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転生賢者は魔法を直したい  作者: 阿玉やな
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せっかく魔法ができたのにもうお迎えですか

「やっと完成したぞ!これでみんなの暮らしが豊かになる!」


ろうそくの明かりしか光源がない部屋の中、一人の男の声が響く。部屋のいたるところに本や紙、何のために使うのかわからない謎の物体が散乱していた。ろくに掃除をしていないのか、埃が積もっている。

はしゃぐ男の声はしわがれ、かすれている。それは劣悪な環境にいることが原因ではなく、男の加齢から来るものだった。


「せっかく完成したのに・・・もうお迎えか」


男は力尽きたようにその場に倒れこむ。この男、ワイス。人生のすべてを魔法の開発につぎ込んだが、魔法が完成した直後に寿命を迎えようとしている。

そんな哀れな男のもとへ、一人の老婆がやってきた。


「相変わらず魔法のことしか頭にないのねワイス」


年老いてしわがれようとも、男を思う声音は変わらない。この女、アザレア。ワイスに恋心を募らせるも、魔法のことしか頭にない彼の心を射止めることはできなかった。


「おおアザレア。頼む、この子たちを世界に広めてくれ」


「はいはい、まったく。死ぬ間際でも魔法のことしか頭にないのね、あなたは」


倒れこんだまま手を伸ばす男の手を、優しく包み込むアザレア。ワイスを見つめるその目は深い慈愛に満ちていた。


「しばらくのお別れよ、またね。ワイス」


手の甲に口づけすると、ワイスの体が桃色の光を発して泡のように消える。それはアザレアが生涯をかけて開発した、転生の魔法だった。今世ではワイスと恋仲になることが困難だと判断したアザレアは、来世に望みをかけたのだ。


「さてと、私は私のやるべきことをやらないとね」


ワイスが生涯をかけて生み出した魔法の数々は、間違いなく世界を豊かにするものだ。それをこんな日の当たらない場所にとどまらせておくことは、賢者の称号を持つアザレアの誇りが許さない。何より愛する人の最後の願いを、叶えないわけにはいかなかった。

アザレアが去った後の部屋には、王国一の賢者と呼ばれた男の軌跡がいたるところに散らばっていた。





赤ん坊の泣き声が聞こえる。悲しそうな声だ。泣き止ませてあげなければ、そのために僕は、魔法を作ったのだから。

緩やかな思考の中で、その泣き声が自分の喉から発せられていることに気づく。これはどういうことか、先ほどから頭を働かそうとしても妙なノイズが混じる。そういえば開発した魔法の一つに、思考加速というものがあったはずだ。青い光が赤ん坊の頭に生じてすぐに消えた後、脳内がクリアになる。視界が暗いことに気づき、目を開ける。ぼやけた世界の中に、満面の笑みでこちらを見つめる男と女の顔が見えた。


「ああ、こっちをみたぞ。ほらパパだよー」


「うふふ、あなたったらはしゃぎすぎよ」


その二人の顔を見ると不思議と安心感を覚えた。頭は自由に動かせないため、視線を横にずらすと赤ん坊と目が合う。その赤ん坊も何かを探すように目を忙しなく動かしていたが、目が合うと安心したように笑みを浮かべた。


「見つめあって微笑んでるぞ。仲良しな双子だー。本当にありがとうリリス」


「ふふ、どういたしまして。あなたの子を産めて幸せよ」


仲睦まじい様子の男女に、白衣を着た男が語り掛ける。


「おめでとうございます。元気な双子です。二人とも女の子ですね」

「ええー!」


赤ん坊の泣き声とは少し違う悲鳴が部屋に響いた。





時は少し進み、両親と思われる男女の家へやってきた双子の赤ん坊。そのうちの一人、かつてワイスと呼ばれた男、今は女であるが、とにかくワイスは加速された思考の中で事態の把握につとめていた。

どうやら自分はあの両親のもとに生まれたようである。問題は、前世の記憶を引き継いでいること。魔法を完成させた達成感と、そのあとすぐに命を手放した無力感をよく思い出せる。どうやら、転生したらしい。そういえば、アザレアが転生の魔法とやらを作っていた気がする。完成したのかどうか知らなかったが、最期に彼女が掛けた魔法が、それだったのだろう。となれば、隣にいる赤ん坊の正体も想像がつく。


