!!!」
「何事だ!」
「っ、これ、はっ!」
異常な叫び声に驚いて戦場に目を凝らす。するとそこには死んだはずの神々が得体の知れないゲル状の生物に蘇り敵味方の区別無く襲い掛かっていた。
「なっ、何が起きているんだ」
僅かに生き残った神々もゲル状の生物に呑まれ凄まじい速さでその数を増やしていった。狂気乱舞する声。逃げ惑う神々。まるで地獄絵図のようなこの状況はとてもじゃないが自然に発生したようには見えなかった。
「何をしているっ陣を乱すなっ!」
シオンはこの異常事態に戸惑いながらも冷静に軍をまとめようと必死だった。しかし、ゲル状の生物たちは切っても突いても全く手応えは無く、次々と増える敵の数にシオンたちは次第に追い込まれていく。
「クッ」
生きている兵はもう残りわずか。シオンはふとヴァンスのほうを見る。ヴァンスは目を閉じ意識を集中させて何かを探っている。
「…………っ! シオン、アス、タロトが、ノルンを、連れて城で、暴れている」
「何だとっ、まさかこれも奴が?」
ヴァンスは分からないと首を横に振る
「どっち、にしても、この状、況を、抜け、ないと」
目の前には数千、数万ものゲル状の生物が軍をなしている。しかしシオンとヴァンスにはたかが数十名の兵しか残っていない。勝敗は明らかだった。
「……行ってください。 ここは我々が引き受けます」
二人は驚いて声の主に目を向ける。そこにいたのは二人の腹心であり優秀な秘書官のネアンだった。
「私は、私には、お二人のような力はございません。 しかし、お二人の考えは把握しております。 時間稼ぎ程度にはなれるでしょう」
シオンは一瞬何か言いたげに口を開いたがそのまま二人は無言のまま頷く。
「やはりお二人とも変られました」
その言葉を最期に恭しく頭を下げてやさしく微笑みながらシオンたちから目を背けゲル状の生物に立ち向かう。
「…………私も、あなた方のおかげで変われました」
黒い天馬に乗って飛び去る二人の影を見上げながらネアンは微笑んだ。
「ありがとうございます」
二人の向かう先はアスタロトの居る魔城。
「紅い、月?」
いつの間にか夜も更けヴァンスは空に浮かぶ紅い月を見つめる。
「何をしている! 行くぞっ!」
とても恐ろしい何かが起こる。そんな不安と恐怖を押し殺すかのように二人は全力で黒い天馬を走らせる。
――魔城――
「グゥォオ゛オ゛ォォオォオオォオオオッ」
魔城はゲル状の生物が溢れ出していて異常なまでの濃く邪悪な魔力に包まれていた。その中心には神々の魔力を啜る魔物が一人。その姿は漆黒に染まり、血のような紅い瞳が鋭く夜の闇を見つめていた。彼の傍らには長い金髪の女性が居る。
「アスタロト様、二人がお帰りになられましたよ」
アスタロトと呼ばれた魔物はニヤリと微笑む。すると黒い羽を広げて闇夜を裂くように飛び立つ。
「貴様は、アスタロト?」
あまりの変貌振りに驚きを隠せないシオン。アスタロトはその声に低いうなり声で答えると周囲の空間が歪む。シオンとヴァンスは天馬を乗り捨てて上空でアスタロトを睨みつける。
そこへ金髪の女性がアスタロトの隣に現れる。
「ロベ、リ、ア」
ロベリアと呼ばれた女性は小さく頷く。
「貴様、何のつもりだっ! 何を企んでいる!」
「私に意思などございません。 全てはアスタロト様のご意思」
「崇メヨ新タナ生命。 捧ゲヨ魂。 最強ノ肉体。 死ノ無イ肉体」
地を裂くような唸り声。何かに取り憑かれたかのように何度も何度も同じ事を繰り返している。その瞳は明らかに正気ではない。
