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青春デストロイヤー  作者: 槙島今日子
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第七話 ランナーズハイ

 假屋崎 蘭(かりやざき らん)といえば、私立三原高校の一年生にして、今や、学内どこを探しても、その名前を知らない生徒など、見つからないほどの有名人である。同じ有名人として、姫島藍を上げることができる。氷結姫という二つ名を持つ(本人が認知しているかは不明)彼女は、有名人としての条件を充分に満たしていると思われるが、しかし、假屋崎蘭は有名人としての格が、格と言うよりかはその形式が、姫島藍とは、根本から違っていた。姫島藍が、じわじわと少しずつ、ひそひそと静かに広まった噂なのに対し、假屋崎蘭の場合は、どかんと、聞き耳を立てずともその名を耳にするように広まった噂なのだ。今から約半年前の春、僕達が二年生へ進級すると共に、新たな一年生を迎えた。そこで彼女、假屋崎蘭は、事件を起こしたのだった。事件といっても、特定の被害者が存在する訳ではなく、強いて言うのであれば、その入学式に参加した全員だろうか。被害を受けたと言うより、困らされた。困惑させられた、だろうか。それだけでも、充分被害と言えるかもしれないけれど。一名、その場で笑い転げていた者がいたが、それが言うまでもなく、僕が所属するクラスの担任である、寺島安吾(てらしまあんご)先生であることは……いや、まだ分からないかもしれないが、その一名を除き、その場にいる全員の時が止まっていたように感じられた。入学式なんて、そのほとんどが、初めて顔を合わす人達の集団で、これからの三年間に夢と希望を抱いていたことだろう。彼女は、その整列されたクラスのたまたま横に居合わせた、おそらく初じめましてであろう男子に向かって、公開告白をやってのけたのである。困惑する男子、困惑する会場、とっさに我にかえり恥ずかしくなったのか、背を向ける假屋崎蘭、返事はまだない。何が起こったか分からず、会場がざわつき始めたと思ったその時、先程の男子とは、反対に位置する、もう一人の男子に向かって、公開告白。再び訪れる静寂、の中に響き渡る笑い声(一名)、既に会場は混沌と化していた。以降、假屋崎蘭は、超ド級の尻軽女として、学校全体に知れ渡ることになるが、まだ一度として僕は、彼女に交際相手が現れたという噂を、聞いたことはなかった。そんな彼女、假屋崎蘭と僕、黒戸栄一郎が初めて出会ったのは、入学式のほとぼりも冷め迎えた、ゴールデンウィークのことである。


 「あれ?兄ちゃんお出かけ?」


 「あぁ、ちょっと散歩」


 「え?何散歩って、いつもそんなことしないじゃん。怪しいぞ」


 「うるせぇなー暇なんだよ」


 「宿題とかないのー?」


 「学校始まって一ヶ月も経ってないし、授業もそこまで進んでないしな。だから急いでやる必要もないんだよ」


 「そんなこと言ってるとまた終わらなくなっちゃうよー」


 「そういうお前は大丈夫なのか?」


 「私はもう終わってるよ。当然でしょ」


 「そっすか」


 「どの辺までいくの?」


 「さあ、分からん」


 「ふぅん、じゃあ帰りにアイスでも買ってきてよ。味はなんでもいいからさ」


 「分かったよ。しょうがねぇな」


 「行ってらっしゃい兄ちゃん」


 「行ってきます」


 普段は散歩など決してしない僕でも、散歩がしたくなるほどに、快いほどに晴れた正午すぎ。普段から目にしている、何でもない町中の景色さえも、僕をノスタルジックにさせてくれる。


 気付くと僕は、見たことも、来たこともない公園へと辿り着いていた。ゴールデンウィークだと言うのに、人っ子一人見当たらない。いや、むしろゴールデンウィークだから、だろうか。帰省やら旅行やらで、皆この町から離れているのかもしれない。と、一人空を眺めながら、考えたって仕方がないことを考えていると、どこからともなく、声が聞こえてきた。


