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哀れな生きもの

「お母様、また王都に魔物が出たんですか?

最近多いですね。

魔法師が倒しましたか?それとも冒険者が倒しましたか?

魔物、危険じゃないんですか?」


私と一緒に市井に降りているローズが興味津々な様子で聞いてきた。

先ほど寄った八百屋の主人が「魔物の発生、今日もなんだよ。うざいったらないぜ。あいつらのせいで一時的に物流が止まっちまうからな」とぼやいていたから、気になったのだろう。


「最近出現数が増えてるわね。生命力溜まりが近くにできたのかしら。何とかしないと。


ローズ、基本的には冒険者が倒してくれるわ。

けれどキメラとか凶悪な動物の魔物とかだったら魔法師団や騎士団に応援要請が来ることになってるの。


……魔物はね、哀れな生きものなのよ。

いえ、生き物ですらないかもしれない。

ねぇローズ、生物の定義を覚えてる?」


自分がかつて娘だったときにされた質問を、今度は母親として問うた。

あの時の「興味を持ってくれてる!?」と嬉々とした彼女と同じ顔を、今の私もしているかもしれない。

もちろん、顔を取り繕うつもりはない。


「うん!

生物の定義は3つあって、隔離、複製、代謝!……だよね?」


ローズは正しい答えを口にしながら、不安げな顔をする。

間違っていないのだからこんなことで不安がらず自信をもってほしいところだけれど、眉をハの字にして目をキョロキョロさせる様子が可愛くて、甘やかしてしまう。


「良くできました!ローズ、正解だわ。

まず、生体膜があって内側と外側の境目があること。

次に、自力で自分の遺伝子を持つ個体を生み出せること。

最後に、自然のエネルギーをもとに自分が活動するエネルギーを生み出せること。

例えば人間は生物だけれど、ウイルスは自力で複製できないから生物ではない。

こんな感じね」


実はウイルスは自力で複製できないというだけで他の特性は生物と酷似しているため、「もともとは生物だったもの」がただの「生命」に進化したのではないか、という学説もある。


「じゃあ魔物は複製しないから生物じゃないってこと?」


鋭い質問だ。

我が娘ながら天才だ。

頭をワシャワシャしたくなる。

わしゃわしゃ。


「そうとも言えるわね。

それじゃあ魔物について、そして魔物と人間の関係について教えましょうかしら」


「うん!お母様のはなし、聞きたい!」


言うとローズは私に、王都から私に寝室まで転移させた。

もちろん私はローズに「転移してから話聞かせて」と言われて断るはずがなかった。

私を床に座らせ、ローズは私の太ももの間に座った。

ただ座るだけならまだしも、ローズは私の方を向いて正座している。

興味津々でキラキラと輝く目に、私はニヤニヤが止められない。


「それじゃあ教えるわね」


そう言うと、私は頭の中で知識をまとめながら、声に出していった。


魔物とは、死骸だ。

死んだ生きものの死体に生命力が凝集することで生じ、生命力で動くものだ。

一般的には、生命力溜まりと呼ばれる生命力の分布度合いが大きい場所で、何か生き物が死に、その骸に生命力が入り込んで魔物になることが多い。

ただし、生命力が一部に凝集すると無条件に魔物が生じるのではない。

生命力を身に纏うだけの器がないもの、石や空気など、はいくら高濃度の生命力があっても魔物化することはない。


生物の定義に照らし合わせると、魔物は死骸だから、ローズが言った通り生殖による自己の複製ができない。

外部から生命力を補充し続けないと動けなくなるから、魔物は植物や動物を食べることで、代謝と呼べるようなことは行っている。(人間は生命力の塊だから、魔物は人間を好んで食べる)

もちろんもとは生き物だったのだから、外界との境界がある。

自己の複製を作れないという点で、魔物は生物ではないのだ。


「ローズはどんな魔物がいるか知ってる?」


「うーん、イノシシとかハゲワシ、クマなら実際に出……み、見たことあるよ!

ほら、騎士団が研究用に捕獲して持って帰ってきたのをね!」


珍しくローズが慌てている。

両の手のひらをこちらに向けてフリフリしている。

可愛い。


「そんな大物はレア中のレアよ。

だから殺さず捕獲したんでしょうけど。

一番一般的なのはエントと呼ばれる木の魔物よ」


「え、木の魔物っているの?動物だけじゃないの?木の魔物って凶暴なの?」


ローズは立ち膝になって顔を近づけてくる。


「元々生き物だった存在には器があることが多いの。

木にも当然、器があるわ。

木はどこにでも生えているからね、生命力が凝集する場所にもいることが多いんだ。

例え木の棒だとしても、それが樹齢何千年の大樹だったら、強力な魔物になることもあるよ」


「木の棒なのに?!」


「えぇ、木の棒なのに」


木の魔物に次いで多いのが、虫の魔物だ。

基本的に木の魔物と虫の魔物は人間から生命力を得ることはないため、直接的な害はない。

逆に木の魔物は植物を育ててその植物の生命力を補充して生きるから、人間に利益をもたらしていることが多い。


魔物は動物で、出会い頭に人間を襲うというイメージが先行し、エントを受け入れられないのだろう。

ローズは首を捻って困惑していた。

死して尚、強制的に身体を動かされる。

我々は本来遺伝子の乗り物のはずなのに、魔物は生殖もできない。

その点、魔物は哀れだ。


熊の魔物など、動物の魔物は普通の魔物と同じイメージですが、エントはロード・オブ・ザ・リングに出てくるファンゴルンの森のイメージです。

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