DRAGON BREAK 8
………………その、後悔をするなという言葉が心に深く深く突き刺さるのは、案外早かった。
ミゲルが。
死んだ。
流れ弾に当たって、頭から血を流して、少し悲しそうだったということを、アスターから聞いた。真横にいたのに、なぜ助けることができなかったのか。それをずっと泣きながら繰り返していた。
グドーによると、ミゲルは禁忌を犯したのだという。その時ミゲル以外誰もいない、鍵がかかった図書館で『彼方の神』の召喚が行われたらしい。
シャレットは理解できなくて当然だというので、シャレットからすると本当にミゲルは『謎の死』だったそうだ。なぜなら敵は倒しきったあとだったからだ。
ミゲルは自分の寿命と運命を差し出し、彼の妹を救うことを願った。運命……つまり、運が無くなった彼は、いつ死んでもおかしくなかったという。召喚と死の間が1日2日ではなかったのは、単に本人と周りが強すぎて『不幸』が訪れなかったからだという。
それから、グドー、シャレット、アスターの3人だけになった。
遠征から帰ってきて、ミゲルの姿が無くてとても驚いたが……彼らはわかっていたというように、ミゲルを2、3日弔ったあとはいつもの3人に戻っていた。カリビアにも『軍人にはよくあることだ。バルディ、お前もこの機会に覚えておくといい……。』……って言われてしまった。
一体ミゲルは何を召喚したのだろう。
一体グドーは何を感じたのだろう。
なぜ人間であるシャレットは理解ができなかったのだろう。
謎は深まるばかりだ。でも、悩んでいても仕方がない。
ミゲルは戦い、そして死んだ。
その現実からは逃れられない。
幸いミゲルに教わっていた生活系魔法は肌に合っていたのかよく使えた。
最初に練習した『物を浮かす魔法』。あとから教わった『物を瞬間移動させる魔法』。あとはその他いろいろ。
初めの方は『あっちからこっち』だったのが、見えない場所に動かすという上級なものまで教えてもらった。最終テストとして置いてあるトランプを1枚ずつ移動させるというものをやったのだが、どんな訓練より苦行だった。
…………外に出たら、ミゲルのことも忘れちゃうのかな。
「……あ、いたいた」
「シャレット!……その服……」
オレが城門でアスターを見送っていたとき、後ろから声がした。シャレットだ。
シャレットはいつもと違う服に身を包んでいた。たまに休みがあるのだが、その時は記憶を消さずに外に出られるのだ。みんなお揃いの軍服ではなく、それぞれの私服で休みを満喫する。
……シャレットにしては似合わない服を着ていた。
「あー、これ?オレってさ、服に関しては無頓着で。グドーに『ダサい!!』って怒られたから全身コーデしてもらったんだよ。……似合ってるか?」
「………………んふふふふ……」
「お、おいっ!?顔をそむけるなって!手伝い人としての決まりを忘れたかっ!?」
白いニットセーターと青いシャツ。今は襟は立っていないようだ。首元にはおそらく伊達であろう眼鏡がかけられており、黒いズボンを履いている。いつも騒ぎ立てているシャレットとは全く違う、大人しそうな服装だった。
……グドーが決めたんだよね、これ?