 その声は泣き声だった。僕がボーッとしていたからだろうか、いつからその甲高い泣き声がなり始めたかは分からない。


 だけどこれで一安心だな。ゴールデンウィークと言えど公園に子供がいるなんてのは、至極当然のことで、ゴールデンウィークを無駄に潰しているのは僕だけじゃないことが分かった。いや、あの泣いている子供のしていることが無駄ということではなくてな。


 迷子だろうか?近くに保護者と思しき人は見当たらないし、もし一人で遊んでいたとすれば、怪我でもしたのだろうかってあたりだろう。まぁでもやはり、このまま空を眺めていても、ノスタルジックになること以外で得るものは無さそうだし、あそこで泣いている子供に話でも聞いてやるとするか。


 僕と子供との間には、それなりの距離があったが、僕はその子供へと一歩一歩近づいていく。


 子供が泣いている場所に到着した時、僕の表情からは、おおよそ表情と呼べるものが無くなり消え果てていた。


 女子高生だった。それも、僕が通う私立三原高校の制服を、その身にまとっていた。それも、噂の一年生である、假屋崎蘭その人だった。


 「嘘だろ」


 思わず口にしてしまった。


 その声に反応したのか、気配を感じたのか、こちらに気づき、彼女は一度泣くのを中断して振り返った。目があった。


 うぅ…気まず過ぎるだろこれ。


 「み……見てたんですか」


 彼女は青ざめた顔で、同じく青ざめた僕の顔を見て言った。


 「み…見てないよ」


 「それしっかり見てた人の反応!!!!」


 「いや安心しろ、僕は学校の奴ら含め、この世界中の誰に対しても、この事を口外しないことを、ここに誓うよ」


 「同じ学校の人!?」


 「二年の黒戸栄一郎です」


 「しかも先輩!?…………おわった…」


 ………………まぁ、同じ学校の奴に、公園で大泣きしてる姿なんて見られたら、こうなるわな。見てるこっちも辛い。


 ここから一瞬でも早く立ち去りたいとこだけど、やはりここは、多少なりとも、紳士として、先輩として、この子のケアをしてあげることが、僕に課せられた義務なのだろう。


 「何でこんなとこで泣いてたんだ?話くらいなら聞いてやれると思うんだけど」


 やばいだろこれは。なんて素晴らしい先輩なんだ!自分で思うわ。


 「小学生に告白して振られました」


 やばいのはこいつでした。


 「え、何やってんの?お前」


 「だってぇ…みんな足が速かったんですよ」


 「小学生か!!」


 この公園に子供が一人も居ないのはお前のせいか!


 こいつ、噂以上の大物だな。どんだけのビッチだよ。そーゆー輩が年下に手を出すという話はよく聞くけれど、にしてもだ、ターゲットが小学生てのは行き過ぎだろ


 「ていうかお前だろ?入学式でやらかした假屋崎って」


 「はぅ!上級生にまでその話が……」


 「気が付かなかったか?うちの学校の入学式はな、毎年全員参加なんだよ。珍しいことにな」


 「あぁ、夢にまで見た高校生活、まさかこんなにも早くつまづくなんて!」


 「つまづくってよりかは奈落ダイブだけどな」


 「はぁ……やっぱり私はいくら頑張ったって変われないのか……………」


 假屋崎の手元では、假屋崎VS假屋崎の壮絶な砂取り合戦が行われていた。要するに一人砂遊びなんだけど、そこはほら、やっぱり少しでも彼女を立てようとする、僕本来のいい所がでたんだな。やっぱり。