「……貴様は何をしたか分かって」
「アスタロト様、フレジェたちが聖殿へ攻撃を開始しました」
ロベリアがシオンの言葉を遮る。
「聖殿に攻め込むだと? 貴様、正気かっ!」
「感情ナド不要」
アスタロトの左腕に邪悪な力が渦を巻きノルンの姿が現れる。ノルンは意識を失い強力な魔力で出来た結晶の中に閉じ込められていた。
「ノルン、を、離せ」
ヴァンスは突如アスタロトの背後に現れ、剣をかざす。
「愚カナ」
「ぐっ、ぅ、がはっ、」
ヴァンスはアスタロトの鋭い爪に左胸を裂かれ、城の外壁に叩き落される。
「捧ゲヨ魂」
アスタロトは黒い炎の龍を召喚しヴァンスへと放つ。
「くっ、アスタロトっ!」
シオンは炎の龍を払いのけアスタロトへ斬りかかる。剣はアスタロトの結界によって阻まれる。シオンは龍をかわしながら呪文を唱え始める。
「シオン様、お覚悟を」
ロベリアは動きを止めたシオンの背後から大きな鎌を首にかける。
「お前、の相手は、俺だっ!」
漆黒の鎌は風を斬る。
「ヴァンス、生きていたのかっ!」
「うか、つに手を、出すな、奴は、自身も魔道、生物の、実験台、にしていた」
シオンはその言葉に冷静さを取り戻し、体勢を立て直す。
「……何処でそのことを?」
「俺た、ちが、死ぬ前、だ」
その言葉にシオンは思わず手を止めてヴァンスを見る。
「先に、ロベリアを、壊す」
「……分かった」
ヴァンスの意図を読み取ったシオンは剣を構えた。
「捧げよ魂」
すると次の瞬間二人は一瞬にして黒炎に飲まれる。同時にシオンの背後に黒い鎌を持ったロベリアが斬りかかる。シオンは黒炎を振り払いアスタロトに斬りかかる。ヴァンスはロベリアの鎌を受け止める。まるで血を求めているかのように紅い月が輝きを増す。その様子を見守るかのようにノルンが宙に浮いている。
「ハッ……はぁ、くっ、アスタロトッ!」
キィィンッギンッガァン
「ヴァンス様、お強くなられましたね……」
ふとロベリアは優しげにヴァンスに話しかける。その言葉にヴァンスの表情が一瞬曇る。
「俺は、ジュペルで、はな、い」
ギィィッン
ロベリアは悲げな表情を浮かべ鎌を振りかざし、ふと微笑む。
「やはり私には、あなた様を、殺す、コト、なド……」
ロベリアは鎌を下ろしヴァンスの剣をその身に受ける。ヴァンスの剣はロベリアの体を切り裂き彼女の内部が露わになる。魂を糧にして動く機械の体。
「ロベリア」
ヴァンスはロベリアの体を抱きかかえる。
「ジュ、ペル、さ、ゴ夕、食、ジュ、び……」
「ありがとう」
ヴァンスはそう告げるとロベリアを横たえシオンの元へ急ぐ。
「ぐっぅ、ハッ、は、ぁっ」
「捧ゲヨ」
ガキィン
「はぁ、はっ、ぁ、おそいっ!」
「……悪かった」
ヴァンスはシオンの傷の状態を見て思わず顔をしかめる。
「生ニハ死ヲ。 死ニハ生ヲ」
言葉と共にアスタロトの足元から何かが現れる。
「全テヲ飲ミ込メ」
それは黒い馬の骸骨。しかし実体を持たないのか霧のように霞んでいた。
「……見くびるな、まだ戦えるっ!」
黒い馬は二人に襲い掛かる。
「くっ、ヴァンス避けろ!」
「ぐぅっぅ」
ヴァンスは体中が切り刻まれるような激しい痛みと苦痛に顔を歪める。魔物は攻撃が終わると姿を消し、霧となって辺りに充満する。呼吸するほどに焼け付くような痛みが体中を駆け巡る。
「どう、す、る?」
「っ、は、ぁ」
アスタロトが新たに無数の魔物を呼び出す。
(ノルンの魔力が弱まった?)
