DRAGON BREAK 3
「そういえばお前の名前、聞いてない」
「俺はグドー。部屋は隣だ。ミゲルだけがここで、他の2人は俺と同じ部屋だ」
「3人揃ってるなら隣で遊べばいいのに」
「よく言われるんだけど、そうはいかないんだ」
「何で?」
「そういうことが嫌いな奴がいてな。さ、行くぞ」
そう言って本当にスタスタと進んでいくグドー。オレは彼の大きすぎる一歩に小走りで進んでいくことになった。
大きな窓から見えるのは夕暮れ。ここに来たのは昼過ぎだったか。もうこんなに時間が経ってたんだ……。
「なぁ、バルディ。せっかく持ってきたんだ、着てみろよ」
ニヤニヤしながらシャレットがオレの手にある青っぽい軍服を指差す。オレは頷き、羽織ってみた。ダボダボしているが、どうやったらシャレットみたいに着こなせるんだろうか……。そういえばカリビアの服は違うものだったよな?
「………………重い」
こんなに重いのを着て戦ってるのか、こいつらは。首元の襟がデカすぎる。オレの耳を完全に塞いで、声が聞こえなかったらどうするつもりなんだ。
「アハハハハ!!!襟は折るんだよ!オレは折らねーけど!」
シャレットが指差して涙目になりながら爆笑する。後で覚えてろよ。
「シャレット、バルディがかわいそうだよ。ごめんね、バルディ」
「いや……大丈夫」
「同じ水色同士、仲良くなろうってか」
「そ、そんなのじゃないよ!」
「はは、わかってるわかってる!」
本当にわかっているのだろうか……。
……ふと、グドーが足を止める。ずっと軍の人たちの住居が続いていたけど……なんかここだけ違う部屋のようだ。
「ここは?」
「子供部屋だ」
「オレは子供じゃないっ!」
「わかっている。ここは魔王の子供たちが使っている部屋だ」
「こんなとこにあるんだ?」
オレは中を覗く。カーペットの上には、積み木や絵本などが揃っており、小さな滑り台もあった。何もかもが小さく、本当に子供部屋という感じがした。今は誰もいない。
「『たのしいまほう』『たびするうえきばち』『雷魔法の基本と応用』……。なんか違うの混ざってるんだけど……」
「娘のライル嬢が勤勉でな。植木鉢のは命について学ぶためらしいぜ」
シャレットがほらよ、と示す。
栞代わりなのか、葉っぱがいくつも挟まっていた。
「……。こんなもの、オレに見せて何だって言うんだ?」
「調べものをするって言うんだからさ、一番いい方法を示してるだけだ」
「ええ?………………もしかして……。魔王の娘に聞けって?」
オレがシャレットの方を見る。シャレットの顔には、どんどん笑顔が生まれていった。
「ピィンポォーン!!正解〜!正解したバルディくんにはぁ〜」
ニマニマしたシャレットが近づいてくる。高身長が子供サイズのオレに影を落とす。オレは思わずたじろいだ。
「な、なに……」
「オレたちが、お前の調べものを手伝うっていう景品をあげちゃいます!」
「……………………」
シャレット以外がポカーンと口を開けて固まる。当然オレもだ。
シャレットは人差し指を立てたまま、「あれっ?リアクション無し?」と悲しそうな顔をした。
「…………え?手伝って……くれるの?」
「当然だ!まだ同じ釜の飯も食ってないし、一緒に寝たり訓練したりもしてないけどさ、オレたちはダチだろ!ダチの手伝いをするのは当然のことだ!な、3人とも!」
シャレットはオレの首の後ろに手を回し、ニコニコと笑った。そしてそのまま残りの3人がいる方を見る。3人は顔を見合わせ、シャレットの方を見た。
「……しょうがねぇな!シャレット、お前といたら退屈しねぇな」
「僕も、妹の頼みを消化したいし。いいよ」
「2人が行くなら……」
「へへっ、やっぱ、持つべきものは友達だな!」
ニカッ!と笑ったシャレットに連れられたのは、目的地である図書館だ。どう見ても部屋の外と中で大きさが違う。
最初とは違い、列の先頭がシャレットに変わった。
「おぉ……!おっきい……!」
「エメスにある学校の図書館といい勝負だからね」
感嘆の声を上げるオレにミゲルが話しかけてきた。一番勉強してそうな彼の方がよく知っていそうだ。
全体的にグレーだが、蔵書が多すぎてグレーに飽和してしまったのか遠くが見えない。
「エメスにも図書館があるんだ……」
「でもこっちを選んだから、オレたちとの出会いがあったってわけだ!はは、嬉しいだろ?オレは嬉しいぜ!」