 「僕は噂でしか聞いたことないんだけどさ、その反応見る限り、だいたいあってそうだし、さっきまでの言動含めても、僕にはお前が何をしたいのかが全く分からないんだけど」


 勝手に転んで勝手に傷ついて、また同じ事で転んでの繰り返し、よっぽどの不器用か、あるいはよっぽどの目立ちたがり屋か、だよな。後者の場合、趣味が悪すぎるんだけど


 「私は……ただ………」


 先程までのいじける様な態度から一変、気迫のこもった鋭い目付きで、假屋崎は僕に言い放った。


 「私はただリア充になりたいだけなんですよ!!!!!!」


………………あー、なるほど、察した。僕もこいつの派手な見た目に騙されていたが、假屋崎はただの……


 「あれだけ必死こいてファッション誌漁って、韓国の有名メイクYouTuberも漁って、仕草や言動、立ち振る舞い、何から何まで研究し尽くしたってのに……………何でだちくしょおおお!!!!!!!!!」


 ただの陰キャでした。


 「あ?てことは何だ?假屋崎。お前はリア充になりたいから、あんなに必死になって、色んな男子に告白しまくってたのかよ!」


 「そんな、誰でもいいみたいに言わないで下さいよ!」


 「いや実際そんな感じだぞ」


 リア充になりたいが為に、小学生にまで告白するってどういうこと??


 本当に呆れる。


 しかし、僕は一度でも、紳士として、先輩として、假屋崎と向き合うと決めたんだ。ここで呆れて、放っておくことは簡単なことで、本人がその事に気付くのだろうが、そしてそれが、そう遠くない未来の話だとしても、僕はやはり、彼女に伝えるべきなんだと思う。


 「あのな、假屋崎」


 僕は一息つき、深呼吸をして話す。心做しか假屋崎も深呼吸をしたようにも見えた。


 「お前ひょっとして、勘違いしているようだから教えてやるが、リア充=彼氏(彼女)持ちだと思ってるだろ。そう勘違いしているだろ!」


 假屋崎の呼吸が止まった。いや実際には知らないから、気がしただけ。


 「リア充ってのは言わば今この瞬間に満足しているかどうかだ!そう言う意味では、確かにお前はまだリア充になっていないと言えるだろう。だけどしかしだけど!お前の目的はあくまで『リア充』であって、決して『彼氏が欲しい』ではない!假屋崎、お前は本当に彼氏が欲しいのか?心から彼氏が欲しくて、その人が好きで、告白してきたのか?今の今まで、彼女と呼べる人なんて、一度もいたことがない僕から言わせれば、そんなもん、リア充から最も遠い行いだぜ!いいか假屋崎、お前が今一番にするべきことは、過去の失敗を悔しがることでも、未来に不安を感じることでもない!今、この瞬間を、一分一秒を、全力で楽しむことだ!このガキが!!」


 ヒートアップしすぎた。假屋崎もちょっと引いてる。だが構うもんか!覚悟はしたろ。


 「あぁそうともさ!ここでは敢えてガキと呼ばせてもらうぜ!よく、周りのことなんてお構い無しに騒ぎ立てる奴をガキと呼ぶが、今はそれでいいんだよ!全力でガキになれる瞬間なんざ、この先そうあるもんじゃない。それがリア充への近道だなんて甘いこと、僕は言わない。だけどそれ以外に道はねぇぞ!どれだけ遠くても、奈落に落ちても、それがお前の一本道だ!分かったか假屋ガキ!」


 「…………はいっ!」


 假屋崎がどんな中学時代を過ごしてきたかなんて、僕は知らない、だからよく聞く一般論どころか、こんな適当なことしか、僕は言えない。言わなくていいことを言ってしまう。僕が、ただ言いたかっただけ。つい一ヶ月前の春休み、その夜、僕が言われた様に。


 僕がろくなことを言えないのも当たり前だ。こうやって話し相手になったり、優しく見守ることが、関の山だろうな。


 僕は自分の言っていることで恥ずかしくなって振りかざした腕をすぐに降ろした。


 假屋崎は静かに微笑み、綺麗な返事をした。それは、僕が初めて見る、假屋崎蘭の、満面の笑顔だった。

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