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青春デストロイヤー  作者: 槙島今日子
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第六話 マリーゴールド②

 『さっきぶりね、黒戸君』


 姫島藍から、電話がかかってきた。


 「あ、あぁ姫島か、さっきぶりだな。何か伝え忘れたことでもあるのか?」


 え?何?何で?どうして?何で姫島が僕の電話番号知っているんだ!確かに友達になるとは言ったが電話番号どころかLINEすら交換していないのに!え?やだ!怖い!


 『いいえ、その事での連絡事項は特にないわ』


 「あ、そう。いや、てゆうか、何で僕の電話番号知ってるの?」


 聞いてしまった。パンドラの箱を開けてしまった。そうか、エピメテウスはこんな気持ちだったのか。


 『兄に教えてもらったのよ』


 「あ、あー。そーなんだー」


 答えになってねぇよ!怖さが増すばかりだよ!お前の兄は一体何者だ!


 喋り出すだけで、それだけのことで、こんなにも神経をすり減らしたのは、今までに経験したことなんてなかったし、そもそもからして勇気など、どこにもなかったが、そんなことよりもそれは、響き渡る沈黙に耐えられず、口から漏れだした言葉だった。


 「……えっと、文化祭の連絡じゃないとしたら、何か別の用でもあるのか?」


 『…………寺島先生が黒戸君を探していたわよ』


 「先生が僕を?あーそりゃ多分、進路希望調査のことだろうな、僕はまだあの用紙を提出してなかったから」


 姫島が答えるまでの間が少し気になる。でも、それならわざわざ、姫島を介さなくても、直接僕に連絡をくれりゃいいのにと思ったが、それこそ、わざわざ伝えてくれた姫島の前ではそんな考えも口に出すことは出来なかった。


 『進路希望調査って、確か一週間以上前のものよね。まったく、曲がりなりにも、副委員長という立場に立っているのだから、少しは努力をしたらどうなのよ。自覚が足りていない証拠ね』


 正論。だがここで、その言葉を受け流せられるほど、僕の自尊心はやわじゃない。やはり、言うべき時には言うというのが、男としての誇りが成せる、僕の武器であるはずだ。


 「おいおいちょっと待てよ、その言い方だとまるで、僕には副委員長であるための、力量がまるでないみたいじゃないか!」


 『ええ、だからそう言ったのよ』


 折られた。僕の自尊心も、男としての誇りも。


 これはこれは、氷結姫様は相変わらず、相も変わらず通常運転ってか。そもそも氷結姫なんて冷たそうなイメージは見た目からでも伝わるというか、この異名を名付けた奴は、それだけで名付けたように思えるけどな。


 僕からしたら氷結姫なんて優しすぎる気さえする。氷だと思って近づいてみたら、なんとびっくり劇薬でした的な、唐辛女子の方がよっぽどお似合いだぜ。いや、これはこれでちょっと可愛いんじゃないか?カープ女子、ラーメン女子然り、単語+女子の形で、簡単に可愛くすることが出来るなんて、初めて知った。あぁでもそれだと、唐辛女子なんて聞いたら、さも辛いもの好きな女子みたいに聞こえてしまうから、これは少し違う気がする。いや大分違うか。


 「まぁでも、ありがとな、わざわざ電話番号を調べてまで伝えてくれて。来週聞いてみるよ」


 『そう…じゃ私はこれで』


 「あーそうそう、最後に聞きたいことがあるんだけど」


 通話を切ろうとした姫島を呼び止め、聞こうかどうか迷っていたことを聞くことにした。


 「さっき兄がいるって言ったよな、姫島は兄の誕生日に贈り物をしたりとかはするのか?いわゆる、誕生日プレゼントってやつをさ」


 『いえ、私から何かを贈ることはないわね』


 「え?そーなの?」


 『そもそも高校生にもなって、兄妹間で贈り物のやり取りをしている方が珍しいんじゃないかしら』


 「へぇ、そんなもんか」


 『そんなものよ』


 確かに僕も、真理から何か貰ったことなんてないな。そうか、だったら姫島にも、何かを贈っているのかという質問よりも、何かを貰っているのかという質問をした方が良かったな。


 と、少しの反省を活かす間もなく、姫島は続けて言った。


 『そうね、贈るではなく、贈られるということなら、私は毎年、兄から贈られてはいるわね』


 「そのプレゼントのことなんだけど、何を貰ったとか、聞いてもいいか?参考にしたい」


 『聞いて面白いものでもないし、これといって特別なものを貰っている訳じゃないのよ』


「いや、むしろその方が参考になる。変に高価なものでも困るしな」


 贈る側も、贈られる側も。


 『図書カードよ』


 「え?」


 『一万円の図書カードよ』


充分面白かった。


 「え、図書カードなんて貰ってるのか!?」


 『そうよ。特別なものじゃないし、一般的なものだと思うけれど』


 「いやいや、特別なものではないにしても、一般的ではないだろ。妹の誕生日に図書カードをプレゼントする兄の話なんて聞いたことねぇよ」


 本人におかしなことを言ってる自覚がない分、すごくツッコミずらいんだが、しかも図書カードが割りと高ぇよ。そんなものを真理にあげた日には、漫画やラノベがざっと十五冊ほど増えて終わりだぞ。


