魔法師育成④
ミュンヒ王国には魔法師団が三つあります。
第一魔法師団がもっとも優秀とされ、王都周辺の警護や王家の護衛をします。
第二が国境や辺境での魔物退治や暴動の鎮圧などを担当します。
第三は鍛練が仕事です。
ちなみに魔物は動物に過剰な生命力が凝集したもので、生命力の量が許容量を超過するとき、自我を失って暴走します。
(同様の仕組みで人間も暴走することがあります)
魔物を退治する際、魔法師や騎士は肉体的に魔物を殺し、暴走を食い止めます。
魔法師と騎士の違いと言えば、魔法師は遠距離攻撃型、騎士は近距離攻撃型といった感じです。
頭上に出現した水は、そのまま私たちに落ちてきた。
ばぁん!という音と共に目も開けていられないほどの衝撃がくる。
少しして頭を上から押さえつける圧力がなくなって辺りを見渡すと、一面水浸しで、女性の魔法師のなかにはあまりの衝撃でペタンと座り込んでいる者もいた。
私たちは揃いも揃って濡れた。
水も滴るいい男ならぬ、水もしほたるよき女だ。(海水じゃないけど)
通常の雲とは違い高度は低かったから、水の塊の位置エネルギーで首の骨が折れる、などということはなく、怪我人がいなくてよかった。
「かぁさま……」
怯えた顔でこちらをみてくるローズ。
魔法師のみんなを危険にさらしたから、怒られるかもしれない、とでも思っているのだろうか。
注意はするつもりだが、今じゃない。
公衆の面前で恥をかかせるのはトラウマになりかねないからだ。
褒めるときはみんなの前で、叱るときは二人だけで。
これが人間関係を円滑にするコツだと思う。
「あらあら、濡れちゃったわね。
乾かしてあげるわね、こっち来なさい」
私はしゃがんで両手を広げて待っているが、なかなかローズは近寄ってくれない。
「怒らないわよ」
駄目押しで言うと、ローズはゆっくりと近づき、私の首に腕を回した。
自分が引き起こしたこととはいえ、一番ビックリしたのはローズだろう。
よしよし、と頭を撫でると、ローズが私にだけ聞こえる声量で呟いた。
「怖かった……ごめんなさい…」
「大丈夫。
ほら、みんなを見てごらん、水浴び気分よ」
私とローズが周囲を見ると、魔法師たちが口々に叫んだ。
「すげぇ!今のどうやったんすか?」
「ははっ、みんなビショビショー!」
「雲じゃなかったけど、ローズ様お上手です」
「ロサ様のドレス、水に濡れて太もものかたちが……!」
ローズは少し安心したようだ。
「みんなごめんなさい。
次はもっと上手に雲を作るからね」
ローズが謝ると、戦闘職にしては痩せた魔法師が進み出た。
「第三魔法師団団長、ホルマリンと申します。
ローズ様は膨大な生命力をお持ちですからすぐに上達されるでしょう。
さて、ロサ様。折り入って頼みがごさいます」
彼はローズににっこりと笑って世辞を言うと、くるりと振り返って私を見た。
頼みってなんだろう。
魔法について教えてほしい、とかだと思うけど。
「何かしら?」
「我々にも魔法の扱い方を教えてください!
実は我々第三魔法師団は第一と第二から蔑まれているんです。
……何でしょう、ローズ様。え、理由?
それは弱いからですよ、当たり前でしょう。
弱いから仕事を与えてくれない、魔物との実戦経験がない、強くなれない、嗤われるという悪循環に陥っているのが我々です。
どうか素晴らしい能力をお持ちのロサ様に魔法のなんたるかを教えてほしいのです!」
「ふぅーん、つまり忙しい私の時間をあなたたちの私怨ためだけに使えってことね?」
少しからかうとホルマリン団長はひどく狼狽した。
ぴかぴかに磨かれた頭に大粒の汗が浮かび、後光が一層輝きを増している。
確かに、たかが魔法師団のために国の最上位に立つ人が出動するなど、前代未聞だ。
でもやっぱり、彼らのためになる、ひいては国のためになることだから断れないのよね。
「冗談よ。
もちろん私に教えられることならなんでも教えるわ。
でも私も少し忙しいから、ローズに魔法の勉強をさせるついでになってしまうけれど、それでもいいかしら?」
ホルマリン団長は歓喜の顔を浮かべた。
第三魔法師団のみんなも、おおっ!と喜んでくれているっぽい。
「ありがとうございます!
ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします。
おい、お前らも王妃様とローズ様に感謝申し上げろ」
一人がせーの、と合わせると、魔法師たちに加えてローズも声を合わせた。
「よ→ろ→し→く→お→ね→が→い→し↑ま↓す」
さながら幼稚園児じゃないか、と思いながら私も笑った。
「ええ、よろしく。
ビシバシいくから、楽しみにしててね」
なんだか思ったよりもこの話が長く続いていますが、次で一旦終わりです。
その後はエチン辺境伯領でのYSの話に戻るでしょうか?
あるいはロサと魔法師たちの馴れ初めを書くかもしれません。
まぁ、その時の気分ですね。