ノルンはアスタロトの後方の上空に浮かんでいる。
(そうか)
ヴァンスはシオンに目で合図をする。シオンは小さく頷いて剣を構える。
((次に奴らが襲い掛かってきた時))
「捧ゲヨ」
無数の魔物が二人に襲い掛かる。シオンは攻撃をかわしながらアスタロトの正面をヴァンスはアスタロトの側面に回りこむ。
「愚カナ」
アスタロトはまずシオンを始末しようと左腕を振りかざす。
「愚か、な、のは、お前だ」
アスタロトの左腕が体を離れ宙を舞う。シオンは攻撃をかわしてノルンを救出に走る。
「雷鳴影っ!」
ヴァンスは休むこ事無く次の呪文の用意をする。しかし、アスタロトは怯む事無くヴァンスの剣を掴む無数の魔物たちがヴァンスに向かって襲い掛かる。
パァァンッ
ガラスが砕けるような鮮やかな音と共に魔物たちは跡形も無く姿を消す。
「これまでだ! アスタロトっ!」
シオンの腕の中には衰弱しきっているノルンの姿がある。
「はっぁ、はぁ」
ノルンは浅く呼吸を繰り返ているが命に別状はなさそうだった。ノルンを開放した瞬間、アスタロトの禍々しい魔力は消え、力尽きたかのように膝を折る。
「ガルッグゥッ、ゴフォ、捧、ゲヨ」
「終わ、り、にし、よう」
ガキャァンッッ
ヴァンスの剣を受けたのはアスタロトではなく、金髪の女性。彼女はアスタロトを庇うように優しく抱きしめていた。
「ロベリア?」
「ァ、ス、タ、ロトさ、ゴ、無事、デ」
アスタロトは目を見開き小さく何かを呟いている。
「ァス、タ、ト、さ、ま、ヮタ、クシは、シア、ヮセ、でス。 リ、ガ、ト、ザァッザザ」
ボォンッ
ロベリアの体はバラバラに吹き飛んでしまった。それを見たアスタロトの瞳からは一粒の雫が零れ落ちる。
「ミルフェ……」
アスタロトは幻を見ているように虚ろな瞳でロベリアの体を拾い集める。突然の事に二人は動揺し戦意を失ったアスタロトを見守っていた。
「ミルフェ? 誰のことだ?」
「俺の、母、だ」
シオンは驚いてヴァンスを見る。するとヴァンスは俯いて訂正を加える。
「ジュペル、の、母、だ」
「ミルフェ、私たちの子供は、元気だ。 男の子だぞ? ……お前が居なくとも、立派に育ててみせる。 だから安心して、眠れ」
「どういう、事だ?」
「……ジュペ、ルは、ミルフ、ェの命、と引き換え、に生まれた」
ヴァンスは遠い昔の記憶を辿るように目を瞑り、ゆっくりとした口調で話す。
「母、の居ない、息子、に母代わりのマ、リオネ、ットを作った。 それが、ロベリア」
アスタロトはロベリアの欠片を必死に繋ぎ合わせている。
「だがミ、ルフェの、死を乗、り越えら、れなかった。 アスタロト、はミルフェ、を生き返らせ、ようとし、た」
「なに?」
シオンは驚いてアスタロトに目をやる。
「まだ動いてはいけない! ミルフェ? ミルフェ……私を忘れてしまったのかい? 起きてくれ……頼む、起きてくれっ!」
「ミル、フェはア、スタロトが一番、最初に、錬製した、魔道生物だ」
繰り返される悪夢と苦痛に救いを求め、たどり付いたのが魔道生物の実験だった。繰り返された実験と調整。ミルフェの体は原型をとどめる事無く、魔物へとその姿を変えていた。アスタロトは痛みに狂い、命の理を破り、魂を冒涜し続けた。気が付いた時には目的を忘れ、彼自身も自我を失っていた。
「哀、れな、男だ」
ヴァンスはゆっくりとアスタロトに近づく。すると静かな漆黒の夜空が金色に輝く。二人が空を見上げると光の王ブリューナが純白の翼を紅く染めていた。するとブリューナは背後にいたフレジェに翼を引き裂かれ、シオンたち元へ落下する。
「ブリューナ様っ!」
いつの間にか目を覚ましていたノルンは慌ててブリューナの元へ駆け寄る。ブリューナは朦朧とした意識の中でノルンに微笑みかける。
