「最近、私が虐めているという噂があるの」と言われてもぉ………
「最近、私が虐めているという噂があるの」
伏し目がちにそう言って、1口紅茶を飲むその姿。それは流石皇太子様の婚約者として、マナーを叩き込まれた成果であろう、かなり美しいものだった。そう、同性の自分から見ても。それに容貌も素晴らしい。まつ毛長いし、目は澄んだ水色。艶やかな光沢を誇る長い腰まである金髪は、整えられて肩からこぼれおちている。声だって美しい。ほんとなん何だこの人。
それとは打って変わって、美しい所作とは到底言えないような自分。マナーは一応常識程度しか教わってない。目と髪はこの国では中々見ない黒色で、神なんかは手入れするのが面倒だからと、肩あたりまでしかない。その上書面上は上級貴族とはいえ、立場的にはそこらの下級貴族より弱い自分が接するには………。正直言ってあまりある存在だ。
何故自分なのか、そしてどうしてこんなことになったのか。
それは数十分前に遡る。
学園の授業が終わり、特につるんでいる様な友人はいなかった為にそのまま帰路につこうとした。そこでふと、返し忘れていた書物を思い出して、図書室へ行こうと下校口から踵を返したところ。
「カンナギさんですか?」
ふぁっ、自分の名前を呼ぶ人なんて先生以外に居たの?それよりも美しい声だなどこかで聞いたことのある。
そう思い至ったところで振り向いた。
皇太子様の婚約者として高名な、学園内で一番年長かつレベルの高いクラス所属の4年生、リノール・フョードル様だった。
えっなんで1年かつレベル低いクラスの自分に、と困惑している頭のまま「来てください」と腕を引っ張られ、学園の裏庭にいつの間にか設置されていたテラスにてお茶会をしている。
あれなんで?
思い返してみてもどうしてこうなったのか全く分からないぞ?
勧められて口に入れた茶菓子に舌鼓を打ったところで、話の続きであろう言葉がリノール様から発された。
「貴女はこの噂は聞いたことあるかしら?」
「え?えぇまぁ。クラスメイト達がよく口にしていましたから」
あくまでも、“虐めている”というところだけだが。そんなことをこと細やかに教えてくれる友人は自分には居ない。念の為に言っておくが、友人はいる。今現在いる学園に1人も通っていないだけだ。
「そう、それなら話が早いわ。私は貴女にその噂関連のことについて相談があるのよ」
「相談ですか」
そうよ、と軽く頷いた彼女とは反対に、自分は軽く頭を傾げたい気分だった。相談だとぅ?普通に考えて、何ら接点のなかった自分に相談をするなんて。自分正直言って頭良くないぞ?どうしよう、相談内容が勉学寄りのものだったら。やだなぁ。
そんな自分の気持ちを読んだのか、微かに笑ったかと思うと、真剣な顔になって本題を切り出した。
「その噂について、貴女には情報収集などをして欲しいの」
「正気ですか?」
「正気よ」
おっとつい心の声が。彼女が寛大だったことを喜んでおこう。しかしまぁ、私なんかに情報収集とな。相手が相手だからこそ、2度も言えないが正気ですか?をもう一度繰り返したいほどに、何故自分に頼むのかわからん。
「……一応、言っておきますが自分は赤点取らなきゃいいや!みたいな考えのレベルですよ?それに……そう、学園内には友人らしき人もいない。後は……そう、入学条件である、【魔力保持】はクリアしているものの、なんでしたっけ……あれ」
「もしかしてステータス表示かしら?言葉遣いも粗雑ですし、マナーだってお世辞にも綺麗とは言い難い」
「そう、それらだって満足に行えませんよ」
「だからよ」
そう言われて思考停止。なんでわざわざそんな奴に頼むの?自分で言っていて虚しくなるが、そんな奴基自分に頼むのであれば、金でも出して探偵でも雇うわ。少なくともそっちの方が成功率は上がるし、失敗率は高まるだろう。
理解ができない自分に、子供に一から教えるような優しい声で、本当に1から説明してもらうことになった。
「だからよ、とは言ったけれど、それに該当するのは頭以外のことよ……。まずは、あなたが魔力を持っていながらも、満足に扱えないからよ」