「だって……ぷぷっ」
「……これはな、グドーがいつも着せられてた服装なんだって。今はクールな感じのを着ているけど、魔王としてのグドーはこんな落ち着いた服を着なさいってよく言われてたらしい」
「誰に?」
「さぁ?親じゃねーの?」
「ふぅん……」
親……かぁ。
服装にはその人の性格が出る。グドーが怖そうな人に見えて、実は友達に優しい兄貴的存在だというのは、心の奥底の性格が優しいからだろう。
「って、そうじゃなくて!副隊長に聞いただろ?もしかすると、今回の休暇で最後かもしれないって……。もちろん、オレは副隊長たちに世話になったんだ、最後まで死ぬ気で戦う」
「…………シャレットは死ぬのが怖くないの?」
「そりゃあ怖いよ。でも、オレは勇者として戦わないといけない。死と隣合わせなんだよ」
シャレットは空を見て呟く。
逃げたっていいのに。死ぬまでやらずに、怖くなったらやめればいいのに。
彼にはその選択肢が無いように感じた。
責任感。罪悪感。そして、後悔。
彼はミゲルの元に行こうとしている。シャレットまで死ななくてもいいのに。
「……大きな戦いのあと、天気はどうなるんだろうな」
……ミゲルが亡くなったあと、一週間も異常な天候が続いた。これはこの魔界の決まりごとで、死んで行き場がなくなった魔力は空に向かい、その魔力に影響された雲が天気を変える。水なら雨、炎なら晴れ、氷なら雪、電気なら雷、風なら竜巻や台風、強い風など、その魔力量によって影響する時間が変わるのだ。
ミゲルの魔力はとてつもなく多く、魔法の種類も多かった。なので一週間という長期間あちこちで雨が降ったり、晴れてたり、雪が降ったりと大変だった。……なぜか魔王城の周りは弱かった。みんな、ミゲルが守ってくれているのだろうと、悲しむ者は少なくなかった。
シャレットは人間だ。だから魔力はない。いつシャレットが死んでも誰もわからないのだ。彼がいたという記憶は、誰が覚えててくれるのだろうか。
「…………きっと、晴れるよ」
「ふふ……。だといいけどな。……んんー!」
シャレットは腕を伸ばして伸びをする。大きな体が、さらに大きく感じた。
太陽の光で眼鏡の銀色のフレームが反射し、思わず目を閉じる。
……目を開けると、シャレットがオレの顔を覗き込んでいた。
「!?」
「はは、眩しかったか。すまんすまん」
「眼鏡、キラキラだね」
「ま、伊達眼鏡だけどな」
「だと思った……」
「アハハハハ!!!」
太陽より輝くシャレットの笑顔。うーん、両方眩しい。
「眼鏡、かけた方が召使いとかに見えるんじゃね?」
「見た目だけじゃダメだよ」
「見た目も大事だ。よし、今日はお前の門出のために服を見に行こう!」
「ふ、服?………………」
思わずジッとシャレットの服を見る。
「何だよ。オレの服も変えろとか言いたいのか?」
「えへへへ……」
「いいぜ。探しに行こう!気に入る服があればいいな!」
シャレットに腕を掴まれ、街の方へと駆け出した。向かった先は魔王城の門から見て東にある魔界で1番大きな都市、エメス。大きなと言ってもビルとかは無く、お店と人が多いということで1番大きな都市と言われている。
「そういや軍服のままなんだな。あのマントは?」
「あっちよりこっちのほうが服感があるから……このままでいいよ」
「服感ってなんだよ!?」
そんなやり取りをしながら、シャレットと2人で服を見て回った。たまにシャレットがふざけたコーディネートをして笑ったり、逆に『初めて軍服を着たときの仕返し』としてシャレットに強制的に女装をさせたりした。
「……お前……まだ覚えてたんだな」
「ぷ……ふふ、あはははは!!髪の毛長いから似合ってるよ」
「似合わねーよ!!」
…………正直言って、ムキムキのその体には合ってない。
次に向かったのは、大人っぽい店だった。どう見ても他の店とは大違いでシックな服が多い印象だ。しかしここは魔界。どの店もマネキンはあるものの、数は少なく、台の上に服が畳んでおいてある程度だった。
「グドー向けかな?」
「……っぽいな」
と言いながらもズンズンと進んでいくシャレット。何か気になる服があったのだろう。ふと立ち止まったシャレットはその辺りの服を物色する。「ん」と渡された服をいくつか持って、物色が終わるのを待った。
「これは?」
「バルディ用。ほら、いつか誰かの元で過ごすなら、こういうのが良いだろ?そのためには……ちょっと大きめの方がいいか。でも、ミゲルにサイズ変更の魔法を聞いてたと思うな……ま、いっか」
シャレットは笑顔でオレの体に服を当てる。ワインレッドの、オレの鱗より少し薄い色の服。チラ、と貼り紙を見ると『コスプレフェア』と書いていた。