「うん。ずっと一人で生きてきたし、迷惑をかけていたカリビアの苦労もわかって、大収穫だ」
「一人だったのか?」
ずっと口を閉ざしていたアスターが驚いて問いかけてきた。
そうだ。オレは『ドラゴンソウル』だからってのけ者にされてきた。まるで病原菌かのように虐げられてきたんだ。
「……今はみんながいてくれる……でしょ?」
周りが大きいからか、自然と甘えるような感じになってしまう。
……オレが?他人に甘える?冗談じゃない!オレは……。オレは、ドラゴンソウルについて調べて、一人に戻るんだ。一度ヒトの温かさを知ったら……。戻れなくなるじゃないか。
「そんなの、当たり前だろ!」
シャレットの一声に周りのみんなが頷く。
オレは泣きそうになった。
「オレたち魔王軍は、戦いに勝つことも大切だけど、それよりも命を大切にしている。友達は大事だからな」
「シャレット……。うぅ、シャレットぉ……!」
シャレットの大きな体に飛びついて泣いた。今まで我慢してきたものが全部こみ上げてきた。体が震えて、涙が止まらない。オレは外套で涙を拭った。
「………………ちょっと休憩するか」
シャレットは少し困った顔をして落ち着いてきたオレを椅子に座らせた。便乗してグドーも椅子に座る。足を組んで机に肘をついている。
「……落ち着いたか?」
「…………」
オレはコク、と頷いた。
「はい、お水」
「ありがとう……」
ミゲルが持ってきてくれた水を飲んで一息つく。オレは水が少し残ったコップを見てから周りを見た。こんなオレを邪険に扱ったり、睨まずにいてくれる人たち。初めて見る人たち……。
「さ、バルディも落ち着いたことだし、本探しを始めますか!」
手をパン!と叩いたグドーは勢いよく立ち上がる。そしてグドーはオレの方に手のひらを差し出した。
「ほら、立て」
「ありがとう」
オレはグドーの手を掴んで立ち上がった。当然ドラゴンソウルで鱗まみれになっている手ではなく、綺麗な右手でだ。
「ドラゴンソウルだったら、『医学』『能力学』『魔法学』『歴史学』『モンスター学』……とかかな」
「ミゲル、妹のためなら『医学』についてのところを見に行ったらどうだ?」
「いいの?」
「あぁ。俺は『能力学』を見るから。シャレットは『モンスター学』、アスターは『歴史学』、バルディは『魔法学』でいいか?」
「りょーかいっ」
みんなそれぞれ散らばった。
『魔法学』か……。というかミゲルの妹は何かの病気なのだろうか……。お礼に何か力になってやりたいけど、何をすればいいのか……。
「バルディ、魔法学は後ろだ」
「アスター。図書館は初めてだから、わかんなくて……」
「ここ本が多いからな。あっちの受け付けに地図があるから見てきたらどうだ?」
「うん、そうする。ありがとう」
オレは本棚の端にある受け付けに向かった。
「地図、地図……。あった。これか」
なんだこれ。魔法の文字……。浮いてる。どうやるんだ?これ。
「???」
「あ、お前も場所がわからないのか?」
苦笑いでシャレットが歩いてきた。……まぁこの人、図書館なんてあまり行きそうにないし……。
「アスターに聞いたんだ。この地図はどうかって」
「その地図な、ビックリするだろ。これはこう使うんだ」
シャレットは地図に向かって指で四角の図と魔法の文字を重ねるジェスチャーをした。どういうことだ。魔法の文字が動いて……数字とオレにもわかる文字が出てきた!?
「おお!」
「すごいだろ。外部の人が触れないように独自の文字で作られているんだ。だからバルディもわかんなかったんだよな」
「どうしてシャレットは知ってるんだ?」
「あー……はは。軍に入ってすぐに覚えさせられたんだよ。おかげで当時は徹夜で大変だったんだからな……」
「そ、そうなんだ」
「…………オレの故郷はこんなことしなかったんだけどな」
「ん?何か言った?」
「いんや。じゃ、頑張って探せよ〜」
シャレットはさっき自分で探した場所へと歩いていった。
「ま、待って!?文字わかんないんだってば!!」
「横に置いてあるー」
「え?……ほんとだ……」
地図の横に紙が刺さっている。どうやら何かから破いたもののようだ。……もしかして……教科書から破ってカンニングペーパーとして扱ってる?
「ええっと……なんだこれ。この文字はここに持ってきて……」
こんなことをしていたら日が暮れる。さっきの時点で夕暮れだったのだからタイムリミットの夕飯の時間まであまりない……!
