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DRAGON BREAK  作者: グラニュー糖*
9/10

DRAGON BREAK 9

 ついに別れの時がやってきた。

 いつものあの砂の色をしたマントを羽織ったオレは、客室でカリビアが床に魔法陣を書き終わるのを待っていた。


 オレが軍に入った時より、見るからに人数が減っていた。あれだけ「部屋が足りない!」と騒いで、ベッドを二段ベッドにしていたのに、そのベッドにも空きが見受けられるようになっていた。


 カリビア曰く、『そろそろ決戦が近い。お前を巻き込むわけにはいかない。だからすまない、近々ここを出てもらう。』……とのことだった。


 覚悟はしていたけど、別れはやはり寂しいものだ。

 だって、みんなとの楽しかった記憶が消えるんだよ?軍人として戦って死んだ場合しか記憶を持っていくことができないなんて、間違ってる。


 ……だからこそ、戦って死にたがるのだろうか?違うだろう?でも、戦いに終わりは見えない。人間界の人間たちが愚かである限り、魔王軍の戦いは終わらない。つまり、人間が滅ばないとオレたちは武器を置くことができないのだ。


 でも人間を恨むことはしない。人間を恨んでしまうと、シャレットをも否定することになるからだ。そんなのは嫌だ。

 ……シャレットは『人間』ではなく『人類』だと話していた。だから違うの?ううん、わかんないや。


 あの3人はカリビアの心遣いか、記憶の消去に立ち会うことはなかった。いるかもしれないけど、あの日のように、ミゲルが『彼方の神』を召喚した時のように鍵をかけているのかもしれない。


 ──ごめん、最後まで残れなかったよ。


 心の中でシャレットに謝罪する。


 ──ごめん、結局マグラ・オルテナについて深くは調べられなかったよ。


 心の中でグドーに謝罪する。


 ──ごめん、ドラゴンソウルは使いこなせなかった。これからも覚えてたら訓練を続けるよ。


 心の中でアスターに謝罪する。


 ──ごめん、そこまで追い込まれていたなんて。話を聞いてもらってばっかで、助けることはできなかった。誰も追い込むことがないように努力するから、空から見ててね……。


 心の中でミゲルに祈る。


 自然と涙が溢れてきた。目の前のカリビアの姿が滲む。カリビアはオレが心の整理をつけるまで待ってくれた。


「……オレもお前がいなくなるのは寂しいよ。覚えててくれたら、問題でも何でも起こしていいから。その時はオレたちが会いに行く」

「起こさないように鍛えてたのに、それじゃあ意味がないよ」

「でもここを出て練習を重ねているうちに暴走するかもしれないだろう?」

「あ……。ありそうで怖いからやめて」

「ははは!」


 わかってるのか、この人は!


「バルディ、少しは元気が出たみたいだな」

「本当にほんの少しだけどね」

「上々だ」


 カリビアは『カリビア』として笑った。

 今までみたいに『副隊長』ではなく、『カリビア』という男として。


「……最後に、いいか?」

「ん?……うん。いいよ」


 カリビアは、あの日のように抱きついた。


「……ああ……。……たまに寂しくなるんだ。この場所が、自分がいていい場所なのかがわからなくなるんだ」

「副隊長は強いからいていいんだよ」

「そうじゃないんだ。この世界の住人じゃないような、フワフワと浮かんでしまいそうで……。……はは、何言ってんだろうなぁ……」


 カリビアの肩は震えていた。彼の身長は全く変わっておらず、オレだけが成長していたことに驚いた。しかし口には出さなかった。


「怖いんだよ。体だけではなく、オレの記憶も魂もすり減って、みんなのことを忘れるのが。ヒトがヒトでなくなるのが。だからこうして、自分がここにいるってことを感じていたんだ。……突然でごめんな、バルディ……」

「………………」

「ミゲルじゃなくてオレを連れて行ってほしかったな。そう思うことがある。死神が怖い。怖いんだ。魂を覗かれて、真実を暴かれるのが。知りたくない。知りたくないんだ…………」


