帰宅
ドアを開けると、そこには——
「あ、アル!おかえり!」
懐かしい顔が2つ。
母と、ノアがいた。
「ノア!」
思わず大きな声が出た。
生きている。
笑っている。
血も流していない。
小さくてまだ幼いノアは、少しびっくりした顔で、
「どうしたの?そんな大きな声で」
と、首を傾げた。
母も心配そうにこちらを見ている。
「あ……いや、その……」
言葉が出てこない。
信じられなくて、抱きしめて確かめたいくらい、彼女の存在は儚いもののように目に映る。でも、そんなことはできない。
「ごめん、ちょっと驚いただけ」
ノアはきょとんとしながらも、
「変なアル」
と笑った。
その笑顔が、眩しくて、やっぱりこの状況が信じられなかった。
玄関から足を運ぶと、そこにはいつかの家の匂いや、懐かしい間取りが広がっていて、それらは動揺していた僕を少し落ち着かせた。
そして視線を奥の方に向ければ、泣きそうになるくらい再開を望んでいた顔が2つ。
僕は2人のいるリビングのテーブルまで近づき、椅子に腰掛ける。母が淹れてくれたお茶を飲みながら、しばらく何を話そうかと悩み、そして口を開く。
「聞いて、あのさ——」
言いかけて、はっとする。
母がいる。
あくまで母は僕の旅を無事に終わることを待ち、一人でこの村でひっそりと暮らしていたはずだ。こんな話を聞かせたら余計な心配を招くかもしれない。
できるだけ二人きりで話した方がいいはずだ。
「……どうしたの、アル?」
ノアが不思議そうに見てくる。
「あ、えっと……ノア」
僕は小声で言った。
「二人で、話したいことがあるんだ」
ノアは一瞬、なぜか顔を赤くした。
「な、何よ。急に」
「お願い」
僕の真剣な顔を見て、少し困惑した顔でノアは頷いた。
何かを感じ取ったのか、母が気を利かせるように、
「じゃあ、私は買い物に行ってくるわね」
と席を外した。
母が出て行くドアの音。
偶然なのか、気を使われたのか…どっちにしろ、ありがたい事に二人きりになれた。
これでようやく心置きなくあのことを話せる。
「ノア、聞いて」
僕は深呼吸して、話し始めた。
「僕たち、これから勇者の旅に出る」
「……うん。知ってるよ」
僕たち、という言葉に少し反応しながらも、ノアはそれが当たり前のことのように答えた。
「そして、旅の途中で仲間ができる。斥候と、大男と、王宮魔術師。」
「……?」
ノアの顔に、困惑が浮かぶ。当たり前だ。でも話さなきゃ未来は変えられない。
「そして僕たちは、魔王城まで辿り着く。でも…」
「アル……?」
「そこで——」
僕の声が震える。
「僕たち、全員死ぬんだ」
沈黙。
ノアは、僕をじっと見ている。
「魔王は、圧倒的に強かった。みんな、僕の目の前で——」
「アル」
ノアが僕の言葉を遮り、僕の手を握った。
「夢、見たの?」
「違う、これは——」
「悪い夢だったんだね」
ノアの声は、優しかった。
「アル、疲れてるよ。少し休んだ方がいい」
「違うんだ、これは夢じゃなくて——」
でも、必死に説明しようとすればするほど、ノアの目には心配の色が濃くなっていく。
そして——少し、怖がっているようにも見えた。僕を見つめる目が、不安そうに揺れるのが分かった。
「アル……本当に、大丈夫?」
それでも、変わらずこちらを心配してくれる眼差しを見ていると、申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
結局、ノアに事の重大さを理解させることもできないまま、帰すことになった。
ノアが帰った後、僕は一人部屋にいた。
信じてもらえなかった。
当たり前だ。
まだ起きてもいないことを、どうやって信じろと言うんだ。
でも——このままじゃ、また同じことが起きる。起こってしまう。
「神託……」
小さく呟く。
すべての始まりは、神託だ。
神託が下るから、勇者が選ばれる。
勇者が選ばれるから、旅に出る。
旅に出るから、死ぬ。
なぜ、神託は下るんだ?
止める方法は——ないのか?
翌日、僕は神託が降りてくる場所──教会へ向かうことにした。そこに、望んだ真実が無いとしても、まずは一人で行動に出るべきだ。