「ううう……!さっきの見てたら本の名前がピンポイントで出てきてたから便利なものだとはわかるけど……!初心者にはキッツいよ!」
そうブツブツ言いながら格闘すること10分。やっと目当ての本が見つかった。
「『魔法学』……『竜の呪いのやり方』……これだ!」
なんでこんなものがあるんだとは思いつつも、『Export』の文字をシャレットがやっていたように触れた。
文字が光となって浮かび上がり、右手の甲に舞い降りてそのまま消えた。
……小さく書いてある。図書館内でのみ、見ているときだけ手に刻印されたものが浮かび上がる……らしい。ほぼ攻撃魔法しか覚えてこなかったオレにとっては新鮮な魔法だった。
オレは早速書いている通りの場所に行く。そして番号と名前を照らし合わせて目当ての本を探し出すことに成功した。
「これだ……」
オレはさっきの椅子に戻って本を開いた。
……なんとか読めそうだ。著者は『マグラ・オルテナ』……。
「…………『ダンジョンのボスの魂を呪いで縛りつけ、昇華されない怒りや苦しみ、恨みつらみをまだ存在が確立されていない命に埋め込む。』……『私はこれを自動化することに成功した。これで私が死んだあとも私を追い出した魔王に復讐することができる。お前たちの子孫に破滅を。滅べ、世界。』……」
「げ、ヤベェこと書いてるな、お前が見つけてきたやつ」
「グドー……」
数冊抱えてきたグドーがオレが読んでいた本を覗き見していた。
「怖くて震えてるのか?一発目からそんな本だもんな。……ふぅん……。内容からしてビンゴかもな。恐らくそいつがドラゴンソウルの始まりだ。著者は?」
「『マグラ・オルテナ』」
一瞬、グドーの目から殺気が漏れた。
「……わかった。そいつの本を探してきてやる」
「いいよ。オレが行く。グドーは座って待ってて」
「いや。……俺がケリをつけねぇといけないから……」
「?」
結局2人で行くことになった。
途中でミゲルの姿を見かけた。周りにたくさん本が浮いていた。ミゲルってたくさんの魔法が使えてすごいなぁ。……アレ全部読むのかな。
「『地理』系のコーナーにもあるようだ。行くぞ」
パパッと地図を操作したグドーのあとをついていく。しばらくして一冊の本を見つけた。『魔界におけるダンジョンについて』だそうだ。
「ダンジョン……。そういやあまり見ないな」
「オレも……。話でしか聞いたことないかも」
「ん?お前ってよく洞窟で見かけるって報告があるけど」
「あれはただの洞窟だよ。ダンジョンとは違う」
「そうなのか……。座って読もうぜ」
グドーと一緒に近くの机に向かう。そこではアスターが持ってきた本を読んでいた。椅子の木の枠から飛び出た大きな尻尾がワサワサと音を立てている。モップみたいになってるけど大丈夫なのかな……。
「アスター、何か見つけたか?」
「全然。ドラゴンソウルのドの字も見つけられない」
「そうか……。あ、それっぽいのが見つかるかもしれねぇから、ちょっと一緒に見てくれねーか?」
「いいよ。その本だね」
アスターがオレたちが座ったところに椅子を寄せて、3人で読むことになった。
「『ダンジョンとは自分を失ったり、躍起になった魔物たちが弱者を狩るために彼らが作った巣窟である。だが、反対に十分な力を持った者にとっての絶好の狩場でもある。』……違う違う、それは知ってんだよ」
「なんで読んだの……」
「『ダンジョンは『第二次魔界崩壊』時に生み出された。ダンジョンが消えたのはしばらく経ったあとである。ダンジョンにたくさんの魔物があると知った魔界の者たちはこれ幸いと狩りに狩り尽くし、『ドラゴン』と呼ばれたダンジョン最強であったモンスターをも殺していった。ドラゴンがいなくなるとダンジョンを維持していた魔力が消え、ダンジョンは光となって消える。』」
「グドー、その本はいつ書かれたやつなんだ?」
「んん?えーっと……400年くらい前かな。そんなに前じゃないみたいだ」
「オレが発生して300年くらいだから……」
「若者は知らなくて当たり前……ってとこかな」
う〜ん……。と3人で唸る。
と、そこでミゲルが歩いてきた。
「3人とも、晩ごはんの時間だって」
「シャレットは?」
「副隊長に呼ばれて行っちゃったよ。僕も本借りてきたからみんなもそれ、借りてっちゃって」
「わかった」
立ち上がるときにさっきの『竜の呪いのやり方』を探すと、グドーが抱えていた。アスターの本と、『魔界におけるダンジョンについて』もだ。
「ありがとう、グドー」
「…………あぁ」
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「あ、戻ってきましたよ」
