私の一人目の母①
今回は前世のお母さんの視点です。
頑張って昨今の流行語であるPCR法と電気泳動について書いたらちょっと長くなりました。
おそらくウィキペディアなどで調べた方が詳しく、そしてわかりやすいと思います。
あたしが始めて医者を志したのは10才くらいだった。
特別な理由はなかった気がする。
自然と「自分のやるべきことはこれだ!」と思っていた。
娘が生まれた今、自分が医者で良かったと思う。
「お母さん、これ読んで」
我が子だ。
まだ四歳だというのにあたしの蔵書から難しい本を引っ張り出し、読み聞かせをねだってくる。
「わかったわ。今日は生物学なのね。『THE CELL 細胞の分子生物学』……………」
あたしが読み聞かせする間、娘は真剣に聞いてくれる。
だからあたしも真剣に教える。
「つまりPCR法というのはDNAを大量に増幅させる方法のことをいうの。1986年に確立されたんだけど、現在でも広く使われているわ」
「DNAって何?」
娘が小首を傾げて可愛らしく聞いてくる。
「簡単に言えば生命の設計図の保管所ね。
生き物が体を作ったり子供を作ったりするのにはタンパク質が必要なの。タンパク質の元になるのがアミノ酸なんだけど、人間の場合20種類のアミノ酸が必要なの。
それでそのアミノ酸の元になるのがRNAで、RNAの元になるのがDNAなの」
「つまり、DNAからRNAが、RNAからアミノ酸が、アミノ酸からタンパク質ができるってこと?DNAが生命の素だから生命の設計図の保管所なの?」
「その通りよ!賢いわ!
今あなたが言ったDNAからタンパク質ができるまでの一連の流れのことをセントラルドグマ(中心命題)と言うのよ」
いつものことながら我が子の理解能力の高さには舌を巻く。これでまだ四歳なんて信じられないわね。
「じゃあPCR法は増幅させたDNAからたくさんタンパク質を作れるってこと?」
「確かに作れるけれど、PCRの有用性は別のところにあるわ。PCR法は一般的に電気泳動法の前段階として活用されるの。
電気泳動というのはDNAをその長さによって分別していくことよ。
じゃあここで問題。
DNAの主成分を三つ答えられるかしら?」
「塩基、糖、リン酸」
「あら!良くわかったわね」
「……お母さんが今開けてるページに書いてある」
あはっ、わざとDNAの範囲を開けていたの、バレてた。
あたしは娘のプライドを折ることはしない。
「そうね、塩基、デオキシリボース、リン酸だわ。実はこのリン酸、若干プラスに帯電しているのよ。だから電気を流したらマイナス極にDNAは引き寄せられるの。電気が伝わってDNAが泳ぐように動くから、これを電気泳動というのよ」
「電気泳動でDNAを泳がせたらDNAを長さ別に分別できるの?」
そう、最近みんなは「PCR」「PCR」って言うけど、PCRはDNAを増幅させるだけ。
実は電気泳動も大事なの。
「その通りよ!偉いわ!
それを教える前に知識を一つ、教えておくわ。
DNAは寒天の繊維に絡まるから、寒天を用いて電気泳動した時に長いDNAはあまり移動できない。一方、短いDNAは遠くまで移動できる。
覚えた?」
「うん、覚えた!障害があるとき、DNAは短い方が絡まらずにより遠くへ移動できる。
それで、電気泳動って寒天を使うの?」
「そうなの。寒天に絡まって短いのから長いのへ順番に並ぶのが大事だからね。
そうすれば遠くまで移動した、つまり短いDNAから順に塩基を読めば元の塩基配列がわかるってこと」
とはいえ、今は面倒臭い電気泳動ではなく、また別の簡単な方法が使われているのだけれど。
もし、我が子が生物学に興味を示しているなら、また教えて欲しいと聞きに来るでしょう。
そのときに教えて上げよう。
「PCRと電気泳動はセットで使われるからね。覚えておいてね?」
「うん!PCRがDNAを増幅させ、電気泳動で塩基配列を読み取るんだよね。すごいね、賢いね、この方法を確立した人!」
「……そうね」
大人になってもいつまでも、この無邪気さと旺盛さを忘れないで欲しい。
そう思いながらあたしはこの子の長い髪をくるくると弄んだのだった。
このお母さんによってロサの素直な性格が形作られていきます。
僕は個人的には素直であることは美徳ではないと考えています。
なぜなら、素直というのは、ある意味、人を疑わないということだからです。
では何故、主人公を素直な設定にしたのか。
それは物語が起きやすいからです。
………すいません、どうでもいいですね。