……なるほど、そういうことか。値札には『執事服・メンズ』の文字があった。
「ネクタイと、シャツと、上着と、ズボン、靴のセットだ!うんうん、色も統一して、良いんじゃねぇか?」
シャツは白に近いが、赤っぽいので統一には入るだろう。
「うん。ありがとう、シャレット」
「いいってことよ!さ、レジに向かうぞ。オレは執事なんてガラじゃないからな〜」
また足早に進んでいくシャレットを追いかける。
「ま、待って」
「なに、支払いはオレがやる。どうせこの先、死ぬと思うしな……」
ブラックジョークをかましながらも会計をパパっと済ませる。向こうの世界とは通貨が違うのだから必要ではないのだろう。
それにしても、申し訳ない。
「お待たせ」
シャレットは財布をしまい、紙袋を渡してきた。オレは受け取り、礼を言った。
「あ……ありがとう!」
「どういたしまして。ドラゴンソウルの腕じゃ、袖、破れるかもな!」
笑い飛ばしたシャレットはまた別の店へと向かう。次は彼のぶんを探そう。
「やっぱオレのは普通のメンズかな〜」
「ねぇ、シャレットの世界ではどんな服があったの?」
「んー、ゴシックなのが多かったな。街と合うのはゴシックっぽいのだからな」
「シャレットもそういうの着たの?」
「あぁ、着たぞ。何回もな。礼服がそういうのだったからな。仮面つけてドレス着て、パーティとか行われてたような世界だったから」
「………………」
想像ができない。口が開きっぱなしだ。
礼服って言うくらいだから、礼儀作法とかが厳しい世界だったのだろう。そりゃあ魔王ではなく、勇者であるシャレットもそういうのを身に着けているだろうなと、やっと理解した。
「そんなとこだったから、こっちに来てラフな服を着たいって思うのは当たり前だろ〜♪」
「シャレットは何が着たいの?」
「んー………………パーカー?」
「せっかくの長い髪の毛が見えなくなっちゃうよ。次はオレが決めるから、待ってて!」
オレは店の中に入ってシャレットの新しい服を探す。シャレットは困ったような笑みを浮かべた。
しばらく経って、Tシャツとバンダナを買ってきたオレはシャレットの元へと戻った。首の隙間が肩辺りまで開いており、鍛えた体がよく見えるはずだ。バンダナは首に巻くのもよし、できれば腰の方がかっこいいと思う。
「はいっ!今回はオレが買ってきたよ!」
「おっ、今のズボンに合いそうだな。結構センスいいじゃないか」
ニコニコしているシャレットに頭をまた勢いよく撫でられた。首がガクンガクンと動くが、もう慣れた。
「……バルディ、去年より大きくなったな」
「育ち盛りだからね」
「育ち盛りなのに、去年まではずっと木の実ばっかり食べてたのは感心しないな」
「ゔっ」
この男、痛いところをついてくる。
……まぁ、他人から見れば当たり前の話なのだが。
「ふぅ…………。まさか悪魔を前にして、ここまで心を許すなんて思っていなかったよ」
シャレットは店の外にあるベンチに腰掛けた。続けてオレも左隣に座る。
「シャレットが良い人だからだよ」
「あっ、ということは、オレが悪い人だったら殺す気満々だったってのか?」
「ち、違うよ!そっちの世界ではどうかは知らないけど、少なくともこっちの世界の悪魔はみんな、みんなと仲良くしたいと思ってるんだよ」
「そうなのか?……はは、それはそれで恥ずかしいな。オレはオレで副隊長も含めてみんな家族だと思ってる。もちろん、グドーもな。『悪魔』という色眼鏡で見るのは良くないことだ。……ってことで」
シャレットは胸元をゴソゴソとし始めた。一体何をしようというのだろうか。
「はい、これ」
「これって……」
セーターのVネック部分にかけてあった眼鏡を差し出した。
「その服と、お前に似合うと思う」
オレは……オレは、あまりにも真っ直ぐすぎるその目を見て、思わず受け取ってしまった。
相手が人間だから。オレが悪魔だからそう感じるのかもしれない。悪魔は悪魔として避けられないものだ。
「どうやらオレは真面目ではいられないみたいだしな。受け取ってくれて……その、感謝してる。ありがとうな」
シャレットは前に向き直って呟いた。
顔が赤かった。シャレットなりに頑張った結果だろう。
「……その代わり……」
「?」
オレはシャレットの体にもたれかけた。
「生きていて」
軍人にとって、命を投げ捨てて戦うのは当たり前のことだ。でも、毎日を共に過ごしてきた友だちは失いたくない。失いたくないのに、どうしてこうも『[[rb:魔界>世界]]』は残酷なのだろうか。グドーとシャレットには殺し合いをしてほしくない。現に、もうミゲルを失っている。だから慎重にならないといけないんだ。
「……頑張ってみるよ」
低く、優しい声が響いた。