「お前らが本を読むなんて珍しいこともあるんだな」
「へへん、だろ〜」
グドーたちに連れてこられた部屋……食堂ではすっかり目が覚めたカリビアと、その隣にシャレットがいた。カリビアは感心しているような顔をしていた。
「オ、オレは外で待ってるから」
「はい、ダメ〜」
部屋を出ようとしたオレの腕をガッシリとホールドしてきたのはシャレットだった。
「オレはまだ軍に入ってないから……どこかで待ってるよ……」
「それでもちゃんと食べないとダメだ。騙せてると思っただろ?ドラゴンソウルの魔力だけで立ててるような感じじゃねぇか」
「!」
シャレットが透き通る水色の目で見つめてくる。……お見通しだったんだ……。ずっと木の実しか食べてこなかったこと。
「すぐに追い出さなかったのはそのためでもある。一人で本を探させたら、そのまま帰るかもしれなかったからな。たとえ魔王軍に迷惑をかけていた相手でも、見捨てることは許さない。これは魔王のポリシーでもある」
「………………」
「まったく、世話がかかるガキだ!ほら、座れ座れ!」
シャレットに背中を押されて椅子に座らされる。長机にたくさんの椅子が並べられている。食堂というのだから、座っているオレの真後ろにはまた別の軍人が座っていた。長机の真ん中あたりに座らされたので逃げ場がない。
「ま、料理と言える料理は少ないけどな。料理の概念はつい最近入ってきたばかりだからな」
「………………」
「いっただっきまーす!」
オレの前に座って元気に手を合わせたシャレット。勢いの割には意外と上品に食べるなぁ……。白くて太い糸みたいなのを食べてる。
「バルディ、オレもお前と同じものだ」
「……うん……」
カリビアがお盆を2つ持ってきた。目の前に置かれたのは衣で包まれた茶色い小判の形のものが2つ、こんもりと盛り付けられた白い塊。そして植物が切り刻まれたものだった。……うう、いいにおいだ。でも……食べられるのか?
カリビアはオレの隣に座った。
「これは……?」
「『コロッケ定食』……って言うんだって。誰が名付けたんだろうな」
そう言いながらカリビアはほぼ黒い液体を小判の形のやつにかける。ツンとしたにおいにビックリしてガタ!と音を立てた。
「すげぇにおいだよな。はは、ビックリした顔!目に焼き付けとこ」
左隣に座ったグドーがニヤニヤしながら彼の何かが混ざった茶色い塊を口にする。形は目の前の白い山と同じだけど、何かが違うようだ。
「う、ううう……」
「バルディ、遠慮するな。それとも食べさせてほしいのか?」
「こ、子供じゃないって言ってるだろ!」
「そう言って最後まで食べないつもりでしょ」
「うっ……」
こちらから見てシャレットの左隣に座っているミゲルが鋭いツッコミをかます。
彼は少し少なめの白い山と、汁物だった。
「………………」
「……もしかして、食べたことなくて……怖い?」
「え……」
「俺も同じだったから。昔は魔獣みたいな生活してたからさ」
あはは、と笑うアスター。
彼の前には大量の料理がある。これ全部食べるの?
「無理しなくて大丈夫だから。でも食べて死ぬことはないよ。怖いものじゃない」
「…………うん……」
カリビアのマネをして2本の棒を持つ。……が、初めてなのでポロポロと皿の上に落としてしまう。
「ぁ……」
「スプーン持ってくる」
シャレットが止める間もなく立ち上がって行ってしまった。これ以上迷惑はかけられない……。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
シャレットからスプーンを受け取った。ミゲルも同じものを持っている……。こうやって使うのかな。
「上手い上手い!」
「どう?美味しい?」
「うん。この白いのって……なんて言うの?」
「『米』だ。大昔から人間界に存在していたものらしい。どっかの死神が持ち込んだんだ」
カリビアが『米』の説明をする。確かに死神なら説明がつく。どうせこれも人間界のものなのだろう。人間界と交流があるのは死神くらいだからだ。
「俺のはそれに別のものを混ぜたものだけどな」
その茶色いのが……。
「食べ終わったらミーティングがある。バルディはゆっくり食べててくれ」
「う、うん」
「げ、またミーティングっすか?」
「最近幽霊の出現が多くてな。戦力を分散させなければそろそろヤバくなっていて……」
幽霊かぁ……。悪魔より強いから近づくなと聞いていたから近寄らなかったけど、カリビアたちはそんな幽霊たちと戦っているんだよな……。そのための軍……か……。