はじまり2
僕の父は、勇者だったらしい。
仲間と長い旅の途中、添い遂げ、僕を生んだらしい。だが、赤ん坊の僕は旅には連れていけないからと、魔王討伐の旅から抜けた妻と知り合いに預けて、そのまま魔王の方へと向かっていったらしい。
もちろん、僕の父はもう居ない。
だってその数日後に、まだ小さい僕に、『勇者』の神託が下ったのだから。
「・・・・・・へっ」
目の前の少年のなりをした魔王を見上げる。
きっと僕は過去最大の間抜け顔をしていたことだろう。しかし、この耳がおかしくなかったとしたら、この反応は仕方がないと思う。
そして魔王はそんな僕に気にすることもなく、実に嬉しそうに、
「実は、手伝ってほしかったんだよね。」
そう言った。
緊迫した空気はそのままだが、この『勇者』の墓場と言われている魔王のすみかで、死地とも言い難い場の雰囲気が漂い始めている。
魔王は、幼い少年のように軽い足取りで僕の横を歩いていく。
これも、この魔王の”遊び”なのだろうか?
よく分からない。
ただ、その場の不安定さとあべこべさが、とても奇妙で気持ちが悪かった。
「そんな顔をしないでよ」
突然、うつむいていた僕の目の前に魔王の顔が現れ、僕は悲鳴をあげて思わず後ずさる。魔王はニコニコしながら先程の話を続ける。
「この魔王の城に、手紙が届いたんだけど、それが私宛ではなかったんだ。」
「・・・手紙・・・?」
それがどうしたのか、どう自分の今の状況につながるのか、訳が分からずに僕は魔王の言葉を聞き続ける。
「内容は詳しくは教えてあげられないけどね。しかしこの手紙には勇者と魔王についてのことが記されていた。君と私に関係があることなんだよ。」
どこから取り出したのか⸺いつの間にか魔王の手には一枚の紙があった。
「そこで私は思ったんだよ、魔王と勇者の争い、そういえばなんの意味があるのかってね?」
「・・・・・・」
君も思ってるんでしょ??と言わんばかりに、魔王は僕を見てくる。僕の顔ではなく、心の奥底を覗き込むかのように。
「今まで、魔王と勇者のお遊びは長く続いてきた。でもここまで長い年月続いているのはおかしいと思わない?」
きっと、ここで言う魔王の「おかしい」とは、狂ってるというより、面白いの方なんだろうと僕は思った。
そうだ。確かに、この戦いには意味がない。僕たちが争う必要性を感じない。
理由は単純。
この世界が人の世としてすでに平和だからだ。
もともと、勇者は人々を魔王という力の脅威から守るために神から選ばれる、とても特別な存在である。
しかし、人々の敵とされている魔王を含めた”魔物”は、人と違い、存在するためにこの世界で必要とするものが無く、何もしなければ人々に害はないし襲う理由もあまりない。そして魔王は”魔物”の統率者でもあり、むしろ倒してしまうと”魔物”からの被害が出る可能性が大きくなる。
この戦いは、ただ、勇者とその仲間が殺されるだけの、観客の居ない『殺戮ショー』。
『神託』が下ることで『勇者』が選ばれる。そして死ねば次の『神託』が下される。『勇者』は永遠に生み出される。
そして必ず⸺⸺魔王に殺されるのだ。
なぜか?それはこの世界において『神託』は絶対だからだ。
「私は別にこういうのは好きだから放って置いてもいいんだけどね。これは君のためになるかもしれないんだ。」
何を言っているんだ?僕のため・・・・・・?散々仲間も殺しておいて・・・・・・?
意味が、分からない。
僕は怒りとも憎しみとも言えないどろどろした感情で魔王を睨みつける。
「そんなに殺気立たなくていいよ。で、君にやってもらいたいことがあるんだよね。・・・・・・やってくれるよね?やってほしい。」
そう言って魔王は僕の手を掴む。先程、敵同士として睨み合っていたとは到底思えないほどの距離感だ。いや、敵ではあるんだが。
「君ならできると思うんだ。この私達の⸺⸺魔王と勇者の因果を断ち切ることが。」
「・・・・・・、は?」
僕は思わず魔王の手を払いのける。僕に気にせず魔王は続ける。
「端的に言うと、君に過去に戻ってもらう。ああ、気にしないで。全てこちらで準備するから。」
何もしないまま、話が進んでいく。このままではまずい、と僕は悟った。
「ま、待って、待てよっっ!何をする気なんだ?そもそも僕たちは協力する仲ではないですよね??なんで、僕が?」
「いや、これは君にとっても、いいことなんだよ?むしろ、断ったら先ほどの選択肢に戻ると考えてね。私がお願いしているのは、君に過去に戻ってもらって君が魔王と争う運命を失くす旅をしてほしい。ということなんだ。そうしてくれると私も君も助かる。ほら、とってもいい提案でしょう?」
なんだそれ。なんだそれ。
突然言われても分かるわけない。
普通に考えたら、そんな魔王からの提案なんてものに乗っかるなんてありえない。
だがもう仲間も死んだ。自分の大切なものも多く失った。残るのは、僕たちを送り出した小さな故郷だけ。他に何も無い。
これ以上、僕にできることはあるだろうか?ぶっちゃけ、『神託』に生かされたような僕は必要とされていないのだ、あの街に、この世界に。
ならば、求められるまま、この魔王の提案に乗っかるほうがいいのかもしれない。
しばらくして、僕は魔王の手を取った。
こうして、長い長い旅が始まる。