 『何をそんなに驚いているのよ。図書カードなんて珍しくもないでしょう。誰だって一度は貰ったことがあるはずよ』


 「そりゃ何かの行事やイベントで貰うことはあるだろうよ。それを誕生日に贈ることに驚いてるんだ。それと額な。貰うにしてもせいぜい五百円や千円そこらだろ。一万円の図書カードなんて見たことねぇよ」


 『己が見るものを全てとし、その価値観でしか物事を図れないなんて、あなたも重症ね』


 「お前が、どの目線から語ってるのかは分からないけれど、こりゃまた立派な哲学をお持ちのようで」


 『まさにそこよ、黒戸君。』


 うぉ。食いついてきた。


 『哲学は己を知り、世界を知り、自分自身を律する基準をつくるための手助けをしてくれる、とても素晴らしいものよ』


 あーそうか、この前のことと言い、こいつ、重度な哲学オタなのか。


 『タレスを始め、様々な哲学者が存在したけれど、哲学とは元来、宗教との深い結びつきでなりたっているのよ』


 え、何か語り出したぞ。


 『そもそも哲学は英語でフィロソフィー、その語源はギリシャ語のフィロソフィアに当たり、知を愛するという意味で、これもまたソクラテスの言葉なのだけれど、知ってるいることを愛すると言うよりは、知ろうとする、探究心や好奇心そのものを愛することこそが、哲学。と、私は考えているわ』


 楽しそーだなー。


 「あー、そうか姫島、今日はありがとう。すごく参考になった。そろそろ家につくし、悪いけどこの後用事があるんだ、だからこの辺で切らせて貰うよ、じゃまたな」


 『神のみぞ知るという有名な言葉もソクラテスの言プッ』


 無理矢理通話を終わらせてしまった。僕の話なんか聞いてないみたいだったけど、大丈夫だろうか、次会った時怒られるだろうな……。


 参考になった。とは言ってもさすがに図書カードを渡すわけにはいかないよなぁ。


 ………………………………………………………………。


 「よし…」


 結局のところ、一人で無理して、考えてなくとも、妹に直接聞けばいい話だったのだ。変に意地を張って、またプレゼントを使ってくれないことがあっても嫌だしな。そう考えると、なんだか吹っ切れた感じがする。早く帰って妹のために、欲しいもの手に入れる準備でもするとするか。


 今日の朝、出発する時の気持ちとは異なり、清々しい気分で家の扉を開く。気のせいか、ドアが軽く感じた。


 「ただいま!!」


 「おーう。おかえり兄ちゃん!」


 玄関からリビングへと真っ直ぐに伸びる廊下に、妹は立っていた。どうやらリビングから自室へと向かって歩いている最中だったようだ。


 「妹よ、今日は十月五日だ。そうだな」


 「そうだな兄ちゃん」


 「そして来る明日!十月六日は何の日か分かるか?」


 「うん。私の誕生日だな。おいおい兄ちゃん、人生折り返しを迎えた老人じゃあるまいし、むしろこれからが成長期の山場ということだぜ?さすがの私も自分の誕生日くらい分かるさ」


 ふっ流石は僕の妹だな。


 「そんな兄ちゃんこそ、明日が何の日か、忘れた訳じゃねーよなー」


 「我が妹よ、僕を誰だと思っているんだ?他ならぬお前の兄だぜ?忘れる訳がないだろうが。お前の誕生日だろう?」


 「それはさっき私が言ったじゃねーか」


 「あ?じゃぁ他に誰の誕生日なんだ?」


 「誰の誕生日でもねぇよ兄ちゃん。強いていえば発売日だ」


 「なんの」


 「超大人気ゲーム!シリーズ最新作!FFF!!!!!のだ!」


 「なにそれ」


 「ファイナルファンタジーザファイナルだよ!」


 「ふーん、あっそ」


 てかそれ本当に最後なんだろうな。


 「それはともかくとして、妹よ、明日はお前の誕生日だ。何が欲しい。言え」


 「金」


 「いや、他に何かねぇのかよ!」


 「何のために今この話の流れで、明日発売されるゲームの話をしたと思ってるんだよ!」


 全く正直なやつだぜ、ここまで正直者だと本当に困る。


 「しょうがねーなー」


 僕は財布から一万円を取り出し、妹へと渡すのだった。

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