「お前は、ノルン、か。 よく、ぞ生きて……この者たちは?」
「味方、のような者です」
ブリューナは穏やかな表情でノルンの頭を撫でた。ブリューナは上空でうごめくフレジェの群れをしばし見つめ、ふと悲しげな表情で問いかける。
「息子は、ゼィノンは、あの、中に居るのか?」
シオンはその言葉に思わず体を強張らせる。ヴァンスはフレジェがこれ以上近づけないように結界を張りアスタロトから目を離さなかった。
「いいえブリューナ様。 あの中にゼィノン、様は居ません」
ノルンのその言葉にシオンは驚いてノルンを振り返る。
「ゼィノンは生きて、いますから」
一瞬シオンとノルンの目が合う。
「そぅか、生、きて……」
その言葉に安心したのかブリューナの手はノルンの頭の上から滑り落ちる。そんな三人のやり取りを背中に受け、ヴァンスは悲しげに微笑んでいた。
ピシッ……ピキキ……パキィィンッ
グラスが弾けるような軽い音と共にシオンとヴァンスが身に着けていた水晶の腕輪が粉々に砕け散る。
「なにっ! ぐっ、ぁっああああああっ!」
「ぅっ、うぅ、ぁっ、ぅぐぅっ」
開放された力はたちまち暴走を始める。ヴァンスが張っていた結界は砕け無数のフレジェたちが雪崩込む。
「……丁度いい、最近大人しくしてて暴れたりなかったんだ、派手に行くぞっ!」
そう言うとノルンは呪文を唱え、フレジェたちをなぎ払う。
「はぁっ、しつこい男は嫌われるよっ!」
グゥオォォォォッ
ノルンの目前まで迫ったフレジェは蒼黒い炎に巻かれて焼け落ちる。
「はっぁ、無、事?」
ヴァンスは何とか力を押さえ込み、荒く呼吸を繰り返しながらもノルンの傍に寄りフレジェを焼き払う。するとノルンはある異変に気が付いてヴァンスを見る。
「……たい、した、事、無い」
暴走した力がヴァンスの左腕を浸食してドス黒く魔物のように変化していた。魔法を使ったせいなのか皮膚が焼きただれ血が滴っていた。あまりにも痛々しい姿にノルンは思わず顔を歪めてそっと手をかざす。
ゴォオオオオオオンッ
大きな地響きに二人が振り返るとそこには魔物と化したシオンの姿があった。
「ぅっ……ぁ、アァッ、グッ」
シオンは暴走する力に支配され、自我を失いかけていた。
「シオ、ン」
アスタロトはシオンの巻き起こした魔力の渦に呑まれて姿を消した。それでもシオンの力の暴走は止まらない。シオンはヴァンスを見て一瞬動きを止める。
「ァガァッ、ヴァ、ン、ス! グガァッァア゛ア゛アア」
「……分かった」
ヴァンスは剣に蒼黒い炎をまとわせる。
『私たちは、このままで良いのだろうか?』
(……その問いにはこれから答えを出す)
ザァンッ
「……ゼィノンっ!」
ノルンの悲痛な声が響く。ヴァンスはシオンに縋り付くノルンを黙って見つめていた。
「……ヮタ、シハ、ゼィ、ノン、デハ、ナイ」
シオンは魔物と化した自分の腕を見つめながら悲しげに呟く。
「ゼィ、ノンハ、死ンダ」
ノルンの頬を雫が伝う。それがシオンの頬に落ちると邪悪な力は消え元の姿に戻る。すると今までの無理な戦いが祟ったのかシオンの体は灰になって崩れ落ちていく。シオンは消えかけている手を伸ばしノルンの頬を伝う雫に優しく触れる。
(……私は、またノルンを悲しませてしまったんだな)
先ほどまでの激しい戦いが幻であったかのように辺りは静寂に支配される。
天空を覆っていたフレジェたちも、光の神々の王ブリューナも、闇の神々の王アスタロトも、マリオネットのロベリアも、魔道生物のシオンも全てが世界に溶け込んで逝った。この世界に生き残っているのはノルンとヴァンスの二人だけ。そして足元に広がるのは裂けた大地と歪んだ空間。死の大地。これが戦争の成れの果て。
