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さくら

作者: shiro


すきなひと、が離れていった。

月の明るい夜だった。





私たちの間にあったのは名前のない関係で、だけど確かに好き合っていた、と思う。

私は仕事が忙しく、昔の人間関係の整理なんかも残っていたりして、この曖昧な関係にまで手が回らなかった。

というのは言い訳で、回さなかったのだろう。結局私の中の彼に向ける気持ちなんてその程度だったってことだし、彼だってそうなんだと思う。私の身の上や状況なんて全部知った上でこの関係を始めたのだから。



結果的に最後となったあの夜、珍しく彼は怒っていた。

「なんで俺に相談しなかった?」

「別に。特に相談したからって解決するもんでもないじゃない」

私はここ最近、仕事仲間に紹介してもらったクリニックへ通っていた。疲労とストレス。病名はつかない程の、軽度の体調不良。クリニックは変えたものの、それ自体は度々起こる、珍しくないことだった。ただ今回については疲労がピークだったらしく、診察中にうっかり倒れてしまって、クリニックが彼を呼び出してこうなった。

「なんでそんなに怒ってるの」

「ちゃんと頼れって言っただろ!何回目だよ!」


しまった、というように彼は唇を噛んで、そして静かに言った。

「…………わかった。もう諦める」

そう言って彼は出ていった。それきりだ。






諦めるって、何なの。別に片思いされてたわけでもないのに。お互いちゃんと合意の上の関係だったでしょう?

頼ってくれない、なんて子供みたい。それだけであんなに怒るなんて。確かに何回か言われた気はするけど。

「疲れるなぁ」


確かな口約束はなくても、お互いに好きだったんじゃないの。だからあんなに愛してくれたんじゃないの。ばかみたい。意味わかんない。そう思うのに、その日はもう、眠れなかった。カーテンに透ける月がとてつもなく綺麗だった。










「もう諦める、ってさ」

友達とランチをしながらこの前の出来事をさらりと報告しておいた。

私が怒られたこと。諦める、と言われたこと。

「諦めるも何も……片思いとかじゃないのにさ。まぁお互いその程度だったってことよね」


長い付き合いのその友達は、無言で1、2回パスタをクルクルしてからじっと私を見た。

「そういうことじゃないでしょ。本気で言ってる?」

「え」

予想外の反応に面食らった。こういう時は優しい言葉をかけてくれるもんだと思っていた。友達同士の恋愛報告なんてそういうもんでしょ。共感して、盛り上がって。

「彼が怒った意味、ちゃんと考えたの?」

「え……だって頼れとかそんな子供みたいな理由で怒られても。浮気しました、とかならわかるけど。ていうかなんでそんな怒り気味なの」

彼女は無言でうつむいて、控えめに水を飲んだ。

「傷心なとこ悪いけど。それを子供みたいな理由だと思うなら、あなたは本気で誰かを想ったことがないんじゃないかって思っちゃう」

「は?」

「その程度だ、とか一緒にしたら彼に失礼だよ。わ、電話きちゃった。ちょっとごめん」


そう言って彼女は席を外した。

意味わかんない。なんで私が怒られてるの?しかもそこまで傷心じゃないし。

別にいらない。そこまでの関係なんて。いらない。いらないもん。





好きな人が去った。友達に怒られた。それでもひどく静かで動じない自分の心にどこかほっとした。私は心が丈夫でよかった。

変わらない日常にまた、戻れる。













いつの間にか、心の固まってしまったあなたへ。

誰かを想う事、想われること。もう、そんなものがわからなくなってしまったあなたへ。

本当はたくさんの優しさが、あたたかさが、傍にある。あなたを想う誰かの気持ちが、ある。

いつか思い出して。怖くても。今は信じられなくても。少しずつでいい。ゆっくりでいい。焦らなくていいから。だからそんなのありえない、って投げ捨ててしまわないで。

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