 手の力を強くされ、少し我慢する。


「………………ごめん。最後にこんなこと。……はは、どうせ忘れるんだし、許してくれ」


 そう言ってカリビアはオレから離れた。


「いいよ。覚えてたら……死神から離れることにする」

「ああ、そうしてくれ。……準備はいいか?」

「大丈夫だよ。副隊長」


 オレは魔法陣のど真ん中に立った。


「……ありがとうございました、カリビア副隊長!!」


 頭を下げる。

 カリビアはゆっくりと頷き、魔導書を見ながら詠唱を始めた。


 そこからの記憶はない。気がついたら魔王城の門の前にある椅子に座らされていた。


 __________


「……いいぞ、入ってこい」


 副隊長の声が聞こえたのでガチャ、と扉を開ける。


 本当は鍵はかかっていないし、2人の会話は全部聞こえていたし、なんならアスターなんて泣いてたし。いつでも入ることはできた。バルディに最後の挨拶をすることもできた。


 でも、しなかった。


 城門まで俺たちが送り届けるのを条件に、訓練をサボってここにいることを許されたんだ。問題児と名高い俺たちでも、これだけは守った。


「失礼します」

「あー……やっぱみんな寝るんだな」

「………………」


 床で眠るバルディの体を起こし、シャレットとできるだけ揺らさないように持ち上げた。俺は左、シャレットは右だ。ドラゴンソウルの手が少し痛いが何とかなるだろう。


 ……オルテナ。バルディと引き合わせてくれたことは感謝するが、それ以外は許さない。お前を見つけた暁には最大級の罰を与え、永遠に苦しんでもらう……!

 バルディのおかげで見つけたお前の痕跡……しっかり活用させてもらうぞ。


 とにかく今はバルディだ。記憶……つまり脳から無理矢理情報を抜き取るものだ。下手すりゃ後遺症だってありえる……。


「脳に傷がついている可能性があるからな。あまり揺らすんじゃないぞ」

「大丈夫なのか?この記憶を消す魔法……」

「人体に影響がある魔法はあまり良しとされていない。魔法全部が生活系魔法だといいんだけどな」


 軽いジョークを口に出すも、内心泣きそうだった。『人類』が泣くのは問題だが、俺たち魔族や普通の人間、悪魔が泣くのは問題ない。つまり、俺はずっとシャレットを泣かせないようにしないといけないんだ。だから、こんなことで泣かせるわけにはいかない。本当はここに連れて来たくなかったが、どうしてもと言うので仕方なく連れてきたのだ。


「副隊長、起きるとかはないんすか?」

「無い。これは時間で決まっているからな。……おい、ずっと置いとくとか考えるんじゃないぞ」

「あはは……そんなわけないじゃないですか〜」

「声が小さいぞ」


 俺もそうしたいのは山々だが、これは決まりだ。……アスターは無理そうだな。そうだもんな、俺たちの中で一番長く一緒にいたもんな……。


 それより気になることがある。

 副隊長の秘密についてだ。


 ずっと思っていたんだ。


 もしかして、副隊長は一度死んだんじゃないかと。


 それがさっきの会話で確実なものとなった。副隊長は死んで、何者かに魂を消費しながら生かされているのだと。

 元より魂というのは生まれてから死ぬまで新品同様だ。それがこんなにボロボロになって……。あと何年生きていられるのかもわからないほどだ。まさに、『運』を奪われてもなお生きていたミゲルのように、『なぜ生きているのかがわからない状態』だ。


 なぜそんなことがわかるのかって?

 俺は魔王だぞ。それに、長い間いろいろなものを勉強してきた。生命についてもミゲルの妹の病気をどうやって治すのかを調べているときにたくさん調べた。この魔界にはこの魔界の面白い決まりごとがあって、それを見ていくうちに魂についての事柄に辿り着いた。だから、目の前の『ゾンビ』の状態も見抜けるのだ。


 ……ま、『ゾンビ』でもそうでなくても、目の前にいるのは大事な大事な『副隊長』なんだけどな。


「そろそろ移動しよう、シャレット」

「……わかった……」

「場所はわかるな?」

「はい。……ゆっくり。ゆっくりな」

「…………あぁ……」


 1歩ずつ部屋の外に向かう。いつもは1階なのだが、3階にしたのは少しでも長くいられるようにとの気遣いなのだろうか。……そのぶん揺れには気をつけねばならないが。


「ぐす……ぐす……」

「アスター。つらいのはわかる。オレもつらいんだ。いつもバルディを鍛えてくれてありがとうな。ここは笑顔で門出を祝ってやろう。な?」

「はい…………」


 後ろで副隊長とアスターが話している。アスターに任せることはできなさそうだ。まずアスターより背が高くなってるしな……。俺がなんとかしないと。


「……くっ……」


 シャレットも涙腺が崩壊しそうだ。

 よくよく考えたら勇者なんだから襲われるのが普通なのか?泣いても問題ないのでは?いやいや、ダメだダメだ!人類、誰も泣かせやしない!シャレットだけでも守り切ってみせる!