「アザレア、どうして転生の魔法を使ったんだ」


「さすがに理解が早いわね、ワイス」


赤ん坊らしからぬ言葉遣いに驚く人影はそばにない。第三者が聞けば、幼い声色には似つかない内容に驚愕することだろう。


「どうしてって、あなたと一緒になるために決まっているでしょう」


「だからって、転生魔法はもはや神の領域じゃないか」


「あら、あなたらしくない言葉ね。転生して、性格まで変わってしまったの?」


茶化すような言葉だが、その声色には不安が混じっている。推測だが、自らが開発した転生魔法が成功しているか確信がもてないのだろう。アザレアの言い分を聞き、確かに自分らしくもない言葉だと思いなおす。


「すまない、確かにそうだった。魔法は、誰に指図されて作る物でもない。でも、僕まで転生させた意図が読めない」


「さっきも言ったでしょ。あなたと一緒にいるためよ」


繰り返し告げられる理由に納得がいかないのか、据わっていない首を傾げようとするワイス。その様子をみて嘆息したアザレアは、別の理由を答える。


「・・・せっかく魔法を作って世界を豊かにしたのに、その恩恵を開発者が受けられないのは悲しいじゃない?」


「なるほど、開発者としての僕の心をくんでくれたのか。そういうことなら理解できる。ありがとうアザレア、礼を言うよ」


転生した本当の目的はなかなか果たせそうにないと落胆しながらも、またワイスと言葉を交わせる喜びをかみしめるアザレア。


「確かあなたの魔法に成長促進ってのがあったわよね、あれで大人になる?」


「いや、少し待ってくれ。誰か来る」


流ちょうにしゃべる赤ん坊の姿を見たら、誰でも不気味に思うだろう。そう予想したワイスは、近づいてくる足音に赤ん坊のふりをすることに決める。アザレアもそれに追従し、二人は会話を止める。入ってきたのは、腰まで届く銀の髪を持つ女と、金の髪を持つ筋骨隆々の男だった。今世でのワイスとアザレアの両親である。


「よしよーし。パパが守護魔法をかけてあげるからなー」


ワイスが開発した魔法の中には、特定の相手を守護する魔法があった。ワイスは魔法を完成させた後に力尽きてしまったが、最期の頼み通り、アザレアが世界中に公開してくれたようだ。隣を見ると、うまく動かない顔で片目を閉じているアザレア。ウインクのつもりだろうか。

そこまで考えて、ワイスは違和感を覚えた。魔法が生じるまでに時間がかかりすぎている。術者である父を見ると、何やらぶつぶつとつぶやいている。


「汝に聖なる守りを授けん。ウォール」


その詠唱を耳にし、驚愕するワイス。ワイスは魔法を使うのに詠唱など設定した覚えはなかった。いちいち詠唱するなど不便でしかないからだ。もしや広まる過程に問題があったのか、アザレアを見るも、彼女も驚いた様子で首を横に振る。


(僕の魔法たちが、間違って伝わっている・・・?)







時は流れ、双子は五歳に成長した。相談の結果、成長促進魔法は使わないと決めた。本来赤ん坊は魔法を使えないため、ワイスが想定した使い方は親が子供に使うものである。両親がその選択をしない以上、その意思を尊重したかった。


「僕は世界中の人々を幸せにしたくて魔法を作ったんだ。彼らの子を育てる喜びを奪いたくない」


ワイスの主張に、アザレアは従った。彼女にとって、ワイスと共に過ごす時間が増えることはむしろ喜ばしいことであった。

5歳になり、自由に動き回れるようになった二人は書物を読み漁った。両親はなかなか裕福なようで、多くの書物を保有していた。ワイスが生きていた時代より紙が安くなっているのかと考えたが、メイドに聞いたところそうでもないようだ。

書物を読み漁り、少しずつこの時代のことがわかってきた。まず、ワイスが生み出した魔法は世界に広まっている。しかし、そのすべてに詠唱という不要な手間が加わっていた。さらに、そもそも広まっていない魔法もある。

アザレアは確かに、国王を通して魔法を公開したと言っていた。彼女の魔法に不備があるとも思えないので、転生で記憶があやふやになっている可能性も薄い。となれば何らかの理由で、正しく魔法が広がらなかったのだろう。


「よし、決めたよアザレア。僕は正しい魔法を世界に広める」


「そう言うと思ったわ。私もついていくわよ、嫌だって言っても、逃がさないんだから」


「はは、君は変わらないね」


かくして転生せし賢者は、新たな志を立てる。すべては己の大望のために。


「僕がこの世界をもっと豊かにするんだ!」


幼い賢者の瞳は、希望に満ちた金色に輝いていた。

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