「いや、それ、悪いことじゃあ……」
「だって当たり前だもの。貴女は魔力を持っていながらも、そもそも魔法を使ったことがここに来るまでになかった。そう、魔法中心のこの国で。それは、貴女が他国民だから」
「まぁ、そうですね」
「そして、貴女の祖国は魔法が架空のものとして扱われていた。……周りには魔法はあるものの、御伽噺として語り継がれていたから」
「そうですね」
「でも、技術が発展して、互いに交流する様になって、貴女の国は魔法という文化を、知識を中にいれたがった。そのために貴女は派遣されてきた。その頭で」
「……そうですね」
「知ってるかしら?この学園では、魔法が不当に使われないように、感知魔法を張り巡らせてあることを」
「……あぁ、成程」
そこで漸く合点がいった。探偵などを雇えない理由。この国じゃあ基本的に情報収集は、魔法を使う。彼女は知ってるかしら?なんて知っている前提で言っていたが、そんなの1部しか知らないだろう。そんな魔法、知られていたのであれば効果はない。探偵達だって知らんだろう。それを伝えたところで、だ。魔法無しで情報収集出来る輩がいるかどうか。
理解が出来たのならあなたが言ってご覧なさい?と言わんばかりの目線を受けて、答え合わせのように口から回答を出す。
「魔法ではなく、神通力とか、霊力とか、そういうもので情報収集すれば、何者にも引っかからないと……?巫としての力とか?派遣されるほどには、強力な」
「正解よ」
貴女にしては、みたいな顔やめてくださいまじで。少なくとも自分にも傷つく心はある筈だから。多分。きっと。
「後は、友人がいないもとい、学園内でのそういう関係に囚われないとか、この国のものじゃないし、与えられた地位がそれなりに高いから、自由に動きやすい、又同じようにしがらみがない……から?」
「そうよ。そして、こちらだって相談する際、貴女の能力がどれぐらい有用なのかも調べさせてもらったわ」
ほう。魔法が主要のここじゃああまり使わなかったけれども、ここでも通用するのかな?中々に強くね?って向こうではかなりイキってたし。まぁ、相談というところまで来てんだから。
「有用よ。そもそも貴女の様な人物は、珍しいのではなくて?」
「少なくとも知り合いに3人ほどいますが」
「あら、生きながら神として存在している、現人神なんて?」
「現人神なんて、信仰を集めさえすれば幾らでも作れます故」
珍しいどころの話ではないがな。人でありながらも神である、なんて。でもさっき言ったのは本当。しかし、そんなにいるのであれば、自分が選ばれる理由がない。少なくとも彼らの方が頭良かったし。
でも自分が選ばれた。
現人神である以上に、何か特別なことがあるから。
「貴女、その身に神を宿しているでしょう?相当にタチの悪い、神様を」
「ええ、周りからは神の依代として持て囃されていました」
故にイキってた。今思い出すと恥ずかしいくらいイキってた。だって今落第者だもん。今でも発作的に思い出して1人で叫んでる。
「……だから、相談なのよ。私じゃ陛下の周りをうろつこうとも、噂を鵜呑みにした子達が邪魔してくる。周りに聞こうとも、誰も反応してくれないのよ。どうしようもない。でも、貴女の力ならば、確か依代?を飛ばしたり、念写もできるじゃない?証拠集めなら余裕でしょう?友達がいなくても」
この人ナチュラルに抉ってくんのな人のコンプレックス。自分の場合は努力しなかった結果なので何も言わないが。立場的にも、言えないが。
言う度量もないか。
「受けてくれるわよね?」
そう言って、美しい所作で紅茶を飲み、微笑んでくるリノール嬢。どうやら逃げられないようだ。
しかし、ここではいとでもいいようならタダ働きの未来が見えるんだが?それだけは避けたい。態々バレたらやばそうなこと、何も貰わずにやるなんてやる気が出てこない。
「では、いくつか条件を出しても?」
「構わないわ」
ならば、幾らか考えさせてもらおう。どれぐらい貴女から好条件を引き出せるかを、無い頭で。