「この役目を申し出たのは俺たちだろ。最後まで終わらせるんだ。いいな?」

「わかってる……わかってるんだけど……。なぁ、副隊長が言ってたよな。暴れたらオレたちで止めるって」

「言ってたな」

「その時は、バルディはオレたちのことを忘れて、襲いかかってくるのかな?」

「…………だと思う」

「……そっか……」


 根拠はある。バルディが暴走したのを目の前で見たあの日。あれは完全に敵味方の識別ができていなかった。いや、むしろ目の前にいる者全てが敵に見えていたのだろう。だから確実にイエスという答えしかなかった。


「…………なぁ、グドー」

「なんだ?」

「オレとグドー、もし戦うことになったら……オレ、罪悪感で死にそうだよ」

「……俺もだ」

「本当?」

「本当だ。俺はお前のことを親友だと思ってるからな」

「なっ……!?」


 シャレットはビックリして水色の目を見開く。そしてみるみるうちに顔が赤くなっていった。


「な、なら……強制的に戦わされるときは全力で手を抜くからな!」

「それはこっちのセリフだ。人類ごときが魔王に勝てると思うなよ」

「ああっ!言ったな!?」

「ちょ、揺れる揺れる!」


 まったく。シャレットはオーバーリアクションだからな……。


「ごめん……。……それにしても、魔法ってすこいんだな。よく眠ってるよ」

「お前も魔法を使ってみるか?」

「無理無理。人間……ましてや『魔』とこれっぽっちも触れることのない人類が魔法を使えないなんて、オレでもわかるよ」

「……もし向こうに戻って、お前が剣一本で戦うってなったら心配だから言ったんだ」

「グドー…………。そこまで言うなら、戻ったら副隊長にマジックアイテムでも作ってもらうよ」

「ああ、そうしろ」


 なんでだろうな。相手は勇者で、俺は魔王なのに。殺し合いをする間柄なのに、心配をするなんて。しかもまだシャレットには殺意が残ってて、俺はもう皆無だというのに。


 確かに『あの街』を闇に沈めたのは俺だ。そのせいで『街』は魔族に支配され、逆らう者は殺される運命になった。その中のリーダーとして仕立て上げられたのがシャレットだった。彼が旅に出る直前、俺はこの『魔界』に行くことになった。


 戦おうとやる気満々なシャレットはそのままこの世界にやってきたのだ。しかし『ここ』と『あそこ』の時間の流れは違っているようで、俺がこっちで勉強した10分は、向こうで言う6秒なのだ。


 人類も『魔法』は使えないことはないのだが、それは『秘術』と名前を変えて呼ばれている。なぜかはわからないが、おそらく使える人がごく僅かだからだろう。

 それでシャレットに俺を追いかけさせた。


 6秒だぞ、6秒。秘術には長い準備期間が必要だろう。だから俺はこの世界でミゲルという友達を作り、一緒に魔王軍に入って立場を確立させた。そして何ヶ月?何年?か経って、やっとシャレットがこの世界にやってきた。あまりの遅さに笑いそうになったが、あちらも真面目にやっているのだし、笑うのはやめた。全力で迎え撃つことにしたのだ。


『戦う』という選択肢を消すために。


 その頃、ミゲルの隣にはまだ彼の妹の姿があった。体が弱く、いつも魔王城の印が入った寝巻き姿で車椅子に座っていた。俺やミゲルより明るく、彼女が病気だということを忘れてしまいそうだった。そんな彼女の前で争いたくなかったからだ。だから、シャレットという名の刺客を仲間に引き込むことにした。