「……なん、で?」
ノ ルンは涙を流し震えている。
「私たちはっ、なんのために、戦って?」
ゴゴゴゴゴゴゴッ
突然大きな揺れに襲われ、ヴァンスは慌ててノルンを抱かかえて上空へ逃れる。
「っ! はっ、ぁ」
ヴァンスは激しい痛みに耐えながらノルンを離すまいと腕に力をこめる。
生命の存在しなくなった世界は自らの意思で終焉を導いていた。焼け落ちた魔城も、壊れ果てた聖殿も、おびただしい数の遺体も、裂けた大地も、焼けた森も、悲しい歴史も、幸福であった日々さえも全てが飲み込まれて消えようとしていた。この大地と共に。
「ダメ、消さないで! 私たちが、生きた証を、この世界で生きて来た大切な想いを、消さないでっ!」
するとノルンの体が光り輝きヴァンスの腕をすり抜けてふわりと宙に浮く。ノルンの背中には翡翠色の美しい翼を羽があった。
「消させない。 私が守ってみせるから」
ノルンはヴァンスを振り返り悲しげに微笑む。
「ヴァンス」
まるで最期の言葉を交わすかのように美しく悲しい笑顔。
「……止め、ても、無駄、なんだな?」
ノルンはヴァンスの瞳を見つめて小さく頷く。
「力を貸して。 この世界を私たちの生きた証を守るためにっ!」
ヴァンスは少し悲しげに微笑み目を瞑る。残っていた全ての力をノルンに託す。強大な力がノルンの体へと流れ込む。ノルンはヴァンスの魔物と化した左腕をやさしく覆いヴァンスの体の傷を癒した。二人は翡翠色の光に包まれ、次第に大地をもやさしく包み込む。
「ありがとう。 ヴァンス」
長い夜が明ける。ヴァンスは焼け爛れた大地を踏みしめる。空は雲ひとつ無い青空。この大地に残ったのは、たった一つの希望。それはすぐに消えてしまいそうなほど弱くささやかな希望。この荒れ果てた世界に生まれた唯一の生命。
やさしい雫が降り注ぐ。大地に根付く希望と同じ、翡翠色の雫が。
「……これで、良い、んだ、な」
――穏やかな昼下がり。噂好きの妖精たちは口々に囁く。
「ねぇ知ってる? この歌」
「あぁ、月の樹雨?」
「そっ、何でも大樹の精霊ノルン様の歌らしいわよ♪」
妖精たちは木漏れ日の中で得意げに舞い踊り、何処かへと消えてゆく。大樹の根元にはもう誰も居ない。ただ翡翠色の剣だけが木漏れ日の光を反射して輝き続けている。大地に根を張る大樹はこれからも優しい調べを奏で続ける。
――この世界の始まりと終わりの歌を。
貴女がくれた最期の言葉は
今もこの場所に咲き続けている。
翡翠の雫が大地に染み
命の息吹を大地に刻む。
美しいこの世界の全てに貴女を感じる。
貴方はここに居るんだな?
消えることのない想いを胸に
時を刻む針に触れた。
もう二度と「哀しまない」と決めたから
折れた翼を癒して行こう。
再び出会えると信じて……。
精霊の歌が終わり森は再び静けさに包まれた。木漏れ日の中から小さな生き物がゆっくりと顔を見せる。それは翡翠色に輝く狐。翡翠色の狐は二本の尾を揺らし、日の光を浴びながら不思議そうな表情で大樹と剣を見つめている。すると大樹の周りも深い霧に覆われて大樹の葉から大粒の雫が落ちる。それが狐の鼻先で弾けると狐は高い声を上げて跳ね上がり霧の中を走り抜け森を後にする。
お疲れ様です。
ココまで読んでいただいて本当にありがとうございます。
こうして読み返してみると処女作から敷居を上げて望み
その結果、自爆した感が担えません。
特に主人公を二人にしたのが悪かったですね、台詞や表情、感情の変化など
各所に紛らわしい状況が生まれていて何とも……。
さて
これにて本編は書きあがりました。
次回お目見えする時はぜひ【番外編】でお会いしたいものです。




