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教会にて

翌日、僕は教会へ向かった。


朝、見上げた光景が空ではなく木の天井だったということに妙な感覚を覚えながら、僕は母の朝食を食べ、遊んでくると言いながら家を出た。


村を歩いている途中、やはり懐かしい風景に少し心を高鳴らせながら、僕は段々と静かな道へと進む。


村の教会は村の中心にある。白い石造りの壁にはところどころ深い亀裂があり、結構な歴史を持っているように見える。村の大人たちによれば、昔から村の人間と共にあったそうだ。 


僕が教会に入ったことがあるのは指で数えるほどだ。再びこうして訪れるのは、成人の日に祈りを捧げたとき以来だ。


重い扉を力任せに開けて中に入ると、一列ずつに並んだ長椅子の先に、1つの影──老齢の聖職者が、静かに祈りを捧げていた。


「……すみません」


気づいてはいるはずだが、一応断りを入れる。僕の声に反応するように、老人が振り返った。


「…ああ、ユアル。どうした?祈りに来たのか?」


老人は僕が何者かを知っていた。そして僕がここにいることに驚いている様子もない。


僕はこの老人に会ったことを覚えていないが、こうして老人が僕を知っているということは、小さい頃に関わりがあったのだろう。


だがそれ以前に、この村の人たちは僕が勇者だということを知っている。


それは誰もが神託の知らせを知っているからだ。


そして今、その神託という謎めいた事柄について、僕は知る必要がある。


「神託について、教えてほしいんです」


突然の要求に、聖職者は驚いた顔をした。


「神託について?急にどうした。」


僕を見つめる老人の瞳は、少し険しくなったように感じた。


警戒されるのも無理はない。

教会という一般人が好き勝手できないような神聖な場所で、今の僕のようなまだ幼い子供が、神の意向である神託について尋ねてきたのだ。


だが僕は勇者だ。神託を受けた身として、知る権利があるはずだ。


「……知りたいんです。なぜ、僕が選ばれたのか」


老人は険しい表情を少し綻ばせて、ため息をついた。


「それは、神のみぞ知ることだ」


誤魔化すのか。だが無理もない。


「でも、石があるんですよね?神託の石」


僕の言葉に老人は目を見開いた。


そう、教会にはある特別な装置がある。


神託を受け取る結晶、神託の石。


神に選ばれた人間はこの石によって人々に認知される。だがその石はその儀式のみに使われ、教会が厳重に保管しているはずだ。


「……ああ。お前が赤子の時、石が反応した。だからお前が勇者だと分かった」


「その石、見せてもらえませんか?」


しかし思った通り、聖職者は困った顔をする。


「石は神聖なものだ。気安く触れられるものではない」


「触るわけじゃありません。一度見せてもらいたいだけです。それに僕は勇者です。勇者なら、見る権利があるんじゃないですか?」


しばらく沈黙があった。


僕は相変わらず、視線を一切そらすことなく老人の目をじっと見つめる。それはもう穴が開いてしまいそうなほどに。


その熱意を感じ取ったのか、やがて老人は小さく頷いた。


「……分かった。少し待っていなさい。だがこのことは、あなたの人生で二度も無い貴重な機会だということを肝に銘じるように。」


僕はその言葉に頷く。

その様子を確認した後、老人は奥へと消えた。


しばらくして、小さくて透明な箱を持って戻ってくる。


「これは、大聖堂の神託の石に連動した、小さな石だ。が、本物から削り取った一部に過ぎない。本物を無闇矢鱈に触れさせてしまえば、何が起こるか分からないからな。しかし、一部とはいえ神からのお告げを受ける貴重な聖物だ。本物ほどの力はないが、勇者を見分けることはできる。ガラス越しだが、許してくれ。」


少しも申し訳なさを感じられない淡々とした説明に、僕は少し怪訝に思いながら、箱の中身を覗いてみる。


箱の中には、爪の先ほどの小さな欠片。


「本来、神託の石は誰も触れることを許されない。王や大神官ですら、箱越しにしか扱わない。このサンプルも同じだ」


勿体ぶっておきながら結局騙したようなものでは、なんて思いつつも、僕はその欠片をじっくりと観察する。

何も言われなければ、透明で、きれいな水晶の粒のようだと感じる。


「近づいてみなさい」


言われた通り、僕は箱に近づいた。


そして、石が淡白く光り始めた。


「……触れてもいないのに」


「勇者の力は、それほどに強いのだ」


僕が手を箱に近づけると、光はさらに強くなる。


「やはり。お前は間違いなく、勇者だ」


その光が、まるで僕を縛る鎖のように感じられた。


「この石は、どうやって勇者を見つけるんですか?」


「勇者には、特別な力が宿る。石はその力に反応するのだ」


「その力は、どこから来るんですか?なぜ僕に?」


「……それは、私にも分からない」


老人は申し訳なさそうに言った。


「大聖堂なら、もっと詳しいことが分かるかもしれない。だが——」


「だが?」


「大聖堂は王都にある。子供が一人で行ける場所ではない」


僕は欠片を見つめた。


光り続ける、小さな欠片。


これが、僕を勇者にした証。


「……ありがとうございました」


教会を出る。


結局、何も分からなかった。


でも、一つだけ確信した。


——このまま何もしなければ、また同じことが起きる。


王都へ行こう。大聖堂へ。


聞けば、大聖堂には神託に関する古い書物が納められているという。

この教会は大量の歴史物を収納するには小さいし、そんな重要な財産をこんな辺鄙な村の教会に預けて管理させるとは思えない。


いずれにせよ神託について詳しく知るには、王都にある大聖堂を訪ねる必要があったのだ。


しかし、ここでも問題がある。

その書物を見させてもらえるかどうかという問題以前に、そもそも大聖堂に入れさせてもらえるかといった問題だ。


だがこれにも僕には考えがある。聖職者の老人は、僕がまだ子供だから一人で王都に向かうことは難しいと言ったが、この後この国の王が僕に勇者としての訓練を義務づけるために、王都から僕を迎える使者を送るのだ。

その際に、僕はなんの問題もなく王都に向かうことができる。そして、王が僕に勇者としての人生を強いる対価として、一つだけ願望を聞き届けてくれるのだ。


かつて僕は、魔王ほどの強敵に立ち向かえる最高の武器と防具を望んだ。


魔王は強い。

少しでも有利に戦うために、良い装備が必要だと思った。


王は頷いた。


「分かった。国宝である聖剣を授けよう」


僕は喜んだ。


しかし———


知っての通り、魔王の前ではどんな武器も意味がなかった。


聖剣も、防具も、全て無力だった。


今度は違う。

今度は、大聖堂への許可を願おう。


神託の真実を知り、今度こそ全員で生き残るために。

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