 そしてそれは成功し、現に今は一緒にふざけ、笑い合い、互いに成長する間柄までとなった。


「……もう少しでお別れか……」


 1階と2階を繋ぐ階段まで来た。後ろにアスターもついてきている。ずっと顔を伏せたままだ。


「アスター、紙袋持ってきてくれた?」

「うん。さっき部屋の前を通りかかった時に取ってきたよ」

「ありがとう」

「何の紙袋なんだ?」

「あの休みの日にバルディと2人でエメスに行ってきたんだよ。これ着て頑張ってもらおうと思って!互いに服を決めたんだぜ」

「あ……そういや持ってたな。シャレットにしてはセンスのいい服があるなと思ったら、バルディに決めてもらったんだな」

「オレにしてはってなんだよぉ!」

「ばっ……!だから揺れるって!」

「あはは、いつもの2人だ!」


 アスターが笑ってくれた。ま、これで一安心かな。


「さ。最後のひと頑張りだ。俺たちは同じ空の下の命なんだ。バルディには生きててくれるだけで、それだけでいいんだ」

「…………最近、グドーも成長してきたよな」

「え?」

「魔王らしくなったというか。王様らしくなったなって」

「急に何だよ……」


 シャレットは少し悲しそうに呟いた。

 足音と紙袋が擦れる音だけが響く。


「……決戦は近い……かもな」

「そんなこと言うな」

「わかってるんだけど……。そんな気がするんだ。オレ……疲れてるかもな」


 自嘲気味に笑うシャレット。

 ……俺だってそんな気はしていた。副隊長の表情。増えていく敵。強くなっていく敵。長くなっていく遠征。減っていく軍の人たち。効かなくなっていく魔法。最初は正直手抜きでも勝てたのに、今ではいつ死ぬかわからない戦場に立っている。


 …………戻る……準備を始めた方がいいかもな。

 悪いが副隊長、記憶は消させない。そのためにここに来たのだから。


「アスター、門を開けてくれ」

「そのつもりだよ」


 持ち方が悪いので最初からバルディの足が床で引きずられているが、室内なので問題はないだろう。問題はここからだ。


「シャレット、ここからは俺が運ぶ。背負うから手伝ってくれ」

「わかった」


 意外にも素直なシャレットに手を貸してもらい、バルディを背負うことに成功した。

 1年だけなのにこんなに成長するものなのか。正直驚いた。ドラゴンソウルって言うんだ、ドラゴンくらいまでデカく……はさすがにないか。うん、ないだろう。


「なんでこんなとこに橋があるんだよ!曲がってんじゃねぇ!」


 ブツブツ言いながら、時にその文句にシャレットが爆笑しながら門の隣にある椅子の前に到着した。お前は箸が転がっても爆笑しそうだな……!


「シャレット、手を貸してくれ」

「……あぁ……」


 シャレットと共にバルディを座らせ、忘れて行ってはいけないとのことで膝の上に紙袋を置いた。


「……最後の別れだ」

「また会えたら会おうな」

「バルディだけは生き残っててほしい。ミゲルのぶんまで……」


 シャレットは腰に手を当てて笑い、アスターは手を握ってから笑う。アスターの耳は横に寝ており、尻尾はバルディの足に向かってくっついていた。


「…………お前を苦しめたドラゴンソウルを作った奴を必ず……必ず見つけて、叩き潰す。呪いは終わらないかもしれないが……これくらいは許してくれ」


 聞こえていないだろうが、俺はマントに隠れたバルディの膝に手を当てて言った。


「グドー、物騒だな……」

「いいんじゃねーの?好きにさせてやれ」

「うん……」


 俺は立ち上がり、何も言わずに踵を返した。


「も、もういいのか!?マジでそれでいいのか!?」

「あぁ。また、会えるかもしれないんだろ?」

「それは……そうなんだけど」

「ならそれに賭けようぜ。俯くより、顔を上げろ!ってな!」


 俺はニッコリと笑う。シャレットはアスターと顔を見合わせ、同じように笑って城の方へと駆け出した。


 __________


 _____


 膝の上に何かが置いてある。

 これは……服か。そういえば今着てるタンクトップを除けばもう無かったんだっけ。

 えらく小綺麗な服だ。


 というかここって……魔王城!?やばい、またあの魔王軍にボコボコにされる!!


「と、とりあえずここから離れよう……!」


 オレは翼を広げ、飛び立つ。


 ……離れれば離れるほど、心がきゅう、と痛む。不思議と涙がこみ上げてくる。

 なんで?なんでこんな気持ちになるの?

 これは恐怖ではない。痛みでもない。

 ……心細い。なんでだろう。魔王城には、何の思い出もない……のに?


「……ぅ……うぐ……」


 ポロポロと涙がこぼれ、紙袋に当たってパタ、パタと音がした。

 どうして何もわからないんだ。なにか引っかかってもいいじゃないか。助けて。助けて。手が震えて、紙袋を落としそうになるのを必死にこらえる。これを落としたら全て終わってしまうのだと本能が告げていた。

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