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余命数時間でも妻が好き


 脈を打ったら画面に波ができる。自分の脈動は素直で、妻の裸を思い出すと、心電図に荒波が起こる。セミが窓にぶつかると鋭く波が尖る。


 妻帯者になって二ヶ月、仕事を始めて二年。二十四歳で死ぬなんて予想外だったが、それなりにいい人生だったから後悔はあまり無い。


 すい臓ガンが発覚して入院して余命宣告までの流れは早かった。妻が困惑する間に、俺の腕に何本ものモルヒネを投与され、病院のベッドの上で最初で最後のバカンスをすることになった。


 バカンスといっても俺がすることはリゾート地に出向いてパラソルを立てて海を眺めるようなものではない。余生をテレビを見るだけに使うのは人生の薄さを感じそうだし、なら何かに挑戦してみようと思った。


 心電図を見てコレだ!!と思った。この線でハートを作ろう!!!!


 それから俺は海の代わりに心電図を眺め、さざ波の代わりに心電図に波を起こした。ただ一心に妻に愛を伝えるために。最後のサプライズのために。俺は死ぬ気で頑張った。もう時間がなかった。


 心臓の膨張を必死に操り、ついに俺は心電図の波でハートを作ることに成功した。妻が俺のベットのかたわらで寝ていた。毛布があるのに暖かさも冷たさも分からなかった。自分の細胞が分裂をやめて、死ぬことを受け入れているみたいだった。



 翌朝、自分は今日死ぬんだと気づいた。プログラムされた自分の脳幹あたりから「お前は今日死ぬぞ」と宣告された気がした。


 朝食を食えずに十一時になった。というか体感一分くらいだったのに、時計を見たら一時間経っていた。生きるための信号を切ると同時に思考する領域まで止まったのだろうか。諦めてしまうと途端に脳がスポンジ状になった感覚がある。


 俺はそばで座る妻に話しかけた。そして心電図でハートを作る準備をした。


「……なあ、俺、人生悪くなかったよ」


「え、何、どうしたの?」


「それなりに幸せだったから、今死んでも俺はいいの」


「死ぬなんて言わないで。昨日も大丈夫だったでしょ。今日も大丈夫」


「心残りはやっぱ同僚と、家族と、お前だなあ」


「ちょっと? ね、大丈夫だから。死なないよ。お願い。大丈夫だから」


 妻がナースコールのベルを鳴らした。すぐさま看護婦がやってきた。


「俺さ、最後に言いたいことあるんだ」


 俺は息を吸った。愛してる。そう伝えたい。ただ君だけを愛していたと心から伝えたい。俺は脈動を上下させて心電図を操作した。綺麗なハートの曲線が伸びかけた。


「愛してrゲホッゴホッ!!」


 俺はむせた。


 むせた直後、びっくりするほど気が遠くなった。最悪なことにハートは作れなかった。波が少し上がっただけだった。そして死ぬんだと確信した。


 ああ、やっぱさあ、死にたくない……


 てか、やべホントにこんなダサい死に方したくないってヤダヤダ「愛してる」くらい言わせてああやっぱせめて還暦迎えて天国いきたいなあって今更言ってもダサ過ぎるよねでもこんなのないってヤば


『ピーーー』


「奥様。残念ですが……ご臨終です」


「嘘……」


 俺も嘘であってほしかっ


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